舞踏会⑥
「疲れ、取れたっぽい」
「では、診察いたします」
アリスさんが私の手や足を揉み張りや痛みがないか確かめています。
優しく撫でたり、少し強めに握ったりと触診が施されます。
「リッカさま、私の目を」
少し俯いていた私の顎にアリスさんの手が添えられます。
「うん」
体が熱いです。このまま溶けてしまうんじゃ……。
「異常はありません」
「あり、がとう」
危うく、私が私でなくなるところでした。もし自分でいられなくなったら、私はどんな行動をとってしまうのでしょうか。
良い行動ではないことだけ、分かります。
「なにしとるんだ?」
ライゼさんがアンネさんとやってきました。
「体の調子を見てもらってました」
「無茶するからだ」
「なんのことでしょう」
「とぼけんな」
ライゼさんとアンネさんから諦念を感じます。私なら仕方ないって思ってるようです。
「魔女娘も心配しとったぞ」
「これだけ疲労感見せてたら、バレますよね」
「私でも分かりますので」
私でも、と言いますが、アンネさんは十分鋭いと思います。
「アリスさんの治癒と休憩で回復しましたから、もう大丈夫ですよ」
「無理やり”強化”を全力発動させていた時に比べれば軽いものですので、明日に響くことはないでしょう」
アリスさんのお墨付きです。私より私の体のことを知っているアリスさんの判断なら、安心ですね。
「巫女っ娘が言うなら問題ないか」
「そうですね」
ライゼさんとアンネさんもアリスさんの判断の方を信用しているようです。日頃の行いというやつですかね。私の判断では納得するには信憑性に欠けるようです……。
「そろそろ見て回ろうか」
椅子から立ち上がり、アリスさんに手を差し伸べます。
「はい」
アリスさんはその手を取って、笑顔を見せてくれました。
「ライゼさん、アンネさん、ありがとうございました。また後ほど」
「失礼します」
「おう」
「いってらっしゃいませ」
二人にお礼を言って立ち去ります。せっかくのパーティで心配させてばかりではいけませんし、二人きりの方がいいでしょうからね。
(立ち上がるときは、ああすればええんか)
アンネリスと一緒に座っているライゼルトが、リツカから女性のエスコートを学んでいた。
「ライゼ様、どうですか?」
「ん? 何――き、綺麗だな。いつも見とるのに、見とれちま、う」
アンネリスがライゼルトを見ながら唐突に尋ねる。ライゼルトは最初聞き返そうとしたが、これが人の成長だろう。しっかりと褒める事が出来たようだ。最後の最後に、恥ずかしさに言いよどんでしまうのは仕方ないだろう。
それに、言葉を重ねるだけが愛ではないのだから。
「アンネは、疲れてないか?」
「はい、私は問題ありません。大きな事件もそこまでなく、皆様が尽力してくれましたので」
アンネリスの嘘は誰にでも分かる、それほど顔に出てしまう。だから、今無理をしていることはないと、ライゼルトは確信をもっている。
「それならいいが、無理だけはしてくれるな」
「分かっています」
アンネリスの自然な笑顔がライゼルトに向けられる。
周囲からライゼルトへ舌打ちの嵐が降り注ぐ。アンネリスを狙っていた男たちは多い。ロビーに常に居るわけでもなく、担当は五人のみ、見ることが出来るのは一日に一度あるかどうか。そんなアンネリスに声をかけるのは難しく、話すことがあっても事務的な話題が主だ。
チャンスがあったとしても、物にできたかどうかは難しい。嘘をつけず、顔に感情が出やすいアンネリスだが、簡単に人を信頼しない。直感に頼る事はしない。
そんなアンネリスが一目惚れしたライゼルトに、勝てる見込みがあったかは、今となっては分からないことだろう。
「ライゼ様」
「ん?」
「落ち着いたら、両親と会っていただきたいのです」
「な……」
「ダメ、でしょうか」
「――いや、挨拶はしっかりしておきてぇ」
「では、平和になりましたら」
「あぁ、絶対だ」
アルレスィアとリツカが平和を絶対に創ると確信しているからこそ、約束する。
「子供は何人ほど」
「気が早すぎるんじゃねぇか……?」
ライゼルトが苦笑いで応えたために、言った側のアンネリスの方が頬を赤く染めている。
大袈裟に反応しないために、自身の太ももを抓っているのが見える。おろおろとしているアンネリスからは、見えていないようだけど。
「シーアもどこかへ行ってしまいましたね」
「全品目制覇すると言っていましたから、料理のところでしょうね」
いつの間にか居なくなったレティシアをコルメンスが探している。エルヴィエールはレティシアから予定を聞いていたようだ。
(気を使ってくれたのかな)
コルメンスはシーアが居るかもしれない方を向き思考する。エルヴィエールと二人きりになれるように離れて行ったのではないかと。
「お腹を壊さない程度で抑えて欲しいです」
「あの子が食べすぎで腹痛になったことはないので、ご安心を」
コルメンスの心配は杞憂のようだ。
「少々事件が起きてしまいましたが、お祭りはいかがでしたか?」
エルヴィエールの目を見て、尋ねる。二人で街を歩くのは二度目。一度目は悪くはなかったが、良いというわけでもない。そんな、無難なものであった。
二度目である今回は、国王と女王という立場で歩いた。政務の一環としての面が強かったため、楽しいかどうか不安だったようだ。
「初めての参加でしたけど、良いものですね。皆さん楽しんでいましたし、活気もあって」
エルヴィエールは祭りを思い出すように、目を閉じる。
「それに、貴方と街を歩けて嬉しかったですから」
少女のような笑みを、最愛の人に向ける。
政務であろうと、女王、国王という肩書きがついていようとも、エルヴィエールにとっては、関係のない話だった。
本当は手くらい繋いで欲しかった、と思っているけれど、明日の事を想えば、それもまた心躍るものであった。
その笑顔を受け、コルメンスは応える。
「今回の神誕祭は特別でした。鎮魂祭としても、お祭りとしても」
成功を収めた神誕祭、それを演出した者達を見ながらコルメンスは言う。
今回はいつもと違い、祭り中であっても大勢が祈りを捧げていた。従来の神誕祭では、祭り中は核樹に一礼するくらいのものだった。鎮魂祭ではアルツィアが降臨したりと特殊な状況になっている。長い歴史の中で最も、実りのある祭りだったことだろう。
「でも私は、貴女と共に過ごせた事が嬉しい」
エルヴィエールに向き直り、しっかりと伝える。
「エルヴィ様が楽しんでくれたようで安心しました」
触れる事はまだ出来ないが、自然な笑みで伝える事が出来たようだ。
(リツカさんやアルレスィアさんのように、自然な動きで触れる事が出来れば……)
本当は頬を撫でたり手を握ったりとしたいけれど、まだ元の身分を言い訳に、コルメンスは逃げている。
「明日、楽しみにしてます」
エルヴィエールの独り言はコルメンスには聞こえなかった。
「あら、もう大丈夫なの?」
「はい」
エリスさんが色々な人と話していました。ゲルハルトさんは内心嫌なようですが、仕方ないといった表情です。
お父さんもそうでしたけど、いくら美人の奥さんとはいえ、結婚しているんですからそんなにカリカリしなくてもって、思ってしまいます。
「リツカさんは踊るのかしら」
エリスさんが発した質問は思いのほか響いたらしく、周囲も耳を傾けるように静まりました。
「いえ、相手もいませんので」
踊る気がないので、ドレスもミニにしましたから。確か、元世界のドレスコードでは脚がしっかり隠れるゆったり目のドレスだったはずです。私とアリスさん以外の方が着ているドレスがそれに当たります。
アリスさんのスカートの後ろ部分はロングなので問題ありませんが、私が踊ると、見えます。
「踊れはするのよね?」
「はい。こちらの世界のダンスは分かりませんが、向こうでは一応習いました」
タンゴとワルツ、ベニーズワルツは習いましたね。学校の選択科目だったので、軽くですけど。ベニーズはくるくる回るので得意でした。
「男性と踊ったのですか!?」
アリスさんが私の肩を強く握り反応します。
「アリス、リツカ殿は女子校という所で学んでいたはずだが」
「そ、そうでした。申し訳ございません」
ゲルハルトさんが吃驚しつつも冷静に応えてくれます。
「女子校だったから、私がいつも男役やらされてたんだよね」
「お、男役ですか?」
「うん。先生も同級生も私が良いって聞かなくて」
今にして思えば、これも私の容姿に関係してるのでしょうか。でも、私も女の子なのに? んー、良く分かりません。
「やはり向こうでも……」
「アリスさん?」
何か衝撃を受けたのか、わなわなと体を震わせ、鋭い視線で警戒を強めています。
「何かあったの?」
「いえ……。うかうかしていられないと思っただけです」
決意したように目を光らせています。問題はないようですし、気にしないほうが良いのでしょうか。
「そう、リツカさんは踊れるのね」
「エリス?」
エルタナスィアがフフフと不気味に笑っている。ゲルハルトは知っている。その笑みは悪巧みしているものだと。
リツカはアルレスィアにアルレスィアは向こうの世界に気を取られて気づけなかったようだ。
ブクマありがとうございます!




