舞踏会④
「――」
「っ」
アルレスィアとリツカが入り口から現れると同時に、世界から音が消える。
人間の心音が聞こえるほどの静寂を解く事が出来ない。音を出す事すら許されないといわんばかりに、全員固まっている。
二人が指を絡めるように手を繋いでいる。見詰め合ったかと思えば頬を染め微笑みあう。二人の距離は非常に近く肩が触れ合いそうだ。
ヒールの音がコツコツと響く。
周囲は未だに、固まったままだ。
「アリス、リツカさん。こちらにおいでなさい」
「「はい」」
見かねたエルタナスィアが声を発する。全員が息をすることすら忘れていたのか荒く呼吸する。
決して二人をいやらしい目で見ているわけではない。そんな目で見ることなど出来ない。冒すことのできない存在がこの世にあるのだとしたら、二人の事だろう。欲望を向ける事など誰にも出来ない。
「驚いた……」
「普段のお二人も絶世の美女ですが、あれは――」
「……」
ライゼルト、コルメンス、ゲルハルトが二人を見ている。普段二人相手に動揺を見せない三人が、多くを話せない程見惚れている。
「はぁ……。分かっていたことだけど、複雑ね」
「あの人も珍しく見とれちゃって」
「ですが、万が一はありませんので」
エルヴィエールとエルタナスィアが頬に手をあて眉を寄せため息をついている。しかし、アンネリスの言う通り万が一は無いだろう。
アルレスィアのドレスはハイ&ロードレスと呼ばれる物。前後で長さが違い、フロントは膝上、バックはロングとなっている。清楚で物静かなアルレスィアの印象とは逆に、このドレスは明るさと元気の良さを前面に押し出している。
脚はいつもより出ていているが、アルレスィアの持つ独特な空気のお陰で色気が抑えられている。可愛さの方が強い。
ドレスの色は真紅、リツカの色。白銀の髪、白い肌、赤い瞳を真紅のドレスがアルレスィアを抱きしめている。
髪はゆるいウェーブがかけられ、ポニーテールの様に結ばれている。リツカが普段している髪形だ。
リツカはミニドレス。露出度はこの会場で一番だ。脚、肩、腕、全てが晒されている。リツカの引き締まった手足が露となっている。しなやかな足取りは艶を感じさせる。
普段ローブで隠されていたそれはリツカの女性としての魅力を最大限引き出している。かといって男っぽいと思われていたわけではない。女性としてのかっこよさを持ったリツカが今、女性としてそこに居る。胸は控えめだが、色気が溢れてくる。
ドレスの色は白、アルレスィアの色。真紅の髪、赤い瞳を純白のドレスがリツカを包み込んでいるかの様だ。
どんな方法を使ったのか、普段跳ねている髪はストレートとなっている。矯正しきれなかったようでサイドが少し跳ねている。だからだろう、少しだけ愛嬌も出ている。
二人共メイクが施されていて少しだけ大人に見える。落ち着いた雰囲気と相まって大人の女性顔負けだ。
そして二人に共通しているのは、色気があるにも関わらず周りの男たちが欲情していないところだ。
手を出す気すら起きさせない程の存在。天使が居るとしたら、二人の事だ。実際神の使いなのだから、天使と呼んでもいいけどね。
顔が良いのもさることながら、二人の纏うオーラが男の劣情を寄せ付けない。
二人共綺麗だ。
「やはり、リッカさまの脚や肩に視線が……」
「やらしい感じはしないけど、気にはなるね」
アリスさんにも視線が向いています。気になって仕方ありませんが、劣情は向けられていません。欠片でも混じったら魔力を纏った上で睨みます。許さないという意志を込めて。
ここには同業者と知り合いしか居ませんし、多少荒っぽくても問題ないでしょう。
「やっと来ましたカ」
「ごめんね。ちょっと――」
「分かっていますよ。見られたくなかったんですよね?」
エルさんもシーアさんもエリスさんも、皆にこにこしています。バレちゃってますね。
「リッカさまのはもう少し落ち着いた物にすればよかったです」
アリスさんが周囲を伺いながらため息をつきました。
「これくらいなら、私は気にしないよ」
視線もドレスも気になるものではありません。何よりアリスさんが選んでくれたものなら何でも嬉しいです。
アリスさんのは最初、Aタイプを選ぼうとしたんですけど――見たかったのです。何がとは言いませんけど……。
「お疲れの方もいらっしゃるでしょう。立食パーティーとなっておりますが、各所に椅子を用意しております。どうぞゆっくりお楽しみください。程よい時間となりましたら会場中央を空けます」
中央を空けるのはダンスのためでしょうか。なんにしても私は少し休みましょう、まだ疲れが微妙に残っています。
「リッカさまは椅子に座っていてください。私が食事を持ってきますから」
アリスさんがそう言うと歩き出してしまいました。
「ぁ――」
「リッカさま?」
私は思わずアリスさんのスカートを掴んでいました。
――リッカさま、申し訳ございません。
「ご、ごめん……」
「い、いえ」
「……」
離さないといけないのに、手が震えていう事を……。
アリスさんが離れていこうとすると、あの時を思い出してしまいます。あの、港での出来事を――。
「リッカさま……」
「ごめん。すぐ離すから、すぐ」
すぐ近くに行くだけです。昼間も浄化のために離れたのに、なんで今更……。
「アリス」
「お母様?」
「私が取りに行くわ」
エリスさんがそれだけ言うと食事が置いている場所に行こうとします。
「ごめんなさい、エリスさん……」
「いいのよ。だからそんな顔しちゃダメよ」
「え?」
ひらひらと手を振って今度こそ、エリスさんは離れていきました。でも、顔……? あの時ライゼさんも、なんて顔してやがるって言ってましたけど。
「アリスさん、私の顔って今どうなって」
「気にしてはいけません。私はここに居ますから、さぁ座りましょう」
「うん……」
アリスさんが私の頬を撫で微笑んでくれます。
「ありがとう、アリスさん」
「いいえ」
座った後、お礼を言った私の肩をアリスさんが抱いてくれます。アリスさんの表情は笑顔ですが瞳の奥に憂慮が見えます。
私の表情は、心配されてしまうような形をしているようです。
「アリス、リツカさん」
エリスさんが料理を運んできてくれました。
「ありがとうございます、お母様」
「ごめんなさいエリスさん、我侭してしまいました」
料理を受け取りながらお礼を言います。
「いいのよ。リツカさんの可愛いところ見られたし」
微笑しながら頬に手を当てエリスさんが弾むように楽しんでいます。
可愛い、ところですか?
「お母様」
エリスさんを窘めるアリスさんの顔は笑っていません。
「そんな顔しちゃダメよ。それじゃ、ちゃんと傍に居て上げなさいアリス」
母の優しい笑顔でアリスさんに告げ、ゲルハルトさんのところに向かっていきました。
「まったく……」
アリスさんがエリスさんに呆れてしまっています。
まさか、ここまで体に染み付いてしまっているなんて……。
どんな時にこうなるんだろう。引きとめようとは何時もしてしまっていますが……。
こんな拘束するような事はいけません。でも、少しでも長く一緒に居たいです。
「リッカさま、食べましょう?」
「うん」
食べて、体力回復させて、早く動けるようにならないといけません。せっかくの、パーティですから。
「お二人はどうしたんでス?」
「リツカさんが疲れていたみたいで、休んでるわ」
少し困ったように眉を寄せ、二人の方を向きながらエルタナスィアがレティシアに説明している。
「巫女さんは大丈夫ですよネ。じゃあこっちに来ても良い、って言っても仕方ないですネ」
「そうねぇ」
レティシアが事情が分かったようでクふふふ! と楽しげに笑っている。エリタナスィアは少し悲しみに顔を歪めている。
「? どうしたんですカ、エリスさン」
「ねぇ、シーアちゃん」
「はイ」
「リツカさん、泣いた事ある?」
リツカに見せたことがない真剣な顔でレティシアに尋ねる。
「涙を見せたのは一回、泣きそうになったのを含めればニ回だそうでス」
自身が集めた話とライゼルトから聞いた話を思い出しながら応える。
「そう……」
「どうしたのでス?」
「泣いた理由って分かる?」
「マリスタザリアを倒す際、巫女さんを守るのを優先した事を悔いたとのことですけド」
レティシアが詳しく説明する。話を聞くほどにエルタナスィアの顔が曇っていく。
「ありがとう、シーアちゃん」
「構いませんガ、何かあったのですカ?」
レティシアが訝しんでいる。
「――アリスがどうして、一歩踏み込めないのか分かったから」
「え?」
エルタナスィアは応えるが、要領を得ない。
聞き返すレテシィアにエルタナスィアが伝える。
「ごめんなさいね。アリスが話すまで待ってあげて?」
「ハ、はイ」
レティシアは良く分かっていないが、エルタナスィアの見せる悲嘆に頷くしかなかった。




