後日祭⑩
「んで? アンタのほうはどうなったんだ?」
「どう、とは?」
ライゼルトがぶっきら棒にコルメンスに話しかける。
「惚けんな。女王とは進展があったのか? 大通りに行く前より浮ついとったが」
「やはり、ライゼさんには分かってしまいますか」
頬をぽりぽりと掻いているコルメンスは困ったように笑っている。
「王国も共和国もずっと待っとる」
ゴミを拾いながらライゼルトは呆れた顔を浮かべた。
「私としては貴方とアンネの挙式が何時なのかが気になるのですけど」
「……まだ気が早ぇ」
「アンネは何時でも良さそうですよ」
「うぐッ」
煙に巻こうとしているコルメンスには気づいているが、自身の不甲斐なさも自覚しているため強く言えない。
お互いその気があるのに一歩が踏み出せない。男二人は物事を深く考えすぎていた。
「明日、エルヴィ様に時間を頂こうと思っています」
真剣な顔でコルメンスが告げる。
「そうか、挙式は何時なんだ?」
「これは、アルレスィアさんとリツカさんには内緒でお願いします」
コルメンスの目を閉じ懇願する。
「ん? 構わんが――」
「……お二人が平和を創ってから、挙げます」
少し間を置き、コルメンスが言う。
「そうか、確かに言わんほうが良さそうだ」
「はい」
二人が平和を創ってから挙げる、新しい時代と共に平和な世界を続けていくという決意もあるのだろう。だが、アルレスィアとリツカにとっては重圧となる。だからまだ言わない。
「それで、ライゼさんの方は――」
「そろそろ裏通りに行くか、あっちの方が多い上に拾う奴が居ないからな」
「あっ! ちょっとライゼさん!?」
スタスタと足早に歩いていくライゼルトを、コルメンスが追いかけていく。
「アリス、リツカさん」
「お母様?」
エリスさんがやってきました。手に持っている袋にはゴミがたくさん入っています。商業通りから来た様に見えました。
「お父様もゴミ拾いを?」
「えぇ、もう少しでこちらに来るでしょうね」
私を見ながらエリスさんが困ったように言います。どうやらまだ整理がついていないようですね。
「お父様には呆れました、いい加減大人になって欲しいです」
「あの人も貴女の事を心配しているのよ」
「それは、分かっていますが」
アリスさんも譲れないようです。仲違いって訳でもないですし、お互いの気持ちは理解しているようですから時間が解決するでしょう。親子喧嘩ってそうなんでしょうね。
「リツカ殿」
「はい」
ゲルハルトさんがやってくるなり、私に声をかけます。随分と、久しぶりに感じてしまいますね。
「少しよろしいか」
「えっと、はい」
ゲルハルトさんの誘いに、少しアリスさんを見ましたけど、重要な話っぽいので目に入る範囲内であれば。
「今までの非礼申し訳ない」
「気に、しないでください。ゲルハルトさんがアリスさんを心配しているのは分かっていますから」
ゲルハルトさんがアリスさんを大切にしているのは分かっています。だから謝罪は必要ないと、集落の時から思っていました。
でもゲルハルトさんは、何かを考え込むようにしています。
「……娘の事は、大切か?」
「自分よりずっと」
「命よりも、と?」
「いえ、私の命は――私だけの物ではないと、学びましたから。死んでしまっては、アリスさんを守れません」
盾を貫く敵が出てこない保障はありません。その際、誰よりも早く敵を倒す事が守る事になるのです。
昔は、命を捨ててでもという考えでしたけど……。
「そうか……」
一言呟き、私の発言を吟味するかのように目を閉じています。
「リツカ殿」
そして、私の名前を呼び目を開きました。その目に、覚悟と決意が見えます。
「娘を、頼みます」
「もちろんです。集落の時から――いえ、出会った時からずっと変わりません」
私の決意の炎は揺らぎません。ただただ真っ直ぐに、目標に向かって燃え盛るのです。
「ずっと、最期まで。私の手で」
守り続けます。
「アリス、私はリツカさんが勘違いしちゃっているように見えるの」
「……お父様が悪いのです。変に言葉を省略するから」
「ほっとしているのでしょう? 最初に想いを伝えるのは貴女から――」
「お母様!」
アルレスィアとエルタナスィアがリツカとゲルハルトを見て話している。
ゲルハルトの頼みは、二人が思った通りの意味だ。リツカだけが、そのままの意味で受け取っている。
「……リッカさまが話してくれるまで、私は私の想いに蓋をするつもりです」
「それでいいの?」
アルレスィアの呟きに、エルタナスィアが眉間に皺を寄せる。
「良いのです。今の私には――」
「はぁ……貴女の気が済むようになさい」
アルレスィアが涙を我慢し、かすれ声で呟く。
それに呆れたように、エルタナスィは首を横に振った。
「でもね、アリス」
「……」
「言うべき時は、しっかり見極めなさい。リツカさんが話す、話さないに関わらず、貴女の意思で」
「――はい」
「後悔だけはしちゃダメよ」
「もちろんです」
アルレスィアの目から涙が拭われる。真っ直ぐにリツカを見つめるその瞳には、淡い感情が灯っている。
それを見るエルタナスィアの顔は笑顔になり、安堵している。もう心配ないだろうと、ゲルハルトの下に歩き出した。
「アナタ、そろそろ行きますよ」
「あぁ」
「リツカさん、娘をお願いね?」
「はい」
エリスさんも、ゲルハルトさんと同じ様にお願いして歩いていきました。最後に微笑みかけて、私の頭に手を伸ばしています。
私は、どうしようかと迷いました。神さまの時のように避けようとする体を自覚したので。
「お母様」
アリスさんが駆け寄って来てくれて、私をぐいっと抱き寄せました。
「アリス、少しくらいいいじゃない?」
エリスさんが少し頬を膨らませて怒った様にしています。
「私だけの特権です」
「アリスさん?」
アリスさんが真剣な表情で私を庇うように目を光らせています。
それは、恥ずかしいです。色々な人が窺っている最中でそれは……本当のことでも、もうちょっと声を抑えてくださいね? かっこよくて、素敵ですけど……。
「じゃあ貴女を――」
「っ」
エリスさんの言葉に、思わずアリスさんを強く抱きしめてしまいます。
「リッカ、さま?」
「あの、えと……」
体が勝手に動いたことなので、どうしましょう。
「私の……特権、です」
顔が赤くなっていくのが分かります。隠そうにも、両手はアリスさんを抱きしめる為に使っています。
アリスさんの体に顔を押し付けるしか、方法がありませんでした。
「可愛い……」
アリスさんがそう呟き、私を撫でてくれます。私は自分の心臓の音しか聞こえない程、今の状況に集中してしまいました。
「あらあら……」
「……」
エルタナスィアはその光景を楽しげに眺め、ゲルハルトは周囲を睨むようにみている。
リツカがアルレスィアの肩に顔を埋め、耳を真っ赤にしてぎゅーっと聞こえてきそうな程、アルレスィアを強く抱きしめている。
それを受け止め、リツカの頭を撫でているアルレスィアの顔は幸い誰からも見えないようだ。その表情は蕩けきっており、常人には刺激が強すぎたことだろう。撫でる手は優しさに満ち溢れ、喜びと嬉しさ幸福感や充足感、全てを足した表情でリツカを愛でている。
それ故に、唯一見えているエルタナスィアとゲルハルトは気が気ではない。エルタナスィアは”転写”を撮りつつ、アルレスィアが死角になるように移動し、ゲルハルトは周囲を睨み視線が向かないように牽制している。
その甲斐あって誰にもアルレスィアの表情は見られなかったが、エルタナスィアが取った写真はしっかりと残り、リツカの真っ赤になった耳と撫でられる度にぴくんと震える体は、隠し切れなかった。
『刺激的な場面に出会ってしまったけれど、もう少し眺めていようか』
『まだ少しも集まっていないゴミの問題は解決していないけれど、景品以上の物は手に入っただろう?』
出会った人々のお陰で、二人は急成長した。多くを学び、多くを感じ、多くを得た。それを生かすために、二人で努力なさい。
『いよいよ時間がないね。アクセサリーも欲しいだろうし、そろそろ声をかけてあげよう』
流石に、リツカも限界だろう。幸せに押し潰されそうだ。




