後日祭⑤
エルヴィエールが後ろを気にしている。
「シーアですか?」
コルメンスが笑いながらその様子を見ている。
「リツカさんたちの所に行っているはずですよ」
「えぇ、それは分かって居ますが……尾行技術が上がっているようですから分かりません」
最大限に警戒しながらも、楽しげに現状を受け入れている。
「こちらを飲んで、少し落ち着きますか」
コルメンスが指差した先には喫茶店がある。
「確かここのホットミルクは絶品と聞いています」
「それは楽しみですね、参りましょう」
コルメンスが差し出した手をとり、エルヴィエールが先ほどまでの警戒を解き歩き出す。これでまだ交際していないと言うのだから、国民たちもじれったい事だろう。
「いらっしゃいませ――!?」
「驚かせてすまない。二人分の席はあるかな?」
申し訳なさそうにコルメンスが尋ねる。
「は、はい!」
まだ新入りと思われる店員は緊張しきっている。コルメンスだけでも直接会う機会など殆ど無いというのに、エルヴィエールまで一緒なのだから仕方ないだろう。
窓側の席に通される。少し時間があいたが、店長の女性が少し悪知恵を働かせた。
その席は埋まっていたけれど、座っていた二人にお願いして空けてもらったのだ。元々座っていた二人は、ホットミルク一杯と軽食をどれか一つを無料にしてもらう代わりに奥の席に座ってもらっている。
そして今コルメンスとエルヴィエールは、知らず知らずのうち集客に力を貸していた。
「ここのホットミルクは蜂蜜を使っているそうです」
「はちみつ、ですか?」
蜂蜜自体は珍しい物ではない、紅茶には蜂蜜やブランデー、ジャムを入れている。しかし、ミルクに入れるというのは共和国にない発想だった。
「蜂蜜とブランデーで味わい深い甘さと評判です」
「それは楽しみですね」
コルメンスの説明にエルヴィエールが笑顔で期待している。
「こちらをお願いします」
「ひゃい!」
緊張で声が上擦りながらも対応する女性店員を微笑ましそうに見るコルメンスと、少しむくれている様にも見えるエルヴィエールが雑談を交えながら待っている。
「明後日までの滞在でしたね」
「えぇ。名残惜しいですが、フランジールも心配ですから」
寂しそうにコルメンスが呟く。
そんなコルメンスにくすりと笑いながら、エルヴィエールが見詰めていた。
キャスヴァルと隣接しているため、王国周辺程ではないがマリスタザリアが多く発生している。エルヴィエールの留守を守っている軍は精強だ。ちょっとやそっとでは崩れないだろう。
しかし、女王が居るかどうかで士気は大きく変わる。レティシア程ではないが、共和国民の殆どはエルヴィエールを敬愛している。
「明日、時間をもらえませんか?」
「え? それはどういう――」
「お、おまたせしました!」
緊張した店員が大声で遮ってしまい、エルヴィエールの質問にコルメンスが応える事は出来なかった。しかし、何のために時間が欲しいかなんてコルメンスの顔を見れば一目瞭然だろう。
「やっとですか? やっとですね?」
「あのぅ、ホットミルクとホットサンドをお持ちしました」
「そちらにお願いしまス」
お店に入った時はどうしようかと思いましたが、窓際からは入り口が見えなくて助かりました。なんとか死角も確保できましたし、会話も聞こえていました。
国王さんのあの真剣な顔と決意の目は間違いありません。
「すぐに情報部に知らせて準備を進めなければ……。あ、これおいしいです。後で巫女さんとリツカお姉さんにも教えないと」
あの二人は王国に結構住んでるのに何も知らないんですから、もっと見て回った方がいいです。
なんにしても――。
「二組同時の結婚式が見れそうですね」
お姉ちゃんの門出は寂しいですが、幸せなのが一番です。
「あ、部長さんですか。レティシアです、その節はどうも。実はやっと――」
「シーア?」
「後でかけ直します。奇遇ですね、ここで会えるなんて!」
接近に気づきませんでした。でもどうして? 国王さんといい雰囲気に――。
「……」
国王さん、固まってますね。そこまでの覚悟が必要だったんですか? リツカお姉さんくらいスラスラと恥ずかしいセリフを言ってくださいよ!
「フランジールに帰ってくるまで我慢してあげようと思ったけど、先に説教しなきゃね?」
「え、まだ何も」
「まだ、でしょ?」
今のお姉ちゃんには何も通じません。逃げるしか……。
「シーア」
肩に手を置かれました。細い腕ですけど、私では抜け出せません。
「リツカお姉さんに、武術を教えてもらうべきでした」
きっと力を入れずに抜け出す方法とか知ってます。
「さぁ、あっちへ行きましょう?」
あぁ、せっかくのホットサンドが冷めてしまいそうです。
「おい……お前がいけよ」
「嫌だよ!? 今のあの二人に声なんてかけられないって」
男たちが小声で話している。
コルメンスとエルヴィエールに絡んでいた男たちを引き連れた警備が、広場の入り口付近で動けずにいるようだ。
今でも二人でベンチに座って目を閉じている幻想的な光景を崩すわけにはいかないと、声をかけずにいるのだ。
祈りに来た人々もその光景に、まるで教会の女神像に祈りを捧げる様に静かに膝を折っている。
二人は眠っているわけではないが、起こしてはいけないと周囲から音が消える程の静寂を生み出している。
水が流れ、風が吹きぬけ、鳥が囀る。そんな小さな音だけがその場を支配していた。
「あら、どうしました?」
「エ、エルタナスィア様!? お声をかけていただき光栄です!」
エルタナスィアが警備の二人に声をかける。それに小声で恐縮する二人だが、顔は少しだらしなく崩れている。
「……」
ゲルハルトが睨むが、余り効果がないようだ。
「じ、実はこちらの傷害未遂犯を巫女様方に浄化してもらいたいのですが……」
「あら、ごめんなさいね。今二人を起こしますから」
「へ?」
そういってエルタナスィアが二人の元に歩いていく。
私達に近づく気配があるので、目を開けます。眩しい……。
「お母様? どうしました?」
「どうしたではないわ。皆さん困っていますよ」
アリスさんも目を開けています。
エリスさんの言葉に周囲を見ると、こちらを窺う人で溢れていました。
それなりに長い時間、目を閉じてしまっていたようです。
「申し訳ございません、つい……」
「まぁ、仕方ないわね。リツカさんも少し疲れが見えますし」
やっぱり、エリスさんにもお見通しのようです。私を見ながらため息をついています。
ですけど、結構回復しました。これならば夜まで持つでしょう。
「とにかく、アリス? あちらで警備の方がお待ちよ」
「はい、すぐに浄化致します」
アリスさんが立ち上がって向かっているので、私も立ち上がります。
「っ――」
立ち眩みがして、ふらついてしまいます。
「リッカさま――」
「あら、大丈夫?」
エリスさんに支えられました。
「あ、ありがとうございます」
「いいのよ? まだ休んで――」
「お母様!」
エリスさんの言葉を遮って、アリスさんが私の頭を庇うように抱きます。アリスさんの香りと、太陽の香り、そして柔らかさが――。
「ア、アリスさん?」
「~~~~!」
エリスさんを威嚇するように、私を強く抱きしめ睨んでいます。
「まったく……。取ったりしないわよ?」
『成長したと思ったけど、まだまだだね? アルレスィア』
エリスさんと神さまが同じ様に、困った顔に笑っています。
どういうことかは、分かりませんが……。アリスさんの腰に手を回し、しばらくその暖かさを感じることにしました。
「あの……」
「はぁ……」
困惑顔の警備の方と、大きなため息と諦念を滲ませたゲルハルトさんが、視界の隅に見えました。
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