後日祭④
「ライゼさん、早かったですね」
「あぁ、巫女っ娘からこの辺で悪意を感じたと連絡を受けてな」
警備たちが男達を広場に連れて行くのを見送りながらコルメンスがライゼルトに尋ねる。
「アルレスィアさんが?」
「きっト、リツカお姉さんが感知したんでス」
やっと落ち着いたレティシアがコルメンスの疑問に答える。広域感知中のリツカなら二キロまでなら対応できると伝えている。
「巫女ってのは相変わらず常識が通じんな。なんにしても迅速な解決が出来た、飯でも買っていってやるか」
「そうですネ」
ライゼルトの提案にレティシアが喜んで頷いている。
「さて、シーア?」
エルヴィエールが困った様な笑顔でレティシアを呼ぶ。
「はい」
薄々何を言われるか分かっているレティシアは潔く応える。
「貴女の気持ちを知っているから強くは言わないけれど、やりすぎよ?」
「リツカお姉さんに中てられたようです」
「そうね、話に聞いていたリツカさんの様だったわ」
ケロっとした様子でエルヴィエールの叱咤を受け流すレティシア。守りたい対象の危険に手加減できないのはリツカの様だった。
エルヴィエールも、アルレスィアの危機に人が変わった様に好戦的になるリツカの事は聞いている。
「だけど、リツカさんは不必要な怪我はさせないんじゃなかったかしら」
「そこまで手加減できませんでした……」
エルヴィエールがレティシアの頭を撫でながら優しく諭す。それにやっと反省した様子でレティシアが頭を下げる。
リツカは確かに手加減しないが、怪我はさせないように気をつけている。運良く怪我をさせなかっただけの場合も多々あるけど。
「守ってくれてありがとう、シーア。流石私の妹ね」
「――もちろんです」
エルヴィエールの笑顔に、レティシアも満面の笑みで応える。
そんな光景に、共和国の人間は何時もの様に仲の良い姉妹に表情を綻ばせ、王国の人間はエルヴィエールの親愛を垣間見て微笑む。
コルメンスも微笑ましそうに見ている。
「本当なラ、国王さんの見せ場の邪魔をしちゃいけないと思ってたんですけド、ついやってしまいましタ」
「シ、シーア!?」
「あんさんはイジらんと気が済まんのか」
誰が見ても照れ隠しのレティシアの言葉に、不意打ちを受けたコルメンスが動揺する。ライゼルトが思わず突っ込んでしまう程の動揺だった。
「久しぶりにコルメンス様の格好良いところを見れると思ったのですけど、それだけは残念だったわね。シーア?」
エルヴィエールがレティシアの言葉に乗る。少し意地悪な表情をした二人に、コルメンスは――。
「あ、えっと……も、申し訳ございません。また訓練し直して今度こそは守りきって見せます」
肩を落とし、鍛えなおそうと決意するのだった。
「リッカさま、解決したようです。今対象がこちらに連行されてきます」
「うん、ありがとう」
アリスさんが報告をしてくれます。
大通りで感じましたが、何だったのでしょうか。
「どうやら、陛下と女王陛下が狙われたようです」
「大丈夫だったの?」
「はい。シーアさんが見ていたので、すぐに取り押さえたとのことです」
「それなら安心だね」
アリスさんが安堵の表情を浮かべます。
まさか、二人を狙うなんて……。それにしても、護衛もつけずに行ってたんですね。
何にしても、シーアさんが居るなら問題なかったでしょう。シーアさんは私と一緒で、守るべき人の危機を見過ごしません。
「じゃあ、また少し黙っちゃうけど」
「いえ、少し休みましょう。リッカさま」
アリスさんがハンカチで私の額を拭います。どうやら、結構汗が出ていたようです。
「肩で息をしています。他にも警備は居ますから」
「うん。じゃあ、ちょっとだけ休むね」
そのまま、後ろのベンチに腰掛けます。アリスさんが隣に座って、水を入れてくれました。
「ありがとう、アリスさん」
「はい」
アリスさんが心配そうにしながらも、笑顔をくれます。その笑顔だけで、まだやれる気がしますけど、目の奥がじんじんとします。偏頭痛のような感じです。流石に……連続は無理ですね。
「目を閉じるだけでも少しは違います」
アリスさんがそう言って、私の目に手を当てます。
「うん、ちょっとだけ――」
「はい」
目を閉じると、アリスさんの手が離れていきました。少し不安に……。
そんな事を考えていると、私の手にアリスさんの手が重ねられて、肩にアリスさんの頭が乗せられました。
視覚がない分、手の感触や頬をくすぐる髪、香り、アリスさんの小さな吐息が強く感じられます。
心臓が跳ねますが、まるで”神林”に居るかのような柔らかな風と、アリスさんの体温と鼓動に私の心はゆっくりと、落ち着きを取り戻していきました。
「気持ち良いね」
「はい、リッカさま」
アリスさんの頭に乗せるように頭を傾け、風とアリスさんだけを感じていました。
「声かけ辛いな」
「今は止めておいたほうがいいでしょう」
「そうだな、後で新しいのを買うか」
ライゼルトとアンネリスが、アルレスィアとリツカのために饅頭を買ってきたけれど、二人の様子に近づけずにいる。
ライゼルトが周囲に意識を向けると、頬を染めてその光景を見る女性達や、凝視するわけにはいかないと思っているのかチラチラと見る男性達が居た。
櫓はまだあるけれど、噴水によって水が煌き、澄み渡った空の青と、白銀と深紅の髪が折り重なった光景は、一枚の絵画の様に美しかった。
「こいつをどうするかだな」
ライゼルトが饅頭を見て呟く。餡かけのようなとろみのある種と、豚、山菜と筍等様々な味が楽しめるようになっている。
「食べるか?」
一つとってアンネリスに差し出す。
「はい」
アンネリスが口でそれを受ける。ライゼルトは固まっている。
「餡が皮に染みこんでいておいしいですね」
まだ少し熱かったのか、はふはふと息を吐きながら感想を述べている。普段のクールな彼女からは想像できない愛らしい姿だが、ライゼルトは固まったままだ。
「ライゼ様もどうぞ」
そうやってアンネリスが差し出す。アンネリスはリツカの世界で言う天然だ。
「お、ぉぅ」
「では」
口元にアンネリスが持っていく。自分がそうだったからライゼルトにもという考えだ。深く考えての行動ではない故に、ライゼルトは不意打ち気味に直撃を受けてしまった。
(結構慣れてきたと思ったんだがな……! しかし、剣士娘と巫女っ娘はなんであんな簡単に出来たんだ!?)
ウィンツェッツとの決闘に行く前によった場所で、二人は食べさせ合いをしていた。それを見ていたライゼルトがいざ自分もやるとなった時に思うのだった。
(覚悟を決めるしかねぇ)
喉を一鳴らしして、ライゼルトが意を決しかぶり付く。
動揺と震えで上手く口に入らなかった為、口の端から零れてしまった。リツカと違い、まだまだ精神修行が足りていないね。
「ついていますよ」
アンネリスの追い討ちがライゼルトを襲う。微笑みながら伸ばされるアンネリスの手、そして指がライゼルトの口元に触れ、拭いとる。
「お、おう。すまん――」
「少々下品ですが」
お礼を言おうとしたライゼルトだが、アンネリスが拭った餡をそのまま嘗めたのを見て、完全に沈黙してしまった。
「私もリツカお姉さんに渡そうと思って来ましたが、これはこれは」
まさか、あそこまでとは。
「アンネさんにはつくづく驚かされますね」
お師匠さんが形無しです。あそこまで手玉に取られるなんて。クふふふ!
「良い物も見れましたし、リツカお姉さんは巫女さんと休憩中の様です。後で渡しましょう」
リンゴ飴ですからいつでも渡せますし、後で三人で一緒に食べます。
「お姉ちゃんの方に戻りますか。あちらも先ほどの件で少しは接近したはずです」
結局私が見せ場を取ってしまいましたが、庇っていた国王さんは男らしかったですし。
「あの男らしさのまま、さくっと告白して欲しいですね」
そうなれば国王さんがお兄さんですか。それは、想像できませんね。




