鎮魂祭⑭
「リッカさま」
アリスさんが私の袖を引き促します。
そういえば、アレを聞かないといけません。
「神さま」
『なんだい?』
「……どうして私は名前をちゃんと言えないんですか!」
『え?』
ちょっと焦りすぎました。困惑しちゃってます。
「あるれしーあさんとか! れてしあさんとか! えるびえーるさんとか!」
「なんで舌足らずになるんですか! 他はちゃんとしてるのに……!」
今まで溜まっていたものが一気に吐き出されます。かなり困ってます。アリスさんに関しては、良い思い出ですけど!
『あぁ、それはねリツカ。嫌がらせってわけではないんだ』
「どういうことです?」
アリスさんが語調を強めて聞きます。
『私は子供達の名前を大切にしているだけだ』
「大切?」
愛する子供達ってことですよね。
『そう。大切な子供達の名前だからね、そこに干渉したくなかった』
『きみに施した翻訳だけどね。きみがこの世界の言葉を理解できるようにしているだけでね』
『きみの言葉が他の者に聞けるのはアルレスィアを介して、私が補正をかけているんだ』
『普通の会話程度ならこっちでガンガン補正かけてるんだけど、名前だけはちゃんとした発音を心がけている』
『だからね、名前だけはきみの舌がついていってないんだ』
アリスさんのお陰で私がこの世界の人と話せているってことですね。
私に施されているのは、聞くことだけで話すのは別と。
「つまり、リッカさまは……」
アリスさんが微笑ましそうに私を見ます。
「結局、私の舌足らずってことじゃないですかっ!」
『そうなるね』
ハハハッと笑う神さまに多少の怒りを抱きますが、八つ当たりなので我慢します!
『もし私が補正を切ったらどうなるか、してあげようか?』
「やめておきます。じぇったいへんにゃりますかりゃ」
「――っ。アルツィアさま!」
『ごめんごめん』
アリスさんが私を頬を染めて愛でるような目で見ていたかと思うと、楽しげに笑っている神さまを叱りました。
どうやら補正をきられたようです。
「……」
「リッカさま?」
「……」
「アルツィアさまのせいですよ!」
『ごめんよ。もう補正してるから喋って大丈夫だよ? リツカ』
(本当でしょうね?)
神さまが珍しく本気で焦りながら冷や汗を流しながら言っています。確かめます。
「アリスさん」
「はい、ちゃんと聞こえていますよ」
アリスさんがニコニコと確認してくれます。
「ありがとう」
「はい」
アリスさんが頭を撫でてくれます。
照れくさくなって、私は少し顔を伏せてしまいます。
『最初に出る言葉がアルレスィアか。集落の時よりかなり――」
神さまがにこやかに、私達を見ていました。
「お姉ちゃん?」
「シーア!」
ひょっこりと扉から顔を出したレティシアに、エルヴィエールが駆け寄る。
「元気にしてた? 風邪とかはない? 少し大きくなったからしら」
「お姉ちゃん恥ずかしいです……」
エルヴィエールがレティシアを抱きしめ体の調子を確かめている。レティシアは珍しく恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
「さっきまで女王陛下に会いたい会いたいと言っていた娘っ子の反応とは思えんな」
ライゼルトがそんな様子を苦笑いながらも微笑ましそうに見ている。
「うるさいでス。アンネさン、お師匠さんが会いたくて会いたくて胸が苦しイ、って言ってましたヨ」
レティシアが反撃としてアンネリスに告げ口する。少々大げさにだが。
「うぉぉい!?」
「ラ、ライゼ様……」
「あっ、いや……く、魔女娘ぇ覚えてろよッ!?」
否定しようとしていたライゼルトだが、アンネリスの赤くなった顔を見て二の句を継ぐことが出来ない。
捨て台詞をはくことくらいしか出来なかった。
「ライゼさんとアンネがこんなにも焦るなんてね」
コルメンスがニコニコとしているが
「何を悠長に構えているんですカ」
「え?」
「いつになったらお姉ちゃんと結婚するんでス? 国民皆待ち望んでいますヨ」
「……」
「シーアっ!」
コルメンスが固まり、エルヴィエールがレティシアの口を塞ぐ。が、力が余り入ってなかったのだろう。するりとレティシアが逃げていく。
「私で遊ぼうとするのが間違いだったんですヨ」
勝ち誇り、楽しげに眺めていたエルタナスィアと少し面食らった様子のゲルハルトの下に、レティシアが行く。
「初めましテ、レティシア・エム・クラフトでス。巫女さんとリツカお姉さんにはお世話になってまス」
フードをとり、頭を下げる。
「ご丁寧に感謝します。ゲルハルト・クレイドルです」
「ありがとう、レティシアさん。エルタナスィアよ。その様子だと、二人の方が御世話になってそうね?」
ゲルハルトがレティシアの丁寧なお辞儀に返礼する。
エルタナスィアはレティシアが四人を軽々と捌ききった様子を見てそう予想立てる。
「二人共お互いのことになると少々、ポンコツさんですかラ」
レティシアが楽しげに笑う。
「そうね。もう少し落ち着いてもいいのにね」
クスクスとレティシアと笑いあう。悪戯っ子どうし、通じ合うものがあるのだろう。エルヴィエールともすぐに仲良くなっていたからね。
「お二人は居ないんですカ?」
レティシアがアルレスィアとリツカを探している。
「少し休憩しているわ。直に戻ってくるはずよ」
コルメンスと見詰め合っていたエルヴィエールが戻ってくる。
「そうなんですネ」
「寂しい?」
微笑みながらエルヴィエールがレティシアに問いかける。
「そこまで子供じゃないでス」
「あら、私が演説台に上がった時は寂しかったって顔に書いていたのだけど」
「うっ」
姉妹のじゃれ合いに空気が柔らかくなる。
『来たようだ』
「では、私達も向かいます」
『ゆっくりおいで』
神さまがシーアさんとライゼさんの来訪を告げます。
私達も向かおうと立ち上がる頃には、神さまは姿を消していました。
「演説、うまくいったよね」
「はい、きっと皆さんには届いたはずです」
急に不安になって、アリスさんに尋ねてしまいます。
「嘘にならないように、一層頑張らないと、ね」
「えぇ、二人で」
「うん、二人で!」
想いが全て伝わっていなくても、アリスさんと共に歩むことに変わり有りません。
絶対に、平和を創るんです。
「戻りました」
部屋に戻ると、シーアさんとエリスさんとエルさんが仲良く話していました。
危険な組み合わせですね、イジり倒されそうです。
「おかえりなさい。ちゃんと休めた?」
エリスさんがニコニコと言います。何故か別の意味に聞こえてしまいます。なんでしょう。
「はい、しっかりと休みました」
アリスさんが応えます。
『まぁ、元々あまり疲れてなかったから』
「アルツィアさま」
「今日は疲れてるだろうから、ちゃんと休みなさい?」
神さまの言葉を遮ったアリスさんの反応に、エリスさんが何かに気づいたのか呆れた様に言います。
「ちゃんと休みました!」
アリスさんが少し頬を染め反論します。
「アリスさんはしっかり休んでましたよ」
私の肩に頭を乗せて目を閉じていたアリスさんを思い出します。
「それなら良いのだけれど」
頬に手をあてエリスさんが苦笑いをしました。
「アルツィア様は今もいらっしゃるんですよネ」
シーアさんがアリスさんと私の間あたりに視線を向けます。
残念ながら、神さまは今シーアさんの後ろでシーアさんを観察しています。
「はい、四日間滞在なさるそうです」
アリスさんが神さまの居る位置を言わずに応えます。後ろで観察しているなんて言われたら緊張するでしょうからね。
「どうにかして姿って見れないですかネ」
どうやら姿を見たいらしいです。
「んー、転写とか映像とかに映りこまないかな」
『リツカ、私は幽霊じゃないよ』
ですよね。心霊写真みたいにいけるかと少しだけ思ってしまいました。
「無理をすれば神格が落ちてしまうかもしれません。いくら会いたいと思っていても我慢してくださいよ。アルツィアさま」
『分かっているよ。流石に落ちすぎると今後の調整に支障が出てしまうからね』
アリスさんが神さまを心配して釘を刺します。調整が行われなくなった世界は、死が待っています。
「存在を感じられただけでも、今年の神誕祭に来た甲斐がありましたね」
エルさんがシーアさんの頭を撫でながら言います。姿は見えなくとも、確実に神さまの優しい存在は感じられています。
「アルレスィアさんやリツカさんが言っていた、アルツィア様の優しさに包まれているというのが良く分かるわ」
「こんなにも心が落ち着くんですもの」
エルさんが神さまの優しさを噛み締めるように目を閉じ微笑んでいます。
この場に居る皆、そして街に居る人たちも、感じていることでしょう。世界を愛し、そこに生きる全ての人を子供と呼び慈しむ、神さまの優しさを。
「疑っていた訳じゃねぇが、こんなにもはっきりと分かるもんだとはな」
「そうですね、お二人は知っていたのですか?」
ライゼさんとコルメンスさんがしみじみと言います。そして、ゲルハルトさんとエリスさんに尋ねます。
「”神林”が特別な空間というのは知っていました」
「ですけど、それがアルツィア様のものとは思っていませんでした。あくまで”神林”が放っているものと」
二人が困惑気味に応えます。
「アルツィアさまは”神林”から出ることが出来ないので、あながち間違いとは言い切れません。今回は特別であり、そのお陰で判明しただけですから」
アリスさんが補足します。
本来”神林”にしか居ない神さまですから、”神林”が放っているようなものと思っても大丈夫でしょう。今回は異例中の異例でしょうね。”神の森”にきたことはあるみたいですけど、あそこはどうやら”神林”と繋がっているようですし。
「色々と策をめぐらせましたが、最終的にお二人を知ってもらうことも、巫女様としての力もしっかりと国民に知らしめる事も出来ました」
コルメンスさんが今回の行事を振り返ります。
私達のためになにやら計画していたようです。
「演説というより私達の紹介だったように感じたのですけど」
アリスさんが苦笑いで皆を見ています。
「あまりにもお二人の噂が錯綜し、特にリツカさんに関しては――正直酷い有様だったものですから」
コルメンスさんが申し訳なさそうに私を見て言いますが、私はあまり気にしていません。
「逆の立場だと信用してもらえるとは思えませんから、気にしてないです。異世界の人間なんて、そうそう信じてもらえませんし」
「リツカお姉さんの知識の偏りとカ、この世界の人との違いを知れば信じられますけド、話してみるまで分かりませんからネ」
シーアさんがテーブル上のお茶菓子を食べながらフォローしてくれます。晩御飯前にそんなに食べて大丈夫なのでしょうか。……大丈夫そうですね。
「結果として、全て丸く収まったからな。神様の登場は誰にも予想できんかったが、一番の援護だったろう」
「そうですね。これでアルレスィア様とリツカ様が本当の巫女であると、皆理解したでしょうから」
『私はそこまで考えてなかったけどね。リツカが困ってたし、行けそうだったから来ただけなんだよね』
ライゼさんとアンネさんも関わっていたようです。色々な人に支えられていると痛感します。
そして神さま、茶々を入れてはいけません。
「神林では常に存在を感じていましたし、先代巫女が気難しい方でしたから」
「集落の年寄り達にも見せたかったが、若い守護者達は数人来ている。その者達だけでも知れたのは僥倖だろう」
「そうね」
エリスさんとゲルハルトさんが集落に思いを馳せています。きっと、まだ集落のお年寄りたちはアリスさんを完全に信用していないのでしょう。巫女となって”光”を受け継げたからあの様な態度でいたのかもしれません。
私の感情や気持ちが分からないとはいえ、アリスさんを疑っていながら、私を信用するなどと。
……いけません、キレすぎです。落ち着かないと。アリスさんは赦しているのに、私がこんな事ではいけません。全ての人を救うと言ったばかりなのですから。
『先代か、あの子は思い込みが激しかったなぁ。騙されやすい性格もしていたから心配した記憶しかないよ。……アルレスィア』
「――は、はいなんでしょう」
『いや、きみがが余りにも嬉しそうだったからね』
「そ、そのようなことは……」
『その顔では説得力がないよ』
神さまが笑いながら先代を思い出しています。やっぱり巫女として選んだ程の方ですし、思い入れもあるんでしょうね。複雑な気持ちになってしまいます。
アリスさんと何か話していますが、お互い嬉しそうにしていますし悪いことではないんですよね。――やっぱり、もやもやします。
「リツカお姉さんの魔力が荒ぶっているのですけド」
「集落の年寄り達に怒っているのでしょうね」
「アルレスィアさんを迫害していたからでしょうか」
「リツカお姉さんが怒るのは巫女さんに何かあった時だけでス」
レティシア、エルヴィエール、エルタナスィアが小声でリツカのことを話している。アルレスィアに集中しているリツカには聞こえない程度の声だ。
「アナタがあんな事を言うからよ」
「む、う……」
エルタナスィアがゲルハルトを窘める。
年寄りがまだ完全には信用していないと匂わせてしまった。リツカはそれだけで完全に状況を理解している。アルレスィアから過去を聞いていたことも要因だ。
何より当時のアルレスィアの悲嘆を知ったからこそ、リツカの怒りは激しい。目の前に年寄り達が居れば一言申したことだろう。




