鎮魂祭⑬
「皆様、ご清聴ありがとうございました。これより、祈りを始めます」
「本日は、アルツィア様もおいでになって、いるようですので」
アンネさんがどう言えばいいのか迷っています。
『気にしなくていいと伝えておくれ』
「アンネさん、気にしなくても良いとのことです」
「は、はい。では、皆様……黙祷を」
全員祈りに手を組み、しばし世界が静寂に包まれました。
「――ありがとうございました。これにて鎮魂の儀を終わります」
アンネさんの言葉で世界に音が戻ってきます。
「最後に贈り物として、アルスクゥラの花が贈られます」
私も、もらえるんですよね。
順々にもらっていっています。コルメンスさんの好きな花ということもあって、コルメンスさんは嬉しそうに、エリスさんとエルさんは優雅に、ゲルハルトさんは少し緊張気味? に。
「こちらを」
「ありがとうございます」
アリスさんが笑顔で受け取ります。
青い花がアリスさんにぴったりですね。すごく、綺麗。
「……」
アリスさんが頬を染めて戻ってきました。あるすくーらの青と、アリスさんの白銀の髪と赤い瞳、ほんのり赤く染まった白い肌が一つの花束のように豪奢でありながら可憐さを携えた光景となっています。
「リツカ様」
「はい」
アンネさんに呼ばれて向かいます。
「こちらと――こちらを」
私にはもう一つ渡されます。
「これは」
「ロミィからです、”神林”が好きならこれも好きだろうと」
渡されたのはつあるなの香りがする押し花の栞でした。
「これって、あの……?」
「そうです。ツァルナが咲かせる花です」
ピンクの花が綺麗です、桜よりも大きな花弁は、美しい造形物のようです。綺麗な六枚の花弁が未だに香りを放っています。
「わぁ、ありがとうございます!」
宿の屋上に居るロミーさんに、栞を持った手で手を振ります。
あるすくーらの花だけでも嬉しいですが、つあるなの押し花も素敵です。思いがけず良い贈り物をもらえました。
「良い贈り物をもらえましたね」
「うん!」
アリスさんが頬を染めたまま、笑顔で迎えてくれました。
その笑顔も私にとっては最高の贈り物です。
どちらの花もアリスさんとの思い出がある花です。私には特別な意味があります。
「ロミーさんに習って、私達も押し花を作ってみましょうか」
「そうだね、お願いしてみよう!」
このあるすくーらをいくつか押し花にしたいですね。
「リツカお姉さんがこちらに手を振ってましたネ」
「多分、私の贈り物を気に入ったんだろうね」
レティシアの疑問にロミルダが答える。
「何を上げたんです?」
「”神林”に植えられているツァルナって木に咲く花の押し花さ」
「よくそんなの持っとったな」
「別に”神林”だけの木じゃないからね。神林では良く育つけど、他だと手入れが難しくて余り見ないってだけさ」
「そうか、じゃあアイツにとっちゃ最高の贈り物だな」
「そうですネ。そうでないと――あんな笑顔で手を振ったりしませんかラ」
屋上の四人もそんな壇上の二人を微笑ましそうに見ていた。
「リツカ様ってあんな笑顔も……」
「素敵――」
「あのお花ってどこの!?」
「たしかロミルダさんとこの」
国民たちは、アルスクゥラをお土産として持ち帰ろうと考えているようだ。
コルメンスやエルヴィエールによって特需が生まれるだろうと予想していたリツカだが、まさか自分が対象になるとは思いもしなかっただろう。
ロミルダはしばらく、忙しさで目が回りそうだね。
「これにて鎮魂祭を終わります」
私の後に、町長や村長などの有権者の方々が登壇し同様に花を受け取った後解散となりました。
広場の皆さんが、祈りを捧げたり美術館の方へ行ったりと思い思いに行動しています。
「皆様は一度王宮へ」
壇上の皆は王宮へ行くようですね。
「シーアも呼んでいいかしら?」
「はい、もちろんです」
エルさんのお願いにアンネさんが頷きます。
「貴方も、ライゼさんを呼んでもいいのよ?」
「エ、エルヴィ様!」
イジることも、忘れません。
『私も着いて行こう。ライゼルトやレティシアも直接見ておきたいからね』
「知ってるんですか?」
神さまがそういって一緒に歩き出すので、質問します。
『あぁ、神林の湖はテレビみたいなものだから。ずっと見てたよ全部』
「ぜん、ぶ?」
「アルツィアさま、まさか」
『ん? 見られてまずいことでもしていたのかい?』
ニヤニヤと神さまが言います。あ、これは見てますね。
『いやぁ、今朝も――』
「アルツィアさま!」
ハハハッと笑いながら私達を玩びます。なんか逆に、ほっとしますね。
『まぁ、きみ達の手伝いをしてくれている子たちだからね。しっかり見ておきたいのさ』
ちょっとしたおやごころだよ。とにこりと笑う神さまに、私達は面食らってしまいます。
「そういうことなら最初からそう言ってください」
「そうですよ、私達をイジらないと話を出来ないんですか」
『久しぶりだし、二人は面白いからねぇ』
否定せずに楽しげに笑う神さまに頭を抱えつつも、私もアリスさんも、そこまで怒っているわけではありませんでした。
「不思議な光景ですが、楽しそうというのは伝わってきますね」
まだアルツィアが居ることの雰囲気になれないのか、多少緊張した様子のコルメンスが巫女達を見ながら言う。
「そうですね、集落でもあんな感じでしたよ」
「アリスは、アルツィア様が唯一の友達と言ったこともあるほど、仲が良いのです」
エルタナスィアは微笑ましそうに、ゲルハルトはその当時を思い出してか少し複雑な表情をしながらコルメンスに応える。
「直接お会いしたいと思ってしまいますね。こんなにも身近にアルツィア様を感じる日が来るなんて……」
エルヴィエールもいつもの余裕のある態度ではなく、緊張した面持ちだ。
「私も一度、お二人にそう言ったことがありますが。アルツィア様も会えるなら会いたいと思っているだろうとおっしゃっていましたよ」
「お二人に聞いたとおり、アルツィア様は私達を愛してくださっているのですね」
「はい」
四人がアルツィアの愛を感じている。
「早く行きましょウ」
「分かったから引っ張るな」
「お師匠さんもアンネさんに早く会いたいでしょウ!」
「ばっそんなわけ――」
「アンネさんに言いつけまス」
「あーくそ! 会いてぇよ! これでいいだろ!」
「素直が一番でス。しっかりアンネさんに伝えておきまス」
「ちくしょうめ……」
レティシアがライゼルトを引っ張って王宮を目指している。エルヴィエールからの呼びかけに跳ねるように喜んで向かっているレティシアは、ライゼルトをイジりながら心を落ち着かせていた。
執務室につきました。各々先ほどの事で談笑しています。私はというと
(核樹、成長してるって言ってたなぁ)
(今もしているのかな。どんな風に? 木の様になってるのかな)
(気になって仕方ないよ……)
落ち着かないので、窓に近寄り美術館側を見ます。
(ここから見えないかなぁ)
思わずため息が出てしまいます。後で、行けないかな。
「まるで恋する乙女ね」
「お母様……?」
エルタナスィアの一言に、アルレスィアが冷たさを帯びた声で聞き返す。
「リツカさん、あんなに憂いを帯びた目で美術館の方見てるんですもの」
楽しげに笑うエルタナスィアは、アルレスィアの反応を楽しむように見ている。
「リツカさんの表情の変化は分かり辛いのですけれど、エリスさんには分かるのですか?」
エルヴィエールがリツカを観察しながら問う。
「えぇ、良く変わりますよ。多分私がアリスに似ているからでしょうね」
「お母様?」
エルタナスィアの考察に、アルレスィアは照れと喜びと嫉妬が混ざった様な声で聞き返す。
「アリスの前で緩む時と同じ様な感じです。それでも、アリス程許してくれないんですよね」
もっと仲良くなりたいのだけど、とエルタナスィアが頬に手を置きため息をつく。
「アルレスィアさんだけに見せる顔ってことですね」
「エルさん!」
エルヴィエールも一緒になってクスクスと笑う。二人の大人にからかわれているアルレスィアは目に見えてあたふたとしていた。
「アリスさん?」
様子がおかしいと気づいたリツカが、核樹に向いていた意識を戻しアルレスィアに向ける。
「い、いえ。大丈夫です」
アリスさんが顔を赤くして否定しますが、明らかに動揺しきっています。
「本当に? もし疲れたのなら、少し休みに行かせてもらおう?」
「疲れでは……いえ、少し疲れもあるかもしれません。よろしいでしょうか皆さん」
アリスさんが立ち上がって皆に了解を取ります。今日は大魔法の浄化も行っていますから、休まないと……。
「えぇ、行ってらっしゃい。リツカさんも」
「はい、ありがとうございます」
言われなくてもそっと着いていったでしょうけど、許可をもらえたので堂々と着いて行きます。
部屋から二人が寄り添うように出て行く。ウィンツェッツと決闘したときに着替えた部屋を使っていいとのことだ。
「核樹よりアリスなんですもの。あの子はあの子で素直に二人きりになりたいと言えばいいのに」
エルタナスィアがクスクスを笑う。
アルレスィアが過剰に反応してエルタナスィアを咎めたが、その後の様子を見れば一目瞭然だろう。恋する乙女、リツカの想い人が誰かなんてことは。
「お聞きするは野暮というものですが、よろしいのでしょうか」
コルメンスが少し申し訳なさそうに聞く。
「二人の今後でしょうか」
「はい」
いくら仲睦まじくお互い想い合っていても、二人は同性だ。両親としての気持ちというのはどのようなものだろう。ということだ。
「私は、正直に言えば反対です」
ゲルハルトが率直に述べる。不快というわけではなく、心配の方が強いようだが。
「私はアリスに任せています。自分の娘に言う言葉ではありませんが、アリスが認める男性が現れるとは思っていませんから」
「少なくともリツカさんより良い男性って条件になるでしょう。そうなると、ねぇ?」
エルタナスィアがゲルハルトを見ながら言う。
「貴方も分かっているでしょう? アリスを任せられる人なんて、リツカさんしか居ませんよ」
アルレスィアに任せると言いつつ、エルタナスィアもしっかり選んでいた。リツカ以上の男性でないと認めないと言っている。
「同性かどうかで困ること、迷うことはあるでしょうが、それは二人が乗り越えるべき問題。私は二人の想いを大切にしておりますので」
エルタナスィアが静かに結論を述べる。この場でその考えを否定するものは居ない。
少々気が早すぎると、私は思うのだけどね。
「”神林”は大丈夫なのですか?」
アリスさんがしっかりとした足取りで隣を歩いています。大丈夫っぽいですけど、アリスさんも無茶する時がありますからね。用心は大事です。
私達についてきている神さまに、アリスさんが尋ねてます。
『問題ないよ。ここにいるのは分身みたいなものだから』
「なんでもありですね」
神さまが何気なく言った言葉に思わず突っ込んでしまいます。
『出来ることは少ない弱小神だけど、一応神さまだからね」
ドヤ顔を披露してきます。大人の女性の権化とも言うべき顔とプロポーションをしていながら、愛嬌のある顔も出来るんですね。
「どの範囲で動けるんですか? 私達の傍だけでしょうか」
もう一つ質問します。
『この街全域だよ。核樹の欠片と噴水を”神林”の核樹と湖に見立てているからね』
つまり、結構自由に動けるんですね。
「シーアさんとライゼさんを見たいとおっしゃっていたはずですが?」
アリスさんがジト目で神さまを見ます。離れられるのにどうして? といったような目が、照れ隠しに思えて笑ってしまいます。
『悲しいよアルレスィア、久しぶりに会えたというのに。リツカは楽しげじゃないか。少し勘違いしちゃってるけど』
意味深なことを言って私に抱きつこうとする神さまを避け――。
「アルツィアさま?」
私を抱き寄せ庇うアリスさんに、回避行動は中断されました。
『冗談だよ。安心なさい。二人が来たらそちらに行くさ』
私達の行動に気にした様子もなく、むしろ楽しげに神さまが応えます。
『それにしても、二人共』
「「はい」」
『私はきみ達にしか見えないし、声も聞けない』
神さまが当たり前のことを確認します。
『存在は感じているだろうけれど。今のきみ達は、急に抱き合った様にしか見えないんだよ?』
ニヤニヤとしながら私達に諭すように言います。
「「……」」
お互い、周りを窺うと、職員がチラチラと見ていました。
王宮とは言え、ここは行政の場。大勢が居ます。
「「はぅ……」」
お互い抱き合ったまま、硬直してしまいました。
『早く部屋に行こうじゃないか』
悪戯が成功した神さまは元気に部屋に向かいます。誰の所為で立ち止まったと。
「楽しそうだね」
「はい、アルツィアさまも寂しかったようですし」
抱き合った状態から、手を繋ぐ程度にし、神さまを見ます。
「私もちょっとだけ、嬉しいかも」
「私も、です」
お互い言い辛そうに言ったことに、思わず笑みがこぼれます。
「一緒だね」
「はい、一緒です」
楽しげに笑いあいながら、神さまの下に歩き出しました。




