鎮魂祭⑫
「嘘……。あそこに?」
「分からない、でも……確かに何かを感じる」
「まるで、体の内側から抱きしめられている様な」
「そ、そうね。私もそんな感じ」
街中がアルツィアの存在を感じていた。
「まさか、神様ってのがあそこに居るんか」
「そうでしょウ。私達の魔力は元々アルツィア様から生まれたものだと巫女さんたちが言っていましタ。つまリ、魔力がアルツィア様に反応しているとしか思えませン」
自分の胸に手を置き、レティシアが呟く。
「心がざわめきまス、でモ――心地良いでス。これガ、リツカお姉さんが言っていた感覚なのではないでしょうカ」
「つまり、アイツが神林や核樹から感じてたってのは……」
「はイ。恐らク、アルツィア様を感じていたんでス」
「ゲルハルト様、エリス様」
「えぇ、まさしく」
「はい、神林に居る時と同じ感覚です」
「では、あそこに――」
コルメンスの質問に二人が応える。
神林から出た際に感じなくなったある感覚に、二人は気づいた。
リツカとアルレスィアは、核樹からもアルツィアを感じることが出来る。そして、神林に居る者は誰もが曖昧ながらアルツィアを感じている。
神林を出ると途端に感じなくなるため、神林のモノだと勝手に思っていただけなのだ。
本来、神林にそんな力はない。
リツカとアルレスィア以外にはただの森だ。
森がなぜ神聖なものと感じることが出来るのか。
それは偏に、私が居るからなんだ。
「どういうことですか!? なぜ、あやつらの下に!」
イェルクが騒いでいる。
「落ち着け」
「これが落ち着いていられますか!? 神林と同じ感覚だ! あそこに居られるのは間違いないのですよ!」
「あの小娘たちのために来たと思っているのか?」
「そうとしか――」
喚くイェルクの前で手をかざし、怪しい男が呟く。
「そんなことはない。我々のために来て下さったのだ」
言い聞かせるように呟くと、イェルクが落ち着きを取り戻していく。
「は、はい。そうでございました。 貴方様のために降臨なされたのですね」
先ほどの狂乱が嘘のように納得したように頷いている。
「そうだ、しばし教会へ戻るとしよう」
「はい」
まるで操り人形のように、ふらふらとイェルクが歩いていった。
「必ず――」
アルツィアの居る方を見て怪しい男が何か呟いたが、誰にも聞こえなかった。
「どうして、ここに」
私の質問に神さまがクツクツと笑っています。笑い声一つとっても、懐かしさを感じます。
『あぁ、今日は私の誕生日でもあるんだよ』
「誕生日だとどこへでもいけるんですか?」
単純に考えてしまいましたが、そんなはずはないですよね。
「そのようなことは、聞いたことがありません。説明してくださいアルツィアさま」
アリスさんも困惑しています。
『あぁ、実はね。核樹があそこにあるだろう』
そうやって美術館を指差します。
『本来それだけじゃ絶対無理なんだけど。きみが抱きしめながら運んでくれたことで繋がったらしくてね』
「つまり、私と核樹がひとつに!?」
『良い理解力だけど言い方がちょっと、アルレスィア違うんだリツカはそんな意味で言ったわけじゃない、分かっているだろう?』
神さまが何故か焦っています。
『まぁ、それでね。もちろんそれだけじゃダメだ。アルレスィアも居なければ』
『二人の巫女、核樹、私の誕生日。これらが合わさって初めてそこに根付くことが出来る」
『今核樹は急成長をし――』
「見てきていいですか?」
『後でも大丈夫だよ、リツカ』
『とにかく、私はここに居ることが出来る。今日から四日程かな』
人差し指を立てて、神さまが楽しげに笑っています。
「四日はここに滞在なさるのですね?」
『あぁ、久しぶりに直接見るんだ。御世話になるよ』
アリスさんが少し嬉しそうに聞き、神さまが応えます。
ちょっと、もやもやします。
『あぁ、リツカサン? 大丈夫だよ、うん』
「……」
『嬉しいのは分かるけど、アルレスィア早く誤解を解いておくれ』
久しぶりの神さまとの交流に、私も少しだけ嬉しくなってしまいます。
強く”神林”を感じます。やはり、”神林”は神さまだったのでしょうか。でも、神さまが居ないであろう時の”神の森”もこの感覚を感じてましたし、やっぱり森自体も力を持っているんですよね。
確かめることは出来ませんが、些細なことですね。
「り、リツカ様。そろそろ」
アンネさんが恐る恐る私に言います。そういえば、演説でした。
「ご、ごめんなさい。急いで再開します」
『リツカ』
「はい?」
『先に、きみに聞いておかねばいけない事がある』
神さまが真剣な顔で言います。
『きみは、この世界が好きかい?』
「え? はい、それはもちろん」
『きみも、もう知っているだろうけど。綺麗なばっかりじゃない』
『この世界も、きみの世界と同じ様に汚い部分もある』
『それでも、好きと断言できるかい? 救うと宣言できるかい?』
「――聞いていてください、私の演説を。答えは、そこにあります」
力強く、神さまの言葉に応えます。
『あぁ、分かった。頑張っておいで』
嬉しそうに、神さまが送り出してくれました。
「アリスさん、心配させちゃってごめん。でも、もう大丈夫」
「はい。しっかり、聞き届けます」
アリスさんも、笑顔で居てくれます。
もう、大丈夫です。
「お待たせして、申し訳ありませんでした」
私の一言に、皆のざわめきが収まります。きっと、神さまのことを話していたのでしょう。
「今日、私は 裏通りと北区である事件に遭いました。人と人を戦わせ、それを嘲笑しながら賭け事をする。そんな凄惨な出来事と……子供達を誘拐し、身代金を要求するという身勝手なものです」
私の言葉に広場がざわめきました。
「すでに解決したその事件は、私にとっては衝撃的でした。赦されざる行為です。世界のどこかで、今も悲劇は起こり、それを食い物にしている者がいる。常に犠牲が生まれ、嘆きに塗れています」
「世界は悪意に満ちているのです」
「ですが、私はこの世界に来た時、綺麗だと、優しいと、思いました」
「初めて出会ったのはアリスさん……巫女様です」
「湖からいきなり出てきた私を、優しく、導いてくれたのです」
少し、熱がこもってしまいます。
「今までも、これからも、私を支えてくれる巫女様に最初に出会えたのは、私にとって最大の幸福です」
「そして、初めてついた集落では歓迎してもらえました。こんなにも怪しい私をです」
「この国にきて交流できた人たちは、皆私を受け入れてくれました。巫女様が言っていたように、”巫女”として証明できるものが、”光”の魔法だけしかない私を信じてくれたんです」
「信じてくれない人も確かに居ました。ですが、私はこの世界の優しさを知りました。人を信じ、支える、そんな美しい心を知ったのです」
「だから、私は思うのです」
「世界は悪意に満ちていても、人々の優しさと暖かさは本物だと」
「一人の六花立花として、私は約束します」
「出会った全ての人たち、これから出会う人たち。全ての人のために。私たち、巫女と赤の巫女は、皆さんの英雄となります」
「魔王を倒し、皆様の明日を斬り開きます」
「世界は神さまの優しさに包まれています。その優しさを皆さんに届けるのが私たちの役目です」
「ですから、皆様も明日を信じて戦い抜いてください」
「ですが私達には、道を用意することしかできません。道を歩いていくのは皆様の意志が必要です」
「強い意志で歩き続けてください」
”光”の魔法を発動させ、宣言します。
「この”光”は、巫女様――アリスさんが現れるまではただの巫女の証でしかありませんでした。ですが、これからは違います」
「これからは、皆様を照らす”光”となります」
「私達、アリスさんと私で道を照らし続けていきます」
「絶対に、光を絶やさない事を、約束します」
強く輝き続けます。この命が尽きるまで。
リツカの言葉は、ちゃんと届いた。
頼るものすらなくこの世界にやってきたリツカは、人々の優しさに触れ、覚悟を決めている。
ただの遊びでここに居るわけではないと。
本当に、命をかけて未来を切り開くつもりなのだと。
リツカの強い、赤の視線が人々の心を射抜く。
誰もリツカを、小娘だと言わない。
弱い少女とは思わない。
世界がリツカを、受け入れた。
『どうだった? アルレスィア』
「分かって、いるのでしょう?」
『あぁ、良い子だ。リツカは』
「えぇ、私の大切な――方ですから」
「リツカお姉さんはいつも通りですネ」
「あぁ、馬鹿真面目で真っ直ぐだ」
「いいことじゃないか。優しい子だよ、二人共」
「えぇ、本当に」
「お二人の信頼を裏切っちゃいけねぇな」
「失望されないために、これからも真っ直ぐ生きましょう」
「また牧場きてくれねぇかなぁ」
「来てくれるさ。私達が変わらなきゃね」
「リツカさん、カッコイイなぁ。そりゃアルレスィアさんも――」
「巫女様たちの演説終わっちまったのか!?」
「あぁ、いい言葉だったよ」
「隊長後で聞かせてくださいよ」
「はぁ……失望されないようしっかり見張りを全う出来たらな」
「うっす」
「兄ちゃん、赤の巫女様ってどれだけ強いんですか!?」
「あぁ? ライゼが本気でやらねぇと勝てねぇくらいだ」
「すげぇ! 英雄と同じくらい強いってよ!」
「僕たちもそうなれるのかな……」
「お前らの努力次第だろ」
「うん、そうだよね!」
(ちゃんと、言えたかな)
心臓がばくばくしてます。
でも、言いたいことは言いました。後はちゃんと、実行するだけです。
「どう、だったかな?」
自分の立ち位置に戻って、アリスさんに聞きます。
「素敵でした」
アリスさんが頬を染めて迎えてくれます。
「ありがとう」
私は少し、照れてしまいます。
『まだ注目されているんだ。程ほどにね』
神さまの忠告も余り効果はなく、私達はほんのり頬を染めたまま、盛大な拍手を受けました。




