鎮魂祭⑩
コルメンスが中央へ移動する。
壇上の美女たちに魅了されていた面々が我に返り、コルメンスに注目し始めた。
「今日は鎮魂の儀に参加していただきありがとうございます。まず、神誕祭の起こりを皆様に話そうと思います」
威圧感を感じさせない柔らかさで話し始めるコルメンス。それに疑問を持つものは居ない。威圧感はないが、コルメンスの存在感と頭にスッと入ってくる声によって皆、畏まる。
「その昔、世界には魔力を持つ者と持たざる者が居ました。持つ者は持たざる者を虐げ、迫害し――殺したのです」
過去を語る。教科書でしか知らない者が多くなってしまった。”巫女”が居る今、全てを話す時が来たのだ。
「その最中、初代巫女様が現れました。誰も見たことがない、誰にも真似することが出来ない、”光”の魔法を持った彼女は神の使いであるとおっしゃりました。彼女は神の声を聞くことが出来、魔力を持つ者にこう伝えたとされています」
「『私の名はアルツィア。私は君達――を愛している』と。しかし悲劇はここから加速してしまいました。神の威光を受けた持つ者達は、迫害に力を入れたのです」
「そして、世界から持たざる者は居なくなりました。これを先導した者は、この出来事を聖伐と呼称しました。”神による、人類の間引きである。我らは其の代行者だ”と」
「そうだ」
この言葉に、広場の端の方で眺めていたイェルクが頷く。その顔に黒い笑みを携えていた。
「そんな彼らの下に核樹が舞い降りてきたのです。この王都がある場所に」
「彼らは聖伐の褒美と考え、神により正しい世界が誕生した日として、神誕祭を定めます。これが神誕祭の始まりであり、この国が出来た理由です……」
コルメンスは、悲痛と悲嘆を携え、大きく呼吸をする。
「しかし、これに異を唱えた方がいます。賢王ヴァルトゥル・ヘクバル陛下です」
「陛下は考えたのです。もし神と呼ばれる者が聖伐を行った者たちの言うような、完璧な存在であるのならば……なぜ、持たざる者が生まれたのかと。そして、なぜそれを人々の手に委ねたのかと。これに聖伐者は反論しました。我らに与えられた試練だったのだと」
「しかし陛下は考えを曲げませんでした。聖伐などではなく、ただの大虐殺であり、核樹は神の嘆きなのではないのかと」
コルメンスの力強い反論に、イェルクが露骨にイラだっていく。
「反発を受けながらも、陛下は神誕祭を鎮魂の儀にしました。賢王は第一回鎮魂祭を見届けた後、この世を去りました」
コルメンスがまず哀悼を捧げるように一拍あける。それに合わせ国中から音が消え、黙祷が捧げられた。
「その後、ヴァルトゥル陛下のご子息であるヴルクハス様が即位されます。ですが……ヴルクハス様は政治を私物化し、国民に耳を傾けることはありませんでした。しばし、暗黒の日々が続きます」
「革命軍が立ち上がるまでは、ですが」
コルメンスは気恥ずかしいようだ。自身のことを英雄譚のように述べるのは恥ずかしいのだろう。
だから――。
「私も関わった、革命の日々です」
エルヴィエールが前に出てコルメンスの後を継ぐ。
そんなエルヴィエールにコルメンスは微笑みかけ、一礼しその場を譲る。国民たちは、二人を見て、表情を和らげた。
「前王は神林の私物化を宣言しました。それを受けたコルメンス陛下は革命軍に参加。その後、類稀なる統率力と求心力を買われ長となります。そんな時です。コルメンス様の下にある方が訪れました」
「神林集落より、オルテ・ライズワースさん。現神林集落守護長を務める方です。普段はアルレスィア様をお守りするのが役目の方ですが、今は神林そのものを守っております」
「オルテさんがコルメンス陛下に接触したのは、こちらにいらっしゃるゲルハルト様とエルタナスィア様の命であったとのことです。オルテさんはおっしゃいました。只今神林には、次代を担うであろう巫女様が居ると」
「次代の巫女様は、生まれながらにアルツィア様の存在を視認し、言葉を全て聴くことが出来たそうです。教えても居ないことを正確に理解し、見てきたかの様に語るとおっしゃっていました」
”巫女”となる事で、アルツィアを認識出来る。それが常識であった。それがアルレスィアには通用しない。その所為で起きた事を知るリツカの表情は曇る。
「アルレスィア様、現巫女である彼女は生まれながらの巫女だったのです。アルレスィア様は、聖伐の真実を事細かく語ったそうです。聖伐ではないと、ただの人間たちによる虐殺でしかなく、アルツィア様は全ての人間を愛しているとおっしゃったのに初代巫女様が力及ばず中途半端に聞こえてしまったのだと」
「核樹はそんなアルツィア様が心を痛め、今後の絶対の平和を祈って授けてくれた物であり、決して大虐殺の褒美ではないと力強く伝えたそうです」
王国中の信徒たちが目を閉じアルレスィアに祈る。
アルレスィアが目を閉じ、粛々と聞いている。リツカはそんなアルレスィアの傍に行きたい衝動と格闘していた。
アルレスィアがその時、どの様な仕打ちを受けたか知っているからだ。誰も耳を貸さなかっただろう。それでもアルツィアの名誉のために虐殺の真実を語った彼女に、リツカは尊敬と愛しさを感じている。
「アルレスィア様の言葉を受けたゲルハルト様、エルタナスィア様はオルテさんを遣いに出し、コルメンス陛下に接触したのです。真実を知った陛下は一層力を入れ革命を成そうとしました。次代の巫女を失うわけにはいかないと」
「そして私は、そんな陛下を知り共闘を持ちかけたのです。我々共和国も他人事ではなかったものですから」
「そして革命は成りました。この国は今の形を取り戻したのです」
エルヴィエールの言葉に、国民が歓声を上げる。
それを受けコルメンスが締める。
「神誕祭は完全なる鎮魂祭へとなりました。今壇上に居る者たちの想いによって、我々は贖罪の機会を与えられたのです。過去、犠牲になった者たちへの鎮魂を願います。アルツィア様の想いに応えなければいけません」
「今の神譚祭がどのように生まれたかご理解いただけたと思います。これより壇上の皆様による演説です。今しばらくご清聴ください」
アンネリスが進行する。
「では、私からは現在の情勢を話させていただきます」
コルメンスから話し出す。
「化け物、現在ではマリスタザリアと呼称されている存在によって我々は昔より被害を被ってきました。それが今、頻発しています」
「それは魔王と呼ばれる存在によって悪意の浄化をアルツィア様が行えないからです。何時頃から現れたかは、定かではありません。しかし、確実に魔王は居ます」
「月に一体マリスタザリアが出る程度であったはずの世界には今、出ない日はないという状況です」
「もう一度言います。魔王は確実に居ます。自然発生では説明できない現象が起きているのです」
「そして、この悪意というものは人にも乗り移ります。便宜的に『感染者』と呼んでいます。『感染者』は欲望に忠実となってしまうのです」
「しかし、ご安心ください。人への感染は初期段階であれば浄化できます」
「全ては巫女様たちが”光”を持っているからです。嘆くことはありません――巫女様は必ずや世界を救ってくれます」
コルメンスの演説はアルレスィアとリツカに纏わるものだった。二人は困惑している。神誕祭の話かと思えば自分たちのことだったのだから。
「次は私から」
エルヴィエールが話し出す。
「共和国でも巫女様たちのお噂は届いておりました。世界のために立ち上がった二人の少女であると」
「聞けば、リツカ様は戦いになる度に傷ついて帰ってくるそうです」
エルヴィエールが悲しそうに呟く。それに国民たちがざわめく。
そんなエルヴィエールの言葉にリツカはあたふたとする。
(きゅ、急になにを?)
「この国に住む方達なら、見たことがあるのでしょう。血まみれで帰ってくるリツカ様を」
リツカの困惑に気づいているのか居ないのか、エルヴィエールは続ける。
「皆様、リツカ様は異世界からの来訪者です」
力強い言葉に、ざわき立っていた国民が静まる。
「本来であれば、傷つく必要のない方です。そのような方が、この世界のために命をかけているのです」
「戦いは常に命がけです。しかし彼女は臆せず、常に戦いに身を投じているのです。偏に、この世界の人々の平和のためにです」
「皆様は彼女に不信を抱いていたことでしょう。異世界というものが本当にあるのかと、何のためにここに居るのだろうと」
「そんなものは関係ないのです」
人々の不信を切り捨てる。
「彼女が、命をかけこの国と世界を守ろうとしている。それだけは現実なのです」
「信じてあげてください。彼女は敵ではありません。私達のために血を流してくれている、一人の英雄です」
エルヴィエールの目が光ったように見えるほどに、力強く国民を見渡す。
「お姉ちゃんも、同じ気持ちだったんですね」
レティシアが呟く。
「ん? どうした、魔女娘」
ライゼルトが聞き返す。
「お姉ちゃんモ、リツカお姉さんのことを心配していたようでス」
「みたいだな」
「お祭り中、リツカお姉さんへの不信をずっと聞いてきましタ」
「私ハ、悔しかったんでス」
レティシアは弱弱しく言う。
「いつだって先頭で戦うリツカお姉さんハ、傷ついてしまいまス。なのニ、いつだって誰よりも早く戦い始めるんでス」
「そんなリツカお姉さんを疑っている人たちが居るってことガ、嫌だったんでス」
レティシアはついに、俯いてしまう。
「でモ、これで少しは変わるはずでス」
「お姉ちゃんノ、女王としての言葉ではなク、エルヴィ様としての言葉なんですかラ」
輝く目で、自慢の姉を見るレティシアの顔に、悲しみはもうなかった。
(なんで、私たちのことばかり話してるんだろう)
(きっと、初めからそのための場だったのではないでしょうか)
「そう、なの?」
リツカは思わず声を出してしまう。
「私は、今までのことがありますので、ある程度は信頼されているのでしょう。しかし……リッカさまにはそれがありません……」
悲しそうに、アルレスィアは唇を噛む。
「だから、知ってもらおうとしているのではないでしょうか」
コルメンスたちを見ながら、アルレスィアは瞳を潤ませた。
「リッカさまのことを、世界に知ってもらいたいのです」
リツカを見つめ、アルレスィアははっきりと言う。
「私達の、英雄の存在を」




