鎮魂祭⑨
広場にはアリスさんを待っていた人たちで埋まっていました。アリスさんを視認すると、一斉に祈り始めます。
祈りを終えると、演説のためにここを後にすることを述べました。
ざわめきが広がりますが、アリスさんが歩き出すと再度祈りの形を取ってくれました。どんなことを話すのか楽しみといった様子ですね。
……まるで他人事のように言ってしまいましたけど、私もでした。
話すことは決まりましたけど、ちゃんと緊張せずに言えるでしょうか。とにかく今は、皆さんと最終確認を行いましょう。
シーアさんの反応は見たいですね。関係者席のようなものが用意されているのなら、そこに居て欲しいです。
門に向かうと何時もの様に顔パスでした。こんな日くらいは、身分証確認したほうがいいんじゃないでしょうか。いつも言ってますね、これ。
「失礼します」
通されたのは執務室です。
「こんばんは、どうぞ腰掛けてください」
コルメンスさんに招かれ、二つあいている席に腰掛けます。コルメンスさん、エルさん、私、アリスさん、エリスさん、ゲルハルトさんで円状に座っています。
アリスさんがどちらに座るか迷ったようにしていましたけど、エリスさんの方に座りました。何に迷っていたのでしょう。
「そんなに心配しなくても、誰が見てもリツカさんは――」
「お母様、今日は御ふざけ無しです」
親子の会話をする二人を、コルメンスさんたちは微笑ましく見ていました。私はというと、私の名前が聞こえたので気になって仕方ないのですけれど。
「最終確認と言っても、流れの確認です。演説内容は皆様にお任せいたします」
アンネさんが司会をします。
今更ですけど、やっぱりおかしいですよね。
普通はもっと、演説の内容まで精査すると思うのですけれど。私の内容はあれでいいのでしょうか。今朝のことを話そうと思っていますが、あれは話していいものでしょうか。
「では、まず鎮魂祭開始を私が宣言します」
アンネさんの声に、私の思考はとりあえず休止します。
「その後、来賓の方の紹介です。皆様もその際壇上に上がってもらいます。順番としましては、コルメンス様から上がりまして、ゲルハルト様エリス様、アルレスィア様リツカ様、そしてエルヴィー女王陛下となります」
「その時に皆様のご説明を入れますので、少々時間がかかります。ご了承ください」
初めて見る人も居るでしょうから、必要ですね。このときにシーアさんが吃驚するわけですね。
「シーアさんはどこに居るんでしょう」
「恐らく一番見晴らしの良い、お二人の宿の屋上かと」
私の何気ない質問にアンネさんが、やけにハッキリと応えてくれます。
屋上ですか、確かに良く見えましたね。
「楽しみですね」
本当に楽しそうにクスクスとエルさんが笑います。今の今まで、完全な隠蔽工作を重ねて、この時のためだけに準備してきたサプライズです。成功させたいですね。
「演説というわけではありませんが、私から鎮魂祭の起こりなどの説明を入れさせていただきます。その後演説となりますので、お願いします」
コルメンスさんの説明で現実に戻ります。演説、覚悟してたはずなのに……。
「演説後祈りを捧げ、終了となります」
特別なことはあまりないようです。
「時間までもう少しあります。気楽にいきましょう」
コルメンスさんがニコリと笑い締めます。
気楽にはいけそうにないですねー。
「ここなら良く見えまス」
アンネさんに教えてもらった場所です。
「まだ時間があるな、何か買って来てやろう」
あの後子供達と分かれて今は私とお師匠さん、花屋の方と宿の支配人さんだけです。
「メモを渡すのでこれをお願いしまス」
「あぁ、どれどれ……本気か?」
「えェ、大いニ」
それでも抑えているほうですよ。
「良く食べる嬢ちゃんだね。あんたのとこで用意してやりゃいいじゃないか」
「流石に、レティシア様に無料で渡しては店が傾きますので」
そんなに食べるのかい? と楽しげに笑う花屋のお姉さん。確かリツカお姉さん達が働いていたはずです。理解者の一人でしたね。
「どんな話をしてくれるのでしょウ」
「私はやっぱり心配しちまうねぇ」
「ご心配は分かりますが……」
花屋お姉さんは心配してますね。私も少しだけ心配です。
でも――。
「リツカお姉さんはやる時はやりまス」
それに巫女さんが隣に居るのですから、大丈夫でしょう。
「では、参りましょう」
コルメンスさんが立ち上がります。
しっかりしないといけませんね。
「武器は、置いていったほうがいいですね」
「えぇ、不安ではあるでしょうが、出来れば」
コルメンスさんが申し訳なさそうに言います。
アリスさんの杖は持ち込んでも大丈夫でしょう。それなら、一大事にはなりません。不安ではありますが、周りにはライゼさんやシーアさんも居るのです、武器を持ち込んで不安を煽るようなことはしてはいけません。
「いえ、大丈夫です」
刀と剣を置いて、部屋を後にしました。
「皆様、お待たせいたしました。これより鎮魂の儀を始めます」
アンネリスの中継と放送が街中に響き渡る。
「ご来賓の方に登壇していただきます」
アンネリスの言葉で一人ずつ壇上に上がっていく。
「国王陛下、コルメンス・カウル・キャスヴァル様」
「神林集落より、此度の災いに際しお越しいただきました。ゲルハルト・クレイドル様、エルタナスィア・クレイドル様。巫女であるアルレスィア様のご両親でございます」
登壇したエルタナスィアが手を振る。一部の女性からため息が漏れ、男性達は釘付けになる。ゲルハルトはそんな男達を力強く見ていた。
「そして、神林集落より、巫女アルレスィア・ソレ・クレイドル様。こことは異なる世界より、巫女ロクハナ リツカ様」
多少のざわめきが起こっていた街が静まり返る。ある者は二人を神に愛されていると称する。それほどまでに、二人は美しかった。
赤と銀が並び、二人の赤い瞳が世界を照らすかのように輝いている。一枚の絵画を見るかのように、皆見入っている。
広場で見たときとは違う印象を抱くことだろう。人々のために祈っていた二人は柔らかい表情をしていた。しかし今は、責任感と緊張によって引き締まった顔をしている。
男女関係なく、二人の少女に魅了されている。
「リツカ様は、アルツィア様によりこことは異なる世界からやってきました。この世界の危機に際し、アルレスィア様と共に救世主としてこの場に居ます」
アンネリスの説明に広場にいる信徒たちが祈りを捧げる。
「最後に――」
「まだ居るんですネ」
足をぱたぱたとさせながらレティシアが見ている。
「最後は誰でしょ――」
「フランジール共和国より、女王陛下、エルヴィエール・フラン・ペルティエ様」
「……え?」
ニコニコと手を振りながら登壇し、カーテシーでお辞儀をする。その姿は堂々としている。
アルレスィアとリツカの後にも関わらず、周囲の反応は遜色ない。
そんなエルヴィエール、アルレスィア、リツカは一様にある方向を見ている。
「ま、まさか……!」
レティシアがそんな三人を見ながら立ち上がる。
「この私に悪戯を仕掛けるなんて!」
共和国語で糾弾しながらも、隠しきれない喜びがその顔にはあった。なんだかんだ言っても十二歳の少女だ、寂しかったのだろう。
「いい顔しちょるな、魔女娘」
カカカと笑いながらライゼルトが戻ってきた。言葉は分からないが、顔を見ればすぐ分かるといったところか。
「乙女の顔をマジマジと見るなんてヘンタイさんですネ。その商品はお師匠さんの奢りでス」
「なん、だと……?」
「大成功ね、元気そうな顔が見れてよかったわ」
クふふふ、とアルレスィアとリツカにも聞き覚えのある笑いでエルヴィエールが喜んでいる。
(シーアさんの笑い声、エルさん譲りなのかな)
(でしょうね。すごく嬉しそうですし、思わずって感じですけど)
アルレスィアとリツカも、そんなエルヴィエールとレティシアを見て微笑んでいる。
その表情だけ見えている観衆は、三人の表情の変化に気づき、更に息を呑むのだった。
「エルヴィエール女王は、革命の際コルメンス陛下を支援し、この国の平和を取り戻した立役者の一人です。兼ねてより神誕祭の参加を希望しておりましたが、此度の巫女様たちの来訪に合わせて参加となりました」
アンネリスの紹介に軽く手を振るエルヴィエール。
「それでは、国王陛下よりお言葉がございます」
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