胸騒ぎ③
アリスさんの祈りを終え、歓迎会はスタートしました。私はまだ状況においつけていません。食事の前に祈りを捧げるんだって、ズレた疑問が湧き上がったりしています。
「アリスさん、アリスさん。歓迎会って、集落にお客さん来るたびに……?」
アリスさんの袖の端をつまみ、他の人に気づかれないようにアリスさんに耳打ちします。
見たところかなりの料理の数々……。子供たちの喜び様からすると、結構豪勢なようです。来客の時くらいしか並ばない料理なのだと、思いました。
「いえ、毎回というわけではありません。王都にある教会の司祭様が来たときなど特別なときだけです」
聞けば、”巫女”の住む集落ということで司祭様直々にお越しになるとのこと。これらの豪勢な料理はそういったとき用だそうです。
(司祭様と同格?)
別の国の”巫女”とはいえ、そこまでされるほどでは……ないと思いかけた所で、アリスさんの手が肩に置かれました。
「リッカさま、どうかお楽しみください。皆さん、リッカさまとお話したいようですよ」
と、アリスさんが周りを見ます。それにならって私も周りを見てみます。
「!」
ビクッと体が跳ねます。
いつの間にか私たちに近づいてきていた大人たちがじっと私をみています。何か言わないと、と私は思案を始めました。
「皆さん、そんなにじっと見つめているとリッカさまが話し辛いですよ」
じとっとした目で大人たちを威圧するアリスさん。
こういった顔も、できるんだ。なんて、新たなアリスさんの一面を心にメモしつつ、言うべき事を纏め上げました。
「改めまして、六花 立花です。本日は私のような若輩者の為に、ありがとうございます」
私の国式ですが、感謝を伝えます。
失礼はなかったかな、とアリスさんを見てみると笑顔で見ていました。大丈夫そうです。
「リツカさま、お初にお目にかかります! 我々は――」
集落の重役、集落長の補佐を担当している人たちが口々に名前を言っていきます。名前はしっかり覚えたいと思ったのですけど、聞きなれない発音に混乱の方が先に来てしまいます。
後程アリスさんに、ゆっくりと確認しましょう……。
「アリスさん、集落長さんにご挨拶してないのですが、どちらにいらっしゃるのでしょう」
一通り挨拶を終えた所で、アリスさんに尋ねます。本来なら一番最初に行くべきだったのでしょうけど、タイミングを逃してしまいました。集会場では泣いてしま……うぅ……。
「はい、こちらです」
とくに慌てた様子もなく笑顔で案内してくれます。この様子だと、失礼にはなっていない、のでしょうか? 何か特別な理由がありそうな雰囲気ではあります。
案内されたのは食事処の奥、少し段差を上がった場所です。
「お父様、お母様。アルレスィアです。今よろしいでしょうか」
―――!? アリスさんが何気なく言いますが、私は驚いて固まってしまいます。
「あぁ、アリス。どうぞ」
威厳のある声が食事処に響きました。集会場のざわめきも、少し音量が下がったように感じます。
「アリスの王子様はどんな子かしら」
楽しげにアリスさんと同じ銀色の髪の女性が笑っています。よく、似ています。声も、アリスさんをの声を少し低くしたような感じに……。ところで王子様って誰でしょう。私はキョロキョロと周囲を見渡しました。
「リッカさま、こちらが集落長とその奥様。私の―――父と母です」
やっぱり、そうですよね。
射殺すと言わんばかりの鋭い視線と、好奇心と興味を隠そうとしない観察するような目が向けられます。
そうなりますよね。
集会場では周りを見渡す余裕がありませんでしたが、恐らくいたでしょうし。見られてますよね、アレ。
「熱々だったわね、アリス。まさかあなたから抱きしめるなんて」
お母様が微笑みながらいいます。
私が頭の中で本日の失態百選をぐるぐる巡らせていると、鷹のような視線が、じっと私を見ている事に気付きました。
「……」
お父様の視線が痛いのです。確かに、娘さんと抱き合ってしまいましたけれど……そんなに警戒しないで、欲しいです。
「そ、そういうわけではありませんっ」
アリスさんが顔を赤くして、反論しました。ごめんなさいアリスさん。私があんな突発的な感情の発露をしてしまったが為に……。
「えっと、六花 立花です。娘さん、アリスさんには大変ご迷惑を……おか、け……」
アリスさんの名前を言ったあとから、お父様からの視線が強くなったので、最後を言いよどんでしまいました。
「アリス?」
ぽっとでの人間が、最愛の娘を愛称で呼んでたら驚きますよね。父親ってこれが普通なのかな……? お父さんはここまでじゃなかった……いえ、確か道場で――。
「……お父様、いい加減にしないと。怒りますよ?」
横から膨れ上がった存在感に、私はとっさに身構えてしまいます。
「しかしだな、アリス。行き成り愛称で呼ぶなど……」
「私が呼んでほしいとお願いしたのです。お父様からとやかく言われる筋合いはありません。リッカさまをこれ以上困らせないでください」
アリスさんの本気と思われる激怒に、私は冷や汗を流します。
この存在感を物ともせず、お父様はごく普通に会話を続けています。アリスさんって何者……? こんな存在感、達人でも……。
「アリス、リッカさん。震えてるわ」
そういわれて、自分の手が震えていることに気がつきました。私、何が……。体の芯から震えたような……?
「! 申し訳ありませんっリッカさま!」
そう言って私の震える手をとって抱きとめてくれます。震えが落ち着いていくのがわかります。先程までの怒気は何処へいったのか、アリスさんからはもう、温か味しか感じません。
「あらあら。そこまでするとは思わなかったわ、アリス」
「「はぅ……」」
アリスさんと私は、お母様から弄ばれ続けています。羞恥から、抱き合ったまま硬直してしまいました。