鎮魂祭⑦
街は演説の話で持ちきりですね。
それにしても、リツカお姉さんなら手を出してもいい、ですか。
なんで巫女であるリツカお姉さんにそんな目を向けられるのかと思っていましたが。
「異世界から来た人間だから、ですか」
「? どうしたんすか、レティシアさん」
「いエ、何モ。次をお願いしまス」
「うぃっす」
快く引き受けてくれたことに感謝します。
異世界から来た巫女だから、巫女の誓約の範囲外とでも思っているのでしょうか。
巫女どうこうではなく、リツカお姉さんも一人の女性なのですけどね。異世界の人は法律の外でもあるって思ってるんでしょうか。
それにしても、巫女っていう機構は厄介ですね。人権はないのでしょうか。
私が思うのもなんですけど、巫女さんたちのような女の子が命をかけていることに、あの下衆男たちは何も思わないのでしょうか。
なんにしても――。
「ムカつきますね」
この国に来てからは、良い人ばっかりでしたから余計にムカつきます。
「巫女さんが聞いたら、消し飛ばしていたでしょうね」
こう考えると少しは落ち着きますね。
どうせこんな所で内緒話することでしか主張できない下衆たちです。本人に危害はないでしょう。それにもし手を出そうとしても、やられますからね。
あの武術っていうのは私でもできるのでしょうか。護身術? と言いましたっけ、習ってみるのもいいかもしれません。
巫女さんに喋っちゃおうかと思いましたけど演説前の大事な時です。話すのは辞めておきましょう
「命拾いしましたね」
でも少しくらいはやっておきましょう。
「縫いつけよ、氷の道」
ちょっとした悪戯です。せいぜい困ってください。
「流石にねーわ、異世界の人間っつっても同じ人間だぞ」
「分かってるって冗談だろうが」
「たく、行くぞ」
「おう――うお!?」
下卑た発言をした男が顔面から倒れこむ。
「なにやってんだよ、バカなのか?」
「う、うるせぇ。うごけねぇんだよ!」
レティシアの悪戯だ。男の体は縫い付けられたように地面に張り付いている。
【グラソ・クゥ】とは複合連鎖魔法だ。レティシアは軽くやったが、高度な魔法に分類される。
水を冷気の風で瞬時に凍らせる。出力はかなり抑えられていて目に見えないようにもしている。
なのに下卑た男だけはしっかりと寒さを感じているし、完全に氷で縫い付けられた。
魔法の制御。その技術は一級品であり、歴代の共和国『エム』と比較しても、抜きん出ていた。
「しかたねぇな」
つれの男が起こそうとする。
「や、やめろ!」
下卑た男以外に寒さは感じない。
地面に半身を縫い付けられた男を無理やり引き剥がすとどうなるか。凍った鉄に濡れた手を押し当てたことがある者なら想像できるだろう。
まぁ、手加減しているから、少し皮がはがれる程度さ。口は災いの元ってやつだ。
子供が元気に駆け回っています。5人組ですね、追いかけっこでしょうか。この街の平和を守るぞって先頭の子が言ってますね。冒険者、ごっこ?
危ないので止めようかと思いましたが、走って行ってしまいました。あちらは職人通りですか。大丈夫ですかね。
「リッカさま、お昼にしましょう」
「うん、どこで食べる?」
朝、アリスさんがお弁当を作っていたので、ここでも食べることが出来ます。
「あちらで食べましょう」
そういってテントのほうを向きます。
「うん、いこっか」
「はい」
今のうちに食べておかないと、演説後まで食べられないかもしれません。
用意されていた、巫女様は昼食中です。と書かれた立て看板を置いてテントへ向かいます。
なんというか、対応が早いですね。アンネさん発案でしょうか。ちょっと俗? っぽいですけど、効果的ですよね。
「外はどんな感じなんだ?」
「あぁ、静かなもんだ。小型がちらほらいるが、小型すら半端者ばかりだぞ」
ウィンツェッツがディルクと話している。
外は予想に反して静かなものだという。神誕祭が狙いではなかったのか? とウィンツェッツは訝しんでいる。
「平和なのは良い事だろ、そんな顔すんな」
「あぁ……」
ディルクの言う通りだと、ウィンツェッツは納得しようとする。
そんな時に――。
「あ? どうした」
ウィンツェッツに”伝言”が入る。相手は子供達だ。
《兄ちゃん! 助――》
途中で途切れる”伝言”にウィンツェッツは伝言紙を握りつぶした。
「隊長さんよ、手伝ってくれ」
「あん? 何だ――分かったよ」
ウィンツェッツの真剣な顔に、ディルクは手伝うことにした。
「何が起きた」
「さっきのガキ共から”伝言”があったが、途中で切れやがったが、助けを求めてたようにも聞こえた」
「おい……」
ディルクが緊張した面持ちになる。最悪の事態を考えてるのだろう。
「どこに行きゃいいんだ?」
「……わからねぇ。聞く前に切れたからな」
ディルクの問いにウィンツェッツはそう答えるしかない。次第に焦っていく。
「ン? 野蛮お兄さン、ここは職人通りですヨ。担当はちゃんと――」
「おい、ガキ五人組が来なかったか。冒険者の真似事をしてるやつらだ」
「それなら北区へ向かいましたガ。やる気に満ちテ――」
「丁度いいお前も来い」
「なんですカ、藪から棒ニ」
虱潰しに探そうと、まずは職人通りに来たウィンツェッツは、レティシアに事情を説明しついてきてもらう。
「まったク、部外者を巻き込むとハ」
「うるせぇ。ああでも言わねぇと勝手にやるんだよあの手のやつらは」
呆れるレティシアに決まりが悪そうに応えるウィンツェッツの顔には、焦りが完全に浮かんでいた。
「経験者のように語りますネ」
そんなウィンツェッツをイジるレティシア、こういった場合焦ってもしかたない。冷静な判断でいくために落ち着けと言わんばかりだ。
「こういうときは数でス。お師匠さんとアンネさんも呼びますヨ」
「あぁ……」
不承不承といった風にウィンツェッツが応える。
「巫女さんたちは広場に居てもらいましょウ。朝も事件があったようで駆りだされていましタ、これ以上は不安を煽りまス」
レティシアがテキパキと状況を整理していく。
「レティシア殿の方がしっかり者だな、ウィンツェッツ」
「うっせぇ」
ディルクが笑いながらウィンツェッツに追い討ちをかける。
散々イジられたウィンツェッツは落ち着きを取り戻していった。
「北区側に居るはずでス。お師匠さんは見てないそうですかラ」
鎮魂祭で学生は学校に集まる。親も連れずに五人で固まって冒険者の真似事をしている少年たちというだけで絞れる。
「お師匠さン、そちらから北区へ詰めて行ってくださイ」
《あぁ、任せろ》
ライゼルトにお願いし、レティシアはウィンツェッツとディルクに向き直る。
「私達も行きますヨ」
「あぁ」
「おう」
急ぎ北区へ向かい歩き出す。
「今朝、地下闘技場で違法賭博の一斉検挙がありましタ。大勢が収監されるために移送されていたはずでス」
状況からレティシアが推察していく。
「つまり、そこで何かあったってことか」
「可能性はありまス」
ディルクが頭を悩ませる。
「中々に危険な状況じゃねぇか。賭博馬鹿なんてのは全員狂ったような連中だ、何やるかわからねぇぞ」
多少考え方が偏っているが、二人は反論しない。悪意が絡めば平気でやるのだから。
「まだ想像の域を出ていませン。まずは端から収容所に向かっていきまス」
「そっちには居らんかったか」
「お師匠さんの方にも居ませんでしたカ」
収容所前でかち合うも、お互い子供達を見つけられなかった。
「収容所の中ってことはないか?」
ディルクが提案する。
「それはねぇな。門番がいる、絶対中にはいれねぇ」
「隠れてとかは」
「お前じゃねぇんだ、そこまでわんぱくでもあるまいよ」
「チッ」
ウィンツェッツの言葉を一蹴する。
「北には他に何かないんですカ」
「そうだな、目ぼしいのは――」
「北西に廃材置き場があります。そこはどうでしょう」
アンネリスが王宮側からやってくる。
「行ってみるか。かといって全員ってのは効率が悪い。ディルク、あんさんは数人選任つれて北東にいってくれ」
「あぁ、任せろ」
「アンネは王宮で俺たちの情報を整理してくれ」
「畏まりました」
ライゼルトが指示を出していく。
「北西には俺達でいくぞ」
「えェ」
「おう」
歩き出す三人。だが――。
「ところデ、いつから呼び捨てになったんですカ?」
「い、いやなん、はぁ!?」
「何時からですカ?」
「マセガキが……!」
レティシアがニヤけながらライゼルトをイジる。下手に口を開けば攻められると分かっているライゼルトは口を噤んでいる。
「おい急ぐぞ! ガキと阿呆!」
「だそうですヨ。結婚式はいつですカ?」
「阿呆はねぇだろ仮にもだな――気が早ぇぞ!?」
足を止めずにライゼルトをイジり続けるレティシアは生き生きとしている。
「阿呆ばっかだ……」
「野蛮お兄さんのせいですヨ」
「お前のせいだろうが、反省しろ」
矛先はいくらでも変動出来るのだ。
廃材置き場には鍵がかけられているはずだが、鍵は壊されていた。
「当たりかもしれんな。俺が正面から行く、お前らは裏からいけ」
退路を塞ぐためにレティシアとウィンツェッツを後ろに配置する。世界的に有名なライゼルトが正面から来れば、裏から逃げるだろうという判断だ。
「でハ。いきますヨ、野蛮お兄さン」
「あぁ、つーかもう野蛮お兄さんはやめろ」
「私は根に持つと言いましタ」
「いつまで持っとんだ?」
言い合いながら小走りで向かう二人を眺めるライゼルト。
「まぁ、気を張りすぎるよりはいいが」
リツカとは違った意味で心配だ、と一人ごちる。
「おい、いい加減親父呼べよ!」
「よ、呼ぶわけな――」
「あ゛!?」
「っ……」
一人の少年が縄で縛られている。その少年を二人の男が威圧する。
少年は五人のうちの一人だ。リーダーの少年ヴィリ、犠牲となってしまった男の息子フィル、逃げ出したイヴァの息子、そして残りの二人のうちの一人が脅されている。
「お前が呼ばないなら仕方ないな」
誘拐犯の一人は下衆な顔をしながら部屋を出て行った。”伝言”で誰かに助けを求めていたのは知っている。焦っているのだ。
(早く、助けを呼ばないと……でも皆が……)
少年は焦っていたが何が出来るわけでもなかった。伝言紙は破り捨てられ連絡手段はなく、仲間たちは人質に取られた。
「離せよ!」
男が戻ってきたが、ヴィリを伴っていた。
「な、なんでっ」
少年は困惑していた。自分だけが標的なはずなのに、なぜ彼をつれてきたのかと。
「お前が俺の願いを拒否する度にこいつの指が減っていく」
濁った目で暗い笑みを浮かべる男が、ヴィリの指を握る。その手にはナイフが握られていた。
「そしてお前」
ヴィリは魔法で反撃しようとしていたが、声をかけられ留まる。
「魔法を発動する度に隣の部屋のお友達を殺す」
狂ったように見せかけて、冷静に相手を追い詰めていく。
「どうする? 親父を呼んでくれるか?」
その場の空気が凍っているかのような寒気が、少年達を襲った。
食事の最中に、捕らえられて来た軽犯罪者の浄化を私がしていると――。
「アリスさん」
「はい」
「いこう」
北の方で何かを、感じました。




