鎮魂祭⑥
今日は昼以降の方が来場者は多いようです。メインイベントが夕方行われる祈りだからでしょうか。予定では十七時から行われ、一,二時間時程で終わるとのことです。
アリスさんが広場に居るため、用事等で夜まで残れない方たちが鎮魂を捧げていっています。
他の場所はどうでしょうか。外は無事なのかな。やってくる方たちに不安や恐怖といった感情は見受けられません。防衛班や冒険者で対応できているということでしょうか。
核樹は大丈夫でしょうか。ライゼさんが地下闘技場に居た以上、美術館が手薄に……。私たち以外からすればただの木ですから、盗んだりはないのでしょうか。それはそれで、なんか釈然としません。
「巫女さんリツカお姉さン。どちらに行ってたんでス?」
シーアさんが両手に食べ物を持ってやってきました。少ないながらも出店は一応ありますから、手に持っていてもおかしくありませんが……山盛りですねぇ。
「さっき、裏通りで事件があってね。浄化しにいってたんだ」
「そうなんですネ。何がおきたんでス?」
教えて良いものかと思いましたが、シーアさんはきっと知りたいでしょうから、教えました。
「やはリ、どの国でも裏はありますネ」
特に驚くこともなく、しみじみと言うシーアさん。その反応に私のほうがうろたえてしまいます。
「共和国でも似たようなものがありましタ。お姉ちゃんが即位してからはなくなりましたけド、どうしても湧いてきまス。気にしても仕方ありませんヨ、リツカお姉さン」
逆に慰められてしまいました。
「そうだね。それにしても、シーアさんは詳しいね。ェ……女王陛下から聞いたの?」
危うくエルさんと呼んでしまうところでした。
「はイ、それもありますけド、一番は情報部からでス」
シーアさんは気づくことなく応えてくれます。セーフ、ですね。
「シーアさんは情報部でもあるのですか? 魔法研究部の長とはお聞きしてましたけど」
祈りの合間にアリスさんも質問します。
「えェ、情報部には籍をおいているだけですけド、良くお邪魔していましタ」
いくら多様性を認めているとはいえ、シーアさんはまだ……いえ、シーアさんの能力と実力を考えれば納得ですけれどね。
「こちらに来たのモ、情報部からこの国のマリスタザリアが急激に増えていたと教えてもらったからですシ」
ただでさえ増えていたマリスタザリアが、私たちが来た辺りから更に増えました。今でこそ不気味な程静かですが、やはり他国からみても異常なようです。
「それでハ、軽い休憩を終えまス」
ペロリと手に持っていた綿菓子とコーン? を食べきりました。綿菓子がまるで空気のように……コーンは重機で巻き取られていく糸の如く……。
「また後ほド」
「うん」
「頑張って下さい」
大きく手を振って歩いていきました。
「あれ? レティシアさんどこいったんすか……?」
腕章をつけた男性がシーアさんを探してきょろきょろしています。その大量の袋は一体?
「シーアさんなら職人通りにいきましたよ」
「本当っすか、ありがとうございま、す」
良い匂いがします。多分食べ物なのでしょう。それをもった男性が固まりました。
「ああああ、あ赤の巫女様!? す、すんません! 気安く!」
頭を思いっきり下げて謝ります。あぁ、そんなに傾けては食べ物が崩れますよ。
「そんなに畏まらなくていいですよ」
「う、うす」
まだぎこちないですが、なんとか止めてくれました。流石に、毎回畏まられては困ります……。
「そちらは、シーアさんにですよね。冷めてしまうのではないでしょうか……」
アリスさんが困ったように男性に告げます。
「あっ! す、すんません! 自分はこれで!」
両手の料理を見やり、急いで駆けて行きました。
「……。シーアさん、どれだけ食べてるんだろ」
「おなかを壊さなければよいのですが」
「そうだね」
クスクスと笑いながら、小休止を終えます。
「レティシアさーんひどいっすよ……」
と、次を頼んでいたんでしたね。
「ア、ごめんなさい忘れてましタ」
「えぇ!?」
「冗談でス。よくここが分かりましたネ」
えっと、お金はこれくらいでしたかね。少ないのはダメですけど、多目に渡すことに問題はありません。後ほどお使い代も渡すつもりですからね。
「赤の巫女様に教えてもらったんすよ」
「話せて良かったじゃないですカ」
「いや、そりゃそうっすけど……」
うわぁ。すっごいニヤけてます。アンネさんを前にしたお師匠さんみたいです。
「リツカお姉さんにちょっかいかけると巫女さんに怒られますヨ」
「うっ……。そんなウィンツェッツみたいなことしませんって……」
何でそこで野蛮お兄さんが出てくるんです?
「野蛮お兄さんさんがどうしたんですカ」
「野蛮……? レティシアさんも何かされたんすか?」
「私のことはいいでス」
「は、はぁ」
――クふふふ! 聞いた話は大変貴重な物でした。これをネタに強請ってみますか。お師匠さんの過去話とか聞いてみたいですねぇ。
男はレティシアの野蛮お兄さんという言葉にいらぬ想像をする。ウィンツェッツはめでたく、リツカ、アルレスィア、レティシアにちょっかいをかける不埒者となってしまった。
言葉はしっかり伝えなければいけない。
(同業のやつらからやけに睨まれると思ったら、そんな理由だったのかよ。クソ……)
ウィンツェッツが一人ごちている。とりあえずその噂を流した者たちに訂正はしておいたが、それが浸透するには時間がかかるだろう。
(誰があんなガキ相手に欲情するかよ)
自分も十代の癖に、二人をガキ扱いする。四人を知っている者からすれば、一番子供っぽいのはウィンツェッツだろうに。
「兄ちゃん!」
足音と声がウィンツェッツに近づいてくる。
「あ?」
振り向いたウィンツェッツに駆け寄ってくる少年たちが居た。
「覚えてますか?」
「あぁ、あん時の」
少年の数は五人。ウィンツェッツは見覚えがあった。
神誕祭二日前にウィンツェッツが関わった少年たちだ。
「見回りですか!」
元気に尋ねてくるのは逃げた男イヴァの息子だった。あの時の落ち込んだ姿はなく、五人で一緒に走ってきた様子から、しっかり解決したのだとウィンツェッツは理解した。
「あぁ、まぁな」
「僕たちも手伝います!」
「あぁ?」
ウィンツェッツは止めようと思い口を開こうとするが、少年たちの目を見て止まる。
(この手の連中は止めても勝手にやりやがる。俺がそうだったからな。それなら)
「ほら」
ウィンツェッツが紙を放り投げる。
「これは、伝言紙?」
「怪しい奴を見つけたらそれで”伝言”飛ばせ。手は出すなよ」
それだけ言って、ウィンツェッツは去っていく。少年たちは未来の冒険者だろう。危ないと思いつつ、管理下に置く事で最悪の事態だけは回避しようとしている。
「はい!」
「皆行こう!」
少年たちがウィンツェッツと反対へ走っていく。
「面倒見がいいな」
「あんたは――」
ウィンツェッツに声をかける野太い声に顔を上げる。
「隊長さんか。まぁな」
「あの時とは別人だな。何かあったか」
隊長ことディルクがにやにやとしながらウィンツェッツに問う。
「俺だって成長くらいするってんだよ」
決まりが悪そうに去ろうとする。その後姿にディルクが真面目な顔で
「そうか、巫女様たちにちょっかいかけるのは止めたのか?」
「それは誤解だっつってんだろ!」
丁度いいと、ウィンツェッツはディルクを経由して誤解を解こうとする。早く解けたほうがいいに決まっているから。
(はぁ……休憩所いきたかったなぁ)
リタが学校の机に突っ伏し落ち込んでいた。
(追試さえなければ!)
机を叩き後悔している。その様にクラスメイトたちは奇異の目をむける。
「リタどうしたの……?」
「さぁ? またお母さんと喧嘩したんじゃないの?」
どうやらそこまで珍しい光景ではないようだ。
(今日は演説だっけ。講堂でも聞けるみたいだし、それでもいいけど)
顔を挙げ、広場のほうへ視線を向ける。
(直接、見たいなぁ。……抜け出そうかな)
不穏なことを考えているリタに、鋭い視線が向けられた。
「リタさん」
「は、はい!」
唐突に名前を呼ばれ起立する。
「これじゃ合格は上げられないわ。やり直し」
「そ、そんなぁ……」
愚痴を言いながらも早速とりかかるリタは、アルレスィアとリツカの演説を聞くために少しだけやる気を出しているようだ。
街の至る所で囁かれている。
「今回は巫女様たちも演説するらしい」
「どんなことを話すのかしら」
「赤の巫女様ってどんな人なんだろう」
「巫女様のお声を聞けるなんて!」
「赤の巫女様ってキリっとしてて素敵よね……」
楽しみにしている者達。
「ちゃんと出来るのかねぇ、リツカちゃんは……」
「ロクハナ様はしっかりしておられますから、大丈夫かと」
「そうはいっても、たまにね」
「確かにそうですが、アルレスィア様もおられますので」
「はぁ……心配だねぇ」
心配する者達。
「巫女っていってもガキだろ、期待すんなよ」
「どうせガチガチに緊張するのがオチだろ」
「それはそれで見ものじゃないか? あんな美人だしな」
「付き合えねぇかなぁ」
「巫女様は無理でも、赤の巫女様ならいいんじゃねぇか? 異世界ってのはよくわかんねぇけど、結局はこの世界の人間じゃねぇんだし」
「うっわ、下衆すぎるわ」
期待せず、下卑た目で見る者達。
「どんな言葉を重ねようと意味はない、せいぜい嘯くがいい」
「貴方様のお声を届けることが出来ず誠に遺憾でございます……陛下は見る目がない」
「良い、計画は順調だ。国民がやつらを信じれば信じるほど、崩れた時脆くなる。今は静観するのだ、下手に動き反感をかってはならない」
「御意に」
暗躍する者達――。
様々な思惑があれど、注目していることに変わりは無い。
アルレスィアとリツカはどのような言葉で世界に根を張るのか。
楽しみだよ。
成長した姿を見せておくれ。
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