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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
21日目、ほんの少しの奇跡なのです
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鎮魂祭⑤



 裏通りに着いた時、すでに大勢の衛兵や国王軍が殺気だっていました。


「! 巫女様、赤の巫女様、こちらです」


 一人の男性が私たちに気づき、呼び込みます。

 浄化のために、私たちは呼ばれたのです。


 賭博場には多くの人間が呻き、倒れていました。


「――来たんか」


 ライゼさんが出迎えてくれます。どうやら、ライゼさんが制圧したようです。


「すまんが。巫女っ娘、頼めるか」

「はい。広いながらも密閉された空間です、いけます」


 アリスさんが闘技場の中心に向かいます。私は、ついて行く事しか、できませんでした。


 アリスさんの”浄化の光”が空間を支配します。大量の悪意たちが、霧のように地上へ出て行きました。一際大きいものが、闘技場の中央に倒れている二人から出て行くのが見えました。


 恐らく、戦わされていた二人でしょう。


 向こうの世界でも、昔は似たようなことが起きていたと聞きます。貴族などの上流階級たちの娯楽として、奴隷を戦わせたりといったものです。この世界の、こんな身近で起きた非現実に、私の困惑と悲嘆は止まりません。


 アリスさんも、目を閉じて悲痛で染まっています。少々疲れが見えますが、初めて大魔法を行った時より洗練されている様で、大きな疲れは見えません。そのことに、安心はしますが……。


「あんさんらが気に病むことじゃねぇ」


 ライゼさんが声をかけてくれます。


「でも、こんな……」


 闘技場の壁や地面には、使い古された歴史を感じます。壁は、血で黒ずんでいます。今日だけでは、ないんです。ずっと繰り返されていたことなんです。


「追い詰めるようだが、悪意のせいじゃねぇぞ」


 ライゼさんが目を逸らしたい現実を突きつけます。


「あんさんは潔癖すぎる。これから先、役目をやり遂げようと思うなら、今日の出来事を忘れるな」


 私たちを見て言います。


「世界は綺麗なだけじゃねぇ」



「リッカさまが」


 アリスさんが私を見て優しい声音で言います。


「この世界は優しくて、綺麗って評してくれて嬉しく思います……だからこそ、こういったことも知って欲しいのです」


 決意を目に込めて――私を、見据えています。


「綺麗なだけではないということを、優しいだけではないということを。……それでも、お救いになりますか?」


 声を震わせ、私に問いかけました。


「私は変わらないよ」


 アリスさんの頭を撫で、言います。


「すごく衝撃的で、未だに混乱してる」

「こんなに多くの人が、人の不幸を楽しんでいた事実は悲しい……。向こうの世界と、何一つ変わらないんだなぁって思った」


 私は恵まれていただけなのです。向こうでも、こちらでも。


「だったら、変わらない」

「確かに、優しいだけでも綺麗なだけでもなかったけれど……全くないわけじゃ、ないから」


 頭から頬へ手を移しながら。


「最後まで、やり遂げる」


 宣言します。


 世界の浄も不浄も関係ありません。


 あの日、あの丘で……アリスさんと神さまに宣言した時、あの日の気持ちは絶対に変わりません。

 これから先、もっとひどい現実を突きつけられようと、私は私の信念で動きます。


「アリスさん」

「――はい」


 ぽーっと私を見ていたアリスさんが我に返りました。


「演説、決まったよ」

「はい、私もです」


 真剣な眼差しで、逮捕されていく人々を見ます。


 この国の裏、私の見る世界の一部。この光景も、神さまはきっと愛しているのでしょう。アリスさんは救いたいのでしょう。


 言うべきことは決まりました。

 どのような反応があるかは分かりませんが、私は私として言葉を伝えます。




「俺の杞憂だったか」


 ライゼルトが隅の方で苦笑いしている。


「何がですか?」

「おう、来たのか」

「はい、現場監督ですので」


 アンネリスがライゼルトの傍まで来ていた。


「アイツらには刺激が強ぇかと思ったが、しっかり前を向いてやがる」

「この国に来たばかりの二人であれば、受け入れられなかったでしょう」


 ライゼルトは喜び、アンネリスは安堵している。


 リツカもアルレスィアも世界を自分の見るのは初めてだ。そんな大事な第一印象がこの事件であれば、不信の方が強かっただろう。


 だが、出会いは二人に味方した。

 二人は人々の優しさを先に知れた。


「あぁ、今のアイツらがやる演説が楽しみだ」

「えぇ、楽しみです」


 二人は寄り添いながら、アルレスィアとリツカを見ていた。



 

 ライゼさんとアンネさんが良い雰囲気ですね。周囲にはアンネさんに指示を仰ごうとしているしている方たちが居るのですけど、ライゼさんすら気づいていません。


 声をかけ辛いのは分かりますけれど……。


「あ、あの! 巫女様、赤の巫女様!」


 その内の一人が私たちのところに来ました。アンネさんがダメなら、ということでしょう。私たちも選任ですから、仕事をしなければ。


「はい、どうしました?」

「こちらが戦っていた男たちの経歴です! そ、そのアンネさんには声を……」


 どうやら書類を渡したかったようです。私が応対します。アリスさんはちょっと、大魔法の影響かふんわりしていますから。


「――っ! こちらからお渡ししておきます。どうぞ、ご安心ください」

「ありがとうございます!」


 責任感の強いアリスさんが、ハッとした表情を浮かべると男性に小さくお辞儀をしました。


 その姿に対し、土下座するんじゃないかという程勢い良く頭を下げた男性は、嬉しそうに走り去っていきました。


 ちょっと、複雑です。


「……」


 当のアリスさんはその男性ではなく、確認するために私が渡した書類の方が気になるようで、真剣な眼差しで読んでいました。


「なんて書いてあるの?」

「! 名前や年齢などですね。特に変わったものはありません」

「そうなんだ」


 戦っていた人たちの経歴、ですか。借金とかでしょうか。


「赤の巫女様! こ、こちらもお願いしてよろしいでしょうか!」

「はい、預かりますね」


 次々と職員たちがこちらに持ってきます。ほかにも仕事があるでしょうから、書類渡しに時間はかけられないですよね。



「リッカさまの気苦労をこれ以上増やすわけには……。今は目の前の事だけを――」


 アルレスィアの呟きを聞く者は誰も居ない。正義感が強く、それでいて人の気持ちを汲むリツカのことだ。母のために戦った男の事を知れば心を痛めるだろう。だからアルレスィアはリツカに教えることはしなかった。何故か、嫌だったんだ。


 痛む胸に気づきながらも、理由には至っていないアルレスィアだが、次第に自分の気持ちを自覚しつつあった。


「ア、アリスさぁん……」

「リッ――リッカさま!?」


 思い耽っていたアルレスィアは、今にも書類に押し潰されそうになっていたリツカを見て思考を止め、支えに行った。




「申し訳ございませんリツカ様、お預かりします」


 アンネさんとライゼさんに書類を渡して一息つきます。これから広場に戻らなければいけません。


「それじゃ、戻りますね」

「ありがとうございました」


 地下闘技場を後にし、広場に向かいます。きっと多くの人が待っていることでしょう。


「聖伐を大虐殺などと貶す輩は冒涜者だ! 神は我々を選んだのだ! 選ばれし者の誇りを捨て小娘の戯言に踊らされる哀れな者たちよ! 目を覚ませ!」


 昨日の、狂信者の男性が広場で演説をしていました。


 蔑みの目を向け立ち去る方たちが殆どですが、幾人かは耳を傾け、首を縦に振るなどの反応を見せています。


 きっと、私たちの不確かな部分を声高に述べていたのでしょう。私なんかは特に、怪しさの塊ですからね。


「良いか! 巫女とは神に選ばれた特別な存在だ! その者が自分は特別ではないと嘯くことがすでにおかしいではないか!」


 司祭から聞いたのでしょう。ですが、私たちは特別ではありません。”巫女”は人ではないという事にすることで、神さまの干渉を受けられるようにしているのです。


 これを特別というのであれば特別ですが、神さまは差別も区別もしていませんでした。アリスさんが言った様に、神さまに愛されて生まれてきた全ての生きとし生ける者全てが、特別なのです。


 でもこれを私たちが証明することは出来ません。皆さんに信じてもらうしかないのです。


「目を覚ませ! 神は平等では――」

「そこまでだ」


 笛の音のような甲高い音が広場に響き渡りました。男性の声に静止され、狂信者の男性が取り押さえられます。


「離すがいい、私は神の代弁者! 愚かな国民たちへ周知せんとやってきたのだ!」

「黙れ、お前は罪を犯している。この国では許可の無い演説行為は禁止されている」


 逮捕劇が繰り広げられています。良く見れば、やってきた男性は異国からの選任候補者の方でした。アジア系のような顔に、慇懃無礼という言葉がしっくりくる男性。


 国内警備をしているということは、選任になったのでしょうか。朝は見えなかっただけ?


「その顔立ち、ノスツィの者だな! なぜ私の邪魔をする! 君は――」


 男性はのすちーという所の出身みたいです。狂信者の方にはその事に思うところがあるらしく責め立てますが――。


「……」


 男性が耳打ちすると、狂信者は青ざめ、口を噤みました。脅し……? なんにしても、穏やかではありません。


「あの」


 広場の担当である私たちは近づき、声をかけます。


「ッ! これは、巫女様方。ご安心を、今すぐこの者を連れて行きますので」


 鋭く私たちを睨んだかと思えば、すぐに表情を柔らかくし、狂信者を立たせました。連れて行かれそうになっている男性は震えていますが、これは喜んでいるような……? 不気味すぎて、落ち着きません。


「ありがとう、ございます」

「では、我々はこれで」


 違和感は拭えませんが、一件落着なのでしょうか。

 

 捕り物劇は終わりましたが、また不信感が広場に充満しています。簡単には拭えそうにありませんね。


 狂信者の方が主張を変えたわけでも、撤回したわけでもない状況で逮捕されました。不信感の行き場がなくなってしまったのです。昨日とは違います。


 ですが、それでも祈りを捧げてくれる方たちはいます。


 遠巻きに狂信者の方を見ていた人たちが、アリスさんの登場を待ち侘びていたように駆け寄って膝を折り祈りを捧げます。アリスさんを信じてくれる方たちも居るんです。


 だから、今はそれでいいです。

 

 魔王を倒すその時までは。



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