鎮魂祭③
アリスさんの体温を感じながら、体の調子を確かめます。痺れはありません。筋肉も正常、声は。
「あーあーいーうー」
大丈夫そうです。
私が声を出すたびに、アリスさんがピクンと震えます。くすぐったかったのでしょうか。もっとやりたいと思ってしまいますが、まだ稽古中です。断腸の思いで振り払います。
「どう思う」
「あ?」
アルレスィアとリツカを見ながら、急に問いかけるライゼルトにウィンツェッツは困惑する。
「てめぇ……」
ウィンツェッツはライゼルトから距離を置きつつ引いている。
「ん? ち、違ぇぞ!?」
何かに気づいたライゼルトが訂正する。
「そうか、てっきりてめぇが不埒者になっちまったのかと」
「お前と一緒にするな」
「あ゛?」
阿呆な師匠がアルレスィアとリツカをそういった目で見ていると勘違いしたウィンツェッツだが、ライゼルトからの反撃にイラついた様子だ。
「どういうこったよ」
「お前が剣士娘を付け回してるって噂が流れとるぞ」
「……はぁ!?」
ライゼルトからの衝撃的な事実にウィンツェッツがたじろぐ。
「なんだよそりゃ!」
「自業自得だ。隊商護衛の時に剣士娘と巫女っ娘に嫌われとったお前を見た連中が勝手に想像したんだよ」
あの時、訂正せずに詳しい事情も話さなかったウィンツェッツだが、そのせいで勝手に尾ひれがついてしまっていた。
今やウィンツェッツはリツカを狙っている危険人物として男性と一部の女性から敵視されている。
「なんだと……」
露骨に不快感を滲ませつつ、顔が青ざめていくウィンツェッツ。
この事を知ったアルレスィアがどういった行動に出るか誰にも分からないが、凄惨なことにはなるだろう。
「まぁ、そんなこたぁどうでもいいんだよ」
「どうでもよくねぇよクソが……」
ウィンツェッツが落ち込んでいるのをニヤけ顔で見るライゼルトが先ほどの話を再開する。
「そんで、お前から見て剣士娘の動きはどうだったかっつー話だ」
ウィンツェッツの稽古を買って出た以上、しっかりと面倒を見るとライゼルトは意気込んでいる。
その一環としてリツカの動きを観察させている。
「あぁ……前見たときと一緒だ。”疾風”を完全に読みきってやがったな、その後の反撃も正確だった。どうやってんだありゃ」
「アイツは魔力色が見えるからな。それと風の揺らぎで分かるらしい。巫女っ娘も魔女娘も見えるが、そんなこと出来んだろうがな」
魔力色が見え、風が読めた上で、リツカの第六感があって初めて出来る芸当だ。
本来、”疾風”は絶対の先制権だ。範囲攻撃で周囲を牽制しても攻撃は風が止める、移動後すぐに攻撃防御を展開できる程に自由度が高い魔法だ。
移動距離に制限があるが、常人でも三,四メートルの幅を移動できる。
その”疾風”が対リツカでは効果を発揮しない。位置が分からないはずの出口にリツカの攻撃が待っている。それも、正確に相手がどのような姿で出てくるかまで分かっている。
リツカに対して”疾風”は使えない。
「アイツに俺が本気を出さざるを得んかったのは、俺の攻撃が全部読まれたからだ。お前と戦ってたとき以上に、鋭敏に正確に読みきってやがる。急成長甚だしい」
「強化後の身体能力が合わされば、並みの攻撃じゃ当てられん」
ライゼルトは”雷”を使わなければ勝てないと、明確に言った。
「お前なら、どう戦う?」
「……」
ライゼルトの問いに、ウィンツェッツは言葉が出ない。
「さっき見せたみてぇに、無敵ってわけじゃねぇ。付け入る隙も避けられん技もある。じっくり考えろ、そしてそれが出来るように努力しろ。敵を見ろ、己を見ろ。常に思考を止めるな」
ライゼルトはウィンツェッツにあの時出来なかった修行をつけていく。
「ライゼさん、次はどうしますか」
「あぁ、今日も忙しいだろうからな。これで終わりだ。明日の朝またやるぞ」
「はい」
私が一方的にやられただけで終わってしまいました。一撃くらいは入れたかったのですけど。
「テツザンコウってやつを当てたろうが……」
「あれはただやって見せただけですから」
「負けず嫌いだったな、そういや」
ライゼさんがげっそりと言います。
その通り、私は負けず嫌いです。負けたままは嫌です。明日は絶対当てます。
「まぁ、明日だな。解散するぞ」
「「はい」」
「……おう」
まずは宿で、シャワーだけでも浴びましょう。
「ごめんねアリスさん。結局一撃もらっちゃった」
「怪我はしていませんから、無しです!」
アリスさんの落とし所に思わず笑ってしまいます。
「おかしかったですか?」
困ったような顔で私を見るアリスさんが愛らしくて、思わずニヤけそうになってしまいます。
「うん、ちょっとだけ。でもそうだよね、怪我がないんだからまだやれるよね」
ふふふ、と笑いながら、アリスさんの言葉に賛同します。
「――えぇ、そうです。怪我がなければそれでいいのです」
「うん」
二人で笑いあいながら、静かな広場を通り抜けました。
「国王、中庭借りたぞ」
ライゼルトが執務室に入るなり告げる。不敬にも程があるが、コルメンスは気にしていないようだ。
「えぇ、見ていましたよ」
「そうか」
カカカッと笑いながら椅子に座るライゼルトの対面にコルメンスも腰掛ける。
「手加減なしでしたね」
「本気でやらんとアイツは怒るんでな」
苦笑いしながら言うコルメンスに、ライゼルトは豪快に笑いながら応える。
「それで状況はどうだ」
真面目な顔でライゼルトが問う。
「はい、昨日一人の男性が二人を糾弾したようですが、うまく切り抜けたようです」
「恐らくその辺りからか、不信感は減っとったな」
「えぇ、巫女であることに固執せず、救済者たらんとする二人に心動かされたようですね」
「いい傾向だな」
「えぇ、今日の演説で決定付けます」
コルメンスの目が光る。
「そうですね。共和国から来た人も多いようですから、世界へ発信しましょう」
女性の声が扉のほうから聞こえてくる。
「この先巫女様たちが動きやすくなれるように」
エルヴィエールは先を見据える。
魔王を見つけ、救世主たちがこの王都から出た後のことを。
「噂に違わぬ美貌だな、国王よ」
「え、えぇ」
ライゼルトが国王をニヤけ顔で見る。こちらも遠くない未来のことを考えているのだろう。
「お褒めに預かり光栄ですわ、ライゼルトさん。アンネとはどうなったのかしら?」
「ぐぅっ」
エルヴィエールからの反撃に、ライゼルトが沈黙する。この手の話でライゼルトが優勢に立ったことがない。
「私に会ったことはシーアには内緒にしておいてくださいね」
「ん? そりゃ構いませんが」
「シーアを吃驚させようと思ってるの」
「ほう、そりゃいい。散々イジられたからな」
エルヴィエールが外堀を埋めながらレティシアへのサプライズを進める。
どんな反応をするのか、今から楽しみだね。
「ふわぁ……まだ眠いです」
レティシアが目覚める。まだうとうととしているが、顔を洗えばすぐに治まるだろう。
「今日は鎮魂祭の後、巫女さんたちの演説ですか」
クふふふと笑いながら洗面台に向かう。
「さて、どんな事が起きますかね」
レティシアは、リツカがまた何かをしてくれることを期待していた。
「さて、演説までしっかりと二人を支援しますかね」
足取り軽く、レティシアは支度を始める。




