鎮魂祭②
「核樹はどんな様子でした?」
「核樹を見に来とった連中なら熱心に祈っとったぞ。あんさんみてぇなのは一人も居らんかったがな」
カカカと笑いながら言うライゼさんを、アリスさんが軽く睨みました。
私みたいなっていうのは、あれですよね。くるくるですよね。自分で思うのもあれですけど、絶対居ないです。
「核樹は狙われないのでしょうか」
まだ決め付けるのは早いですけど、今日の演説中は要人が目立つ位置に立ちますし、核樹よりこちらの方が注目されるでしょう。
「あんさんらの方が狙われると思うぞ。昨日も狙われたそうじゃねぇか」
どこから情報を得ているのでしょう。
「この国の端っこは神様を余り信仰してないらしいからな、あんさんらも気をつけたほうがいい」
「端っこですか?」
ライゼさんからの新情報に私とアリスさんは首を傾げました。
「あぁ、東西南北の端っこだ」
「この国の中央にキャスヴァル、そこから南へ程なくのところに”神林”があるだろう。だからな、端の方じゃどうしても名声やら言葉やらは届きにくい。特に北の奥地はやべぇぞ。俺は行った事ないが、神様の威光なんざ欠片も届かん」
神さまには、縋らないということでしょうか。
「でも、共和国では信じているのですよね」
アリスさんが疑問を投げかけます。国内ではそうでも、国外で、北西にあるはずのフランジールでは信じられています。
「……あんさんらに言うのは憚れるが、端っこはどうしても国としても手が届かん。昔から、犠牲になるやつが多いってことだ」
つまり、切捨てられて――。
「そういうことだからな、共和国として保護されてる辺りからまた信仰は広まっている。あくまで、キャスヴァルの端っこが荒んでるってことだ」
どんなに祈っても、助けてはくれなかった。だから、縋るのを止めてしまったのですね。
「あんさんらが気に病むことじゃない。巫女が神の使いとはいえ、個人だ。出来ることは限られとる」
「前だけ見とけ」
ライゼさんが前を見て歩きながら言います。こうやるんだ馬鹿娘共、と見せるように。
もう私はすでに、選択して覚悟したはずです。これからの犠牲者を減らすために、前に進むことを。ここで、私が落ち込むことは……出来ないのですね。
世界が広がるたびに、後悔が増えていきます。
でも――。
「……」
アリスさんが肩を抱いてくれます。そして、強く頷くのです、大丈夫です、と。
「――うん」
私も頷き返し、前を向きます。
後悔ばかりの自分を振り切りたくて、前に歩き出します。
「そんでな、あんさんが昨日見せたっていう技についてだが」
唐突に話題を変えこちらを向きます。ライゼさんはやっぱり頼りになる大人だなぁとか思ってたんですけど、私の思い過ごしだったのでしょうか、少しジト目になってしまいます。
「お、おう……。だからな、見せて欲しいんだよ。どんな風にやったか」
たじろぎながらも言い切るライゼさんに関心しつつ、思案します。
「どちらが知りたいんですか? その物言いですと全部知っているようですけど」
顎への一撃と鉄山靠、どちらを受けたいのでしょう。
「あぁ、両方だ」
喧嘩用のパンチやキックはあるので、顎への掌底打ちはすぐ出来るようになると思いますけど。
「じゃあまず鉄山靠から」
王宮の中庭についたので、始めましょう。
「どうぞ襲い掛かってきてください」
私の言葉にアリスさんが少しそわそわしますが、大丈夫と思ってくれているのでしょう、止めには入りません。
「おう」
テツザンコウっつーのか、と呟きながら襲い掛かってきます。
私を殴るようにくるかと思いましたが、抱きつくように両手を広げています。昨日の男性を再現しているのでしょうか。
鉄山靠は肘で打つわけではありません。背中をたたきつけます。
左側に背中を向けつつダックインで避け、気を背中に集中させ、背中をライゼさんの横に、叩き付けます。
「ぅっ!」
軽くやったので、少し吹き飛ぶ程度ですけど。
「どうです、強化しなくても結構飛ぶでしょう」
少し顔を青くしているライゼさんを見下ろします。
「ぉ、おう……」
悶絶しているライゼさんを、引き気味に眺める兄弟子さんが
「小っこい赤いのの攻撃でそんなに飛ぶもんか……?」
「やってあげましょうか」
いい経験になるでしょう。せっかく稽古仲間になるのです。
「あぁ……」
半信半疑の兄弟子さんが向かってきます。
「では――」
結果として、二人は両膝をついて動けなくなりました。
「つ、次は顎のやつか……」
すでにぐったりしているライゼさんが次を要求してきます。
「やめますか?」
「いや、男に二言はねぇ」
意地で受けるようです。
「リッカさま、顎への攻撃とはどうなるのです?」
首を傾げながら質問するアリスさん。アリスさんが昨日見れたのは、鉄山靠だけだったでしょうから、気になったんですかね。
「顎を強く打つと脳が揺れるから、軽い打撃でも立てなくなって、強く叩くと障害も残っちゃうかな」
本当は禁じ手ですけど、昨日はちょっと止まれませんでした。足に来る程度に抑えたので大丈夫ですけど。
「ライゼさん、どうします?」
体験したほうがいいでしょうけど、今ので分かったと思います。
「……かかってこい剣士娘」
覚悟を決めて言うライゼさん、戦いじゃないんですけどね。
”強化”なしで掠る程度です、少し足がガクガクする程度ですかね。
「では――っ!」
チッと小さい音が中庭に響きました。
「なんだ、外し――」
本来、顎への一撃はクリティカルしなければ時間差できます。
「う、お……」
ガクガクと震える足を掴んで俯き青ざめるライゼさんに兄弟子さんが再び引いています。
「おい、大袈裟じゃねぇか……」
「お前も、受けりゃわかる」
「……これから稽古だろ、やめとくわ」
「てめぇ……!」
仲良く言い合う二人。仲直りしたのでしょうか。親子って感じではないですけど。
「顔への打撃は場所によって効果を変えます。耳の後ろであれば平衡感覚を、こめかみであれば頭痛や吐き気を、鼻や喉頭隆起、喉仏と向こうでは言われますけど、そこを叩くと呼吸を止められます」
「どれも命を奪える攻撃ですから、気をつけてくださいね」
悪用はしないでしょうけど、軽い気持ちでやってしまうと死人が出ます。ただでさえこちらの世界の人は、魔力で筋力が上がっているのですから。
「あぁ……掠っただけでこれだからな……」
座り、体を休めているライゼさんがぐったりとしています。
「体を鍛え、剣を磨いたが……。人体の構造を理解しての打撃か、向こうは進んどるな。闇雲に振るう剣より余程怖ぇ」
「対人技ですから、マリスタザリアには効きませんよ。多分」
脳で動いているかも定かではありません。首を落せば活動が停止するので、脳は機能しているのでしょうか。
「そんなことはせん。体も戻ってきたようだ、やるか」
稽古を開始するぞ。とライゼさんが立ち上がります。流石に、回復も早いです。
「じゃあアリスさん、少し待ってもらうことになるけど……」
「はい。リッカさま、頑張ってくださいね」
笑顔で送り出してくれます。その笑顔を守るために
「うん。一撃も貰わないから安心して見てて!」
約束して、行きます。
「とりあえず一対一でやるか。俺と剣士娘でやる、お前はまず見てろ」
不服そうですが、兄弟子さんが下がります。
「先に全力の”抱擁強化”してみていいですか」
「あぁ」
「私の強き想いを抱き、力に変えよ!」
強化が私の体をめぐります。が……。
「発動はできましたけど、消費が激しいですね……」
刀の時のような滑らかさがありません、途切れ途切れです。
核樹の量? それとも私のイメージが足りないのでしょうか……。
「通常強化にしとけ、今日ぶっ倒れたら困るからな」
「はい……」
”光”は出来るので問題はないのですけど、残念です。
手に馴染まない木刀に四苦八苦していると、ライゼさんがざりっと音を立てて構えました。
「本気でいくぞ」
「はい」
私の返事と同時にライゼさんが呟き、姿が消えます。
(”疾風”――)
右、でも攻撃は私の後ろから、しゃがみながら回り――。
「――シッ!」
ガンッと木刀同士がぶつかる音が中庭に響きます。
(”強化”のお陰で力負けしない、打ち合える。でも)
木刀が悲鳴を上げています。核樹の強度がいかに高く、しなやかだったかが伺えます。それに本当に手に馴染みません。核樹は手に吸い付く様でしたし、体の一部でした。
核樹に思いを馳せていると、ライゼさんの右手が動きました。
魔力が練られています。チリチリと私の肌が感じ取ります。
(雷……?)
ライゼさんは”雷”を纏って戦いますが、遠距離にも対応しています。まだ木刀に纏ってはいませんが、そろそろ準備運動は終わりということでしょうか。いえ、先入観はいけませんね、この世界の人は魔法を幅広く使えます。
「若ぇやつの成長は早いな……」
「え?」
何かを呟いたライゼさんが苦笑いしています。
「”強化”があるとはいえ、ここまでとはな」
要領を得ませんが褒められているのでしょうか。
「気を引き締めんとな」
その一言と共に、ライゼさんの存在感が増しました。
ライゼさんが呟き姿が消えます。”疾風”。
「っ!」
上から気配、避け――。
「ォラァ!」
避けた私の真横を通る木刀、雷が周囲へ迸ります。
「――ッ!」
(雷って木刀で落せるかな……!)
やってみるしかないです! 下がりながら、私に向かってくるものを落とす!
「シッ!」
”雷”に魔力が通っています、魔力で方向を決めているのかもしれません。これなら当てられっ――。
「~~~~! つぅ……」
確かに当たりましたけど、体のほうに向かってきました。落雷のとき木に近づくなっていうのはこういうことでしょうかっ。
筋肉が変な痙攣してます、目がパチパチします……動けない。
「リッカさま!」
四つん這いになっている私に、アリスさんが駆け寄ってきます。
「ライゼさん! 雷はやりすぎです!」
「す、すまん」
対人で”雷”って最強じゃないですかね……。絶対避けられません。
「剣士娘がやるようになっとったもんだから、つい」
「つい、じゃありません!」
私に治癒を施しながらライゼさんを睨み続けています。
対策を誤りました。木刀を地面に刺してしゃがむのが良かったのでしょうか……。いえ、戦いの中で武器を手放すなど言語道断というものです。鞘があれば、そちらを刺す? 刀であれば、刀身で受けることが出来そうですが……本当に、勉強不足を痛感します。
魔力で操られた雷は確実に私に向かってくるのであれば、考察は無意味となりますけど。
「アリシュしゃん、もうだいじょうぶ」
舌が回りません、まだダメでした。
「怪我せん程度に抑え」
「そういう問題ではございません」
アリスさんが絶対零度と思わせるほどの冷たさで、ライゼさんの言葉を切り捨てました。
「あんたが”雷”を使わないといけなかったって事か」
兄弟子さんがライゼさんに問います。
「あぁ、ただの斬り合いじゃ一生当てられる気がせんかったからな」
ライゼさんは苦笑いで応えます。
今日の私は調子が良かったです。良く見えていました。
魔法ありである以上、文句は言えません。
「まったく、雷を叩き落そうとするとは思わんかったぞ」
呆れたようにライゼさんが言いました。
避けた方がまだよかったですけどね……。
「大丈夫ですか? リッカさま……」
心配そうに私の背中を摩るアリスさんに
「うん、やっと収まったみたい。ありがとう」
微笑みながら応えますが、まだ心臓辺りに違和感を感じます。気のせいとは思いますが、結構危なかったのではないでしょうか……。
「弱いものであれば痺れる程度ですが、今回のは確実に動きを止めるために威力が高めでした」
アリスさんが魔法の観点からライゼさんの攻撃の考察をします。
「弱めの落雷だったね」
自嘲気味に応えてしまいます。”強化”状態だったので動けると思いましたけど、体が言うことを聞きませんでした。
「大事に至らなくて良かったです……」
「流石に調整してるんじゃないかな。でも――ありがとう」
アリスさんの頬に手を添えて、お礼を言います。
調整しているとは言いましたけど……してましたよね?
「はい」
少し目を潤ませて、アリスさんが私に、体を預けてくれました。




