鎮魂祭
A,C, 27/03/16
「リッカさま」
朝の日課に行こうと思ったらアリスさんに呼び止められました。
「どうしたの?」
「今日は走った後一度帰ってきてもらえますか?」
「いいけれど、どうしたの?」
何かあるのでしょうか。
「ライゼさんが用事があるようで」
「ちょっとライゼさんのところに行ってくるね」
木刀はないので、鞘でいいですね。
「い、いえ。用があるのはリッカさまのようでして」
「私?」
アリスさんが微笑みながら言い足します。
命拾いしましたね、ライゼさん。昨日のことがあるので少々過敏になってしまいます。
「じゃあ行ってくるね」
「はい、いってらっしゃいませ」
アリスさんが笑顔で送り出してくれます。良い気分で走り出せました。
今日も人が居ません。でも昨日のこともあるので、歌いはしません。
ライゼさんの用事とはなんでしょう。……行けば分かりますね。
犯罪を簡単に犯す人たちには関係のないことでしょうけど、今日は鎮魂祭です。粛々と今日という日を送りたいですね。
せめて、死後の世界では安らかに――。
簡素ながら清掃が行われていたのか、ゴミはそう多くありません。ですが、やはり少し汚れ等は目立ちます。
商業通りから広場に出たところで微量の魔力を感じ取りました、誰かが何かをしてい――。
「あ、赤の巫女さ!?」
呼ばれたので横を向くと――
「わぷっ!?」
水を撒かれました。
「ご、ごめんなさい!」
ギルド職員の制服を着た女性ですね。頭を下げてくれますけれど。
「い、いえ。清掃中だったんですよね、ごめんなさい邪魔しちゃって」
まだ少し肌寒いですが、走ったことで火照った体には丁度いいクールダウンかもしれません。本来急に冷やすのは良くありませんけど……。
「す、すぐに暖をっ!?」
慌てた様子で魔法を発動させようとしています。
「すぐそこに宿がありますから、気にしないでください」
宿側を指差しながら言います。
「清掃中だったんですよね。魔法の関係でお手伝いは出来ませんが、頑張って下さい」
微笑んで、足早に宿に戻ります。流石に、風邪を引きそうです。
「は、はい! ありがとうございます!」
職員さんの頭が勢い良く下げられるのが見えました、そんなに畏まらなくてもいいのですけれど……。
「ただいまー」
「おかえりなさいませリッカさ――リッカさま!?」
水だらけで帰ってきたので、アリスさんが驚いてしまいました。
「清掃のために水撒いてたみたいで、それに巻き込まれちゃった」
少し恥ずかしいので、えへへといった風に笑ってしまいました。
「そ、そうなのですね……。すぐにお風呂へ入りましょう。体が冷えてしまいます」
困ったように微笑みながら、お風呂場へ連れて行かれます。
「じゃあ、入ってくるね」
「はい」
服が張り付いて脱ぎにくいですね。
ガサゴソと、私の後ろで聞こえます。何の音でしょう。
「リッカさま、お手伝いしましょうか」
「うん、ちょっと引っ張ってくれると嬉しいな」
服を引っ張ってもらって脱ぐとそこには――。
「ア、アリスさん!?」
「私も入らないといけないので、ついでです」
ニコニコと微笑みながら、すでに下着姿のアリスさんが居ました。
集落で、一緒に入って以来です。
お互いの背中を流し合い、湯船に入ります。
「久しぶりですね、一緒に入るのは」
アリスさんの声が後ろから聞こえてきます。
「う、うん。集落、以来だよ」
私の腰を抱くように、アリスさんの手が見えます。
小さいとも、大きいとも言えない湯船に、二人で入っています。
アリスさんに促されるまま、アリスさんに背中を預け、抱かれるように……。
お風呂でこんなに密着したことはないので、心臓が痛いほど跳ね回ります。
「っ……。ハ、ァ……」
呼吸を整えようとしますが、アリスさんより強く抱きしめてしまって、呼吸が乱れてしまいます。
「リッカさま……」
耳元で、アリスさんの囁きが聞こえます。
「ひゃ……い」
嬌声が出そうになるのを無理やり返事に変えたので、変な返事になってしまいました。
「演説、ちゃんとできるでしょうか」
――アリスさんの弱音に、心が落ち着きを取り戻していきます。アリスさんも、不安なようです。
「大丈夫、だよ?」
少し体を沈めて、アリスさんの顔が見えるように後ろを向きます。
「私も、一緒に居るしそれに……」
両手を万歳のように挙げ、アリスさんの顔を挟み込みます。
「アリスさんの言葉なら、絶対皆に届くから。想いを、伝えよう」
アリスさんの想いを言葉に乗せて、皆に届けます。絶対届きます。きっととか、多分とか曖昧ではなく、絶対に。
「――はい、リッカさま」
アリスさんが微笑んで、目を瞑ります。
頬を赤く染めていましたが、お風呂で火照っただけでは、なさそうです。
「おぉ、遅かった、な……?」
お風呂から上がり、少し時間をおいてからライゼさんの呼び出しに応じました。ですけど
「なんかあったんか?」
ライゼさんには、私たちの様子がおかしいことが分かったようです。
お互い、手を繋いではいますが、視線が泳いでしまいます。私はもう、自分がどういう状況なのかも分からない程に、動揺しています。
今の感情が何なのか分かりません。こんなにぐちゃぐちゃになるのは、そんなには……いえ、アリスさんとの触れ合いでは結構ありますね。
こんなにも乱れた心なのに、心地良いと感じてしまいます。なんなのでしょう、これは……。
アリスさんを見ると、アリスさんもこちらを見ていました。お互いの視線が交錯します。アリスさんの頬が染まっていくのが見えます。きっと、私も――。
「な、なんだ? 何があったん――」
「ライゼさん」
「お、おう」
「ヘンタイです」
「そうですね、無遠慮です」
「……は!?」
ライゼさんをイジると少しは落ち着きましたね。
このままだと今日一日ずっと、動揺したままだったでしょう。いつか、この気持ちとも向き合わないと……。
「始めていいんか?」
納得がいかないと言った顔のライゼさんが切り出します。
「えぇ、もう大丈夫です」
「そんじゃ。おい」
ライゼさんが誰かを呼びます。悪い予感がします。てっきり目つきの悪い見学者が隠れているのかと思いましたけれど――。
「……」
「っ!」
アリスさんがもしもの時のためです、と持ってきていた杖を構え防御体勢を取りました。
「どうして、兄弟子さんが?」
なんとなく想像は出来ていますが、聞かざるを得ません。まだ兄弟子さんから手打ちの言を頂いていないので。
「おい、馬鹿弟子一号」
「……あぁ」
不承不承といった様子の兄弟子さんを、ライゼさんが促します。
「悪かった、もう手は出さない」
頭を下げ、兄弟子さんが謝罪しました。
「口では何とでも言えます。そう思うに至った経緯を教えてください」
アリスさんが完全な敵意を持ち、兄弟子さんを睨みます。
「自業自得だ、ちゃんと説明してやれ」
「分かってる」
親に連れられ謝罪に来た子供の様ですね。実際そうなんでしょうけど。
「勝手に吹っ掛けてすまなかった。これからは正式に挑む」
「何を言ってるんですか……?」
アリスさんの不信感は留まりません。私も正直、よくわかりません。
「通り魔は止めて、道場破りってことですか」
たのもーってやつですよね。私は何々流とか名乗ってませんけど。
「襲うことに変わりはありません」
アリスさんがぴしゃりと言い切ります。確かに、そうですね。
やっぱりそういうことなんですかね。
「まさか、稽古を一緒につけるって話ですか?」
謝罪は別にいいです。もうあの時に終わってますし、アリスさんに被害がないなら何でも。
「まぁ、結果的にはそうなるか」
ライゼさんが視線をズラしながら言います。アリスさんに睨まれているから、視線を逸らしただけでしょうけど。
「アリスさん、私は良いと思ってる」
「リッカさま……?」
アリスさんが私を想ってくれているのはすごく嬉しいです。だから、しっかり説明します。
「稽古は、一人を相手にやるのはダメなんだ」
「そうなのですか?」
「うん。例えばライゼさん相手にずっとやってると、対ライゼさん用に対策とか練っちゃうから、変な癖とかついちゃうかもしれないんだ」
あの過保護な母が、渋々ながら門下生の相手を薦めたのもこういった理由からです。私の相手は男性が主です。母はそれが分かっていたので、様々な技や体格をした男性を相手に選んだのです。
「兄弟子さんはもう私を敵視してないみたいだし、ね?」
「……必要な、ことなのですね?」
「うん。これから色々な敵と戦うことになるだろうから、効率的に稽古したい」
ライゼさんの攻撃は幅がありますが、大体は私と一緒です。力でねじ伏せているという点は違いますけど、回転切りをいかに効果的に当てるかに尽きます。
兄弟子さんは”風”の魔法を駆使して戦いますから、回転よりもそちらを警戒しなければいけません。この差は大きいです。少ない稽古期間しかないのです。一人より二人の相手でより多くの戦闘経験を得たいです。
「分かりました……」
アリスさんが渋々了承してくれます。
「ごめんね、気苦労ばっかり」
「これからを思えば、必要なことですから」
アリスさんが私の手をとり、握り締めます。
「うん!」
怪我だけはしないようにしないと。
「今日からやるぞ、ほれ」
投げ渡されたのは、木刀ですね。
「”抱擁強化”のイグナスまでならそれでも出来るんだろ」
「どうでしょう、核樹の欠片をつけているので全力は出せるはずですけど、試してませんね。”光”とただの”強化”なら出来ました」
”抱擁強化”とオルイグナスは確かめていません。
「それだけ分かっとればいい、魔法ありでいくぞ」
それだけ言って、兄弟子さんと王宮側に歩いていきました。
「じゃあ、いこっか」
「はい」
アリスさんの手を握り締め、稽古に向かいます。
鎮魂の日に戦うのはどうかと思いますが、これからの犠牲を減らすための稽古です。少しだけ、許してください。




