立花はおちる A,D, 2113/02/22
「六花せんぱーい!」
朝学校につくと、昨日助けた女子生徒に声をかけられました。
「昨日はありがとうございました! その、すみませんでした……。おしつけてしまって……」
後輩だったようで、先輩と呼ばれます。部活に入っていない私には、少し新鮮味がある経験ですね。一個下のはずなのですけど……私より、大きいです。なにがとは、言いませんけど。
そんなことより。後輩ちゃんはどうやら、後悔していたようです。仕方のない事かもしれません。いくらなんでもあの場面で逃げるのは、押し付けたように感じてしまうでしょう。だから私はしっかりと、それは気にしなくて良いと伝えます。
「気にしないで。私が好きでやった事だから。それに――」
そう前置きしつつ、私は後輩の頬に手を添えます。
「あなたが無事でよかったよ。助けられたのに助けなかった方が、ずっとずっと辛いからね」
傷ひとつない無事な姿に安堵しつつ微笑むのです。あの人数に絡まれたら、誰だって委縮するでしょう。元気に、引き摺っていない様子を見れただけで、良かったと思えます。
「ぁ……うぅ」
後輩ちゃんは顔を赤くして縮こまってしまいました。
(また六花さんのファンが……)
(立花さんがやると絵になるなぁ)
(私も――)
ヒソヒソと周りから色々聞こえてきます。また、やってしまいました。この癖はなんとかしないといけません。でも後輩ちゃんの後悔は消えたみたいですし、結果オーライでしょうか。
「ホームルームが始まるから、行かないとね」
「は、はい!」
今日の一時間目は……英語、ですか。苦手な科目で、やる気が出ません。でも今日の授業内容は、遊びの様な物みたいです。
「――自分のプロフィールを英文にしてくださいねぇ。それを後程発表してもらいまーす」
そういうのは、三年に上がってクラス替えしてからの方が……ああ、多分、その時に発表するのでしょう。今日は作成だけになると推測します。
やる気はありませんが、私はとりあえず、自分のプロフィールを書いてみました。
名前は、六花 立花。十六歳 国立シンジュ高等女学園の二年生。学業成績はソコソコ。運動神経は抜群(自己評価)。
家族構成は……父と母、祖母と私の四人。父は海上自衛隊の佐官。母は元巫女の主婦。祖母も元巫女で、老人会会長。私は、学生兼――現巫女。趣味は”神の森”で静かに過ごすこと、日記。
性格は……勇者気質?と思っています。友人からは自己犠牲が過ぎると言われるような、そんなものです。
(巫女って言われても、何の事か分からないか)
巫女の仕事は簡単に説明しますと、あの森の守護です。
他の場所での巫女は神社務めの人のことを言うのでしょうけれど、この街の巫女は”神の森”の守護者のことを指すのです。
この巫女は、より神聖なものらしく――だから他の巫女では廃れてしまった、古くからの慣わしである未婚の女性、処女しか選ばれません。
前任者は私の従姉妹。私が十三歳を迎えた時、従姉妹の結婚が決まったので、私に巫女の務めが回ってきました。
神聖とか、厳格なイメージを持つかもしれませんけど――それも昔の話です。母が巫女をやめた後くらいから、ただの地主のようなものになっていました。と、世間ではそういう事になっています。本当は今でもしっかり、守護者として祭られています。
ですが、私が守護者として働いたことはありません。守護なんて言われてるけど、森を脅かす存在なんて全く来ないのですから。来たら私は、全力を出しますけどね? 森、大好きなんです。自分よりも。
だからそんな私にとって巫女とは、『”神の森”に自由に入ることが出来る特権持ち』くらいのものなのです。いわゆる森番。この特権を守るためなら、未婚で処女で構いません。結婚とか、考えたことありませんし。
私がこの街でちょっと有名な理由は、巫女だからではありません。巫女なんていうのは、殆ど忘れられている設定なのです。だから私の名前が有名なのは、行動が原因でしょう。
困っている人を助ける、それを巫女になったときから続けています。昨日のように困っている人のためにちょっと無茶したり。部活動の助っ人。清掃等をマルチに行う、ただのボランティア。
この町から離れられないので、この町限定のボランティアですけれど、それなりに知名度はあるんじゃないかなーと思ってます。
便利屋、お人好しなんて友人には言われますが、楽しめているので気にしてません。何も勇者や英雄になりたいわけではないのです。ただ、みんなに少しでも心に余裕をもってほしいのです。
柔軟に、軽やかに、みんな笑顔になればいいなぁーと、私は願っています。
でもちょっとだけ、ほんのちょっとだけ――私は…………■■に、憧れを……。
授業が終わりました。私はスマホを取り出し、ニュースを見ます。
『本日未明、■■県●●市において特定指定暴力――』
また、事件です。毎日のようにどこかで事件が起きます。ですが、この町は比較的穏やかです。
この町から出られない私は、テレビやニュースサイトで見る世界が、私の知る世界の全てです。良いことよりも、悪いことが多く報道されます。
だからでしょう。世界は残酷なんだと、私は……知らず知らずの内に勘違いしてしまっていたのでしょうね。
試行錯誤中。