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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
20日目、お祭りなのです
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前日祭⑥



 そろそろ休憩を入れようと伸びをします。


「レティシアさん、これでいいっすか」

「はイ、ありがとうございまス」


 大通りの巫女さんたち支援の選任冒険者さんの一人が、頼んでいたものを持ってきてくれました。


 卵と小麦粉を水で溶いたものを玉状に焼いたものでス。リツカお姉さんが、たこ焼き? って言ってましたけど、タコなんて入ってないです。付属のチーズやスープをつけて食べるのです。向こうにも似たような物があるんですかね。


「見回りの配置には納得してますけド、商業通りも職人通りも食べ物屋さん少なすぎでス」

「大通りと市場に客取られちゃいますからね、差別化ってやつっすよ」


 的当てとか遊びメインの商業通りと、お土産用の民芸市をやってる職人通りと決まってます。食べ物もないことはないですけど、凝ったものは大通りと市場に集約されてます。


「次は串焼きをお願いしまス」

「もう食べたんすか!?」


 追加注文をして、見回りを再開します。


 カップルが多いですけど、親子も結構居ますね。てっきりマリスタザリアを恐れて外に出ないものと。

 楽しめなくなったら、終わりってことですね。


 それに、魔王は未だ姿を見せていません。これも巫女さんたちが疑われる原因の一つですね。リツカお姉さんの予想では、魔王が姿を出した時はもう準備を終えているってことですけど。


 つかの間の平和ってことですか。


「キャッ」


 小さな悲鳴に目を向けると、一人の男性がこちらに走ってきてます。その奥では倒れた女性。

 何が起きたかは分かりませんけど。


「事件ですね。強き水(【ロオ・)の枷よ (マニュ】)縛れ(・オルイグナス)――」


 ただの水の枷ですけど、私の水は強いですよ。


「うお!?」


 足を狙って縛りました。前のめりにこけて痛そうですね。

 私の足元に財布? のようなものが転がってきます。引ったくりみたいですね。


「選任でス。動いたら痛い目にあってもらいまス」


 引ったくり犯に告げ、女性の下に財布を持っていきます。


「これは貴女のですカ?」

「は、はい!」


 一礼してから財布を受け取る女性に事情聴取です。


「今からあの人を連れて行くのデ、よければ話を聞かせてくださイ」


 後ろで喚いている男性が余りにもうるさいので、口も塞いでおきます。鼻は出しておきますから、安心してください。


「は、はい。買い物をして、お会計をしようと財布を出したらあの人が後ろから……」


 人通りも多いですし、逃げられたら追いかけるのは困難でしたね。


「わかりましタ。では、現行犯逮捕ということで連れて行きまス」


 犯罪者ということは、リツカお姉さんからお仕置きですね。どんな風に”光”を当てるのでしょう。




 休憩を終え、テントから出ました。


「巫女さン、リツカお姉さン」


 シーアさんが男性を…………。


「楽しそう」


 思わずそう言ってしまいます。

 男性を水のボールみたいなのに包んでシーアさんが引っ張って来ました。

 すごく滑るのか、シーアさんは苦もなく引っ張っています。


「それを使えば陸でサーフィンが出来そう……」


 包むだけでなく、波も作れるのなら出来そうです。


「さーふぃん? ですか?」


 アリスさんが首を傾げます。


「えっと、波乗りだね。海とかの波を、ボードっていう板に乗って滑るの」


 やったことはありませんけど、興味はずっとありました。


「そういった遊びもあるのですね、海に行ったときに体験してみたいです」


 微笑みながら、アリスさんも興味を持ってくれます。


「そのボードがあれバ、やってみるのもいいですネ」


 シーアさんも少し興味があるのか、魔力以外の理由で目がキラキラしています。

 器用に木刀を作っていたライゼさんなら造ってくれそうですね。


「さテ。引ったくり犯でス、浄化お願いしまス」


 現行犯ですね、私がやります。


「じゃあ、いくよ」


 ”光”を掌に纏わせ、男性の腹に当て――。


「――ふっ!」


 ねじ込むように”光”を打ち込みます。


 寸勁、わずかな隙間さえあれば私の力が許す限りの威力を発揮できます。

 男性が少し呻き倒れ付しました。現行犯ですから、そのまま引き渡します。


 魔力の運用も様になってきましたね、気を相手に打ち込めた感触があります。もっと練習すれば、痛み無く打ち込めるようになりそうです。

 両手の感触を確かめていると、シーアさんが私の手をじっと見ていました。


「ただ押したように見えましたけド、痛そうですネ」


 警備隊が来るまでの間拘束を続けてくれているシーアさんが、倒れた男性を突っつきだしました。


「魔力を打ち込んだからかな」

「エ?」


 元の世界の時は、気という良く分からないものを打っている風でしたけど。この世界には魔力があるので、それを体内で循環させて手から打ち込んでます。螺旋勁みたいなものですね。


「武術っていうのを習得すれバ、そんなことも出来るんですネ」

「この世界の人は魔力を血みたいに巡らせられてるから、コツを掴んだら皆出来るんじゃないかな?」


 魔力を体内に留めて身体能力を上げているのがこの世界の人々です。であれば、あとは流れを操るだけです。言葉もなく想いも込めていない、ただの発露。


「呼吸のように生まれた時から出来ていますから、意識的に操るのは難しいですね」


 アリスさんが考えるように言います。


「凝り固まった意識を変えるのは難しいでス」


 唸る様にシーアさんが言います。


「そうだね、私も遠距離魔法使えないし……」


 もう三週間くらいでしょうか。この世界に来て、魔法をこの目でずっと見てきたのに、未だに自分の言葉で水や火が出るなんて思えていないようです。


 もはや、イメージ出来ていないんじゃなくて……ただ単純に適性がないんじゃないかと思ってしまいます。

 

「それでハ、見回りに戻りまス」

「うん、よろしくね」

「私たちも戻ります」


 シーアさんを見送って、私たちも広場の中央に戻ります。

 

 戻るなり、アリスさんへの祈りが再開されました。

 私は周囲の警戒に戻りつつ、その光景を眺めることにしました。

 お祭りより聖地巡礼みたいですね。


(核樹はどうなってるかな)


 少しだけ気になって、視線を美術館側へ向けます。


 ライゼさんに任せてはいます。ですけど体が痺れるように感じるのは本当に私とアリスさんだけの特別な感覚らしいです。

 ちゃんと守ってくれているでしょうか。


(地下に戻す時も、手伝いたいなぁ)


 アリスさんが私を見ていました。その目は優しさに満ちています。


「陛下に、お願いしましょう」

「――うん!」


 楽しいお祭りは始まったばかりです。




(やっぱ、多いな)


 ライゼルトは裏通りを歩いていた。注目しているのは賭場。キャスヴァル領の賭場は少ない上にこの街のレートは最も高い。核樹も心配だろうけど、本来ならこちらの方を危険視したほうがいいだろう。賭場は負の感情が高まる。


「クソッ!」


 周囲から負けた、もうお金がない借りよう、詐欺だ、イカサマだ、と罵倒や泣き言が聞こえてくる。


(犯罪者ってわけじゃねぇから連れて行けん。ここに居る奴ら全員感染しとる可能性もあるんだがな)


 同伴者が居れば異変に気づき、巫女二人の元に行く選択肢も出てくるだろう。しかし一人で来ている人間はそうはいかない。事を起こすまで静観するしかないのだ。


「ゲッ」


 ライゼルトを見るなり目を逸らし、そそくさと建物に逃げ込む男たち。

 黙認されているが、違法賭博であることに変わり無い。国王からも信頼されている男がうろついていて、大っぴらに賭博に興じられる人間はそう多くない。


(ここは大丈夫そうだな。一旦美術館側に行くか、剣士娘の機嫌とか関係なしにアレは、礎だからな)


 核樹がどんな理由でもたらされたかは未だに議論を生むが、アルツィアからの贈り物であることは一致している。キャスヴァル領が世界の中心のような位置づけなのは、核樹のお陰だ。


「ライゼさん、お疲れ様です」


 警備についている男性がライゼに敬礼をする。


「あぁ、異変はないか?」

「今のところはありません」


 警備からの報告を受け、ライゼルトは奥へ進む。


 広い礼拝堂が一番奥に用意されており、四百人が同時に祈りを捧げることが出来る。今も熱心に祈りを捧げる信徒たちで埋まっている。


 この世界は一宗教のみだ。アルツィアを唯一の神として崇めている。普通の信徒は”巫女”を神の代理として、核樹を神の一部として認識し、祈りを捧げる。

 では、普通でない信徒は?




「神の名を語る不届き者になぜ頭を垂れる!」


 アリスさんを背に庇いながら、男性を見据えます。

 司祭と同じ考えを持つ人が来ました。この国の人ではありません。服や肌、イントネーション、どれもが微妙に違います。


「聖伐を虐殺などと貶し! 神の御姿が見えるなどと戯言を!」

「信ずるに足る証拠はない! なぜ貴様らはこの輩に祈りを捧げるのだ!」


 証拠の話は貴方にも跳ね返っているのですけれど、こちらに証拠がないのも事実です。”光”の魔法すら惑わしの術なんて言われてしまいましたし。


 周囲の反応は、男性を訝しむ方が多いですが私たちを疑っている方も少なからず居ます。

 アリスさんだけは守らないと。


「貴方――」

「これ、何をしている」


 とにかく諌めようと声を出そうとしたところを、横合いから遮られました。


「司祭様! 何故止めるのです!」


 なんのつもりでしょう。なんで、男性を止めるのですか。


「アルツィア様は全てを見ている。何れどちらが正しいか証明されよう」


 司祭が私たちを見ながら言います。止めたわけではなく、宣戦布告のようにも聞こえます。


「何れ世界は知るだろう、アルツィア様の()()()()を」


 意味深な言葉を残し、男性をつれ教会側へ歩いていきました。


「巫女様たちは、偽者なんですか?」


 一人の少女が私たちに声をかけてくれます。大人たちはどちらを信じるべきか迷っているかのように、その場で立ち尽くしていました。


「ごめんね、本物ってことを証明できるものは”光”の魔法が使えるってことだけなんだ」


 少女に目線を合わせるように屈み、”光”を発動させてみますが、これだけで信じてもらえるほど今の状況は甘くありません。結局は”光”が使えることも、伝承でしかないのですから。


「だけど、一つだけ信じて欲しいことがあるの」

「そうですね」


 アリスさんと力強く頷き合って少女に言います。


「神さまは、皆を愛してる」

「アルツィアさまは皆さんを見ています」


 少女に語りかけていきます。


「私たちは、皆が信頼してくれてるから”巫女”としてここに居る事が出来る」

「”巫女”として出来ることは少ないですが、アルツィアさまの言葉を受けここに居ます」


 世界は混乱と殺戮が支配しています。

 きっと、今でも、どこかで人が――死んでいます。


「神さまはね、世界を救って欲しいって言ってたの」

「アルツィアさまの愛すべき子である皆様を救って欲しいと」


 アリスさんが少女の頭を撫でながら言います。


「私たちは、ここにしか居ないから、全部を救うことは出来ないけれど」

「それでも、目の前に居る皆さんの心の支えにはなれます」


 ”巫女”としての力はしっかり持っています。でもこれを知っているのは私たちだけでもいい。

 今必要なのは、”巫女”であることではなく――。


「だから、信じて。”巫女”かどうかじゃなくて、私たちは皆の幸せを守りたいってことを」

「私たちはただ、皆さんの明日を守りたいのです」


 巫女であることは、いくらでも疑ってくれていいです。どんなに疑われても、アリスさんと神さまが居ますから。


 それでも、やろうとしている事は信じて欲しいです。

 世界を救う。その一点だけは皆の真実であってほしいです。



 気づけば、また元通り祈りを捧げる方たちで広場は溢れていました。

 見れば今まで遠巻きで見ていた方たちも居ます。少しは、信頼してもらえたでしょうか。



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