前日祭⑤
街にアンネさんのアナウンスが響きました。
《ご来場の皆様、国王補佐のアンネリスです。本日はキャスヴァルへ足をお運びいただきありがとうございます》
《皆様に連絡がございます。只今国内、国外に限らずマリスタザリアと呼ばれる生物の被害がお有りかと思います。それは動物に限らず、人にも少なからず感染という形で影響がございます》
《急に人が変わったように豹変し暴力的になる、又は犯罪に走る。そういった方は広場のアルレスィア様、リツカ様をお尋ねください》
《”光”の魔法をもって、浄化いたします。ご安心ください、すでに国内の者は浄化を受けております。痛みも後遺症もございません》
《繰り返します――》
これで来てくれれば良いのですけど。痛みなしと謳ってしまったので、アリスさんにやってもらうしかないですね……。
それでも来ない方も、少なからず居るでしょう。いつぞやの指輪強奪犯のように、元の性格が荒い方は特に。
国内がざわめく。祭りで盛り上がるのはいいけれど、まずは身の安全を優先して欲しい。最後まで祭りを楽しむためにね。
「アンネちゃ……アンネ、の放送か。周知させるには一番だな」
ライゼルトが名前を呼ぶのに苦労しながら、美術館方面へ向かっている。
(広場から来た連中から困惑やら懐疑やらが見て取れたが、剣士娘が浄化関係で何か言ったか?)
ライゼルトは眉間に皺を寄せながら考える。
(この国に居ると麻痺しそうになるが、剣士娘の存在は謎が多すぎる。受け入れ難い連中の方が多いだろうな)
信心深い者たちは、アルツィアが選びアルレスィアが信じている存在であるリツカを受け入れる。しかし、それ以外の人間にはどうしても信用しきれない存在だろう。
異世界からの来訪者。だけど、本当に異世界から来たのか?
異世界の巫女。だけど、本当に巫女なのか?
アルツィアが見える。だけど、それは本当なのか? 巫女様も赤の巫女様も嘘を言ってるんじゃ?
本当に世界は危険なのか? 魔王なんて居ないんじゃ?
疑問を呈していてはきりが無い。それほどまでに二人の存在は、不確かで不明瞭だ。人々の信心と信頼だけが、二人の存在を世界に定着させている。
ちょっとのことで裏切られる程に、二人は危うかった。
(アイツらの人と成りを見りゃ誰だってわかる事だ。見えてようが見えてなかろうが、アイツらが人のために命を懸けてるって事は変わらん)
ライゼルトは、二人を尊敬している。歳も経験も関係なく、ただただ人として。
(だったら俺たちが最後まで支援してやるだけだ。まずは神誕祭でアイツらの存在を知らしめる)
三日間で約二十五万人の入国を見込んでいる神誕祭。この三日でライゼルト、アンネリス、コルメンス、エルヴィエールは、リツカとアルレスィアを世界に知ってもらおうと計画している。キャスヴァル王国だけでなく、キャスヴァル領、共和国、その他多くの人たちに。
アルツィアが見える、声が聞こえる。そんな巫女としての一面ではなく、アルレスィアとリツカ、二人の少女を世界は知る。
(まずは核樹の護衛か、しっかりせんとな。投げられちまう)
カカカッと一人笑いながら、ライゼルトは力強く歩く。
数人来てくれました。結果として、感染していました。
少量ではありますが、悪意は出て行きましたので安心でしょう。
「本当に、気分が楽に……」
「大丈夫? あなた、体に異変とかは?」
「こら、巫女様たちの前で――」
心配するのも致し方ありません。任せて頂けただけで十分です。
周りで伺っている方たちの不信感も和らいでいっている気がします。まだまだ根強いですけど、無事なのが分かれば時期に治まるでしょう。
「巫女様方」
男性を引き連れた選任冒険者の方がやってきました。どうやら、一名捕まえたようです。
「空き巣現行犯です」
祭りの雰囲気に乗じて空き巣、計画的ですね。
「分かりました、あちらの檻へお願いします」
拝礼に来た方たちや『感染者』の対応をしているアリスさんに変わって私が対応します。
現行犯なら、私がやります。
小規模ながら、悪意の被害は出ています。外は大丈夫でしょうか。
「アリス、リツカさん」
声のほうを向くと、エリスさまが居ました。
「おはようございます、エリスさま。ゲルハルトさま」
「おはようございます」
アリスさんが少し眉を寄せ挨拶をします。昨日散々玩ばれたからでしょう。
あの写真を撮る魔法はいいですね。アリスさんを記録したいです。
「リツカさん」
エリスさまの呼び声にビクっと顔を向けます。
「ひゃ、ひゃい……」
アリスさんの写真を撮りたいと考えていたので、悪いことを考えていた気になってしまった私は、変な返事になってしまいました。
「どうしたのかしらね、アリス?」
私の様子にクスクスと笑いながらアリスさんに声をかけるエリスさま。当のアリスさんは、頬を染めて俯いていました。
「リツカさん、別に私たちに敬称なんてしなくていいんですよ?」
微笑みながらエリスさんが言います。どこかで伝わったのでしょうか、アリスさんからの”伝言”でしょうか。
「は、はい。エリスさん」
「なんなら、お義母さんでもいいのよ?」
エリスさんからそう提案されます。
「え、えっと、それは……恥ずかしいです」
普通に返事してしまいましたがけど、何かニュアンスが違ったような?
「もしかして、気づいてないのかしら……」
「リッカさまは、結構鈍感ですから。というより、なんてことを言うんですかお母様……」
やっぱり、何か違ったのでしょうか。
エリスさんとアリスさんから生暖かい視線が飛んできます。アリスさんが二人居るような光景に、私の心臓が早く鼓動します。これは、結構な緊張を――。
「……」
睨めないのでとりあえず無言の訴えを私に向けるゲルハルトさまのお陰で、私は平静を保つことが出来ました。
「散歩ですか?」
アリスさんが二人に尋ねます。
「いえ、これを届けにね」
エリスさんから水と、サンドイッチをもらいました。
「差し入れよ」
微笑みながらアリスさんに手渡されます。
エリスさんの料理は、集落で最後に食べたスープ以来ですね。
「ありがとうございます、一緒に食べますか?」
受け取ったアリスさんが提案しますが
「いえ、貴女たちの邪魔はしないわ」
クスクスと笑いながらエリスさんが遠慮してしまいました。今でも祈りを捧げるために待っている方や、遠巻きに悪意診察を受けようか迷っている人も居ます。
あまりのんびり出来そうにないですからね。
「はぁ……余計なお世話です、お母様」
ため息を吐き、ジト目でエリスさんを見るアリスさん。
アリスさんがこの表情をするのは少ないので、貴重です。
「それに、これから王宮で陛下との予定があるの」
どうやら、そちらが本当の理由のようです。
「エル――」
「お母様、そちらはまだ言ってはいけません」
アリスさんがエリスさんの言葉を止めます。シーアさんは今職人通り側にいますが、もし聞かれてはエルさんの計画がバレてしまいます。
「そうなの?」
少し困惑しながら頬に手を当て、首を傾げています。
やはり、癖も似ていますね。
「エリス、そろそろ行くぞ」
ゲルハルトさまがエリスさんを促します。
「えぇ、それじゃあ頑張ってね」
手をひらひらとさせながら、二人で王宮の方へ向かっていきました。
ずっと祈りと浄化をするわけにはいかないので。
「アリスさん、少し休憩しよ?」
私はまだ何もしていないので大丈夫ですが、アリスさんは”光”の魔法を結構撃っています。
「はい、リッカさま」
最後に祈りを捧げて一礼し、広場隅のテントに向かいます。
まだ一人しか入っていませんけど、浄化しましょう。
「俺はただ散歩してただけだ、なぁ嬢ちゃん出してくれよ」
現行犯にも関わらず、空き巣犯が無実を主張してきます。
「それを決めるのは貴方ではありません」
ブレスレットの核樹に意識を集中させます。手に纏うイメージがしっかり出来ます。問題ないようです。
「私の掌に光を」
淀みなく、血が巡るように魔力が掌に集中します。
光り輝く手でもって、檻を開けます。
「ハッ! 本当に開け――」
何を勘違いしたのか出て行こうとする空き巣犯への――。
「――シッ!」
掌底打ち。
「……グウェ」
顔を青くして倒れ付す男性。
逃げようとしたものですから、痛いところに当たってしまいましたね。
少量の悪意が出て行きます。
「本部に連絡しますね」
アリスさんが”伝言”で連絡をしてくれます。
「うん、ありがとう」
備え付けの机から縄を取り出し、男性の手を縛ります。
あの悪意の量ですと理性で止められる範囲だったと思うので、捕まえます。
どちらにしろ、被害者が居る時点で釈放という選択肢はないのですけど。
「後はお任せください」
警備隊の方に引き渡して、今日の初仕事を終えます。
「はい、お願いします」
一礼して、見送った後アリスさんに声をかけます。
「椅子もあるし、座って休憩しよっか」
「はい」
柔らかい笑みを浮かべるアリスさんと、少しの休憩を挟みます。
まだ午前十時程、ここからどんどん増えていくでしょう。休める時に休みます。




