前日祭④
入国審査は流れでやっていくそうです。首から下げた証を目視で確認していく、と。
人数が人数ですし、仕方ないですよね。
私たちが目を光らせて、楽しいお祭りにします。
想像していたのは、大通りで出店などを楽しんでから広場や市場を経由して核樹の欠片を見に行く。そんなコースです。
ですけど……。
「巫女様」
「赤の巫女様」
私たちのところに直行したのでしょうか、全員広場に一直線に向かってきます。そして、祈りを捧げるのです。
「本日の平和を祈っております。皆さん、どうかお楽しみください」
アリスさんが祈り、それを見た来場者たちは一様に膝をつき、深々と再び祈りを捧げるのでした。
私は、祈りの手を組むことしかできません。巫女であると決めたからには、やはり祈りの練習もしないといけませんね……。
神誕祭前に、アリスさんに習えばよかったです。
祈りを終えた人たちから順に、大通りやその他出店のある方、もしくは美術館側へ去っていきます。
全方位から、まずはここに来る方が多いようです。悪意診察はしやすくなりますけど、この状況に私は一抹の不安を持ちます。
平和であれば、きっとここまで深く祈らないのではないのでしょうか。
少なくとも、この国の人たちはここまで祈りを捧げたりしていません。
つまり、今祈りを捧げている人たちは……祈りを捧げたい程の脅威に、曝されていたのではないのでしょうか。
私が、切り捨てた方たち――。
「リッカさま」
アリスさんが小声で私を呼びます。
「ん、どうしたの?」
小さく応えます。少し、声がかすれたように感じます。
「私も、同じ想いです。ですから今は――祈りましょう。魔王を倒すと誓いを立てましょう」
力強く私を見据えます。
「――はい、アリスさん」
私は、アリスさんへ祈りを捧げます。そして、私たちに祈りを捧げてくれる方たちに誓うように祈るのです。
絶対に、世界を救うと。
あまり、感染者は居ませんね。基本的に楽しんでいる方たちばかりです。
”悪意”と”闇”ですか。”闇”は”光”の対でしょうけど、”悪意”……。
チリっと私の胸が痛みます。どうやら、一人目のようです。
「アリスさん、一人連れてくるね」
アリスさんの最小の”光”で貫いてもらいます。消費の最も軽いものです。
「はい、準備してお待ちしています」
微笑みながらお見送りしてくれます。
「ごめんください」
少し猫背でおどおどしていた男性に声をかけます。
「はい……。 っ!?」
私に声をかけられるとは思っていなかったようで、背筋が伸びるほど驚いています。
「少し、こちらに来ていただけませんか?」
手で方向を指し示すように体を傾けます。
「え、え?」
困惑しながらですけど、言うとおりに動いてくれました。
今までで一番の注目を浴びながらアリスさんの下に向かいます。
「人間に感染する悪意の話を知っていますか?」
周りに聞こえるように声を張ります。
この方には悪いですけど、ある程度の状況説明に使わせてもらいます。
「い、いえ……」
困惑は最高潮のようです。今にも倒れ付すのでは、と思うほど背中が丸まっています。
「この世界には、悪意による被害が後を絶ちません」
歩きながら状況を説明します。
「マリスタザリアと呼ばれる、動物が変異した化け物がその最たる例です」
チラリと男性を見れば、しっかり話を聞いてくれています。
周りで耳を澄ましている人々も。
「実はこの悪意は、人間にも憑依します」
「人間への憑依。感染と仮称していますが、これに陥った方はまるで人が変わったように悪人へと豹変します」
アリスさんの傍までやってきたので、止まりました。
「マリスタザリアは、殺すことでしか解決できません。ですが、人への感染は初期段階であれば取り除けます」
男性を見て言います。
「貴方に取り付いているかもしれないので、只今より浄化を行います。ご了承ください」
私の話を引き継ぎアリスさんが魔力を発露しました。
「ご安心を、痛みも後遺症もなく一瞬です」
その言葉と共に、”光の矢”で撃ち抜きます。
周りから小さい悲鳴が聞こえます。ですがけど。
「っ。……?」
男性は一瞬驚き仰け反ったものの、体の感触を確かめています。
「か、体軽く……」
男性から黒い魔力が少量出て行きました。私が感じた違和感と悪意の量が、合ってません。でも浄化が出来たという強い手応えはあります。今起きている異変と何か関係が……?
「取り除けました。ご安心を、もう大丈夫です」
アリスさんの言葉に周囲の人たちがどよめきます。
デモンストレーションじみていましたが、大体の話は通じたと思っています。
気になる事は多いですけど、今はお祭りの成功だけを目指しましょう。
「訳もわからずイライラしている方、欲望に忠実になっている方など、普段の自分と違うという方は一度こちらへ。診察の後、浄化いたします」
声かけだけでは全員を診れません。自分の意志、もしくは友人家族の判断で来て頂きたいです。
怪しいかもしれませんけど、どうか信じてください。
目に見える範囲には『感染者』は居ません。時間が経つにつれ、祈りを捧げる人は増えていきます。このまま何事もなければ良いのですが。
あれが悪意ですか、本当に真っ黒ですね。
リツカお姉さんの呼びかけにどれ程の人が応えてくれるかは分かりませんが、多くはないでしょう。
何しろ、この街と違って他では感染に関しての認知度は低いですから。
魔力色が見えない限り、実感する以外に効果は分かりません。周知されるまではまだ時間がかかるでしょうし、私が支援しますか。
「さっきの赤の巫女様の話ってなんだったんだ……?」
「さぁ? 真面目な感じで話してたけどな」
手頃な迷い人が居ました。ここから発信しましょう。
「お兄さん方、気になるのでしたらお話しましょうカ?」
アンネさんに掲示と放送を要請したほうがいいかもしれませんね。
まずは説明して、二人に提案しましょう。
「巫女さん方」
シーアさんがやってきました。
「どうしました?」
「一つ提案がありまス」
提案、ですか。
シーアさんの提案は目から鱗でした。
「アンネさんにお願いしてもいいですカ?」
「はい、よろしくお願いします。シーアさん」
アリスさんも賛成のようですね。
掲示とアナウンスですか、これで大勢に知ってもらえますね。
巡礼するように、私たちの前には多くの人が祈りを捧げに来ます。しかし、そういった信心深い方たちに『感染者』は少ないです。悪意に感染されやすい人はネガティブで気の弱い、欲望が強い方。
例え私の予想が当たっていて、この方たちが私たちに縋ってきているとしても、前に向いていることに変わりはありません。神さまに縋るように、明日を生きたいのです。
問題は、強制的な悪意の注入ですか。
本当は現場を、押さえたいです。きっと魔王が直接作った手先ですから、何か情報を持っているかもしれません。ですがそれはリスクが大きいです。注入される方が出るわけですから、一歩間違えればクルートさんの二の舞に……。
「巫女さんたちの知名度は高いですけド、実力を知らない人ばかりです。この国ですら行き届いていませン」
シーアさんが確認するように私たちに言います。
「きっと訝しんで来ない方も居るでしょウ」
悲しんでいる目でシーアさんが私たちを見ます。シーアさんは優しいですね。
疑われるのは悲しいですが、それも仕方ありません。
ですけど。
「大丈夫だよ。きっと分かってもらえる日は来るし、それに、シーアさんたちが手伝ってくれるから」
私の笑顔に、アリスさんも頷きます。
「そうですね。私たちは良い友人と仲間に恵まれて居ます。心配はありますが、嘆きはありません。私たちのやるべきことをやります。シーアさん、お手伝いお願いします」
アリスさんが決意の目でシーアさんを見ます。
「――お二人は、高潔ですね」
シーアさんが苦笑しながら共和国の言葉で言います。きっと独白だったのでしょうけど、聞こえちゃってます。
「いいでしょウ、魔女の力をお貸ししまス」
ドヤ顔と共に胸を張り、力強く宣言してくれます。
「でハ、見回りに戻りまス」
少し照れた顔のシーアさんが足早に離れていきます。
本当に、優しい少女ですね。
「シーアさんは、優しいね」
「はい」
アリスさんに微笑みかけます。
「失望されないために、やりきろうか」
「もちろんです、リッカさま」
微笑みあい、目の前の信徒さんに祈りを捧げました。
どうか……アルツィアさまと世界の優しさが、この方たちの明日を照らしますように――。




