前日祭③
あの日ウィンツェッツが不良の肩にぶつかってキレた。この話を不良側の両親から聞いたライゼルトはそれを真に受けたのだった。
「あの日俺は村外の牧場まで行っていた」
ウィンツェッツが過去を話す。
「ただ単に散歩だった。だけどな、そこで不良共が家畜を逃がしてやがった」
家畜が決まった場所に一纏めになっている理由は、管理のしやすさもそうだが、一番はマリスタザリア化だ。
アルレスィアがこの国に伝えるまで正しい仕組みは誰も知らなかったが、動物が凶暴に凶悪になっているというのだけは分かっていた。だから動物を遠くにおくのは、人が生きるうえで必要なことだった。
「逃げていった家畜は、村や森に消えていった。あれじゃ、もしもの時は人が死ぬ」
「だからな、初めは説教に努めた。あいつらの言い分じゃ、大人たちの慌てる顔が見てぇってことだったな」
この時点で、聞いていた話と違うことにライゼルトは動揺する。
「説教に意味はなかったがな」
初めの怒りはなりを潜め、今は落ち着いている。そのことがライゼルトの動揺を更に大きくさせる。
この落ち着きは、失望が含まれていたから。
「その後はあんたも見たとおりだ、ボコボコにしてアイツらの親が先にきて、口裏を合わせて俺が一方的に絡んだようにされたってわけだ」
目が濁っていくウィンツェッツ。
「元々よそ者の俺は嫌われていたからな」
ライゼルトが保護者を買って出たから、あの村に居ることが出来ていた。そうでなければ、閉鎖的なライゼルトの故郷では受け入れてもらえなかっただろう。
「俺はな、ライゼ。あんたを信じてた」
ウィンツェッツの濁った目をライゼルトは見ている。
「あんたは不思議なもんで、俺の気持ちを良く読んでたからな。今回も相手のことなんざ関係なく俺のことを理解してくれるだろう、ってな」
フッと、消え入るようなため息を吐き、ウィンツェッツもまたライゼルトを見ている。
「まぁ、現実は違ったがな」
結局、未熟なライゼルトは不良側の言い分を全て受け入れ、村を出て行くことにした。
「俺はな、別にそのことでキレてるわけじゃねぇ」
何? とライゼルトは片眉をあげる。
「残念だと思っただけだ。俺がキレたのは、俺を怒らなかったことだ」
「何で俺を怒らなかった?」
ウィンツェッツが独白から、質問に変える。
「お前が……暴力を振るったのは、俺の責任だからだ」
技を教えたのにも関わらず、心を教えなかったことの責任とライゼルトは言う。
ライゼルトが心の教育を蔑ろにしたのは、ウィンツェッツはしっかり者に見えていたからだ。正義感もあった。
技を覚えたことで歪んだのだと、ライゼルトは考えてしまった。
「俺は、そうは思わなかった」
静かに話すウィンツェッツ。
「俺はあんたが怒ってくれなかったことで、他人だということを強く感じた」
ライゼルトを強く見据える。
「親ってのは、悪さをした餓鬼を叱るもんだ。そう思ってる」
「だがな、あんたは俺を叱らなかった。俺は思った」
「あんたにとって、俺は何だ? ってな」
ライゼルトが言葉に詰まる。
ただ不憫に思って育てていたウィンツェッツが、自分の子供のように大切になっていたライゼルトにとって、叱るよりも諭す方向で教育しようとしたことが、裏目となった。
「考えるほどに訳が分からなくなってな。あんたの元から逃げた」
これが、剣を持ち出して逃げた時の真相だ。
「ここまでが、あの時の真実だ」
まだウィンツェッツの独白は続く。
「あんたの下を離れ、俺は自分の親に会えた」
「なに?」
生き別れだったのか、とライゼルトに安堵が浮かぶ。
「会ったというよりは、遠目から見ただけだがな」
自嘲すら混じった声音にライゼルトは困惑する。
「知ってるか、ライゼ。親の村には子捨てって言う風習があるそうだ」
不穏な単語に、ライゼルトは言葉を失う。
「育てられない程困窮した場合、子供を捨てる。それを見過ごすって暗黙の了解があるそうだ」
全ての国、村、集落が安定した生活を出来るわけではない。
「俺は捨てられたんだよ」
世界のどこかで今も、悲劇は繰り返されている。
「実の親に捨てられ、育ての親の気持ちがわからねぇ。俺に居場所はなくなった」
力なく言う。
「そういうわけで、俺はあんたが見たとおりの男になった」
信じるものはなく、ただ生きながらえるために我武者羅に力を求めた。心は磨り減っていたが、根は変わらなかった。正義感はある、相手を選ぶ理性もある。
それでも――。
「力だけが全てなんだ。生きるために必要なことだった」
今までずっと、一人で居たのだ。
「これを話したのはな、別に謝って欲しいわけでも、謝りたいわけでもねぇ」
訝しむライゼルトを見ながらウィンツェッツが続ける。
「あくまで俺は、生きるために力が欲しいだけだ。俺に気配感知ってやつと稽古をつけてくれ」
ライゼルトは面食らう。てっきり糾弾されると思った。現在殆ど絶縁状態だが、絶縁を叩きつけられるものと思っていた。
「俺が稽古をつけたとして、お前、また剣士娘にちょっかいかけるんか?」
ウィツェッツの本質が変わってないと気づいていたライゼルトは、ウィンツェッツの申し出を断る理由がない。もはや親子に戻れる保障はないが、師弟には戻れそうだ。
それでも躊躇する。
ウィンツェッツと同じくらい。いや、今や一番気がかりなお馬鹿な赤い髪の少女と銀色の少女が心配だった。
「興味はある。なんであんなに強ぇのか、どんな覚悟なんかとかな」
教えてもらうために、包み隠さず応える。久しぶりにまともに会話することに、ライゼルトは妙に安堵していた。
「だが、もうちょっかいはかけねぇ。アイツのやるべきことって奴の邪魔はしねぇよ」
リツカに喧嘩を売った後、色々調べた。その目で確かめた。ウィンツェッツはリツカの邪魔をしないと約束した。
「そういうことなら構わんが」
悪いことにはならないだろうと、そう思い応える。今度は間違えたりしない。
「それにしても、何がお前を変えた?」
会話もまともに出来なかった再会から、今日までの間に何が? と、ライゼルトは気になっている。
「赤いのに中てらただけだ」
人のために命をかけ続ける少女が、道を踏み外さざるを得なかったウィンツェッツには眩しかった。
ウィンツェッツのそんな言葉に、昔同じ言葉でリツカに応えたライゼルトは苦笑する。
「そうか、時間があるときに付き合ってやる」
そういって、背を向ける。
「まずは警備だ。しっかりやれよ、馬鹿弟子」
「あぁ、分かってるよ」
不貞腐れて反対方向へ歩いていくウィンツェッツ。
そこに、不穏な空気はもう――なかった。
(人の心なんざ、完璧に読めるわけねぇ。言わねぇと、分からんこともある……反省、せんとな)
ライゼルトが一人、改める。
「お二人さン」
シーアさんが商業通りからやってきました。
「見回り開始かな?」
「はイ」
シーアさんが私の隣に座ります。
それを見て、アリスさんが私に更に近づきます。シーアさんと話しやすいようにでしょうか。どきどきしてしまいます。
「私たちは広場で重なるのデ、連携をとりやすくしようかと思いましテ」
シーアさんが早速どこかで買ってきたお饅頭? を食べています。
「私たちは午前中広場で監視して、午後から大通りと広場を行ったり来たりするつもり」
まずは、全員が一度通りそうなここで待機して探ります。
「分かりましタ。二人が動き出したら広場にも監視の目を強めまス」
「はい、お願いします」
王宮前ですから、監視は強めにしなければいけませんからね。
「私の拘束は十八人が最大捕捉数ですのデ、留意しておいてくださイ」
それでは再開します。とシーアさんが立ち上がります。
「気をつけてね、どんなことが起きるかわからないから」
「もちろんでス」
大きく手を振りながらシーアさんが職人通りにいきました。
ざわめきが大きくなってきましたね、そろそろでしょうか。
「始発便が到着したのかな」
「そのようです」
アリスさんが私に目を向けて言います。
「無理せず、行きましょう」
「うん」
微笑み合ってから、立ち上がりました。




