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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
20日目、お祭りなのです
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前日祭

A,C, 27/03/15



 朝の日課中に感じたことは、祭りの前の静けさです。


 今日は誰とも会わずに街を走り抜けました。人が一人も居ないと、つい鼻歌を口ずさんでしまいます。野ばらなんかが好きですね。楽器は、そこそこ弾けます。ただし歌うほうが好きです。スポーツの次に芸術が好きなんですよね。


 次第に鼻歌が歌へなっていってしまうほど誰とも会いません。寂しさもありますけど、ちょっとだけ気分が高揚します。


「――紅におう 野中のばー」

「上機嫌だな、剣士娘」


 後ろからの声に、ぎりぎりぎりと油の差されていないぜんまい人形のように振り向きます。


「……盗み聞きなんて、趣味が悪いです。ヘンタイです。鈍感朴念仁天然たらし。アンネさんに言いつけてやります」

「よく分からんが止めてくれ……」


 私のあらん限りの罵倒にライゼさんが反応しますが、アンネさんという言葉にいつもなら狼狽するはずなのに、今回は顔を赤くしてしまいます。何を照れているのでしょう。


 大体、なんでそんなところから出てくるんですか、気配まで殺して。普段は武器屋にいるくせに。


 とりあえず、昨日の顛末を聞いておきましょう。


「うまく行ったんですか? 結局あの後二人でどこかに」

「待て剣士娘それ以上何も言うな」


 今度は狼狽しています。情緒不安定すぎではないでしょうか。


「……?」


 訝しむ私でしたが、ライゼさんの首に何か跡があるのを見つけました。


「虫でもいるんですか? ダニみたいな」

「なに?」


 ライゼさんはピンときてないようです。ダニはいないのでしょうか。


「いえ、ライゼさんの首に何か跡が」

「なに!?」


 首の跡を正確に抑えるライゼさん。そこにあるって知ってるのに痒みとかないのでしょうか。


「えっと、痒くないんですか?」


 肌が赤くはれ、痒みが出るのは、菌を消毒するときの反応だと習ったような。


「へ? あ、ああ痒くなんかねぇぞ。気にすんな」


 反応がおかしいですけど、なんでしょう。目が泳いでます。追求しないほうが良いのでしょうか。


「はぁ、それで何か用事があったのでは?」


 わざわざ私を呼び止めたんですから、何かあったのでしょう。


「いや、あんさんが上機嫌に歌っとったからイジってやろうと」


 悪びれもせずライゼさんが言います。やっぱり追求しようかと思ってしまいます。不都合なようですし。


「イジってやろうとしたのに、逆にやられるとはな……今日は退散しといてやる」


 三下みたいなセリフをはいて去っていきました。焦ってたので私の反撃に勘付いたようです。


(なんだったんだろう)


 勝手に声かけて勝手に撃退されて、いつもよりキレがありませんでしたね。


「日課の続きやろっと」


 ライゼさんもお祭りに、浮かれているんですかねぇ。




「おかえりなさい、リッカさま」


 アリスさんがハグで出迎えてくれます。シャワー浴びてからお願いって言ったのに……におってませんよね……?


「た、ただいまアリスさん」


 それでも受け入れてしまう私でした。


「何かありましたか?」


 最近の日課+αです。朝の日課での出来事の報告。

 兄弟子さんからの襲う宣言からの日課ですね。この報告会、お母さんを思い出します。


「んっと、ライゼさんに会ったよ」


 朝錬時の出来事を報告しました。


「リッカさまの歌ですか。聞いてみたいです!」


 アリスさんがそこに反応してしまいます。


「恥ずかしいけど、どうしてもって言」

「どうしてもです!」


 私の両手を胸の前で握り締め、きらきらした目で力強く言うアリスさん。

 でも朝から部屋で歌うのは迷惑なのです。


「じゃあ、どこか人の居ないところに行った時でもいいかな……?」


 アリスさんだけになら、いくらでも。ライゼさんのはノーカウントです、不本意でしたから。


「待ち遠しいですが、楽しみにしていますね!」

「うん」


 ここまで楽しみにしてもらえると、嬉しさも恥ずかしさも倍増ですね。



「ライゼさんがですか?」


 アリスさんがスープの仕上げをしながら言います。

 シャワーを浴び、ご飯の準備中にライゼさんの様子について報告しています。


「うん。いつもと違って宿から出てきて、首には虫刺されみたいなのが出来てたんだ」


 虫がいるなら気をつけないといけません。アリスさんの絹のような肌に跡が残ってはいけませんから。


「えっと、リッカさまは虫刺されと思ったのですよね?」


 アリスさんが困惑しながら確認をとります。


「そうだね、赤く腫れてたように見えたから」


 蚊は、見たことありませんね。まだ寒く感じるからでしょうか。ダニも居ないようです。でも、清掃が行き届いているからかな?


「ライゼさんに出会った場所は、商業通りの奥にある建物の前なのですよね?」


 アリスさんが考え込みながら尋ねます。


「うん、そこから出てきたよ」


 ダルそうに、それでいて満ち足りた顔でしたね。私を驚かせる事が出来たのが、そんなにも嬉しかったのでしょうか。


「リッカさまは」

「うん?」


 アリスさんが生暖かい目を私に向けて。


「そのままで、居てくださいね」


 微笑みながら、そう言いました。


 よく分かりませんけど……。


「う、うん」


 困惑しながらもそう返事をします。

 解決はしませんでしたが、アリスさんに害がないのであれば気にしなくていいのです。




「剣士娘の親に会うことがあったら注意せんとな、過保護も大概にせんと危なっかしすぎるぞ……」


 首を摩りながらライゼルトは宿泊施設の中へ入っていく。


 リツカはここが宿とすら思っていない、ただの民家かなぁとか思っている。説明しづらい建物故にアルレスィアは説明していないし、今後も説明する気がないようだ。


「あっちの世界はしっかり教育しとるんか……? その辺の教育もせんと、悪い男に騙されたりせんか……? あぁ、巫女っ娘がおるから安心か」


 自然と口数が多くなるライゼルト。昨夜のことがまだ頭を過ぎっているようだ。


「……」


 自分が借りている部屋に入るのに、緊張した面持ちで居るライゼルトは覚悟を決め、開ける。


「おかえりなさい、ライゼ様」


 そこには、少し紅潮したアンネリスが居た――。




 普段より精のつく朝食を食べます。アリスさんのスープはホルスターンの筋と骨をベースに煮込み、香辛料はペッパー系を多めに入れているようです。ピリリとくる味わいに体が熱を持ちます。どんなに味を変えようとも、私のその日に合うスープに驚きが隠せません。


「お口に合いましたか?」


 アリスさんが少し緊張した様子で尋ねます。


「毎日私にぴったりの料理だよ! 私、アリスさんの虜だよぉ」


 頬に手をあて味わうように言います。


「と、虜!?」


 アリスさんが顔を赤くしてしまいました。


「うん! アリスさん無しじゃ生きられないかも」


 スープを飲み干しながら言います。


 まだ目玉焼きや、サラダ、アリスさん手製パンとベーコンなど、アリスさんの手作りが並んで居ます。味付けはいつもより濃い目です。甘辛く炒めたベーコン、チーズ入りのドレッシングのサラダ、パンは多め、目玉焼きも二個です。


 そのどれもが、幸せに心を躍らせるほどのおいしさです。


「私、無しでは……」


 アリスさんが更に頬を染め、喜んでいます。


「アリスさん?」


 私が嬉しそうに食べていたから、喜んでくれたのでしょうか。

 普段とは違う味付けなので、緊張していたとか?


「な、なんでも……ございません。まだスープはありますので、いかがですか?」


 頭を振って、アリスさんが微笑みます。紅潮した頬で首を傾げているからか、わずかに色気を含んでいます。


 ドキリとしてしまいそうになる心臓をどうにか鎮め


「――うん! ありがとう!」


 スープのおかわりを頼むのでした。


 アリスさんの料理で朝を迎えられることが、私の密かな? 楽しみです。

 でもきっと、アリスさんにはバレちゃっているでしょうね。

 嬉しそうに私のスープを注いでくれるアリスさんの背中が、そう言っている気がしました。


 


 朝食を終え早めにギルドに向かいます。人で溢れるから早めの行動を取ったつもりだったのですけど、すでに街は活気に溢れていました。これからもっと人が来て、更に活気付くでしょう。


 まずはギルドに行って、詳しい段取りを聞きます。


 ギルドにも、結構な人が入っていました。ですけど今は、ほとんどが冒険者ですね。


《選任の方は冒険者組合へ、それ以外の方はこちらにお願いします》


 アナウンスが流れてきました、”伝言”の応用でしょうか。

 私たちはいつものところに向かいます。結構な人が居ますね。選任ってこんなに居たんですか。


「よぉ」


 ライゼさんが、いつもはつけていないマフラーのようなものを巻いて立っていました。虫刺されを隠しているのでしょうか。意外と繊細なんですね。


「ライゼさん、少しこちらへ」


 少しピリピリとした雰囲気を纏ったアリスさんが、ライゼさんを連れて行きました。急に私の心がそわそわしだします。もうちょっと近くに――。


「おはようございまス、リツカお姉さン」

「あ……おはよう、シーアさん」


 シーアさんが何時ものようにフードを目深に被った出で立ちで朝の挨拶にやってきました。


「巫女さんハ――。お師匠さんと一緒ですカ?」


 シーアさんが私を見て言います。


「呼び止めちゃいましたカ?」

「気にしないで、大丈夫だから」


 状況から計算したシーアさんがそう言いますけど、私は特に気にしていません。多分、何か用事でしょう。目に見える範囲にいるのです、大丈夫。大丈夫。


「そうは見えませんガ……」


 シーアさんが心配しています。心を落ち着けないと。なんでこんなに……。


「おはようございます、シーアさん」

「よ」

「あ、アリスさん。なんだったの?」


 話を終えた二人が帰ってきました。少しライゼさんに被ってしまいましたけど、心の赴くままに、アリスさんに聞きます。


「大丈夫ですよ。朝の一件で釘を刺しただけです」


 アリスさんが私の頭を撫でながらそういいます。

 朝の一件とは、恐らく私と出会ったことでしょうか。急に脅かすなという話?


「そ、そっか……。よかった」


 何がよかったのかは分かりませんが、私は自然と言葉にしてしまいました。


「剣士娘の依存度が加速しとる気がするんだが?」

「いつも通りでハ?」

「そうか……?」


「全員居る様ですので、始めます」


 アンネさんが担当を代表するようです。


「選任で国内警備を行います。区画割を発表します」

「アルレスィア様、リツカ様。広場から大通り」

「レティシア様、広場から商業通り、職人通り」

「ウィンツェッツ様、北区から西区」

「ライゼ……様、東区から裏通り」


 概ね予想通りの区割りが発表されていきます。


 しかし、ライゼさんの名前を言いよどみましたね。頬も赤かったようですし、昨日は上手くいったのですよね、多分。


 その後も選任約三十人の区画を決めていきました。


「腕章をお渡ししますので、常につけておいてください」


 見回りは別に、捕まえるのが仕事ではありません。見張られているという気持ちが、犯罪を抑止します。


 そんな状況でも犯罪をする人は、余程腕に自信があるのか、感染しているか、お馬鹿です。


「では次に、ある程度の指針を立てさせていただきます。基本的には皆様の判断にお任せしますが、今回は特別警戒を敷きます」


 人間への感染、それによる変質。今日まで大きな動きを見せないマリスタザリア。不気味でしかありません。


 前回までは自由に警備していたようですが、今回はより警戒する必要があるでしょう。


「まず不審者を発見しだし、巫女様のところへ連れて行ってください」


 『感染者』であるなら、浄化が必要になります。


「広場の端に小さいながらも檻を用意しております。そこに収容後、四,五人前後での浄化をお願いします」


 本当ならその場で浄化したいのですけど、きっと大勢出るでしょう。一度の回数は減らしたいです。


「アリスさん、今回は担当を決めよう」

「担当ですか?」


 数が多くなりますから、ある程度私も参加します。


「犯罪者は、私が浄化する」


 すでに罪を犯した方は私が。怪しい段階でつれて来られた人たちはアリスさんといった感じでいきたいです。


「分かりました。リッカさま、お願いします」


 アリスさんが微笑んで了承します。負担は極力減らします。


「なんで犯罪者は赤の巫女様なんですかい?」


 一人の男性がそう聞いてきます。


「私はアリスさんのように痛みの無い”光”を放てませんので、痛みを伴います。ただの挙動不審な人で、『感染者』でもなかった場合、痛いだけですので」


 犯罪者なら、少しは相手も納得してくれるでしょう。


「そ、そうなんすね」


 引かれてしまいました。気にしても仕方ないです、今回は落ち込む暇もないでしょうから。


「そろそろ入国が増えます。皆様お願いします。私の担当者様は少々残ってください」


 アンネさんの解散の号令で散り散りになっていきます。



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