一時⑥
右にコーヒーを左に紅茶を、更に右へサンドイッチを大きく左へスープを。忙しなく右へ左へ慣れた手つき足取りで動き回ります。本日休憩所は大盛況でございます。
(神誕祭前日準備で、皆忙しいはずじゃ)
せいぜい息抜き程度に四,五人くらいかなぁ、とか思ってた私が愚かだったのですね。すでに満席、表では曲芸を見ながら待っているお客様たちが大勢います。
悪意診察でまさかのゼロ人を記録しました、あまりに不自然です。
神誕祭前のこの街の状態から言えば、ストレス等による負の感情は溜まりに溜まっているはずです。けど、現実は一人もこの場所に来ませんでした。忙しいあまり豹変に気づいていない……? 脳裏にクルートさんの変質した足が浮かびます。
頭を振って、心を落ち着かせます。考えすぎても、いけません。でも――。
「リッカさま」
料理を持ったアリスさんから、心配しているような声音で呼ばれます。
「ご、ごめん。どこに運べばいいかな」
心配させてしまいました。今は目の前のことに集中しましょう。
「一人で、背負い込んではいけませんよ?」
少し苦笑気味にアリスさんの指が私の鼻をちょんと押します。
「うん、ありがとう。ちゃんとしないとね!」
アリスさんから元気をもらえたので、張り切ります。
給仕は”巫女”の仕事ではありませんけど、一度決めた仕事です。最後までしっかりやります。たまに叱られるようなことしちゃってますけど……。
「足元に気をつけてくださいね」
くすくすと私の様子を見て、アリスさんが微笑みます。アリスさんが居ればいつだって元気になれる。私は単純なこの心が嫌いではありません。むしろ、愛おしいです。ありがとう、アリスさん。
(俺はちゃんとできたんか……?)
ライゼルトが曲芸を見ながら自問自答していた。
(本当なら海やらジョルアにつれていきたかったが)
ジョルアは宝石の加工で有名なところだ。技術もさることながら直売なため多少安く、ある程度客の要望に応えることが出来るので女性に人気の街だった。
マリスタザリアがいつ襲ってくるか分からない状況で外に出るのは、アンネリスが顔を顰めると思ったライゼルトは王国周辺でコースを設定していた。
(結局、美術館やら図書館にいったが……)
本来開放されていない美術館を特別に開けてもらった。
美術館ではアンネリスの解説を聞きながら巡った。行ってからライゼルトは思い至った、アンネリスなら何回も来ていると。
図書館に行ったものの、ライゼルトは特に読むものがなかった。だからアンネリスをこっそり見て暇を潰した。その結果静寂がその場に生まれてしまった。話さないといけないと思っているライゼルトは、ただただ焦っていた。
ライゼルトは今もこれでいいのかと葛藤しているが、当のアンネリスはというと。
(本日は楽しかったですね。普段しゃべりっぱなしの仕事ですし、人の顔を伺う事が多いですから静かに過ごすのは新鮮でした)
そうライゼルトに言おうとしているが、タイミングがつかめない。
彼女はライゼルトと共に歩けるだけで楽しんでいた。
曲芸は佳境にさしかかる。最後は魔法を使わない原始的なジャグリング。魔法を一切使わずにナイフや剣、松明が乱れ飛ぶ。二人の間を行ったり来たりする。ナイフが刺さるのではないか、自身が燃えるのではないかという狼狽が、成功したときの熱狂を生む。
(次はどこへ連れて行ってくれるのでしょう。時間を考えれば夕食でしょうか)
アンネリスは上機嫌だ。普段の彼女を知っている人間なら誰でも気づくだろう。しかしライゼルトは緊張していて気づけない。
リツカが緊張を解すために、多少強引にいつものライゼルトにしてあげたが効果はなかった。むしろ何時もの状態に戻ったせいで、より鮮明にアンネリスを意識し余計に緊張していた。リツカのお節介は裏目だったようだ。
「曲芸か、剣士娘もできそうだな」
カカカッと少し元気なく笑うライゼルト。デート中に他の女性の名前を出す失態だが――。
「リツカ様は曲芸も出来るのですか?」
少し微妙な表情をしながらアンネリスは応える。今日のライゼルトを見てきた彼女は彼が緊張しきっていることに気づいていた。何しろずっと見てきた想い人だから、微妙な変化もなんとなくわかる。
そんな彼が話す内容を必死に考えた結果、話題が尽きない弟子の話を出してしまった。それを責めるに責めることが出来ない。
「まぁ、踊りみてぇなもんだが……す、すまん! 今はそういう話するべきじゃなねぇな」
自分の得意分野の話をしようとしたことで落ち着いたライゼルトが、失態に気づき訂正し決まりが悪そうに頭をかく。
そんなライゼルトにアンネリスは――。
「いえ、気にしてませんよ」
小さく微笑み、そして。
「アルレスィア様とリツカ様が、話すだけであったり、一緒に歩くだけであったり、それだけで幸せそうにしている理由が分かりました」
「へ?」
そう言うアンネリスにライゼルトは間抜けな声を出す。
「その……やはり、大切な方との一時は――」
アンネリスの言葉は歓声によってかき消される。
しかしライゼルトには。
「んなっ!? ~~~~!」
実はかなり近くで寄り添っていた二人には、歓声など関係なく。しっかりと聞こえていた。
ライゼルトとアンネリスの顔が赤いのは決して夕日だけが理由では、ないだろう。
「甘すぎです。甘すぎて甘いものを食べたくなってしまいます」
遠くから二人を見てましたけど、ちゃんと出来てるんですかね。少なくともアンネさんは楽しげでしたけど。
「男って不甲斐ないですね」
お師匠さんみたいな人はリードしてもらったほうがいいでしょう。国王さんも本当はお姉ちゃんから引っ張っていったほうがいいのに。いつまで待つつもりなんでしょう、お姉ちゃんは。
「まぁ、二人のことは今はいいです。急いでいかないと」
カウンター席の一つが空いているそうです。急いでいきましょう。
「一杯食べて、明日に備えましょう」
足取り軽く向かいましょう。
「いらっしゃい、シーアさん」
シーアさんが来ました。アリスさんが連絡した形です。職権乱用気味ですけど、これくらいなら許されますよね。
「こんばんハ。早速上から順にいきまス」
本当に上から順にいくんですね。
「アリスさん、サンドイッチとスープのセット一つお願い」
「はい」
アリスさんが笑顔で応えてくれて、てきぱきと作っていきます。
もはや厨房の長といってもいい手際ですね。日に日に腕も上がっているようで、私に作ってくれる料理も更においしくなっています。もうアリスさんなしじゃ生きていけません。
「先ほど広場で、お師匠さんとアンネさんに会いましたヨ」
シーアさんがさっそく、運ばれたサンドイッチを食べています。店内が多少の落ち着きを見せたので、雑談中です。お客さんが入れ替わった辺りでまた忙しくなるでしょうから休憩ですね――って、あれ? サンドイッチが消えましたね。
「曲芸の話を聞いたときに一緒に居たからね。元々ライゼさん用に伝えられた情報なんだ」
「そうなんですネ。それほど不甲斐なかったというわけですカ」
どうやら広場でも何か失態を演じたようです。
「デート中に他の女性の名前を出すなんテ、ありえないでス」
恋愛自体したことない私には、偶に見るドラマの知識でしかありませんけれど、デート中に他の女性を見たり名前出したりして蹴られたりしてましたね。あんなに過敏に反応するものでしょうか。
「誰の名前を出したのですか?」
アリスさんも一段落したのかカウンター越しにシーアさんに尋ねました。
「えェ、リツカお姉さんのこと――」
「ちょっとライゼさんのとこに行ってきます」
アリスさんがそういって魔力を練りながら出て行こうとします。
「ア、アリスさん!? シーアさん、早く詳細いって!」
きっと何か勘違いをしてます、早く解かないと。何より、休憩所もアリスさん抜きでは回りません。
「曲芸を見テ、リツカお姉さんも出来るだろうなぁって話でしたヨ」
どんな曲芸だったのかは分かりませんけど、どうでしょうねそれ。ジャグリングくらいなら出来ますけど。
「少なくともリツカお姉さんを口説いたわけではないでス」
「それなら良いです」
どうやらアリスさんは納得したようです。どうして口説くって話に? 名前出しただけじゃ……。
「明日の予定、どうなると思いまス?」
シーアさんに四品目となるピラフとチキンソテーを食べながら尋ねてきます。小さい体のどこにそんな量が? ちゃんと噛んでいますか? 胃が荒れるので気をつけて下さいね。
「そうですね。国内警備ということですから、区画を分けてでしょうね。私たちは大通りから広場がメインだと思います」
人通りの多い場所に私たちを置いてもらいます。悪意処理のために一番の場所に。
「ふム。私もその周辺になると思いまス。お二人のサポートと拘束系魔法で複数制圧できますかラ」
”水”の手枷は強力でしたね。異常変質した熊二匹を完璧に抑えきった大魔法が頭に過ぎります。
「裏通りや北はライゼさんと兄弟子さんだろうね。アンネさんもライゼさんも、変に私たちを子ども扱いするし」
子供がいくとこじゃねぇとか言いそうです。
「実際子供ですからネ。たまにリツカお姉さんは私より年下に見えますシ」
クふふふとシーアさんが悪戯っぽく笑います
「ですねぇ」
アリスさんがクスクスと笑います。
「否定できないや」
私は困ったように、でも楽しげに笑うのでした。
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