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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
19日目、3組なのです
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一時⑤



 ソーサーごとティーカップを胸元まで持ち上げ、カップの取っ手を摘むようにもち口元へ運ぶ。そんな日常の所作にさえ、優雅さがある。


 一口飲みティーカップが唇から離され、薄くついた口紅の跡が艶かしく見える。置かれるソーサー、だが小さい音すら立てない。細く白い、絹糸のような指が口紅をそっとなぞる、相手に見えないように指についた口紅をハンカチで拭い取る。


 大人の女性としての艶やかさを纏ったエルヴィエールにコルメンスの緊張が最高潮に達する。



 出会ったのはお互い十七歳の時、二度目は二十歳の時だ。彼女は確かに優雅だったけれど、まだ子供らしさが抜けていない様子だった。しかし今は、大人の女性としての色香にあふれている。


 初めて出会った時から一目で心奪われたコルメンスにとって、エルヴィエールは特別だ。アルレスィアとリツカという、エルヴィエールと遜色ない美女を前にしてもコルメンスは動揺一つしなかった。


 だけどエルヴィエールに対しては、まるで初めて恋愛をした学生のように緊張しっぱなしだった。


 コルメンスはエルヴィエールを愛し続ける。


 エルヴィエールにとってコルメンスは特別だ。初めて会った日、おろおろとしながらも目に強い決意を秘めていた彼に対し、エルヴィエールは興味が尽きなかった。


 共に宮殿を歩いた。彼は後ろをおずおずとついてくる。共に庭園で語らった。敬語を辞めてみない? と勧めてみたけど畏れ多いと恐縮するばかりだった。でもエルヴィエールには見えていた、その目が後悔していることを。


 本当は普通に話したい癖に、とクスクスと笑った。共に毎日を過ごした。日に日に落ち着いていった彼だけど、心だけは緊張しっぱなしだった。それでも瞳の決意が揺らいだことも、怖気づいたこともなかった。その目が、エルヴィエールは好きだった。


 今も、その目をしている。でもあの時とは少し違う。自分でやるという強い意志ではなく、リツカやアルレスィアというこの国の救世主を支える王としての、年長者としての決意がある。この目も、エルヴィエールは好きになった。


 エルヴィエールはコルメンスに恋し続けている。


「リツカさんのお話はいくつかお聞きしましたけれど、アルレスィアさんのお話をお聞きしてもよろしいですか?」


 コルメンスに対しエルヴィエールが尋ねる。他の女性の事を聞くのは本来ならエルヴィエールにとっても好ましいものではないが、コルメンスのことを信じているし、二人のことなら問題ないと考えたのだろう。


 聞いている限り、二人に入り込む余地など誰にもないのだから。


「そうですね。一言でいうなら、過保護ですね」

「過保護?」


 苦笑いするコルメンスに首をかしげるエルヴィエールは頬に指を当て考える。


「えぇ、リツカ様限定ですが母のようであり、姉のようでもある存在ですか」

「確かに、先日お話したときは仲のいい姉妹のようでしたね。シーアたちが言っていたような関係には感じませんでしたが」


 エルヴィエールはそういって考え込む。


「それも間違いではないのでしょう。シーアは二人に懐いていますから、きっとシーアからも話が聞けるかと思います」


 そういって微笑むコルメンスは続けて


「それに、明日お会いするでしょうから。そのときにエルヴィ様の目で見て上げてください。二人はきっと、その方が嬉しいでしょう」


 クツクツと笑うコルメンスにエルヴィエールは考えるのを中断し首を傾げる。


「エルヴィ様の目で見て、正しく二人を理解して上げて欲しいです。私たちから聞いた事ではなく、エルヴィ様自身で感じて欲しいと思っています。この世界を救う巫女様たちを」


 優しく微笑むコルメンスにエルヴィエールも顔を綻ばせる。


「――えぇ、そうさせて頂きましょう。貴方を自分で確かめたように、二人のことも自分自身の目で」


 二人と会えることを楽しみにしているエルヴィエールは、目を閉じ紅茶で唇を湿らせる。


「ところで、シーアが懐いているという話ですけど」

「えぇ、新しく出来た姉のような二人のことを街で聞きまわっているようです」


 少し焦ったようにも見えるエルヴィエールにコルメンスの顔も少し困ったような顔になる。


「あらあら、少し……妬けますね」

「シーアなら大丈夫ですよ、貴女が特別なことに変わりはありません」

「そうですけど、複雑ですね」


 二人きりの談笑は続く。




「お疲れ様、またお願いするよ」


 ロミーさんに労われて、今日のお手伝いを終えます。途中叱られてしまいましたけれど、一回目に比べると幾分かマシでしたね。


「「お疲れ様でした」」


 アリスさんと共に一礼します。


「暇があったらリタと一緒に行くよ」

「それじゃあお待ちしてますね」


 私は笑顔で答え、お店を後にします。知り合いに見られるのはーって思ってしまいますけど、今更ですね。


「おヤ」


 シーアさんがメモを片手に歩いていました。


「シーアさんもういいの?」


 多分また私たちの噂集めでしょうけど、今日は何もありませんでしたから大丈夫です。


「えェ、しっかり寝れましタ」


 メモを閉じながら応えるシーアさんは、心なしか嬉しそうです。もしかして何かネタがあったのでしょうか……。


「今から休憩所ですカ、ご一緒しまス」


 気になるところですけど、今日の行動を思い返してもそんなにひどいものはないですね。シーアさんが合流して宿へ戻ります。


「お師匠さんと会ったんですカ」


 シーアさんが目を輝かせます。きっと面白い話が聞けると思っているのでしょう。


「うん、すっごい緊張してた」

「そうですね、対照的にアンネさんはいつもより柔和な印象を受けました」


 私とアリスさんがそのときを思い出します。


「ふム、見てみたいですネ」


 シーアさんが腕を組みながら考えてます。


「でもまずはお腹すいたのでご飯が先でス」


 シーアさんがお腹を摩りながら言います。そういえば昨日別れてからずっと図書館だったようですけど。


「もしかして、何も食べてないの?」


 流石に何か食べているでしょうけど……。


「はイ、昨日別れてからずっト」


 シーアさんがこともなげに言います。研究者ってこんなイメージですね。


「ちゃんと食べないと育ちませんよ?」


 アリスさんが少し呆れたように言います。でも食べても育たない時は育たないものです。……自分で思って悲しくなりました。


「魔法のこと考えてたら時間が勝手に過ぎるのがいけないのでス」


 時間は待ってくれませんからね。程ほどにしたほうが良いことに変わりありませんけど。

 シーアさんはまだ成長期真っ只中ですし、一杯食べたほうがいいですね。


「とりあえズ、メニューの上から順に頼んでいきまス」


 そういえば私より余程食べるんでした。


「程ほどにね」

「えェ、明日から忙しいですからネ」


 神誕祭は明日からです。少し、気を引き締めないといけませんね。



「あれはなんでしょウ」


 広場についたとき、シーアさんが何かに気づきました。


「確か、曲芸の予行練習だっけ」


 ロミーさんが言っていたことですけど、一日目の出し物の一つでしょうか。


「なるほド、では私は少しこれを見てから行きまス」


 シーアさんが興味をもったようで、立ち止まりました。


「私たちは宿のお手伝い優先するね」

「そうですね、支配人さんも待っているでしょうから」


 シーアさんに手を振って先に宿にいきます。


「はイ、後からいきまス」


 大きく手を振って、シーアさんが雑踏に消えていきました。




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