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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
19日目、3組なのです
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実感②



 次は、また絵画ですね。

 今度は人物画ではなく、風景画――。


「こ、これは……!」


 この絵が正確なら、間違いありません。

 太く逞しい幹、青々した葉、チラッと見える位置にはつあるなの木が見えます。


「”神林”、ですね」


 アリスさんが驚いたように言います。


「うん、しかも内側から書いてる……。あっちには湖周辺まであるよ」


 私が指差した方には、核樹の大木と湖がありました。明らかに、中から書かれています。


「この美術館の、普段の目玉です」


 コルメンスさんが言います。


「これを書いたのは三代前の巫女様です」

「趣味が絵画だったその時の巫女様が王に頼まれ描き、それが国に寄贈されたようですね」


 内側が気になり、絵でならいいのでは、と考えたのでしょうか。


「今までずっと王宮内に飾られていました。賢王時代には一般公開もされていたようです。しかし、先王は公開せず、暇があればこちらを眺めていたそうです」


 実際に見れないため、これで紛らわせていたのでしょうか。


 私が気づけるほど、正確に書かれています。ですけど、高揚感はありません。これでは、先王の欲を満たせなかったことでしょう。むしろ……より欲したはずです。


「次は――」


 アンネさんが話そうとして、止まります。


 何か連絡を受けているようです。


 私はアリスさんを見ます。アリスさんも私を見て、頷きます。私たちは魔力を練り始めました。


「はい……。分かりました」

「マリスタザリアが出現しました。場所は牧場、ホルスターンです。ですが、最近の変化と同様に、変質しきれていません。早急な対応をとのことです」


 アンネさんから短く伝えられます。


「コルメンスさん、後はお願いします」


 そっと、丁寧に核樹を渡します。


「では私たちは行ってまいります。中途半端ですが、後はお願いします」


 アリスさんと私は一礼して、牧場へ向かいました。



「昨日は、ライゼ様に木刀を手渡すのすら、躊躇ってらっしゃったのに……」


 何の躊躇もなく核樹の欠片を手放し、そのまま走り去ったリツカを思いながらアンネリスは沈痛な面持ちを浮かべる。


「君が連絡を受けたあたりからすでに、準備を始めていたようだ。目が変わっていたよ」


 コルメンスは少し眉を寄せ力なく笑う。


「ライゼさんが言ってたけど、二人なら本当に……この場で襲われても対応できるのだろうね」


 コルメンスがそう呟く。


 どんなに”巫女”としての二人を知っていても、どんなに国ために仕方ないことだと割り切っても、今日含め三度の邂逅でリツカとアルレスィアを知ったコルメンスは、自責の念に駆られる。きっと戦いなどなければ、街娘でもシスターでも、なんであれ平和に過ごしていただろうと。


 その昔、ライゼルトとコルメンスは何度か会っている。その一つがライゼルトが国王専用の護衛にと言う話が出たときだ。


 コルメンスはライゼルトを尊敬している。飄々としているように見えるが、国民のことを想い行動してくれる誇り高い戦士として。


 そんなライゼルトをして、「あの二人には敵わない」といわしめる、正義の心と責任感に、コルメンスは葛藤を抱えていた。


「え、えぇ……。では、陛下。護衛としてレティシア様をお呼びしますので、搬入を終わらせましょう。」


 アンネリスはライゼルトの名前に多少の動揺を見せる。が、コルメンスでは気づけない。この場にリツカが居ればその動揺から、()()()()()()理解するだろう。


「ところで、アンネ」

「はい」

「どうしてシーアなんだい?」

「え……?」

「ライゼさんでいいじゃないか」

「い、いえ。レティシア様は……あの、近くにいるらしいので」

「そうなのかい? だったら最初から呼んでも良かったね。シーアは巫女様たちに懐いているし。あぁ、でもそれだとシーアは二人についていくか……」

「そ、そうですね」


 コルメンスはアンネリスの動揺に気づけない。コルメンスがレティシアにからかわれてしまうのは、この鈍感さ故だ。エルヴィエールも苦労しているらしい。


 お互い想いあっているのに、十年近く結婚の話が出ていないのが何よりの証拠だ。奥手で鈍感。まぁ、そこが彼の魅力なのかもしれない。




 牧場までなら後数分でいけます。大通りを魔力を練った状態で走り抜けます。朝の賑わいを見せる大通りの人々が緊張した面持ちで私たちを目で追ってしまっていました。


 そんな朝の光景に、武器屋の手前あたりでライゼさんが体をほぐしている姿があります。


「……? 手伝いはいるか!」


 ライゼさんが大声で聞いてきます。


「いえ! 問題ありません!」


 私は走りながら短く応えます。その声に大通りに弛緩した空気が流れました。


 応える時間をとったのは、これを狙ってです。私たちが顔を強張らせて走っていれば不安でしょうが、ライゼさんの手がいらない程度のものと思ってもらえれば、それでいいです。この国でのライゼさんは、正真正銘英雄なのですから。


 ライゼさんもこれが狙いでしょう。少し笑いながら聞いてきましたし。ライゼさんのご厚意に感謝しつつ、門を抜けます。


 それにしても、やけに気合の入った一張羅でしたね。卸したてなのかパリっとしてましたし、普段はボサボサの髪も少し整っていました。今日ってことですかね。お手を煩わせたりしませんよ、しっかり楽しんでてください師匠さん。


 牧場につくとすでに暴れているマリスタザリアが見えました。何人かすでに牧場に来ています。数名が盾を展開していますけど……弱いです。


 変質は二足歩行、人のような腕、のみ。角に変化はありません。なにより、足がふらついています。二足歩行を維持するのがやっとのようです。


 ですが、振るわれる拳には力があり、人ならば簡単に砕けるでしょう。


「リッカさま」

「うん」


 アリスさんが”疾風”で急速接近します。盾でまず皆さんの安全確保が狙いです。

 周囲に追加の敵影なし、気配なし。

 刀に手をかけます――。

 

私の想いを刃(【マモフォル)として抱き(テス・ア)、強き力に(フィネ】・オ)変えよ(ルイグナス)――!」

 

 ”強化”された体を確かめ、地面を踏み抜きます。

 鯉口を切り、居合いの構えを取りました。

 アリスさんが防御を成功させました。安堵の気配が周囲を包みます。


 敵の目の前で止まり、その慣性すら乗せて鞘走りを行います。私に反応して敵が拳を振ろうとしますが、それでは遅いです。

 全身を使った居合い斬りを脇腹から肩へ――。


「――シッ!」


 パンッと空気を裂き、刃が胴に吸い込まれていきます。


 完全な”強化”を受けた刃は抵抗なく敵の体に一筋の線を作ります。

 動きを止める敵に対し、私は止まることなくそのまま回り、首目掛けて下段から刀を――振り抜きました。


 わずかな余韻の後、マリスタザリアの上体がズレ、首、上体の順で、落ちました。



「皆さん、ご無事ですか」


 アリスさんが”盾”を解き、酪農家さんたちに声をかけます。

 私は敵の沈黙を確認後、周囲の警戒です。


「は、はい……。また助けていただきました。ありがとうございます」


 何度か御世話になった牧場の方たちです。


 周囲の悪意がないことを確認し、刀を振り血を飛ばし鞘に収めます。

 実践での全力強化の成功、圧倒的な切れ味、今後の戦いへの確かな手応えを実感できました。ひとまず、安心です。


「リッカさま、すごいです。刀を抜きながら斬るなんて……」


 アリスさんが驚きながら褒めてくれます。こんな些細なことでさえ、戦い後の昂ぶった私の心が喜びに染まります。


 この世界に剣術がないため抜刀術はありませんが、西洋剣でも一応出来ると聞いたことがあります。

 日本刀が適していることに変わりはないと思いますけど。


「居合いって言って、鞘に収まった状態から斬るまでを最短でやれる剣術だよ」


 抜刀、振りかぶる、斬撃としなければいけない所を、抜刀、斬撃に出来る技術です。何より鞘走りで加速された刀は、達人であれば抜刀と斬撃が同時に行われているように感じるらしいです。


「いつ斬ったか見えないほどでした。頼もしい、です」


 頬を染め、アリスさんが言います。その姿に心臓が強く跳ね回ります。


「う、うん。アリスさんのためにもっと、もっと、ね?」


 私も頬を染め、アリスさんの頬に手を添えます。


 母からもよくされたこの行為。私はこれをされると心が落ち着いた記憶があります。それからでしょうか、私が相手を思いやる時に頬に手を添えるようになったのは。アリスさんからされると、落ち着きはしますが、それ以上に心臓が痛いほど跳ねますけど……。アリスさんも、そうなのでしょうか。


「――はい」


 アリスさんは目を閉じ、優しい微笑みを携え、私の行為を受け入れてくれていました。



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