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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
19日目、3組なのです
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実感


 コルメンスさんの許しを得て核樹を慎重に持ち上げます。


 見た目より重いです。水分をまだ含んでいるからというのもありますが、なにより生命の重さを感じます。肌触りは予想通り艶やか。全く乾燥しておらず、まだ木として生きている柔らかさがそこにありました。香りは濃厚。”神林”で味わった独特な香りを纏っています。圧倒的な香りを放っているにも関わらず、気分が悪くなるどころか私を落ち着かせます。


 大切に運びます。


「まるで母親ですね……」


 アンネさんが呟くように言って私を見ています。


 私は手を輪のようにしてそこに核樹収めています。赤ちゃんを抱いているような感じといわれれば、そうですね。


 ……木を赤ちゃんのように扱う女。あぁ、他人に見られるとぐうの音も出ないほど危ない光景ですね。


 ですけど。


「これが一番安定するんです」


 私は核樹に目を向けたまま応えます。


 もしもがあってはいけません。落としても傷つくことすらしないでしょうが、落とすなんてありえません。


 外が見えてきました。どこへ運ぶのでしょうか。


「どこへ運ぶのでしょう」


 アリスさんが質問してくれます。


「東区の中央にある美術館です。以前テラスからお見せした場所ですね」


 コルメンスさんが応えてくれます。王国に来た日コルメンスさんと今後の対応等と確認した後に見せてもらった場所のひとつです。結局まだいけてません。


「ついでに美術品も見て行きますか? 核樹の展示場は一番奥ですからゆっくり回れますよ」


 つまりより長く持っていられるんですね。


「ぜひ!」


 不純な理由で返事をしましたが、美術品も見たいです。


「ではお願いしてもよろしいでしょうか」


 アリスさんが私に微笑みながらコルメンスさんにお願いをします。


「えぇ、もちろんです」


 頷きながらコルメンスさんが誘導してくれます。



 商業通りを抜け東区の中央を目指します。


 すでに時間は七時になろうかといったところです。商業通りは多少の賑わいを見せています。一様に私たちを見るのは、国王陛下と巫女二人が歩いているからでしょう。お辞儀してくれますが、視線はこちらを向いています。


 コルメンスさんが私の様子を伺っています。どうしたのでしょう。


(先ほどまであんなにも喜んでいたから、そのまま行くのかと思ったけど。初めて見たときと同じ眼差しで、落ち着いている。これがアンネたちが言っていた警戒か)


 王宮ではなく街中。そして戦えるのがリツカだけという状況が、核樹よりもアルレスィアの防衛を選ばせている。ライゼルトかレティシアが居ればそのままだっただろう。


(僕もそこそこ戦えるけど、見せていないからかな。出来れば安心して欲しいけど……)


 コルメンスは革命軍のリーダーだった。その人柄とカリスマ性で選ばれたリーダーだったが、実力もそこそこある。選任になれるかどうかという実力だろう。それでも、リツカはそれを見たわけではない。ある程度の実力は量れているけれど、最近敵が見せる不穏な動きがリツカを縛る。ライゼルトとレティシア以外に任せることはないだろう。



「どうしました? 陛下」


 アリスさんがコルメンスさんに声をかけます。私を気にしていたからでしょう。陛下呼びなのは、外だからです。


「い、いえ。なんでもございません。もうじき美術館です」


 コルメンスさんが動揺を見せます。それを見てアンネさんはため息をつきました。


 アリスさんならコルメンスさんが考えていたことが分かったと思うので、見すぎという警告でしょうか。アンネさんがため息ついちゃうほど私を見ていましたから。


 ついた美術館は王宮を少し小さくしたような見た目でした。


「こちらは元々先王のためだけに作られた家です」


 コルメンスさんが淡々と言います。

 王宮があるのになぜこちらに必要だったのでしょう。


「どうやら愛人を囲っていたようですね。数名の女性が住んでいたと、報告が上がっています」


 頭を抱えるようにコルメンスさんは言います。

 爛れてますね。


「では、中へ行きましょう」


 アンネさんがドアを開けました。



 まず目に入ってきたのは絵画でした。

 綺麗な金色の髪に青い瞳の女性。天上から世界を見渡すように描かれたその絵の女性は、多分――。


「これは、神さまですか?」


 空の上から見下ろす女性となると、神さまくらいしか。


「はい、『世界を眺める神』という題名がつけられた作品です。かなり有名な画家によるものですね」


 神さま本人を知ってるだけに、複雑な心境ですね。


「実際の御姿は、どのような感じなのでしょう」


 アンネさんが私たちに聞きます。気になりますよね。


「桃色の髪と瞳。女性としての最高峰のような見た目をした方です。服は、アンネさんは一度見ていると思いますけど、私の居た世界の服に近いです」


 私がとりあえずの容姿を伝えます。女性として憧れる姿が凝縮されていましたね。


 初めて神さまを見たとき、懐かしい感じと多少の胸の高鳴りはありましたけど、正直に言うとアリスさんを見たときの方が衝撃的でした。


 それでも神さまは、全ての人が心奪われる見た目でしたね。


「性格は悪戯好きですね。気取っていたり、威圧してきたり、玩ぶようなことは一切ありません。本当にただただ、私たちを愛していてくれる、全ての母のような方です」


 アリスさんが内面を説明します。


 悪戯好きです。私も何度かやられています。姿を見れて話せる存在は神さまにとっては格好の相手だったのでしょう。


「おこがましいとは思いますが、一目お目にかかりたいですね」


 呟くように、神さまを夢想するように目を細め、コルメンスさんが言います。


「おこがましくはないと思いますよ」

「そうですね。きっと、喜ばれるでしょう。出来るなら皆に会いたいとおっしゃってましたから」


 私の否定を、アリスさんが裏付けてくれます。


 神さまというと、どうしても崇拝すべき存在となってしまいますが、実際はアリスさんが言ったように、母のような存在です。


 私たちに寄り添って、世界を見守り、陰ながら支えてくれる。崇拝ではなく、尊敬できる方が神さまです。


 世界の皆が正しく神さまを理解して欲しいと、私は切に願っています。



 次は、彫刻ですね。木材で作られています。


 ところどころ腐敗が進んでしまっているのか、脆そうです。扱いが雑だったようです、嘆かわしい。


 男性の顔が彫られています。誰でしょう。


「この彫刻は賢王様を題材としております。細部に亘り忠実に再現されています」


 アンネさんが解説してくれます。


 カイゼル髭を蓄え、頭には王冠、目は未来を見据えているのか真っ直ぐに向けられ、優しさと知性が表現されています。彫刻でこの雰囲気です。ご本人が国民に愛されていたということが彫刻から伝わってきます。


 先王は父親の彫刻も集めたのですかね。でも扱いの雑さを見るに大切にはしていなかったようです。絵画は綺麗でしたのに。


「言い辛いですが、先王はその彫刻を殴っていたようです」


 え?


「父親である賢王を殴れないから、この彫刻でということでしょうか……」


 アリスさんが困惑しながら言います。

 私も困惑しています。

 どう考えてもサンドバッグです。


「はい、そのようです」


 生意気な子供だったんですね、先王さんって。いつこの彫刻を手に入れたのかは分かりませんけど、賢王と先王は常に比べられたでしょうから、そのあてつけの可能性もあります。


 次は王国のミニチュアですね。この国は本当に広いです。私たちが行けた場所は、まだ王都の四割ほどです。一日では周りきれません。


 この王国も、キャスヴァル領ではほんの一部です。この王都を出れば更に広大な世界が待っています。


 この領地のどこかに魔王が居るはずです。何か動きを見せて欲しいですが、その動きが来た時が世界の終わりかもしれないのです。今は、待つしかないですね。



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