来訪者
住宅地にも居ません。迷子じゃなかったんでしょうか。
「アンネさんに連絡してみますね」
「うん、お願い」
私に微笑みながら、アリスさんは”伝言”を発動させました。
私は腰の背中側にある刀を触りながら考えます。
(全力の抱擁強化は完璧だった。頭も痛くない。体のダルさも、今のところない。”精錬”の乗りもよかった。片刃だからイメージしやすかった)
訓練場の復習です。
(鉄を斬れたのが一番かな。これでやっと――)
「リッカさま、どうやら迷子ではなかったようです」
アリスさんからそう告げられます。
「そっか良かった。でも、なんだったんだろう?」
結構殺気だってたような気がしますけど……あの人はいつもでしたね。
子供たちは慕っているような感じでしたし、遊んであげてたのかな。それは……ないかな。
首を傾げながら私は考えます。
「どうやら、後ろから着いて行っていた子供たちが喧嘩していたようですね。その仲裁と解決だそうです」
アリスさんが教えてくれます。
まるで子供に対しては面倒見のいい不良のようですね。街の見回り中だったのでしょうか。
「解決できたのかな?」
こじれているようなら向かいますけど。
「大丈夫のようですよ」
アリスさんがそう微笑みます。
大丈夫なら、いいんでしょうか。
「じゃあ、宿に帰ろうか」
そうアリスさんに提案します。
「はい、帰ったら早速作りましょう」
「うん!」
笑顔で跳ねるように了承してくれます。
二人で住宅地を抜け、広場を通り、宿に向かいました。
宿につくと、家の中から気配がします。
……。
「アリスさん、ちょっと待って」
「あ、リッカさま」
アリスさんが止めますが、今は――。
私は勢いよく扉を開け先手を……。
「おかえりなさい」
「……」
笑顔と鋭い視線が出迎えてくれました。
「もう来ていたのですね、お母様、お父様」
アリスさんが微笑みながら言います。
「えぇ、今日の朝ね」
エリスさんが応えます。
二人が並ぶと、親子なんだなぁってすぐ思えますね。
「変わりないようで安心したわ」
「お母様も」
二人で微笑みあいます。
ゲルハルトさんはそれを、待ち望んでいたように、感慨深げに見ていました。
「それで、リツカさんはどうしたのかしら」
「は、はい」
私は……エリスさんとゲルハルトさんと気づかずに、思いっきり敵意むき出しで扉を開けたことを悔いて、玄関先で膝を抱えています。
(まさかここで待っているなんて思わなかった……)
「リッカさま、大丈夫ですよ。気にしてませんから」
アリスさんが私の腕を掴んで立たせます。
流石に、このままでは失礼ですから、挨拶しないといけません。
「お久しぶりです。エリスさま、ゲルハルトさま」
私は深々とお辞儀をします。
「えぇ、少し雰囲気が変わったかしら。元気そうでよかったわ」
エリスさまが微笑みます。少し大人になったアリスさんを彷彿とさせるので、少し早く心臓が跳ねます。
「……」
「……」
ゲルハルトさまから睨まれます。アリスさんはエリスさまをジト目で見ています。
「何か作るのでしょう? 作りながらでいいから、話を聞かせて頂戴」
エリスさんが机の上の道具を見ながらそういいます。
「は、はい」
私はそう答え、部屋の奥に向かいました。
アリスさんが話しながら、たまに私が相槌を打つような形でエリスさまとゲルハルトさまに今までを話しています。主に、私が無茶をしすぎっていうのでしたけど。
それにしても、アリスさんは話しながらさくっと彫刻し終えました。私はというと、苦戦してます。
「リツカ殿」
「は、はい」
ゲルハルトさまがここに来て初めて口を開きます。
「……アリスと一緒に寝ているのかね」
……?
「え、えぇ。はい、寝てます」
どういうことでしょう。
「……」
ゲルハルトさまから鋭く睨まれます。
集落の最初の頃を思い出しますね。
「あなた、いい加減にしませんと。またアリスに怒られますよ」
「……」
怒られるというより、もう怒ってます。すごく睨んでます。
「む、むぅ……」
ゲルハルトさまが萎縮します。
娘を取られたって思ってしまっているのでしょうか。父もそんな感じでしたね。私に近づく人皆に噛み付いてました。
アリスさんはゲルハルトさまを大切にしてると思いますし、取った取られたじゃないと思うんです。
「リッカさまを睨むのは止めてください。リッカさまはお父様が思っているような方ではありません」
アリスさんが少し怒気を含んだ声音で告げます。
ゲルハルトさまが思っている私って、どんなのなんでしょう。表情からは読めません。
「確かに、二人で世界を救うのだ、信頼しあわなければいけないのは分かる。あの夜のことでリツカ殿が信頼に足る人物なのは分かる。しかしだな、お前は無条件で信頼しすぎじゃないか……?」
ゲルハルトさまがアリスさんに反論します。
私は、アリスさんを出会って話した時から妙な信頼と大切な人という想いを持っていました。
アリスさんは、どうだったのでしょう。
私が巫女であることは知っていました。でもそれ以外は知らなかったはずで、出会ってから私を知ったのです。どこで、ここまでの信頼を受けたのでしょう。この世界に来て最初の夜? でも、それより前に一緒にお風呂入ったりしてましたし……。
私は、私に警戒心を持ったアリスさんを見たことがありません。最初に……湖からいきなり出てきた私に向けられていた視線も、確か……不信感はなかったはずです。曖昧ですけど……。
そんな風に考え事をしていましたけど、アリスさんから怒気が膨れ上がります。父親に向けるものではないほどの、怒気が。
「これ以上私を怒らせたいのであれば、構いませんが……。リッカさまへの信頼を否定しないでください。あの夜のことも世界も”巫女”も関係ありません。私はリッカさまだけは信頼しています。最初からそう感じたのです。」
――え。
「私は私の想いを大切にしています、何があろうとも。『自分』だけは他人に曲げられることはありません。誰にもリッカさまを否定させません。疑いを持つことすら許したくありません」
「たとえお父様であろうとも、許しません。お父様の気持ちも分かりますが、私には必要のない心配です。お父様は知っているでしょう?」
アリスさんがゆっくりと、ゲルハルトさまに言い聞かせます。誰もその言葉に割り込むことは出来ません。普段のアリスさんとは違う姿がそこにあります。両親にだけ見せる姿なのかもしれません。”巫女”という役目とは関係ない、アリスさんの本音がそこにありました。
「はぁ……。アリスのことはよく分かっているでしょう。この子が信頼しているのだから疑う必要なんてないのに」
エリスさまが呆れながら、困惑しているゲルハルトさまを窘めます。そういえばエリスさまは、最初から私に好意的でしたね。
家族の会話です。昔のアリスさんのことも言及しているので、私にはよく分かりません。
分かっているのは、アリスさんは最初から、巫女とか世界の危機とか関係なしに私だけは信頼してくれていたということだけです。
その事実がただただ嬉しいです、喜びに綻ぶ顔を止められそうにありません。ですが、これ以上アリスさんとゲルハルトさまが険悪になるのは避けないと……。
「アリスさん、私は気にしてないから、ね?」
アリスさんが話してくれた過去と、コルメンスさんから聞かされたことから、ゲルハルトさまがアリスさんを心配しているのは強く感じています。ゲルハルトさまが知っている何かは分かりませんが、これ以上は、ダメです。
「……リッカさまが、いいのであれば。お父様、睨むのはもう止めてくれますね?」
「……あぁ」
アリスさんの念押しに、困惑したままのゲルハルトさまが応えます。
これで、大丈夫なのでしょうか。私は、親子喧嘩をしたことがないので、分かりません。
エリスさまとゲルハルトさま話しています。……というより、ゲルハルトさまが叱られています。
「ごめんね、アリスさん。親子喧嘩させちゃって……」
私の何かがゲルハルトさまを勘違いさせてしまって起きた喧嘩です。
謝る私にアリスさんが、眉を少し下げた笑顔で、頭を撫でてくれました。
「リッカさまが謝ることはありません……。お父様が分からず屋なのがいけないのですから」
アリスさんはまだちょっと怒っています。私のために、怒ってくれています。
「……ありがとう」
私は、アリスさんの肩に頭を乗せます。
「――リッカさまのためでしたら、私はいつだって」
アリスさんが私の頬を撫でてくれます。
「うん……」
アリスさんとの一時に、身を預けました。
「はぁ……あの子があんなにも笑顔になる子相手に、そんなに不信感持ってたら怒られても仕方ありませんよ」
エルタナスィアは呆れている。
「……不信感では、ない。あそこまで信頼しているからこそ心配というものもあるだろう」
ゲルハルトが反論する。
下世話というものだが、心配するのも仕方ないだろう。たった一人の娘だ。
「それこそ余計なお世話ですよ。あの子の歩む道に口出ししないと二人で決めたはずです」
エルタナスィアは窘める。
二人の取り決めだ、アルレスィアが世界の危機を聞いた時に決めたことだ。アルレスィアの将来に口は出さないことを。
「それとこれとは
「あ な た」
「ぐ、う……」
ゲルハルトの言葉を遮り、エルタナスィアは言う
「あの子が、本当の笑顔を見せることが出来る相手なのよ。リツカさんを連れて森から戻って来た時に分かったでしょう。アリスがリツカさんを見つめる顔と目を見たでしょう」
「あの子が出会ったばかりの子に心を開くなんて、誰も思っていなかったけれど」
エルタナスィアが微笑みながらアルレスィアたちを見ている。
「……認めては、いる。彼女にならば、とも思っている。しかしだな」
ゲルハルトは複雑な気持ちでいる。
「はぁ……時間はまだあります。覚悟はしておいてください、あなた」
そんなゲルハルトを半目で、エルタナスィアは見ている。
「アルレスィアが幸せなら、私はそれでいいと思っています」
「……あぁ」
二人は、幸せそうに寄り添う二人を眺めていた。
――アルツィア様。
どうしたんだい、アルレスィア。
私は……。
……アルレスィア。きみの気持ちは分かる。だから安心していい。
……?
きみが望めば、世界は応えてくれる。
……会いたいです。私の、私だけの王子様に。
ははは、王子様、か。
おかしい、ですか?
いや。王子様かは分からないけれど、すぐ分かるよ。
はい……?
きみなら、出会った瞬間に分かる。この人がそうなんだって。
何か、知ってるんですか?
さて……なんだろうね。
――。




