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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
18日目、守るための力なのです
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兄弟子さん②



 ウィンツェッツはギルドに二人を連れて行った。

 アンネリスはすでに戻っており、突然戻って来たウィンツェッツに首を傾げている。


「ウィンツェッツ様、ライゼ様ならばすでに武器屋に戻っているはずですよ」


 ウィンツェッツの事情を知っているアンネリスがそう伝える。きっとライゼルトを探しに来たのだろうと思ったのだ。


「担当、少し話がある。こいつらのことだ」


 そういって後ろの二人を親指で指し示す。


「? 奥の部屋を用意しましょう。こちらへどうぞ」


 事情は分からないが、真剣な顔なウィンツェッツの言葉にアンネリスは従った。



「なるほど……あの事件の」


 アンネリスも報告は受け取っている。調査の結果も持っている。


「では、お二人に真実を話して欲しいということですが」

「ああ」


 椅子に座る二人の少年は初めてのギルドということで緊張していた。普段ここは、関係者と用事のある大人しか入れないからだ。


「お二人もそうなのですね?」


 アンネリスの言葉に頷く二人。


「では、お話いたしましょう」


 アンネリスはギルド職員だ。ギルド職員が隠蔽しようとしたことを公に話すことは本来、ギルドのトップが許さないだろう。


 だが、本来のアンネリスは国王補佐。国王の補佐をするのがアンネリスの役目だ。

 国王が愛した国民が、不条理に会い、二人の少年に亀裂が入ってしまっている。これを解決するのも補佐としての勤め。その想いからアンネリスは話す。


「あの日逃走した男性、イヴァ氏は確かに辞表を持ちやってきたそうです。精神状態の悪化、マリスタザリア討伐への不安からです。彼の言い分は正しく、辞表を受け取るには十分な理由でした。彼の辞表にはこう書かれていました」

「このまま私が冒険者をしていては、いずれ犠牲者が出る。盾役という重要な役目を持っている私がこれでは、仲間たちも危険だ、と」

「彼は自分を正しく理解し、決断していたのです」

「では、なぜあの日任務に出たのかという疑問があるかと思われます」


 少年達は頷き、ウィンツェッツはそんな二人を見ながら考え込んでいる。


「あの日は隊商が出ており、冒険者が少なかったのです」

「その隊商が七体のマリスタザリアに襲われました。大型二体、小型五体です。そちらにいらっしゃるウィンツェッツ様も参加していた事件です」

「その対応に巫女様二人を含め四人の選任が急行しました。そんな折、街近くで小型マリスタザリアが発生したのです」

「イヴァ氏の担当は辞表を受け取らず、イヴァ氏を編成に組み込みました」

「彼は責任感が強く、そこに付け込む様に担当が彼を無理やり編成したのです。小型の発生と冒険者の人手不足を理由に……」


 アンネリスは言うか迷ったものの、ギルドの不祥事を露にする。


「担当には一つの給料制度があります。担当している冒険者の人数と、その功績によってボーナスが出るのです」

「イヴァ氏が編成から抜けると、一人別の盾役を借りなければいけない。それではボーナスが下がると考えた彼は無理やり編成しました」

「あの時すぐに動ける担当している盾役は、イヴァ氏のみでしたから」


 自身の欲のために編成したのだろう。イヴァの精神状態を軽んじた結果だ。


「イヴァ氏の仲間はこの事を知らずにいたのでしょう。任務に出てきた以上はやれると思ったのです。仲間の皆さんも、様子がおかしいのは分かっていたので」


 ここでウィンツェッツは疑問をもつ。


 あのリーダーの少年が言うには彼の父親はその仲間たちの一人であったということ。

 そしてその仲間はイヴァの様子がおかしいのを知っていたこと。

 それなのになぜ、あのような愚痴を少年に言ったのか。


「そして、事件が起きました。イヴァ氏の極限まですり減らされていた精神は、現場で限界を超え逃亡に至ったのです」


 責任感の強さから参加した討伐。しかし、盾役として最前線で敵の攻撃を受け続ける重圧。後ろに仲間が居るという更なる責任。壊れた精神は、その現場からの逃亡を選んてしまった。


「責任は我々ギルドにあります。担当はすでに依願退職をしています」


 アンネリスの眉が下がる。


 ギルドの隠蔽工作の一つだ。不祥事を起こした職員を退職金の出る依願退職をさせる。この金で黙っていろという口止め料ということだ。


 そのことがアンネリスの心にしこりを残している。


「イヴァ氏は精神が回復し次第、裁判にかけられます」


 状況を考えれば、イヴァにそこまで長い刑期は与えられない。


「で、どうするんだ。ガキ共」


 ウィンツェッツが子供たちに問いかける。


「……やっぱり、逃げたのは許せないよ。そんな事情があっても」


 フィルはそう言う。それも仕方ない、彼は父親を亡くしている。


「でも、こいつが……悪くないっていうのも、分かった。悪かったな……お前を責めちまって。お前も辛いのに……」


 少年が頭を下げる。


「ごめん……ごめん!」


 イヴァの子供は泣きながら謝る。イヴァはただ守りたかっただけだったと知れたことが、少年の目から涙を流れさせる。


「まだ終わりじゃねぇ」


 ウィンツェッツは乗りかかった船と言わんばかりにそう言う。


「気になることも在る」


 ウィンツェッツが思い浮かべるのは少年たちのリーダー。彼の父親のことも気になっていた。


「担当、その仲間たちの一人に会いてぇ。教えてくれ」


 そう言われたアンネリスは面食らったような顔をするものの、言われた通りに調べ伝える。 


 ここまで面倒見がいいとは、アンネリスは思っていなかったのだろう。


「いくぞ、ガキ共」


 まるでガキ大将のように二人を連れ歩いていく。

 商業通りの雑貨店の前を通り抜け、少年たちのリーダーの元へ。




「ん……? お前らは……」


 酒場には男が居た。オットー、少年たちのリーダーの父親だ。


「悪いな、時間をくれ」


 ウィンツェッツは有無を言わせぬ表情でそう伝える。


「あ、ああ」


 ウィンツェッツのことをこの男は知っている。冒険者なら、アンネリスが担当している五人を知らない者は居ない。


 粗暴でぶっきらぼう、剣を片手に常にイラついたような顔をしている。噂ではあのライゼルトの弟子とか、リツカにちょっかいをかける男とか、そんな評価だ。リツカへのちょっかいの噂が、いくつかの種類があるのはここだけの話しだけど。


「こいつらが、あんたらの身に起きた事件のことで喧嘩してやがった」


 ウィンツェッツは説明していく。


「あんたの息子含めてな」

「なに……あの馬鹿……」


 オットーハ頭を抱える。この時点で、リツカとアルレスィアならある程度予想できるだろう。オットーはしっかりと理解していて、勘違いしているのは息子だけだということに。


 だがウィンツェッツはまだそこまで思い至らない、少し違和感があるくらいのものだ。


「詳しく聞かせろ。こいつらのためにもな」


 目を鋭くしオットーを促した。


「あぁ……あの日のイヴァはおかしかった。いや、ずっとだな。イヴァには冒険者は合わねぇと思ってた」

「あいつはいい奴だ。責任感も強い。国民のために依頼をこなしてるときなんか生き生きしてたな」


 オットーは思い出すように笑う。そういった時が楽しかったと、表情が物語っていた。良いチームだったのだろう。


「でもな、マリスタザリア退治の時は違う。いっつも震えてたよ。顔を青くして」

「だからなぁ、様子がおかしくなった時から辞める様に言ってた。別の仕事でも人助けは出来るってな。俺たちも手伝うって……アイツとも話してた」


 アイツとは亡くなった仲間のことだ。


「でもあの日、何故か来たんだよ。そんで……」


 オットーは俯いてしまう。


「それで、愚痴ったのか。息子に」


 ウィンツェッツが代わりに結論を述べる。しかし、オットーは面食らったような表情で眉間に皺を寄せた。


「あん? いや、愚痴ってねぇ。妻には後悔を話したが」

「あ゛?」


 ドスの聞いたウィンツェッツの返答に、オットーは焦る。


「詳しく話せ、いや……その時の言葉を一言一句違えずに言え」


 ウィンツェッツはそう催促する。


「あ、ああ」

「なんで来てしまったんだ。来なければ代わりが用意されたはずなのに。もう無理だったはずだ、なのになんで。確かに人手は足りなかった。だがお前まで駆り出される程じゃないはずだ。アイツが逃げる程に追い込まれてたのに、どうして来させたんだ。どうしてフォローしてやれなかった、ってよぉ……」


 オットーが本当に一言一句間違えることなく言う。本当の後悔。ギルドに対して、自分に対して、仲間たちへの、後悔がそこにはあった。


「ど、どういうことですか……ヴィリくんが言ってたのと違う」


 フィルがそう言う。ヴィリとはリーダーのことだろう。


「なに……? あいつはなんて言ってたんだ?」


 オットーがそれに反応する。


「お前の親父が逃げなけりゃこうはならなかった、最初から居なかった方がまだよかった、その日は人が足りなかったのに、なんで逃げたんだって……怒ってた」


 被害者の少年が途切れ途切れにだが言う。


「あの馬鹿……」

「どうやら、詳しく聞いたわけじゃねぇようだな」


 真相としては、ヴィリは知らないのだ。自分の父親は怒ってなどいないことに、むしろ……亡くなった友人と、逃げてしまった友人、どちらに対しても謝罪していたことに。


 ウィンツェッツはことの詳細を話す。

 ヴィリのこと、ギルドが犯した罪、あの日のイヴァのことを。


「そうか……あいつはやっぱり、いいやつだったな」


 オットーは泣く。友人一人を失い、友人一人を助けられなかった自分の、不甲斐無さに――。



「そんで、お前らはどうするんだ」


 ウィンツェッツは俯く二人の子供に尋ねる。


「ちゃんとヴィリくんと話す。僕たちは勘違いしてただけだって。ちゃんと話して、また遊ぶんだ」


 フィルがそう言う。


「僕も、ちゃんと謝りたい。父さんが逃げたのは本当のことだし、ちゃんと謝って元に戻りたい」


 イヴァの子供がそういう。


「そうか、こっからはお前らの問題だ。せいぜい上手くやれ」


 それだけ言って、ウィンツェッツは去っていく。


「ありがとう! 兄ちゃん!」

「ありがとうございました!」


 子供二人が手を振って礼を言う。


「ハッ……」


 それに片手を挙げ応えるウィンツェッツ。


 この出来事は簡単に解決した。オットーはヴィリを叱り付けた。その場に二人の子供も居た。お互い謝って、また仲良く遊ぶことだろう。



(俺は、ちゃんと言えずに……失敗しちまったからな。失敗するんじゃねぇぞ。馬鹿ガキ共)


 ウィンツェッツが過去を思い浮かべる。それを隠れてみている影が一つあった。


「……」


 ライゼルトはずっと見ていた。


 訓練場から戻る際、ウィンツェッツの背中を見つけ声をかけようとしたところ、子供たちを観察するウィンツェッツが気になり様子を伺っていたのだ。


(村で暴力を働く前のアイツみてぇだな。戻ったんか? いや、ちげぇな。変わってなかったのか……)


 ライゼルトは自身の勘違いで、ウィンツェッツが変わってしまったように見えていたことを認める。


(神誕祭中に時間を作れりゃいいが)


 ライゼルトは息子同然の男を見る。

 ちゃんと向き合って、お互いの間違いを正すために。


「アイツの話しってのはなんだろうな。まずはそっちを解決してやるか」


 ライゼルトはそう言うと、ウィンツェッツが来るだろう武器屋へ戻る。




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