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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
18日目、守るための力なのです
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兄弟子さん


 リツカが指輪の打ち合わせをしていた頃。


「ライゼの野郎どこ行きやがった……」


 ギルドでライゼルトの動向を聞いたウィンツェッツは、ライゼルトの元に行った。だけど、まだ迷っていたウィンツェッツはかなり遅れてしまった。ライゼルトはリツカの試し斬りについて行ってしまっていたのだ。


 店主に聞き訓練場に行ったが、すでにそこにも居らず、途方に暮れているといったところだ。


(ありゃ、何やってんだ)


 場所は大通りから枝分かれしている細道の先。ウィンツェッツの視線の先に、少年五人が居る。だけど一人は尻餅をついてしまっていた。


「……」


 ウィンツェッツの視線がだんだんと鋭くなっていく。それもそのはずだろう、あれはどう見ても、虐めだから。


「お前の親父ってさ、任務中に逃げたんだってな。俺の親父が言ってたよ。お前も仲間見捨てて逃げるんだろ?」


 どうやら親の確執が子供たちまで及んだらしい。元は仲の良い友達だったのだろう。裏切られたという気持ちが、余計に事を荒立てている。


「俺の親父は怪我だけで済んだけどな、こいつの親父は帰ってこなかったってよ」


 指された少年は、俯きながらも目だけは倒れた少年を射抜いている。その目は憎悪に染まりきっていた。


「親父言ってたよ。お前の親父が逃げなけりゃこうはならなかったって、最初から居なかった方がまだよかったってな」


 盾役だった男が逃げてしまった。チームは内側から食い破られた。問題なく狩れる相手だった。だが一人の行動で犠牲が出てしまった。


「その日はただでさえ人が足りなかったのに、なんで逃げたんだってな!」


 その日はリツカたちが隊商の救援に向かった日だ。リツカたちが離れた後飛んできた救援、それを受け向かった子供たちの親。しかし盾役が逃げたため、他の冒険者を呼び共に対応をした。それでも一人の犠牲が出てしまった。


 冒険者に徴兵制はない、自らの意思でのみなれる職だ。故に逃げは許されていない。逃げることは見捨てることだから、マリスタザリアと相対したら自主的に、逃げるという選択肢を潰す。


 今糾弾されている少年の父も、すでに資格剥奪の上拘留中だ。男は精神を病んでおり、任務に出られる状態ではなかった。


(敵前逃亡の親父のせいでガキが糾弾されてんのか)


 ウィンツェッツは様子を見ていた。


(糾弾してる側のガキの言い分も尤もだが、ガキに罪はねぇ。はけ口が無いから手近な者にあたってるだけだ)

「おい、なんとか言――」

「おい、お前ら。そこで何してる」

「っ!」


 ウィンツェッツはとりあえず話しかけることを選んだ。


「冒険者だが、何やってんだ?」


 ウィンツェッツは傍から見て不良だ。少年たちは最大限に警戒していたが、冒険者と聞き安堵する。


「こいつの親父が逃げたせいで人が死んだ。だからこいつの罪を断罪してたんだ」


 リーダーと思われる少年がそう宣言する。少年に罪はないのにも関わらず。


「そいつの親父の罪だろう。なんでそのガキが断罪されるんだ」


 罪は自分だけのもの。それが過去に、ライゼルトと仲違いしたウィンツェッツの考えだ。


「こいつの親父は裏切って仲間を見捨てた。こいつはその裏切り者の子供だ。だからこいつもきっと裏切る」


 支離滅裂だが、実際こんなものだろう。殺人鬼の子供が白い目で見られるようなものだ。


「詳しく話せ。お前にも言い分はあるんだろうが、傍から見てお前のやってることは虐めだ」


 ウィンツェッツがアンネリス担当の選任になったのはアンネリスの考えによるものだが、選任にならば問題なくなれていただろう。見ての通り、意外と面倒見はいい。


 ウィンツェッツの性格が変わるのは、ライゼルトが関係したときだけだから。


 子供たちはウィンツェッツに詳しく話す。リーダーが私情を挟みすぎているが、当事者である被害者の子供がしっかりと応えた。


 それを聞いたウィンツェッツは、リーダーの子を見る。


(当事者の問題でしかねぇな。ややこしくしてんのは、こいつか)


 当事者の二人はお互い分かっている。


 逃げた男の子供は、父親の様子がおかしいことを知っていた。それにも関わらず任務に出され、そして逃げ帰ってきた。その時の様子を子供は今でも夢に見るほど恐れている。見開かれた目、震える体、口からは泡のようなものが出ており、酸欠気味で顔は黒ずんでいた。


 そんな狂ってしまった父親のせいで、友達の親が死んだ。責められても仕方ないと思っている。だから何も言わない。


 死んだ親の子供は、睨んでいるが手を出さない。この子も分かっているのだ。冒険者として働いている以上、いつかはくる問題だった。逃げた男は許せないが、友達に罪はないと。それでも感情が許さない。睨むことも、変わりに怒っている友人も止められない。愛する父親を亡くした悲しみの行き場がない。


 この問題は誰にも止められない。犠牲者と加害者の子供だけならば、折り合いを見つけることも出来ただろう。だが、事は子供たちのグループ全体に及んでしまっていた。お前も裏切るんだろう、という言葉が示すように、リーダーの少年が言ったこの言葉にこの場の複雑さが凝縮されている。


 親の逃亡事件ではなく、その事件で子供の信頼がなくなったという問題になってしまっている。


 この問題を解決させるには、まず二人にすることだ。二人で話し合ってお互いを赦すことから始めなければいけない。そのためにはリーダー含む三人を遠ざける必要がある。


 リツカやアルレスィアなら優しく言い聞かせ三人を遠ざけるだろうが、ウィンツェッツは――。


「おい、ガキ。ここは俺が引き継ぐ。当事者だけ残してどっか行ってろ」


 これだ。


 これでは反発は免れないが、ウィンツェッツの風貌を見れば分かるだろう。面倒だと隠すことすらしてないからかなり凶悪な顔をしている。背中には大きな剣が控えている。百九十センチ近い長身から見下ろされる子供たちにはさぞ恐ろしい存在だろう。


「お、俺たちの問題」

「あ゛?」

「……っ」


 じりじりと三人は離れていく。最後にウィンツェッツが一睨みすれば終わりだ。


「親父から聞いてるぞ! 冒険者は一般人に手出したらダメだって! 親父に言ってお前なんか辞めさせてやる!」


 捨て台詞を吐き、その場から少年達が立ち去っていく。


「はぁ……」


 ウィンツェッツは当事者の二人を見る。

 睨む被害者の子供、俯く逃げた男の子供。


「後はお前らで話し合え。お互い言いたいことあるだろ」


 そういって壁に背中を預け黙る。完全に丸投げの形だが、今はこれが一番かもしれない。


「僕は……」


 被害者の子供から話し始める。


「僕は、お父さんを尊敬していた。街のために戦うお父さんを。あの日も、巫女様が遠くで人助けしている代わりにこの街を守ってくるって言って出て行ったんだ」

「お父さんは特別強いわけでも、目立つわけでもなかったけど。アイツの親父……オットーさんには信頼されてた」


 少年たちのリーダーをしている彼の父親のことだ。怪我はしてしまったが、大きな怪我ではなく、すでに任務へ戻っている。


「僕の誇りだったんだ!」


 涙を流しながら慟哭する。


「なんで……なんで逃げた!?」


 片膝をついて、逃げた男の子供の肩を掴む。


「僕の、僕の父親は……なんで冒険者やってんのか分からないほど、気弱だった。母さんに聞いたけど、元々はただの町役場の職員だったって」

「その職をクビになって、それでも僕たちを養わないといけないからって、魔法が防衛に適してたから、冒険者を選んだって」

「一般依頼は、生き生きしながらやってたのを知ってる。感謝されることが嬉しかったんだ」

「でも……化け物退治は違ったんだ。気弱だし、心も弱い父さんは……化け物退治で心をすり減らしてた」

「巫女様がこの街に来て、他の冒険者がやる気になって……父さんも仕事が増えた。父さんも、巫女様が若い女の子って聞いてたから……そんな子ばっかりに苦労はって、頑張ってたけど……どんどんやつれていったんだ」


 俯いたまま、淡々と父親のことを説明する。


「あの日、辞めるために出て行ったんだ。そう言って、出て行った」

「なのに、あの日帰ってきた父さんは何故か……防具を来てて、泥まみれで様子がおかしかった……」

「任務から逃げてきたって、ギルドの人と衛兵の人に聞かされて、そのまま連れて行かれた」

「犠牲者が出たって聞かされた。フィル、君の父親だって……聞かされた」


 少年が顔を上げる。その顔は苦痛に歪んでいる。父親のことも悲しいが、それ以上に友達がこんなにも傷ついていることに心を痛めている。


「ごめん……父さんが逃げたせいで、君の」


 少年は受け入れる、これから何をされようとも。


「……」


 被害者の子供、フィルはどうしたらいいか分からないといった顔だ。


「僕は……僕は……!」


 何がなんだか分からない、そう言いたげだ。辞めるために行った先でどうして任務に参加したのか。そんな精神状態でなんで任務に出たのか。


「お前の父親が、どういう人なのかは知ってる。僕のお父さんがオットーさんとお前の父親は友達だって言ってた!」

「真面目すぎる性格で、国民のために働くいいやつだって……! でも戦いには向いてないって!」

「なんで参加したんだよ!?」


 事情を知らない二人には、分からない。


 逃げた男の子供が聞かされたのは、任務から逃げたことと、そのせいで友達の父親が死んだことだけだ。

 フィルは何も知らない。逃げた男が精神的に追い詰められていたことも今知った。


「お前ら、ちょっと着いて来い」


 ここでウィンツェッツが声をかける。


「ギルドに連れて行ってやる。一人信頼できるやつを知ってる。そいつに経緯を聞いてから判断しろ」


 ウィンツェッツはそう提案する。


 フィルは迷っている。逃げた男の子供が言っていることが本当なら、悪いのはその父親でも、ましてや子供でもないんだから。


 公正、誠実、国民のための冒険者。その誇れる父親を尊敬するフィルは、間違った考えで友達一人を失くすのを恐れていた。



ブクマありがとうございます!


前日譚部分を加筆修正しました。

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