指輪
「こんにちは」
お店に入ると、店長さん事デリアさんがまた口を大きく開けて驚いていました。また来るって言ってたんですけど、アポイントメントとかとるべきだったでしょうか。
「約束のもの持って来ました。どれくらい必要になりますかね」
腕輪用も欲しいですし、量が気になるところです。
「あ、は、はい。半分もあれば」
デリアさんが私が大事に抱えている核樹を見ながら言います。
半分なら腕輪用も残ります。よかったです。
「それじゃあ、アリスさんお願いしていいかな」
また引っ張り合いになってはいけないので、アリスさんを中継します。
「はい。こちらになります、どうかお願いします」
アリスさんが渡す核樹を、やっぱりじっと見てしまいます。
「え、えっと。はい、全身全霊で」
私を気にしながら受け取るデリアさん。ごめんなさい、私は気にしない方向でお願いします。
渡された核樹をじっと見ながら、肌触りや寸法を測る店長さんが私たちを見ました。
「えっと、指を測ってもいいでしょうか」
そういわれて、私たちは手を差し伸べます。
「で、では。失礼します」
より緊張したデリアさんが、人差し指のサイズを測ります。前きたときの情景が頭に浮かんで少し頬が熱を持ちます。
アリスさんも何故か頬が赤いような。
「ありがとうございます。後は、お任せください」
装飾や形状はお伝えしてますから、後はデリアさんにお任せです。
「はい、お願いします」
私たちはそのままお店を後にしました。
「半分余ったね。これなら出来るかな?」
アリスさんに手元に残った核樹を見せながら尋ねます。
「はい、大丈夫ですよ。一緒に形を決めましょう」
「うん! じゃあ、一旦帰ろうか」
「はいっ」
核樹を大事に抱え、アリスさんと手を繋いで宿へ戻ります。
「お越し頂きありがとうございます」
コルメンスが頭を下げる。
「いえ、陛下。頭をお上げください。我々は所詮一集落の長にすぎません。此度はお招き頂きありがとうございます」
コルメンスに頭を上げるように懇願し、より深く頭を下げるゲルハルトが居た。
「お初にお目にかかります、エルタナスィアです」
エルタナスィアが恭しく頭を下げている。
「はい、お二人とお会いできるのを楽しみにしておりました」
本来国王であるコルメンスならば、”神林”の間近である集落までならば挨拶を名目に行けたのだが、国王という職はそれが出来ないほどの激務だった。
「アルレスィア様のことを知らされて以来ですね」
オルテを介してだが、交流自体はあった。
「ともすれば、我々の妄言とも取れる言葉を信じていただきありがとうございます」
ゲルハルトが頭を下げる。
「当時の集落は先代と司祭様の言葉を強く信奉しておりましたので、信じていただけるか不安でしたが……」
エルタナスィアが困ったように微笑みそう続ける。その顔はアルレスィアもよく見せるものにそっくりだった。
「大虐殺の真相、集落に住むアルレスィア様では知りえない世界の出来事を、見てきたかのように正確に理解していたと聞きました。信じない理由がありません」
コルメンスは正しく現実を見る。曖昧な言葉、曖昧な歴史ではなく、目の前の現実を。知らなければ気がすまないのだ。
「しかし、未だに司祭イェルクはアルレスィア様を疑っているようで、先日もアルレスィア様とリツカ様と一悶着あったようです」
リツカから司祭に会ったと聞いて調査した結果だ。何があったかまでは分からないが、あまりいい出来事ではなかったことは分かっている状況だ。
「なんと……」
ゲルハルトは頭を抱える。
「王国へ行く以上挨拶は必要と思っていたのでしょう。あの子は律儀ですからねぇ」
エルタナスィアはため息をついている。最愛の娘の正直さに多少の呆れも含まれている。
「しかし、本人はあまり気にしていませんでした。リツカ様が何かしら擁護したのではないかと思っています。この話を知るきっかけになった会話で、リツカ様はかなり怒っていましたから」
コルメンスは魔力色が見えたり、リツカたちのように感情を完璧に読めるわけではないが、リツカの目に強く灯っていた怒りくらいは分かるのだろう。
「あらあら、やっぱり王子様ね」
「……」
エルタナスィアは楽しげに、ゲルハルトは喜んでいいものか迷うように表情を変え安堵している。
「お二人のお話を致しましょうか?」
コルメンスがそう提案する。
「お気遣いは嬉しく思いますが、本人たちから聞こうと思っております」
ふふふ、とエルタナスィアは悪戯っぽく笑う。
「分かりました。では、演説のお話に入らせていただきます。順番としては――」
コルメンスが話を進める。
見回りのついでに、ブレスレットの材料を雑貨店や職人通りで揃えようと思います。
丈夫な紐で、核樹の欠片を結び付けて造るようです。欠片は菱形や雫型に加工します。試しに、慎重に丁寧にやってみましたけど、多少歪ですが綺麗には出来ました。
これなら、大丈夫そうですね。
街の熱気は最高潮に達していました。
大通りには屋台のようなものが並んでいます。商業通りにも屋台が並び、小物を売る店なんかもあるみたいです。
私達は、いつも日用品を買っているお店に入りました。
「いらっしゃませ……巫女様方……」
いつもお世話になっている女性店員のラヘルさんが迎えてくれます。
囁くような小声が特徴の店員さんです。
「こんにちは。今日はブレスレット用の紐を探しにきました」
アリスさんがラヘルさんと商品について話し合っています。私は店内散策です。結構文字覚えるのにいいんですよ。商品なら見た目である程度わかりますから、感覚で覚えやすいです。
「あれは……」
兄弟子さんが外を歩いてます。見回りでしょうか。
男の子二人と一緒に歩いてますけど、迷子でしょうか。誘拐にしか見えないですね。もう少し穏やかな雰囲気を纏えばいいのに。
「リッカさま、どうしました?」
アリスさんが私の視線を追います。
ですけど、そこにはもう兄弟子さんは居ませんでした。
「うん。兄弟子さんが子供つれて歩いてたから、ちょっと見てたんだ」
私がそう言うと、アリスさんの目が鋭くなりました。
まだ私の件を許していないようです。
「迷子だと思うけど、ちゃんと届けられるのかな」
私は気にしていないと見せて、落ち着かせます。
「――。私たちもお手伝いしたほうがよろしいでしょうか」
アリスさんが深呼吸をし、手伝いの申し出をします。
「そうだね。もし探してそうな両親を見つけたら、アンネさんに連絡して兄弟子さんに伝えてもらお?」
気にしてないとは言いましたけど、積極的に会いたいわけではないので。
「はい、そうしましょう」
アリスさんが満面の笑みで返事をしてくれます。この笑顔を見ると、私は大切にされてるなぁと強く実感してしまうのでした。
「あの……紐……」
どうやら、お店の奥から紐を探してきてくれたラヘルさんが戻ってきたようです。
職人通りで留め金などを購入できました。
ですけど、迷子を探しているような方は居ませんね。住宅地のほうでしょうか。あちらは教会があるのであまり……。いえ、危ないのは教会だけですし、行ってみるしかないですね。
「住宅地に居なかったら、一回アンネさんに聞いてみようか」
「はい」
アリスさんと住宅地へ向かいます。
「あら?」
エルタナスィアが何かに気づく。
「どうした?」
「今アリスが居たような」
ゲルハルトの疑問にそう答えたエルタナスィアは住宅地側を向いている。
「? 見えんが」
だが、ゲルハルトが見たときにはすでに姿はなかった。
「気のせいみたいね」
「宿に泊まっているらしい、そちらに向かおう」
「はい」
そう言って、二人はリツカとアルレスィアの泊まる宿に向かう。
(ふふふ。仲良さそうに手なんて繋いじゃって……)
リツカとアルレスィアの仲睦まじい姿に微笑みながら、エルタナスィアはゲルハルトの後ろを歩く。




