刀③
一通り喜びました。後は試し斬りです。
「アンネさん、訓練場って今空いてますか?」
「は、はい。今確認します」
私のいきなりのお願いに驚いたのか、動揺しながらも確認をとってくれます。
「ついに俺たち相手じゃ膝すら抱えんくなったか」
「感慨深いでス」
「そう思うならメモはお止めください」
「問題ないようです。今から行きますか?」
アンネさんが確認をとってくれました。
「はい、お願いします」
「分かりました」
許可をもらうことが出来たので、皆で行きます。
両手で大事そうに核樹と刀を持っているせいか、見られます。刀は自分の身長ほどありますし、仕方ありません。
一歩前進です。隊商防衛の時に木刀に起きた変化、あれはこの刀でも起きるのでしょうか。あれを意図的に起こせればいいのですけれど。
何はともあれ、まずはこの刀を使った”抱擁強化”を試したいです。
「あれは、気づいてないんだろうな」
「そうですね」
「ニッコニコでス」
「止めなくてよろしいのですか、アルレスィア様」
「あんなにも嬉しそうですから……」
「刃物を持ってうきうきで歩くヤツってのはどう見えるんだろうな」
「リ、リッカさま!」
アリスさんに、「楽しみなのは分かりますけれど、一旦落ち着きましょう」と、困ったような微笑で止められてしまいました。
アリスさんが思わず止めてしまうくらいには、浮かれてしまっていたようです。気をつけないと。
「ありがとう、アリスさん。ちょっと落ち着いたと思う」
アリスさんに笑顔でお礼を言います。刃物抱えながら浮かれる危ない人になるところでした。
「い、いえ。さぁ、もう少しですよ」
アリスさんが私の手を引きながら歩きます。
「うん!」
「刃物持ってうきうき娘から巫女っ娘に手を引かれてうきうき娘になったな」
「あれならば、危険人物ではないと思いますが……」
「どちらにしロ、注目度は変わらないでス」
訓練場につくなり、ライゼさんが誤解を解きにいきました。アリスさんから睨まれていたからでしょうね。
昨日の今日で、余り人には会いたくありませんでしたけど、ほとんど居ませんね。警備に出ているのでしょうか。
ライゼさんを待って、もう傷だらけで廃棄となりそうな鎧と、適当な丸太を用意してもらいました。
鎧さえ斬れれば、隊商の時の熊は斬れますからね。
「それで、どうするんだ。最初から全力か?」
ライゼさんが試し斬り用の的を用意しながら言います。
「はい、大型の出現が少ない今のうちに慣れておきたいですから」
隊商のときに全力発動してから、回復のために一度も全力は使っていないので。
「リッカさま、少しでも異変があれば止めますからね……?」
アリスさんが有無を言わせぬ雰囲気を纏い言います。
「うん。でも、大丈夫。私の魔法だから」
信じてます。
刀を腰に帯刀します。横ではなく、背中側に。
「あんなに長いの抜けるのか……?」
ギャラリーとなった訓練中の冒険者や兵士から疑問の声が聞こえますが、問題ないです。
左側から出ている柄を右手で順手に持ち、左手で鞘を持ちます。鞘側、柄側を同時に抜くようにひっぱり、ある程度の長さまで抜けたら体を回すように一気に引き抜きます。
スムーズに抜くことが出来ました。抜刀術も行えそうです、鞘走りはしっかり出来ていました。
刀身を見ると刃紋が浮かんでいました。
「ライゼさんこれ……」
「俺は天才かもしれん」
ドヤ顔が非常に鬱陶しいですけど、天才かもというのには同意します。多分私の刀の説明は間違っていたと思うのですけど、それだけでここまでそれっぽい感じにできるなんて。
刀身に指を這わせながら見ます。家にあった刀より良く斬れそうです。
柔らかさと確かな切れ味を感じます。
「では、行きます」
あの時を思い出します。敵に攻撃が通じず、歯噛みしたあの時を。
目を閉じ、集中します。
「私の強き想いを抱き、力に変えよ!!」
目を見開くようにして想いを紡ぎます。赤の魔力が瞳に灯りローブの紋様からは炎のように立ち上り全身を包み込みました。
爆発するように体駆け巡る魔力。溢れる力と高揚感。それを抱くように包み込む”抱擁”の魔法。完全にあの時のものです。
「私に鋭き刃を」
問題の”精錬”です。刀に魔力が通りました。核樹を介し、流れるように魔力が駆け巡ります。
今までの”精錬”は最大で中級の五段階目。どうしても上級の壁を越えられませんでしたけど、今はしっかりと越えていると確信できます。
「これなら、いけます」
見据えるのは丸太。まずはあれを――。
丸太を目掛け、足を爆発させます。地面を蹴る音が遅れて聞こえました。
(牽制の回転を――)
回転斬りを見舞うと、斬ったと思えないほど、滑らかに刃が丸太に吸い込まれました。空を斬るかのように振りぬくと、丸太に向き直りながら止まります。
「どうしたんだ……?」
ギャラリーから疑問が投げかけられますけど、斬られたことにやっと気づいたかのように丸太が今落ちました。
「名刀みたい……」
体への負担も少ないです。”強化”の魔法と相まって、今までとは比べ物になりません。
その後残りの丸太を踊るように回りながら斬っていきます。
体が流れることなく、自分の思い通りに動きます。鋭さは今までの比ではないほどキレており、淀みなく動く体はひとつの線となって丸太を最少最短で斬り飛ばしていきます。
(これなら、鉄も――)
ギャラリーは息を飲む。その流れるような剣舞に。
斬り飛ばされる丸太、その飛んだ丸太を更に刻むように振るわれる刃。足取りは軽く、体捌きは滑らか。刀と体が一体化したのかと錯覚するほどの正確さで振るわれる刀。
刀を振るたびに空の裂ける音が鳴り響く、規則正しく鳴る音は一つの音楽のように奏でられていく。時間にして二分半。十三本あった丸太は足元を残し綺麗に薪のようになっていた。
「広場で俺の剣を振ってた時はただの踊りみてぇで恐怖は感じなかったが、今のアイツの間合いには入りたくねぇな」
ライゼルトは苦笑しながら呟く。
「あれガ、”抱擁”を含んだ”強化”。あの時はしっかり見れませんでしたガ、今ははっきりと見えまス。魔力がリツカお姉さんを包み込んでまス。離れることなク、しっかりト。赤いドレスを着ているみたいでス」
レティシアは自分の知らない”抱擁”と”強化”に興味津々だ。それ以上に、リツカが纏っている魔力の鮮烈さに目を輝かせている。決意と覚悟の赤、何者にも染められない情熱がそこにある。
「綺麗――」
その光景を、誰よりも真剣で熱い目線でアルレスィアが見つめる。
その瞳には、複雑な心境があった。この先その剣舞が振るわれる場は戦場。リツカが傷つくかもしれない戦場。それでも今は、その鮮やかな赤の舞踏を誰よりも目に焼き付けている。
アリスさんから熱い視線を感じます。照れてしまいますけど、それ以上に期待してもらえてることに喜びを感じます。
(鉄が斬れないと、結局は同じ。あの熊は鉄のようだった……。だから――!)
見据えるのは鉄製の鎧。傷つき痛んでいるけれど、確かめた限りあの熊と同等の硬度です。だからあれを斬れれば――。
(速く、鋭く、迷い無く、鮮烈に!!)
私の想いが魔力となって、私を更に赤く煌かせます。
地面を爆発させるように突進し、渾身の回転切り。
私から見て右肩、そこから袈裟へ――。
(振り――抜く!)
ゾリ、と刃がめり込み、多少の抵抗を感じながらも、鎧を……両断しきります。
刃こぼれはありません。罅もありません。私の手の痺れも、ありません。
”強化”を解きます。頭の痺れ、痛みはなく。通常”強化”後のような多少の疲れだけを感じます。きっと、後遺症はありません。
これなら、私も戦力になれます。倒せます。
「ライゼさん。手入れの方法教えてください」
確認作業を終え、ライゼさんに刀の手入れを聞きます。
「あ、あぁ。メモしておいてやるから、後で巫女っ娘に読んでもらえ」
ライゼさんが面食らいながらもしっかり応えてくれます。
「ありがとうございます」
刀を鞘に戻しながらお礼を言いました。
「リッカさま」
アリスさんが笑顔でタオルを持ってきてくれます。
「ありがとう、アリスさん」
それを微笑みながら受け取り、顔を拭います。あまり汗は出ていません
けど、それでもさっぱりする気がします。
「どうでした?」
「うん、すごいよ! これならちゃんと戦える!」
今後大型に私は対応できないのではないかとさえ、思っていました。それほど、あの熊は強烈で強力で脅威でした。
でも、今なら問題ありません。これでアリスさんの想いを遂げられる。後は、魔王の居場所と……私次第です。




