刀
A,C, 27/03/13
「リッカさま、アンネさんからライゼさんが呼んでいると連絡を受けました。どうします?」
シャワーから上がると、アリスさんからそう告げられます。刀、出来たんでしょうか。
「そうだね、ギルドに一回寄ってから行ってもいいかな?」
アンネさんからそう連絡が来たってことは、ギルドに寄らずにそのままでもいいのでしょうけど。一応寄っておきたいです。
「分かりました。そうお伝えしますね」
アリスさんが微笑み、アンネさんへ連絡を入れます。
その間私は、朝食をテーブルに並べておきます。目玉焼きと、ベーコン、アリスさんのスープ、ライ麦のパンですね。洋風朝食も慣れてきました。アリスさんのスープはパンに合うので、気にならないのが一番の理由ですね。
「リッカさま……」
後ろからアリスさんが私の名前を呼びながら抱きしめます。
「あ、アリスさんっ」
日課となっている、気を抜くためのハグでしょうけど……後ろからは初めてで、思わず体が強張ります。
(最近は順調に順応していけてたのにっ)
そう思っているのは私だけで、きっと緊張し続けているんでしょうね。
「それでは、いただきましょう」
「う、うん」
アリスさんも、後ろからは少し勝手が違い恥ずかしかったのか、頬を赤く染めています。それでも私のために毎日抱きしめてくれる大切な人の行為に、私は喜んでしまうのでした。
「では、祈りを――」
食事前の祈りを頬を染めたままのアリスさんが捧げます。
私は手を組みながら、そんなアリスさんに微笑みながら祈り始めました。
街は今日も慌しい空気に包まれています。日に日に増すその空気ですけど、通学、通勤時の気だるい慌しさなどではなく、これから起こる事への隠しきれない喜びや楽しみといった感情の混ざった、心地の良い慌しさです。
神誕祭を成功させたいと、強く思います。
「おはようございまス」
シーアさんが先に来ていました。少し離れたところには兄弟子さんもいます。数日前の、私に無遠慮に投げかけられていた敵意はなりを潜め、目を瞑りただじっと座っています。やはり何か転機が訪れたのでしょうか。ただ単に素直になっただけな気もしますけど。
「おはよう、シーアさん」
「おはようございます」
私とアリスさんがシーアさんへ挨拶を返します。
「今日はお師匠さんのところに行くと聞いてますけド」
シーアさんにも連絡が行っていたのか、そう尋ねられます。
「うん。たぶん刀のこと。今日でこの木刀ともお別れかな……」
惜しむように愛で、撫でます。はぁ……。
「これからもずっと形を変えて一緒に居てくれますよ」
アリスさんが微笑んでくれます。
アリスさんに、私の血がついて汚れてしまった木刀で指輪を作るのは、流石にまずいかな。と尋ねましたけど――。
――リッカさまがこの世界のために流してくれた血が汚れなんてことはありません。ぜひ、その核樹で造りましょう。
と、微笑みながら私を抱きしめてくれました。
「うん。形は変わっても、想いは変わらないもんね」
アリスさんを守る力です。アリスさんを想う私の願いで形を変え、ずっと……守ってくれるはずです。
「私も気になるから行きまス。刀も気になりますかラ」
シーアさんがメモを取りながら言います。
……ちらっと見えたそのメモに、何が書かれているかは読めませんでした。でも、わざとなのか……「リツカお姉さんは木刀を我が子のように愛でている」と、シーアさんは呟きながら書いていたのです。
間違いではないですけど、そんなことまで書かれるんですね。ポンコツ帳や、私奇行録よりも私観察帳ですね。
アリスさんのことも書かれているのでしょうか。
「じゃあ、三人でいこうか」
気になりますが、これ以上見るのは悪いので止めておきます。読めないとはいえ、良い気分はしないでしょう。
「お待たせしました」
アンネさんがいつものようにやってきます。
今日ギルドに寄りたかったのは、大型マリスタザリアの動向が気になったからです。
「先ほど大型が出現しました」
それを聞いて緊張感を持ちますけど。
「ですが、報告にあったような変化を見せることなく、変質状態も、元の体を多く残すなど不完全なものでした」
完全に変質させるだけの悪意がなかったのでしょうか。それでも危険なことに変わりありません。
「対象はライオン。本来この地域にはいませんが、密輸されたようです」
ライオンですか。サーカスでもやろうとしたんですかね……。
この地域に居ない筈の動物のマリスタザリア化は対応が変わりますから、輸入制限とかしてそうですね。判断の遅れが致命的な事態を引き起こしますから。
とはいっても、元々はライオンです。二足歩行か四足歩行かで変わるでしょうが……牙や爪が強化されているでしょう。ライオンは他のネコ科の肉食獣に比べ特徴らしい特徴がありません。動物園のライオンなんて、大きいネコにしか見えませんし。……テレビでしか見たことありませんけど。チーターのマリスタザリアとかが一番厄介な気がします。
「でハ、対応を開始しましょウ」
「少々お待ちください。はい分かりました」
アンネさんが連絡を受けます。
「討伐されました」
アンネさんが受けたのは討伐完了の報せだったようです。
でも誰が討伐したのでしょう。
「皆様に報告をする前にライゼ様にも連絡を入れておりました」
アンネさんが先んじて対応していたようです。ライゼさんなら、スピード解決も納得ですね。
「試し斬りには丁度いい、と」
……。
「ライゼさんと話させてください、先に使うなんて!」
剣を扱う者の性でしょうけど、私も待ち侘びていたのに。”精錬”による剣強化はしっかり乗るのでしょうか、強度はどれほどでしょう。切れ味は。柄の問題も解決したということでしょうか。エイ皮はライゼさんに届けてもらうように言っておきましたけど、ちゃんと出来たんですね。実践で試すくらいには出来がいいのでしょう。なんにしても――。
「ズルいです」
「そんなに斬ってみたかったんでしょうカ」
「いえあれは、待ち侘びていたのに先に使われて釈然としませんけど、ちゃんと出来たのか心配、でもやっぱり釈然としないという顔です」
「表情一つに詰め込まれすぎでス」
「こいつはいいな」
ライゼルトはリツカがふつふつと不満を募らせているとは知らずに、刀をじっと見ている。
(片刃になったからか、”精錬”が乗りやすい。片方に集中できるからか?)
ちらっと見える刀には刃紋が浮かんでいる。
「ためしに、剣士娘が言う折りたたんで鍛えるってやつをやってみたが、なかなかいいんじゃねぇか……?」
――芯は硬く、柔らかい鉄を折り畳みながら鍛えるてたような? よく分からないので、ライゼさんの刃でいいと思います。
と、リツカはライゼにお願いしていた。
職人の性か、一本試しに作っていたようだ。
「こいつはアイツにやるか」
(強度切れ味、共に最高の出来だ。この柄もいいな。しっくりくる)
上機嫌に刀を回しながら感触を確かめるライゼルトを不思議そうに、足止めチームが眺めている。
「なぁ、なにやってんだ?」
堪らずライゼルトに声をかける。
「あぁ、剣士娘……赤の巫女のために俺が作った刀ってやつを試してんだよ」
しっかり宣伝するライゼルト。出来がいいため、このまま大勢に剣術と共に広めようとしているのだろう。
「へぇ。赤の巫女様がそんな長いの振れるのか?」
百四十センチを超える大太刀だ。昨日訓練場で見たあの小さい少女にこれが振れるのか疑問なようだ。
「軽々と振るぞ。俺の元々の剣もしっかり振ってたしな」
(少し体が流れとったが、”強化”魔法使えば問題なく振れるだろ。全力出せるしな)
ライゼルトはしっかりと魔法を使うと言うべきだった。
「へぇ、あんなに小さいのに力持ちなんだな」
「なに、待てそれは勘」
「じゃあ俺たちは行くぜ。報告任せていいよな」
「ま、待て!?」
走り去っていく足止めチームを、ライゼルトは止める事が出来なかった。
「……すまん。剣士娘」
頭を抱えながら、ライゼルトは街に向かって歩き出す。
鎮火されかけたリツカの力持ち疑惑が、ライゼルトの不注意でまた燻り始めたのだった。




