過去③
その後私は、”神の森”に入り浸りました。”巫女”になったという実感は一切無く、純粋に”森”を楽しむ事が出来ていたのです。一人で行けば、また神さまに会えるのかと、少し期待していたのを覚えています。でも……初めて一人で行ったときのような、記憶の欠落などはなかったのです。
私が透けていたというのは、”神さま”の存在に触れていた、ということだと思います。結局その一度だけだったので、記憶の奥へいっていましたがけど……。
この国に居る、アリスさんの傍にいる”神さま”と一緒なのでしょうか……? それだったら何故あの時連れて行こうとしたのか、聞いてみたいです、ね。
「リッカ、さま……?」
アリスさんが心配そうに、顔を青ざめてまで私を見ています。早く安心させてあげなければ。
「ご、ごめんなさい。ちょっと昔を思い出して。私が”巫女”のお役目についたときも、こんな感じで泣いちゃったんですよね。悲しくなんて、なかったはずなのに」
「……」
アリスさんが、無言で私を引き寄せ、抱きしめてくれました。
「……」
お互い無言で抱き合います。私は心が落ち着いていくのがわかりました。落ち着くという事は、私の心は波立っていたという事です。訳もわからないまま、私はアリスさんの暖かさに身を委ねました。
(アリスさんは、すごいなぁ……)
思わず、力をこめてしまいます。
「んっ……」
耳にアリスさんの吐息があたって、私は我に帰りました。ここが集落の全員が集まる、集会の場であるということを、思い出したのです。
流石にヒソヒソと場がざわめきます。それは、そうでしょう。
自分たちが崇拝する、神に遣える”巫女”である守るべき存在が祈りを捧げた直後……いきなり現れた、急に泣き始めた謎の女を抱き締めたのですから。
もし私が傍観者であったとしても、理解が追いつかない光景だと思います。
「コホン。皆さんお静かに」
少し顔を赤くしているアリスさんが、威厳をもたせた声で鎮めました。でも、その赤い顔だと威厳が半減です。可愛さを強く感じます。
集落の方達も目を丸くさせたり、不思議な状況に首を傾げたりと、威厳の効果は余りありません。
「それでは、今日起こったことを説明します」
アリスさんは、その微妙な空気を無視する方向でいくようです。私も乗りましょう。私も当事者なのです。先ほどから背中に好奇心の矢が刺さっています。居心地が良くありませんっ……。
「まず、彼女――リッカさまをご紹介します。リッカさま、どうぞこちらへ」
アリスさんは粛々と進めます。今の空気のまま前に行くのは余り……乗り気ではないのが本音です。本当は一度仕切り直したいくらいです。でも、今いかないと……アリスさんが作ってくれた流れを止めてしまう事になります。
「……はじめまして」
普段の私を知っている人がいたら、思わず笑ってしまいそうなほどか弱い、空気がぬけるような声しかでませんでした。顔も赤い事でしょう。
……アリスさんが関わると、”神の森”のこと以上に、自分が自分でなくなる感覚になってしまいます。まったく、不快ではないんです。むしろ……自分が自分でなくなるという感覚に、幸福感すら――。
「彼女はロクハナ リツカさま。どうぞ……リツカさまとおよびください」
アリスさんによる私紹介が続けられます。
アリスさんがリッカではなくリツカのほうを勧めたことに、正体不明の喜びを感じます。
「はーい、アリスさまはどーしてリツカさまのこと、リッカさまってよんでるんですかー?」
その時、無邪気な子供による、本物の無邪気が襲い掛かってきました。
「っ。えっと、その」
アリスさんが、チラチラと私をみます。でも、ごめんなさい。私では、説明出来ません……。私も何故、アリスさんだけにリッカと呼ばれたいのか分からないのです。
「~~~! と! とくべつ……。な、なんでもありません! お気になさらず、リツカさまとお呼びください!」
……あぅ。直撃弾すぎて、はじけ飛びそうです。顔を朱に染めたアリスさんが、論理も何も無く話を進めました。私が最初に抱いたアリスさんのイメージとはかけ離れていますけれど、不思議としっくり着ます。
「えー!」
子供くんは引き下がろうとはしませんでしたが、母親でしょうか、に頭をはたかれ沈黙しました。
ごめんね、子供くん。それにしても、アリスさんのこんな姿が見れるとは……。あとで子供くんにお礼を、でもお礼なんて言いに行ったら、私が追究を受けそう。
「ふぅ……」
荒くなった呼吸を抑えるように一息いれるアリスさんを見ます。家族団欒のような光景に、心が温まります。
知らず知らずのうちに頬が緩んでいたのか、アリスさんがこっちを見て、また顔を赤くしながらも、微笑み返してくれたのでした。
何故涙を流したのか、自分でも分かりません。分かろうとすらしていませんけれど……そんな私の歪な心も、アリスさんの微笑みは洗い流してくれました。