影③
(なにこれ、きもちわ……きもちわるい)
そんなこと考えてはいけないと思って思考を止めましたけど、それでもやっぱり思ってしまいます。
肌が木のようにガサガサでささくれ立ち、枝のようなものが生えています。
いくら私が、木が大好きな普通の、普通の女の子であっても、これは好きになれません。
「アンネさん、これは……」
アリスさんがアンネさんに聞きます。
「分かりません。現在調査中です。分かっているのは、男性の意識が戻ると同時に変質しだしたということだけです」
アンネさんも困惑しています。報告には上がっていたけど、実物を見るのは初めてということでしょうか。
「これを、皆様に見せたのは……リツカ様、この足から”神林”を感じますか?」
見た目が木、そしてこんな超常現象を起こす。確かに普通ではありえませんからね……そう思うのも仕方ないですけど。
「感じません。神さまは、全てを愛していると言っていました。その神さまが我が子のような人たちにこんな仕打ちはしません」
これだけは断言できます。この現象に神さまは関わっていません。
「私も同じ意見です」
アリスさんも毅然と私に同意します。
「そうですか……ありがとうございます」
アンネさんが安堵しています。もし、これが神さまによるものだった場合対処なんて出来ませんからね。
アンネさんとしても、何でもいいからヒントが欲しいといったところでしょう。
「では、アルレスィア様、レティシア様。これが何らかの魔法である可能性はありますか」
次は、魔法の可能性を探ります。
魔法に関しては、神さまから直接指導を受けたアリスさんと、魔女とまで呼ばれる程魔法を研究したシーアさんが適任でしょう。
「そうですね。反動ということはないでしょう。魔法とは魔力を消費して世界のマナへ語りかける物です。ですから、魔法を使うことで起きることは、疲労くらいです」
「ですネ。リツカお姉さんと巫女さんのそれが顕著でス。そんな風に足が木みたいになるのはありえませン」
「反動ではないとなると、魔法を受けた可能性ですけれど」
「私の知る限リ、ありませんネ。何より魔力が見えませン。魔法ではないでしょウ」
「そうですね。それに……」
「えェ、その足はもウ」
私も変質した足を見ます。生命力である魔力が欠片も見えません。流れは変質した場所より上で止まっています。つまり、あの足はもう……死んでいます。
「な、なんですか?」
クルートさんが困惑しています。薄々気づいているのでしょう。
「魔法の反動でも、魔法を受けたわけでもないとなると、考えられるのは、悪意による変質ですか」
私はそう結論付けます。マリスタザリアが見せる変質。あれではないかと。
「はい、その可能性が尤も高いです」
「悪意となると私の専門外でス」
アリスさんは同意し、シーアさんがお手上げといった風に手を上げました。
「悪意の変質、ですか」
アンネさんが考え込みます。
「悪意は、人や動物に憑依することでマリスタザリアと呼ばれる存在に豹変、または変質します」
「変質するのは、今までは動物だけでした。動物には理性が余り無い為、悪意が直接形を成しやすいからです」
アリスさんが確認するようにマリスタザリアについて話します。
動物が変質するのは、人を嬲るために、殺すためにより攻撃的な形態になるからです。
「人は、理性があります。悪意はその理性の壁を壊し豹変させます。そのため、人への憑依は変質させるだけの力が残りません。人一人に入る悪意など、そう多くないですから」
人は感染後、より欲望に忠実になる程度になります。動物たちのように体の形を変えることは在りませんでした。
「クルートさんに入っていた悪意は、私たちの想像を遥かに超えていました。それによって、変質を起こしたのではないかと、思われます」
アリスさんが言いよどむのも無理はありません。人が変質することすら想定外ですし、何より……浄化後、時間がたっての変質ですから。
「自然発生の悪意では、ありえません」
アリスさんの目に確信がよぎりました。
悪意が魔王の存在で活発となり、神さまの想定を遥かに超えて世界に影響を及ぼしているとしても……人が変質するほどのものはないでしょう。
「そうだね。予想が当たってしまったみたい」
「クルートさんは、誰かに、いえ、魔王によって悪意を入れられたのでしょう」
膨大な悪意を入れられたクルートさんは、本人の意思も性格も無視して、豹変。命令と魔法を渡されギルドへ侵入、アリスさんを襲った。
「本人が持たない魔法、人を豹変させるほどの、人一人が抱くには大きすぎる悪意、アリスさんだけを狙ったことを考えると……そうなる」
「この街に、魔王が居たと!?」
アンネさんが珍しく驚愕を顔に出します。
「魔王本人とは、限りません。クルートさん同様命令を受けた感染者かもしれません」
アリスさんが頭を振って応えます。
この辺りは、まだ分かっていません。本人かもしれないし、人を使ったかもしれない。
人を使ったなら、なぜそのまま派遣した者を使って襲わせなかったかという疑問もあります。魔王による犯行という事は確信にまで近づきましたけど、分からないことは多いです。
「とにかく、より警備に力を入れる必要がありそうです。最近のマリスタザリアの動向と合わせて……」
「何かが起きてる、それは確かだもんね」
「神誕祭、中止にしたほうがいいのでハ」
シーアさんがそう言います。
確かに、危険度は今までの比ではありません。
「……いえ、神誕祭は行うべきです。下手に中止すれば、より国民の不安を煽ります。不安は疑念を呼び、疑念は恐怖を生みます」
アンネさんがシーアさんに伝えます。これは悪意対策の基本です。
「それはそうですガ……」
シーアさんもそれは分かっています。ですけどシーアさんの考えも尤もなのです。魔王の魔の手が王国内にあったという事実は、紛れもない事実なのですから。
「あ、あの……私の足はなおるのでしょうか」
クルートさんが恐る恐る口を開きました。
私はクルートさんの傍で膝をつき、足を見ます。触ってみると、硬いですね。本当に木のようです。変質している以上、マリスタザリアのような悪意を感じれるかと思いましたけど、そんなことはありませんでした。
ただの、変質した足です。でも、動いていないという事は失敗した……?
「あ、あの……」
私が黙っていたからでしょう。クルートさんがおどおどとしだしました。
「ごめんなさい。これは、治せそうにないです」
完全に変質しています。足も、死んでいます。たとえ戻ったとしても……切除は免れません。
「リツカお姉さんはまタ、無防備に近づいテ」
「そうですね」
「あんな状態からでモ、何かされそうになったら反撃できるんですカ」
「そうですね」
「ふム……。……? 巫女さんお菓子買ってくださイ」
「そうですね」
「巫女さんもリツカお姉さん馬鹿でス」
「……そうですね」




