街の日常2-②
「リタって巫女様たちと仲いいってほんと!?」
学校についたリタは大勢の学友たちに囲まれる。
「え、え?」
リタは混乱している、どうしてそれをと言った顔だ。何より自分がこんなに注目されることがないので焦っている。
「巫女様たちのこと教えて!」
昨日、アルレスィアの講話によって、この学校では”巫女”たちのことを知りたい人間が増えた。
元々知りたかったのに、あんなことがあった上に、リツカの心を知った生徒たちは、二人の情報を求めていた。いや、飢えていた。
二人はどんな方なのか、二人はどういう活動をしているのか、二人の武勇伝、何でもいいから知りたいのだろう。
「ま、まって。質問で聞いて、答えられる範囲で答えるから」
(二人共ごめん! 私やっぱり二人のこともっと知って欲しいから!)
リタは二人のために、二人を知ってもらうことを選んだようだ。
「じゃあ私から!」
リタへの質問大会が幕を開ける。教師は困惑している。すでに朝礼の時間にも関わらず、自分の入室すら気づかない生徒たちに。
でも注意はしない。教師も気になっているのだ。
「赤の巫女様は本当に別の世界から来たの?」
まずはリツカがどこから来たのか、だ。これはリツカを語る上での前提だ。もしこれが嘘ならその後全ての質問に意味がなくなる。
「うん、本当だよ。証拠はないけど。嘘だったら、国王様もギルドのアンネさんも信じないよ」
リタが答える。証拠がないので真相は分からないが、コルメンスとアンネリスが信じているというだけで、とりあえずの答えとなる。この国でコルメンスとコルメンスの補佐であるアンネリスの存在はそれほど大きい。
「ロクハナ様ってどんな人なんだ?」
性格の話だろう。あの場でリツカの言葉を聞いたものはいない。後から学長やあの時集まっていた数人の生徒だけだ。噂となって生徒全員知ってはいるけど、直接知っている者から聞きたいようだ。
「普段はカッコイイ人だよ。落ち着いてて、佇まいも凛として、優しい目をして、皆を見てるの」
優しいだけではないが、リタに分かるのは外面だけだ。
「普段は?」
リタが意味深に言った言葉について聞かれる。
「えっと、ね」
(どうしよう……でもちゃんと知って欲しいよね!)
「私の家が花屋なのは知ってると思うけど、そこでリツカさんとアルレスィアさんに会ったの。二人が手伝いの依頼を受けてくれて」
「そこでリツカさん、お花に夢中になりすぎてお母さんに怒られちゃってた。アルレスィアさんはそれを見て微笑ましそうに見てたし」
リタは微笑しながら言う。
「巫女様としての姿はかっこよくて、真面目で、私たちとは違うのかなって思っちゃうけど……。私たちみたいに普通の女の子なんだよ」
リタが知って欲しいのは、このことだ。
巫女として完璧な存在。そう思われている、そう聞いている。けれど、本当はただの一人の人間で、特別ではなく身近な存在なのだということを。
リツカへの不信感は何れマリスタザリアの糧となる。それを止めるにはアルレスィアは訂正するしかなかった。そこに個人としての感情が入ってしまったのは、誰にも責められない。だが……巫女が完璧な存在と思われていては、それも不信感となるだろう。
人間の感情は不完全だ。だから知らなければいけない。
アルレスィアも普通の女の子であり、感情を持っていること。たった一人の大切な人間のために、怒ることもある。そんな優しい子であると。
リタは知って欲しい。二人の友人として、二人がいかに素敵な人であるかを。
リタへの一問一答は続く。
「あれは一体、何をしてるんです……?」
お師匠さんについてきましたが、おかしなことになってます。
「あれは、指輪を買おうとしてるんですよね。どうして頭抱えて蹲ってるんです」
アンネさんとの様子を見るに、いきなり指輪の贈り物はないと考えた? いえ、そこまで頭回るならここまできませんね。
であれば――。
「もしかして、指のサイズが分からないのでは?」
流石に、そこまで愚かではないと思いますが。
レティシアがライゼルトの様子を伺っている。
角から見ているためライゼルトには気づかれていないが、後ろからは丸見えだ。職人たちがレティシアを不思議そうに見ている。
フードを被った異国の少女。選任としてすでにいくつか依頼をこなし、今では巫女様と共に敵と戦っている世界の守護者。
レティシアはそう知られている。
本人はそんな風に噂されているのを知っているが、隠れたり気にしたりはしない。共和国でもレティシアは有名人であり、こういった噂はいつも受けていたのだから。
(参った、どうしてここに来るまでに気づかんかった……)
頭を抱えるライゼルトは後悔している。
(こんなことなら一回でもいいから手を握って……いや、そんなこと出来たら苦労せんぞ!)
昔、リツカはライゼルトの事であることに気づいた。そしてリツカはアルレスィアに話、アルレスィアも納得していた。
(手を握れるくらいなら、ここまで迷ったりせん!)
普段お茶に誘ったりは出来る。休憩を取ってもらうという名目で、これはついでと思えるから。
「つぅか。指のサイズとかどうやって知るんだ? 聞くのか……?」
ライゼルトが思わず言葉に出してしまう。
知る方法としては、指輪のサイズを測るための棒があるから、それに女性がつけている指輪をつけてみる。寝ている彼女の指をこっそり計る。デートの最中に指輪をつけてもらい、それを店員に聞くなど様々ある。
だが、ライゼルトにそれはできない。
(いきなり指輪ってのはやっぱりなしか? 最初は花とか手軽なもんのほうがいいよな!?)
ライゼルトは飄々としているし、リツカとアルレスィアをお茶に誘おうとしたりしていた女好き。そう思われている。だが、それは思い違いだ。
リツカとアルレスィアをお茶に誘おうとしたのは、二人を知ろうとした結果だ。やましいことは欠片もない。ライゼルトにとってお茶に誘うのは知るためのツールでしかない。
女性に投げかけられる褒め言葉は、本気で褒めているだけだ。口説き文句ではない。まずは褒めることで人間関係を円滑にする。そう考えての行動だ。
多くの女性がその言葉に勘違いをするが、ライゼルト本人にその気はない。相手の勘違いに気づき、すぐに訂正を入れる。
(どうすりゃいいんだ。デートなんざしたことねぇからわからん)
何しろライゼルトが女性に恋し、口説いたのは……アンネリスが初めての事だ。他の女性を口説くなんてありえない。
ライゼルトが苦しみ、レティシアが笑い転げそうになっている頃、リツカ達の方でも進展があった。
「では、今度こそ始めましょう。神誕祭の話です」
コルメンスさんが話し始めます。毎回止めてしまってごめんなさい。
「神誕祭の始まりは、魔力を持たない者たちへの迫害、虐殺が行われていた昔にまで遡ります。お二人のほうが、この出来事は詳しいことでしょう。当時の者たちは、それを聖伐と呼び率先して行っていました。神へ還す、と言って」
司祭が言っていたことです。
神さまの言葉を断片的にしか聴くことが出来なかった”巫女”によって後押しされてしまった、忌まわしい過去。
「この地に核樹が齎されしばらくした後、この王国が誕生します。『キャスヴァル』の前身である『バルヒェット』が誕生しました。王族による世襲です。王族となったのは、当時大虐殺を先導していた長。後に、”巫女”と結ばれた男です」
この世界の”巫女”は一つの家から出るのではなく、完全に神さまに選ばれます。だから、アリスさんとは全く関係ない人です。
ですけど、巫女がそんな行いをした人と結ばれたということに、驚きが隠せません。
ですがそれも仕方ないでしょう。アリスさんから昨日聞いたことです。アリスさんより前の”巫女”は全員、特別な存在だったのですから。
「核樹はアルツィア様からの褒美として奉られました。ですが、それは賢王の時代に変わります」
賢王、先々代の王ですね。
「賢王は聖伐を忌まわしい過去として、認識しました。人は平等であったと、我々は過ちを犯したのだと。そこからです、聖伐という言葉が消え、大虐殺として少なからず言われるようになったのは。もしかしてあの核樹は虐殺を嘆いた神による戒めだったのではないかと」
「ようやく浸透した際、神誕祭は褒美を奉る日から、神さまの誕生を祝い、あの日を忘れないための鎮魂祭となりました」
「改められてから行われる初めての神誕祭は大成功を収めましたが、そこで王が変わりました」
「彼は”神林”を私物化しようとした。国も疲弊していた。そんな時です。”神林”に新たな巫女候補が居るいう噂を聞いたのは」
アリスさんの話が出てきました。生まれた時より神さまを完璧に認識できる、神さまが望んだ……本物の巫女です。
「アルレスィアさん、貴女です。貴女は”神林”から出たことがないにも関わらず、全てを見たかのように話したと。全ての過去を。大虐殺の真相を」
「私たちはこれを聞いて決意したのです。賢王はやはり間違っていなかったと。そして、今”神林”が侵されれば次代の巫女様の芽が摘まれてしまうと」
神林ではなく、アリスさんも守ってくれていたようです。
「革命は成り、”神林”を守れました。その後アルレスィアさんは巫女となり、私たちにアルツィア様の言葉を正しく届けてくれる巫女様として、王国でも有名となったのです」
アリスさんが王国民から信頼され愛されているのは、王国の民が愛した賢王の考えが間違えていなかった証であり、これから先アリスさんが伝えてくれる言葉が本当の神さまからの御言葉となると知っているからでしょう。
「神誕祭と国の始まりはこうです」
革命軍のお陰で神林だけでなくアリスさんまで守られました。
「そうだったのですね……。ありがとうございました。コルメンスさん、エルさんも。革命軍のお陰で神林だけでなく私まで」
アリスさんが頭を下げお礼を言います。
《気にしないでください、アルレスィアさん。貴女のお陰で世界は確実に平和に近づいています。私たちは知っています、貴女を》
「はい」
エルさんからの励ましに、アリスさんは優しい声音で返事をしました。
「昨日、教会で司祭様に出会ったのですが。あの人はまだ聖伐を信じていました。それに……あの人はアリスさんが神さまのことを認識できることを疑っていました。あの人のことは、大丈夫なのでしょうか」
アリスさんから、あの考えを持っているのは司祭だけと聞いています。先代巫女が居た時代はアリスさんの言葉よりあの人の言葉のほうが力を持っていたことも。それは今でもそうなのでしょうか。
もしあの人が本格的に喧伝しだすと、この国もアリスさんの敵になるのではないかと、私は聞きます。
「彼に会ったのですか? 彼がその件を喧伝することはもうありません。彼は確かに昔の考えを持ち、それを信じる信徒ですが、それがすでに他者の耳に届かないことを理解しています。ご安心を」
コルメンスさんから安心できる一言を頂きました。
ですが、私の頭には……あの人の言っていた、何れ世界も気づくという言葉が何度も聞こえてきていたのです。




