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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
15日目、街をぶらりなのです
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街の探索⑤



 お昼を適当なお店で済ませ、学校へ向かいました。

 職人通りを通り抜け王宮の裏側を通り、東側へ。そこに学校があります。


 十二歳までの少年少女に、元の世界でいう中学卒業までの範囲を教えます。十二歳から十六歳の子は専門学校と進学校に別れます。十六歳から上は基本的に自由です。


 基本的には、私の居た世界と変わりません。十二歳から十六歳で高校相当を学ぶんですね。この世界の子たちの成長を考えると納得できます。四歳か五歳と思われるクランナちゃんは、あんなにもしっかり者でした。魔力の有無? 環境?


 今日私たちがお邪魔するのは進学校。将来王宮勤めや、ギルド職員、研究職などに就く子たちです。リタさんの居る専門校と進学校は同じ土地にあるらしいですから、会えるかもしれません。どんな場所で講演するんでしょう。


「アリスさんは集落に教師呼んでたの?」


 森から離れられない以上、呼ぶしかないと思ったのです。


「いえ、お母様が教えてくれました」


 エリスさんにですか。何故かほっとした私が居ます。何にほっとしたのでしょう……。


「そうなんだ。エリスさん教員免許? みたいなのも持ってるんだ」


 シスターってことでしたし、これから行く教会の元関係者ですよね。


 エリスさんを見る限り、アリスさんが教会関係者を嫌う要素を感じませんけれど……きっと司祭様とやらが、アリスさんに何か言ったのでしょう。もしもの時は暴力女と喧伝されようとも――。


「えぇ、ある程度教えていただきました。その後国から戻ってきたオルテさんに教えてもらったんです」


 オルテさんに、ですか。


 今日の私は集落を歩いていた時の私にそっくりです。些細なことでアリスさんを独占したいと思ってしまいます。子供っぽさが増しましたかね……。


「リッカさまは、どのような感じだったのですか? 確かずっと女子校、というのに通っていたそうですが」


 学校のことはあまり話してませんでしたね。


「うん。女の子だけしか居ない学校。教員も男性を徹底排除してたね。お母さんが国に頼んだのかもしれないけど」


 冗談ぽく言いますけど、結構本気でそうなんじゃないかと思ってます。


「では、男性との接触は本当に少なかったのですね……」


 アリスさんがほっとした顔と何故か不安といった顔を交互に見せています。


「そうだね。全く困らなかったから、気にしてなかったよ」


 今でも特に困ったといったことはないですね。


「ふふふ、リッカさまらしいですね」

「うん、私もそう思う」


 アリスさんがそう言ってやっと、安堵の笑みを浮かばせました。

 二人で微笑みあい、西街を歩きます。学校はもうすぐです。


 少し、緊張しますね。こんなことで神誕祭で演説なんて出来るのでしょうか。




 学校というより、教会? そんな見た目の建物が見えてきました。ヨーロッパにこんな感じの宮殿があったような気がします。


 左右対称で、屋根が尖がってて、花壇が迷路のように並んでます。それにしても、ここは大きい建物が多いですね。


「ようこそお越しくださいました。我々の依頼まで受けていただきありがとうございます」


 髭を蓄えた男性が頭を深々と下げます。学長さんでしょうか。


「私はこのキャスヴァル一貫校の学長、ジギス・エルマーです。どうぞお見知りおきを」


 学長のジギスさんが再び頭を下げます。

 一貫校ということは、学校生活を全てここで行えるんですね。

 学校はここだけなのでしょうか。


「初めまして、アルレスィア・ソレ・クレイドルです」

「六花 立花です。本日はお招き頂きありがとうございます」


 アリスさんと私が挨拶を終えます。


「はい。アルレスィア様、ロクハナ様。改めまして、本日はどうぞよろしくお願いします」


 ジギスさんの案内で校内を一通り周りました。


 その際アリスさんにそっと聞いたら、学校はここだけのようです。

 学校の敷地は王宮より広くとってあると教えてもらいました。私が見ていた大きい建物は全て校舎だったようです。マンモス校っていうんでしたっけ。


「それでは本日のご予定はどのように致しましょう」


 ジギスさんが私たちのほうを向き言います。いきなりの訪問だったので、予定は今から迅速にたてます。


「はい。私が壇上に上がり、講話をさせていただきます」

「私は、幕の裏にでも居ますね」


 壇上に上がっても、やることないでしょうから。


「いえいえ、ロクハナ様も是非壇上のほうへ」


 ジギスさんが笑顔で言います。しかしですね……。


「そうですよ、リッカさま。顔見せだけでも致しましょう」


 アリスさんも笑顔で言います。アリスさんがそう言うのなら……。


「え、えぇ分かりました」


 神誕祭演説のリハーサルとでも思いましょう。はい……。



 通されたのは、オペラ座のような、段々になった椅子が並べられた広いホールでした。どれくらい入るでしょう。二千人は入りそうです。

 実際入ってます。所狭しと、人が居ます。年齢がバラバラです。


「ぜ、全校生徒?」


 アリスさんに声をかけます。


「えぇ、そのようですね」


 アリスさんに気にした様子はなく、平然としています。ように見えますけど、少し表情が硬いです。


(全員かぁ。そうだよね、一貫校で全員居るんだから、どうせなら全員で聞くよね)


 私に出来ることはないです。アリスさん一人にやってもらうのは心苦しいですけど……。


「お任せください、リッカさま。アルツィア様が、私がもしこういった時が来ても大丈夫なようと特訓してくれていましたから」


 神さま準備いいです。……元々アリスさんに”お役目”をしてもらおうと思っていた神様にとっては、当たり前なのでしょうか。


「う、うん。お願いするね。私後ろで見てるから!」


 力になるかは分かりませんけど、そう声をかけます。


「えぇ、リッカさまが一緒なら安心です」


 アリスさんが満面の笑みなので、私の考えは杞憂でしかありませんでした。



「お静かに。――これより我らが神アルツィア様の使いであるアルレスィア・ソレ・クレイドル様とロクハナ リツカ様による講話を始めます。ご清聴願います」


 司会の方の挨拶でざわめきたっていたホールが静まりました。


 アリスさんが舞台袖から出ます。いつものように背筋は真っ直ぐに、宝石のような赤い瞳で正面を見据え、静々と歩いています。


 私も少し送れて出ますけど……背筋が曲がってないでしょうか。ちゃんといつも通りで居られてますかね。普段の日課の成果を出す時がきました。しっかり姿勢に気をつけて走ってたんです。私に平常心と普段通りの姿勢を!


 舞台には一段高く作られた場所があり、そこで話すようです。

 魔法がかけられた台があります。あれは、なんでしょう。攻撃性は感じませんけど。


「皆さん、初めまして。只今ご紹介に預かりました、アルレスィア・ソレ・クレイドルです。私の後ろに控えますは、ロクハナリツカさま。私と共にアルツィアさまの命を受け”お役目”に就いた”巫女”です」


 アリスさんの声がホールに響きます。耳に響く大音量というわけではなく、しんしんと降り積もる雪のように優しく耳に入ってきます。


 台にかけられていた魔法は、声を増幅させる魔法だったようです。マイク、ですね。

 ホール全体が息を飲むような空気が包みました。


「皆さんには私たちのことを、もっとよく知っていただきたいと思っております。まずは皆さんが思っている”巫女”についてお聞かせ願いたいのです」


 アリスさんは講義形式で進めていくようです。

 何人かの生徒が手を上げました。

 教師の方が指示を出し、生徒たちは順番に答えていきます。


「私たちと変わらない年齢ながら、世界のためにずっと”神林”で祈りを捧げてくれている御方です」

「アルレスィア様は、神の声を聞き、神の姿さえ見える歴代で最も優れた巫女様だとお聞きしています」

「私たちのため、世界のために日々戦ってくださっている御方です」


 などなど、概ね好意的な意見が出ます。


 アリスさんの人柄や、今までの行いが実を結んでいて、アリスさんが皆に認められているのです。それが誇らしい。


「ただ、ロクハナ様のことは噂でしか聞いたことがありません……」

「ロクハナ様は普段どのようなことを――」


 話題が私に移りました。元々異世界の人である私のことを知らないのは当たり前です。


「血まみれで街を出歩くというのは本当ですか?」

「普段街の休憩所で給仕をしていると聞きました」


 巫女よりも危険人物で変人と思われてるようです。血まみれで出歩きたくて出歩いてる訳ではないんです。なっちゃったんです、許してください。


 給仕はアリスさんもしていますけど、診察が主ですからね。私が診察したのは初日だけ、それ以降ずっと給仕だった私がただの街娘に見えるのは仕方ないです。


「街で男を捻ったり投げたりしたっていうのは本当でしょうか」

「街で木の棒をライゼルト様と一緒に振り回していたのを見ました。あれは一体」


 ライゼさんも結構有名なんですね、と思う間もないほど私の質問大会になってきました。


 テレビで見た記者会見ってこんな感じでしたね。糾弾されてるようです。国のため、家族のために学んでる方たちですから。私が好き勝手街を混乱させていると思って非難しているのでしょう。実際そう思われても仕方な――。


「本当に巫女として動いてるんですか? 遊んでるんじゃ――」

「皆さんお静かに」


 司会ではなく、アリスさんが止めました。というより、司会の方はずっと止めていましたが聞こえてないようでしたね。

 アリスさんの声でやっと静まりました。


「皆さんの”巫女”、いえ、ロクハナさまへの印象はよく分かりました。私から彼女のことを話します、よくお聞きください。そして改めていただきます」


 言葉は少し強いですけど、それを感じさせない柔和な声音で紡がれます。

 市場でもそうでしたけど、私、身近な人以外からは結構危険人物扱いですね。


「まず、血まみれで街を歩き回ったと言われましたけれど。ロクハナさまが血を流したのは二度。記憶に新しいかと思われますが、牧場でマリスタザリアが発生した事件の際、攻撃が掠ったことによる負傷と、先日神誕祭のために外へ出た隊商を守るために受けた傷の二度です」


「二件は解決されており、負傷者、死者は出ておりません。どちらも名誉の負傷であり、彼女が自身を傷つけてまで人々を救った証です。血に塗れたのには理由があります。その理由をしっかり知ってください」


 先程の、ゆっくりとした柔らかい声ではなく、少しずつ声から余裕が消えていっています。まだ威厳は残っていますけれど、消えるのも時間の問だ――。


「次に休憩所の件ですが、遊びではありません。宿の支配人さんとの契約で行っております。マリスタザリア討伐優先、暇な時のみの給仕です。巫女としての仕事は怠っておりません」

「街で木の棒を振り回していたのは、より強くなるために行っておりました。守るために力をつけていたのです。こちらも遊んでいたわけではありません。マリスタザリアとの戦いは命がけです。強くなければ守れません。あの時は場所がありませんでしたので広場を使わせていただきました。今は場所の確保はできております」

「最後に、まるで()()()()()が暴力女かのように言った方。訂正をお願いします」


 怒ってしまっています。止めなければ。声音から柔らかさが完全に消えてしまっています。


「アリスさ」

「今朝市場のほうでも同じようなことがありました。曰く、リッカさまは人を平気で投げ飛ばし、腕を掴むと男は何もできなくなり、折ることができるといって、勘違いでリッカさまに怯えた方々がいらっしゃいました」


 私の制止は届いていました。でも、アリスさんは自分の意思で言葉を続けてしまいました。


「リッカさまは決して、罪のない人に危害を加えません。先の二つ、男性を投げ飛ばす、腕を掴み制圧する。といったことは確かにありました。ですが、どちらも街の平和を乱す行いをしたものです。一人は窃盗を、一人は大通りでの喧嘩で手を上げました。口頭注意で済む場合リッカさまは決して手を上げません」


 今朝の事すら、アリスさんは今でも気に病んでいたのかもしれません。アリスさんを止め様と思っていた手が、下がっていきます。


「我々は”巫女”です。その役目に誇りを持っています。”巫女”は平和を創る者。そのためにリッカさまは常に皆さんのために動いております。不必要に暴力を振るったりいたしません」

「ただの噂を信じきり、このような場所で糾弾するのではなく、自身の目で確かめたことを信じてください。私たちはあなたたちの敵ではありません。世界と人々を守るために、アルツィアさまにお役目を賜った”巫女”です」

「強い言葉で非難するようなことを言ってしまいましたが、私は皆さんに理解して欲しいのです。リッカさまは決して、遊びでお役目についているわけではないのです。遊びで、こことは違う平和な世界から来たわけではないのです。遊びで、命をかけた戦いをしているわけではないのです」

「遊びで、血を流し、私たちの世界のために戦っているわけではないのです」


 本当は、無理にでも止めなければいけないのです。でも……アリスさんが目を潤ませ、私のことを守ってくれている姿に……私が止まってしまったのです。




 講和はそのまま、終わりました。

 アリスさんが短く礼をして台から降りたので、司会に代わって学長さんが終わりを告げました。

 怒ってしまった事を恥じたのでしょう。アリスさんは短く謝罪を述べていました――。



 学校の入り口で私達は、学長さんに頭を下げました。


「本日は、申し訳ございません。感情的になってしまい……」


 アリスさんは本当に、申し訳ないという気持ちで頭を深々と下げています。


「いえ、謝らなければいけないのは我々です。生徒の質問を止めることができませんでした。ロクハナ様に不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません……」


 ジギスさんも沈痛な面持ちで言い、頭を下げています。


 ですけど私は不快ではないので、訂正します。


「不快では、ないです。ちょっと傷ついたのはありますけど、知らない人からすれば、そう思うだろうとは考えていたので」


 現実問題、噂を処理してない私にも問題ありますから。


「だからこそ、私共は謝らなければいけません。ここは学び舎です。にも関わらず、噂という曖昧な物を信じ糾弾するかのような」


 ジギスさんが更に頭を下げます。


「ジギスさんも、アリスさんも、ありがとうございます。でも私は、良いと思ってるんです」


 本当に、不快だなんて思ってないんです。


「今日私に質問を投げかけてくれた方たちは、国を想っていました。理由を知らない人からすれば、私の今までの行動は確かに、迷惑行為に見えるでしょう。血まみれで街を歩き、人を投げたり捻ったり、街中で稽古をつけてもらい、ちゃんと”巫女”として働いているかも分からないのに、給仕だけはしている」


 言葉にすると、余りの傍若無人っぷりに驚いてしまいます。


「自分でも酷いと思います。だから私は不快とは思ってないんです。この世界の次を担う方たちは、国のために怒れる方たちなんですから」


 もしあれが、自身の知的好奇心を満たす為の質問であれば、多少はイラつきを覚えたかもしれません。私もまだまだ十六の子供ですから。


 でも、あの子達は違います。この国を荒らすかのような行いを糾弾していました。

 だから私は、反省しなければいけないのです。


「私は、平和を創ります。アリスさんと一緒に。その後の平和を維持するのは、この学校を卒業した方たちです。だから、いいんです」

「理解すること、知ることは大事です。だから、それだけ分かってもらえたなら、私はそれでいいんです」


 私は笑顔で言い切ります。

 これは私の本音。この世界の人々へ送る私の言葉です。

 平和になったら、もっと綺麗になるこの世界を守って欲しいから。


 ジギスさんに別れを告げ、見回りに戻ります。門を出て、角を曲がるその時まで、ジギスさんは私たちに、お辞儀をしたままでした。



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