街の探索④
アリスさんの頬を堪能した後、商業通りに行きます。お花屋もそこにありますから、寄って行きましょう。
日用品はこの通りで買えます。私が毎朝使っている服もこの通りで買いました。
「おや、二人共。今日も見回りかい」
ロミーさんが店先でお花の手入れをしていました。
「おはようございます、ロミーさん」
アリスさんがお辞儀をし挨拶をします。
「お花の手入れですか?」
私はしゃがみこみ先ほどまで水をまかれていた花を見ます。
ゼラニウムに似た花ですね。香りが強いです。センテッドゼラニウムかもしれません。生茂った茎葉の先にボールのような色とりどりの花が咲くのが特徴です。
やっぱり花屋がある通りは、見た目や香りが華やかです。
「神誕際で陛下や有権者たちに贈られる花を準備しててね、その息抜きさ」
そうロミーさんが言うのでお店の中を覗くと、薔薇と……あの花は。
「あるすくーらも贈られるんですね」
この国に来る途中でアリスさんと香りを楽しんだ花です。香りが上品でしたから、贈り物として重宝されているのでしょうか。
「そうだね。陛下のお気に入りだよ」
陛下もやっぱり花とか森好きなんですかね。
聞いてみたいですけど、また我を忘れそうです。止めておきましょう。
「リタさんは学校でしょうか」
アリスさんが周りを見て聞きます。
「あぁ、今日はテストさ」
テストですか、懐かしい響きですね。
そういえば、講話の話が来てましたね。このまま見回りしてると、学校も通るでしょうし、時間あれば入れてもらえばよかったですね。
「リッカさま。講和の話ですけど、今からアンネさんに確認とってみてもよろしいでしょうか」
アリスさんも気になったのか提案します。
「うん。私もそう思ってたんだ」
そう笑顔で返します。
「ん? 講話ってなんのことだい」
「はい。お花屋の依頼があったときに、”巫女”のことを学校で話して欲しいという依頼も来てたんです。それを今日どうかと思いまして」
こういった話は事前に調整しないといけませんけど、大丈夫でしょうか。
「ほぉ、そういうこともやるんだねぇ。リツカちゃんもやるのかい」
そういって私を見るロミーさん。
確かに、私がやるとコメディにはなりそうですね。たかだか十六歳の、平和な世界に居た私に教えられる事はないと思います。
出来て、向こうの歌を歌うくらいの事ですよ。恥ずかしいからしませんけど。
「アリスさんに任せて、私はサポート程度ですね。この世界に来て本当の”巫女”を知ったので、人に教えられるほどではないんですよ」
基本は話せますけど、質問されても応えられそうにないです。
「なるほどねぇ。リツカちゃんの世界じゃ巫女ってどんなのだったんだい?」
「そうですね。一言で言うなら、森入場許可証ですね」
本当は国主導のお役目ですけど、そんな感じ一切しなかったので。
「私の人生から恋愛の自由を捧げることで頂ける許可証です。宝物ですね」
冗談めかして言います。苦痛でもなんでもない捧げ物でしたから。
それにしても、”神の森”はちゃんと無事でしょうか。
「リッカさま。講話の件受けることが出来ました。テスト終了後なので、私たちがこのまま見回りしつつ向かえば丁度いいはずです」
アリスさんがアンネさんとの通話を終えました。
「よかった、いきなりだったけど時間とれたんだね」
「はい、極力私たちに合わせてくれるそうです」
心苦しくはありますけど、そうしてもらわないと無理でしょうから。ありがたいですね。
「それでは、ロミーさん。私たちはこの辺で失礼しますね」
「また来ます」
明日暇があれば店員をまたしたいですね。
「あぁ、またおいで」
ロミーさんの表情が少し暗かったですね。どうしたんでしょう。
「恋愛の、自由ね。どの世界でも巫女はそうなのかね。気にしても仕方ないとはいえ、悲しいことだよ」
そう言って俯くロミルダ。
「どうしたんだい。ロミルダさん」
客の一人が心配そうに声をかける。いつも元気なロミルダがそうなっていては、誰もが気になるというものだ。
「ん、あぁ。なんでもないよ。今日は何を買ってくれるんだい」
気にするなと言うロミルダ。少し強引だが、追求できない声音が響いた。
「あ、あぁ。じゃあ――」
リツカもアルレスィアも気づけない。結婚し、幸せな家庭をもつロミルダには、恋愛の自由がないということが悲しいものであるということに。
二人は普通の恋を知る前に”巫女”になったから、気づけない。
広場に出ました。朝、いつも素振りをしたりしてる場所です。昼近くになるとやっぱり人が多いです。
「悪意は感じないね。診察が効いてるのかな」
目に付く範囲に悪意は感じません。
「そうですね。最近では希望者も減ってきていますから」
アリスさんの言う通り、多い日でも五十人を超えることがありません。最初は結構感染していましたけど、最近は日常のストレスでイラついていただけで、悪意が出ないなんてこともありますね。いいことです。
「私が診察したの、結局最初だけだったよ……」
魔法を理解しても、遠距離魔法は無理でした。もはやイメージの問題だけではないとさえ思えます。……現実逃避でしかありませんね。
「ふふ。私がしっかりしますから、ご安心を」
笑顔で胸をはるアリスさん。私にはないものが強調されます。
「アリスさんに負担ばっかりかけちゃってるから、それだけが」
大魔法による広域浄化のお陰で五十人程度なら一回でいけますけど、その一回が負担です。
「リッカさまのためなら、少しくらい負担でもなんでもありません」
アリスさんが慈愛の笑みを浮かべます。私は顔が熱くなります。アリスさんのこの顔は、今でも私の胸を高鳴らせます。
「う、うん。ありがとぅ。でも無理な時は言ってね? 私もやるから!」
アリスさんの両手を握り締め力強く言います。照れ隠しも含まれていたのでしょう。
「えぇ、リッカさま」
アリスさんが目を閉じ、私の手に頬を当てました。
ここは職人通りです。広場から北西方面の道で行けるのですけど、決まった場所にしか行けてませんでした。この機会に行ってみます。
初めてこの通りに来たからでしょうか、見られます。
装飾品を初め、陶器製の茶器など、職人が一つ一つ作ったものが並べられていますね。特徴として、魔法ではなく手で作ったということ。
どれも綺麗で、模様など凝った造りをしています。
「アリスさんアリスさん。これ綺麗!」
職人技というものを見たことがない私は思わずはしゃいでしまいます。
私が見ているのは紅茶用のカップ。金の模様が綺麗に描かれています。形は精巧で、手で作られたとは思えないほど左右対称です。魔法世界で手作りに拘ってるだけあります。……家には抹茶用のしかありませんでしたけど。
「本当に綺麗ですね。お父様の意向で集落には量産品の器が主でしたから。贅沢しないように、ということでした」
そういえば集落で出てきた食器やコップは陶器ではありましたけど、日用品店で見られたようなものでした。
「ゲルハルトさまなら、そう言いそうだね」
厳格な人でした。何故か私には、最初から良い印象を持っていないようで、睨まれましたけど。
「さま呼びでなくていいのですよ?」
「そ、そうかな」
アリスさんが困ったように言います。
最初にさまと呼んだので、ずっとそう呼んでました。
「えぇ、そうですよ。もし何か言いわれそうになったら私が止めます」
アリスさんの目が本気ですね。ゲルハルトさん、ごめんなさい。
リタさんが教えてくれた、木製の装飾品を作ってくれるお店に来ました。彫刻や、ペンダントといったものが並んでいます。
指輪を作ってもらおうと思って、とリタさんに言ったら――「お相手は!? 婚約ですか!?」と、詰め寄られました。
アリスさんとお揃いのお守り代わりにって言って、やっと解放されました。ただその時リタさんは顔を染めて、「お二人はやっぱり……?」と何か桃色な勘違いをしちゃってましたね。
……神林であんなに動揺してた私には、否定することが出来ませんでしたけど。
「巫女、様……?」
女性の店主さんが私たちを認識し、固まります。
「えぇと、ちょっと見学してもいいですか」
「は、はい。それは構いませんが」
店主さんの了解を得て見学します。
小物が並べられたところに向かうと、予想通り指輪がありました。
「わぁ、すごい精巧な」
「本当ですね。こんなに小さいのにこんな綺麗な装飾が」
アリスさんも驚いてます。
「手にとって、見てもいいですか?」
店主さんがカクカクと頷きました。
軽いのかと思いましたけど、少し重みを感じます。これはいい木を使っています。
「アリスさん、つけてみる?」
「えぇ、お願いします」
アリスさんが笑顔で手を差し伸べます。
――お二人はやっぱり……?
こんな時にリタさんの言葉を思い出してしまいました。
アリスさんが差し出してくれたのは、左手。アリスさんの薬指が目に入ります。
私はその視線を振り払うように頭を振り――人差し指に指輪をはめました。
「リ、リッカさま」
アリスさんが顔を赤くして動揺します。
「どうしたの? アリスさん。きつかった?」
すんなり入ったように感じましたけれど……。
「い、いえ。大丈夫です」
アリスさんが赤い顔のまま言います。
「そう……?」
アリスさんが赤いままですが、大丈夫であるなら。
リツカは知らない。
リツカの世界で婚約指輪が薬指にはめられるのは、古代ギリシャの人々にとって薬指とは心臓と一本の血管で繋がっていると思われており、そのため尤も心臓に近い特別な指と考えられていること。
その指に愛を誓う指輪をはめることで、命を捧げ永遠の愛を誓うという意味だということを。
リツカは思い至らない。この世界にギリシャの人々が居ないことに。
リツカは気づかない。アルレスィアの動揺の理由に。
だからリツカは知らない。リツカが嵌めた指こそが、この世界の本当の――。
店内を見て周り、このお店でなら出来そうという気がしてきました。だから店主さんにお願いすることにします。
「あのー、すみません」
「は、はい」
店主さんが硬くなっちゃいました。
「あの、そんなに硬くならずに。今日はお願いがあってきました」
いきなり木刀を抜くと驚かせてしまうので、手を添えるだけに留め
「この木刀……木の棒で指輪って作れますか?」
事情を説明していきます。
この木刀が核樹なことと。これからこの木を使って別のを作り、その余ったもので指輪を二個作れるかどうかの確認です。
「は、はい。可能です。ですが……よろしいのでしょうか。私なんかに”神林”の核樹の加工を依頼しても」
肩を落とし、店主さんはもじもじと指を合わせています。
「あなたが木を大切にして加工していると、見て回って思いました。木を大切にする人に悪い人は居ません! お願いしますっ」
そう私は力強く宣言します。
この木刀を頼む以上、木を大切にする人というのは大前提です。この国唯一かもしれない職人さんがこの方というのは、僥倖というものでしょう。
「は、はい。尽力します!」
職人さんがしっかり頷いてくれました。木好きには木好きの意地があります。大丈夫でしょう。
お願いできたので、アリスさんに声をかけようとしますけれど、アリスさんがずっとあの指輪をつけてその指を撫でています。慈しみ、愛でるように。
「アリスさん、その指輪気に入ったの?」
それなら買ってこようかと思います。
「い、いえ。リッカさまにつけて頂いたものだったので、つい」
そう気恥ずかしそうに笑いながら指輪を戻してしまいました。
「そう、だったんだ。じゃあ核樹の指輪も、私がつけるね?」
私は頬を染め、言います。先ほど自分がやってしまいそうになったことを思い出して。
「えぇ。その時はまた……」
アリスさんが言いよどみますが、その顔に動揺はなく、慈愛の込められた優しい笑顔でした。




