過去
集会場の中にはすでに五十人以上の人が入っていました。
外に声がもれるくらいには会話があったようですが、アリスさんが入ると皆一斉に静まり返り、恭しく頭を下げ始めました。
「おかえりなさいませ、アルレスィア様」
洗練された、完璧なお辞儀。アリスさんに対する敬意を感じます。
自分と同じほどの歳の子が目の前でこんなにも敬われている光景は、私の国ではそうそう見れないものであるにも関わらず、アリスさんならと、私は納得しています。
それに……皆さんの顔には尊敬の念と、まるで父や母が娘を見るような、慈愛に満ち溢れていたので。
「ただいま帰りました。みなさん」
お辞儀が終わると、皆でアリスさんを囲みました。無事でよかった。帰りが遅いから心配した。といったことを話しているようです。
確か”神林”は結界がしっかりはってあるから大丈夫なのでは。と、思うのは野暮ってものでしょうね。アリスさんを囲む皆さんは、まるで本当の家族のようにアリスさんと談笑しているのですから。
家族のように思っている子の帰りが遅いのです、心配くらい……しますよね。―――そこで私は、自分の家族を思い浮かべます。
(今頃、心配してるだろうなぁ……。もう門限はとっくにすぎてるはずだし)
きっと、祖母と母が”神の森”を探していることでしょう。私の帰りが遅いときは、そこで時間を忘れて、過ごしてますから。
でも、私にはどうすることができません。焦りも特にありません。心配させているのは心苦しいですが、学園卒業後はあの森にずっといるつもりでしたから、その練習だったと言いましょう。
どれほど怒られるか、想像できないのだけが心配事ですね。
(……お祖母さんとお母さんが入ると、また結界が弱まるのかな)
今出来ないことを考えても仕方ないので、アリスさんとの話を思い出し、この疑問が出てきました。
(”巫女”の契約を結んだのが私。契約さえ結べば、あとは私以外が森に人が入っても大丈夫? でも、”神林”にはアリスさん以外が入ったらいけないと。まだ、アリスさんの両親には出会えてない。お母さんなら入っても大丈夫? 先代なら? んー……)
帰りが遅いと絶対入っていく、けど……。アリスさんに聞いておいたほうがよさそうですね。
丁度、終わったようですから。
「リッカさま、お待たせして申し訳ありません……。どうか、なさいましたか?」
アリスさんには私の疑問顔がバレてしまっているようです。出会ってまだ数時間ですけど、私って顔に出やすい? 気持ちを隠すのは得意なはずですけど……。
「いえ、物思いに耽っていただけです」
「そう、ですか?何か寂しそうに……」
疑問顔じゃなくて、寂しさのほうでしたか。そういえば、アリスさんには結構気持ちがバレていたような。
「……ちょっと、家のことを思い出していました」
普段の私であれば、隠し通したであろうことが、すんなりと口から出ていました。この不思議な感覚、悪い気はしません。
「――ごめんなさい」
なんで、アリスさんが謝って……? そんなに、悲しい顔……。して欲しく、ないです。
「いえ、アリスさんが謝ることでは……。そうだ、アリスさん。私の帰りが遅いと、祖母と母が私を探して”神の森”に入っていくと思うんですが、大丈夫なのでしょうか」
アリスさんの顔が、悲痛に歪められたのを見て、急いで質問を投げかけます。私はそこまで、気にしてないと伝えるようにして、ゆっくりと。
「は、はい。先代”巫女”様の方々ですよね。そうであるなら、まったくの他人が入るよりは、被害が少ないはずです。あまりお勧めはできませんけれど……ただちに影響が出るわけでは無いはずです」
よかった、想いが通じたかは定かじゃありませんが、いつものアリスさんになってくれました。
「よかった。それなら、大丈夫ですね。ありがとうございます」
アリスさんに微笑みかけます。本当によかったと、気持ちをこめます。
「―――はい」
アリスさんも笑顔になってくれました。やっぱり笑顔のほうが、いいですね。可愛い。
そうやってアリスさんと微笑みあっていると、残りの方たちも到着しました。
大人、男性が多く。次に子供、そして老人。全員集まって気がつきます。やっぱりアリスさんの同年代の子はいません。どうして、でしょう。
疑問はつきませんね。今は考えないようにしましょう。
「皆さん居ますね。それでは、はじめます。リッカさま、私の祈りの言葉と共に手を胸の前で祈りの形にくんでください。その、神さまの名前を呼びますので……」
最初に神さまへのお祈りのようです。
アリスさんが申し訳なさそうにしているのは、ノイズのことでしょう。
「はい、大丈夫です。お気になさらず、お願いします」
微笑み返します。正直、あのノイズはきついのですが……必要なことなので、我慢します。
このノイズも、よくわかりませんね。耳鳴りとは違うようですし。
「―――ありがとうございます」
目を閉じ、アリスさんがささやくようにお礼を述べました。そして、祈りの言葉がかけられます。
「―――我らが神、■■■■■様」
手を組み、目を閉じます。
「御名、御身の威光をもって我らを救いたまえ。
我らの罪を、赦したまえ。
我らに贖罪の機会を、与えたまえ。
我ら、祈りを捧げる者。
天にまします、我らが母■■■■■様よ。
ねがわくは、御名を崇めさせたまえ。
御身によって世界の安寧を。
我……御身の供物なり。拝」
黙して、祈りを捧げます。何故でしょう。背中が熱く感じます。
「ありがとうございます」
アリスさんの言葉とともに、各々顔を上げていきます。
神聖で静謐な空気が場を支配しています。一度だけ、自分の国でも祈りの場にいきました。私がお役目を継いだときです。
あの時私は……。
「リッカ、さま……?」
そう、あの時も私はなぜか……泣いていました。