吹き荒れる⑧
あの時の、集落で無我夢中に……アリスさんを守りたいという強い想いだけで発した魔法より、強く。
私が強く、変わっていく。
大切な人と一緒に――生きていくために!!
「リッカ、さま」
アリスさんの目から驚きや憔悴が消え、いつものように慈愛と力強さを込められます。
「――行きましょう」
「うん。私が止める。でるくさん。ありがとうございました。後は私たちが」
でるくさんを労わり、木刀を握り締め。地面を踏み抜きます。
毛皮で覆われているけど、一箇所無い場所がある。
「ッグルゴァ!?」
目に木刀を叩きつけます。目を覆っていては、見えません。
巨体が、大きく後ろに倒れこみます。もう私は――あなたよりずっと速い。
「な、何が起きた。……でるくって俺か?」
でるくさんが混乱しながらも、盾をときその場に座り込んでしまいます。
「リツカお姉さんは舌足らずデ、この世界の人の名前の発音に苦労してまス。こっちにきてくださイ。巻き込まれますヨ」
シーアさんがフォロー? しつつでるくさんと離れていきました。
(魔法は、私。私なんだ)
私であるということがこんなにも、魔法を信頼できるものにしていく。信頼しきれて、いなかったようです。受け入れてなかった。
”抱擁”は、私を抱きしめるように包み込む魔法が、証明してくれている。きっと……私の力を包み込んでくれる。”抱擁”が混ぜられた”強化”は私から離れることなく、常に私の中で私を昂らせる。
私の力は、”強化”と”抱擁”で完成するんですね。
「さぁ――最終局面だよ」
素早く起き上がり、私に殴りかかる熊。右ストレート、左へ避ける。左フック。前転で背中に回りこみ避ける。回転の勢いのまま――。
「――シッ!!」
ドゴンッっと花火が爆発したような音が響き、熊が悶絶したたらを踏みます。
そう見えるけど、振り向きざまに地面に手を叩きつける。
「グルァ!!……?」
人間のように立ち回る熊。どうやら悪意が馴染みかけているようです。演技までしてき始めました。
私はもう、あなたの死角にいます。
(攻撃はもう当たらない、翻弄できる。でも止めるにはまだ足りない)
シーアさんの拘束もそうだけど、アリスさんの光が当てられるくらいの隙があれば、投げられます。
木刀が私の血で滑ります。
(とにかく今は、攻撃する……私の全力で!!)
キリキリキリと螺子が回されるような音が聞こえ――カチッという音が聞こえました。
「――シッ!!」
熊の脇腹への切り上げ、少しよろめいてくれれば良いくらいのものでしたが……ドゴンっと先ほどのものより鈍い音が鳴り、熊が……少し打ち上げられました。
(!?)
思わず手元を見ます。すると、木刀に”精錬”の何倍も濃い私の魔力が纏われています。これは、”強化”?
でも私のは自分強化――っ考えるのはあと、ですね。
「アリスさんっ」
「えぇ、リッカさま」
私が絶対に動きを一瞬止めてくれると信じていたアリスさんが、魔力がより練りこまれた”光の剣”を熊の腕と体に撃ちこんでくれます。
(掴めるなら、いける)
自由落下を始める熊をその巨体の重さと本物の強化で地面に――。
「叩き――つける!!!」
地面が大きく凹み、クレーターのようになります。
その際、ライゼさんのほうを見ました。上手く立ち回り凌いでいますけど、両断には至っていません。斬り傷をつけられているだけ、すごいと思いますけど。
「アリスさん!」
「はい!」
たたき付けた熊をそのままに、木刀を咥えライゼさんのほうへ全力で突進します。アリスさんの”光の剣”を連れ立って。
「ん? 剣士娘?」
ライゼさんが気づきます。私は目を強く光らせます。
「よく分からんが、頼んだぞ」
何をするかまでは理解できないまでも、私が邪魔をしにきたわけではないと分かってくれればいいです。
熊の正面に陣取ります。熊が無防備に現れた私を攻撃します。一向に倒せる気配のないライゼさんにイラついていると思っていましたが、完璧です。
体を回し、体で隠していた光の剣と相手の拳を避けます。私に傷をつける前に熊の腕に剣が刺さり、元に戻りました。目隠しのように顔にまで剣が刺さります。アリスさんの心遣いでしょう。これならば、私はいける。
相手の腕を掴み、勢いを殺さず返す体で足を払い――。
「ハッ!!」
投げ――飛ばす!!!
(一体俺たちは、何を見てるんだ)
巨大な熊が木の棒で叩かれたら浮いて、地面に叩きつけられたら地面へこんで、今度は、投げたのか……?
ディルクは話には聞いていた、半信半疑だった噂を思い出している。マリスタザリアを投げた。今目の前で行われていることだ。嘘だと思っていたのだろう。
今日初めてリツカと会った、ディルクは嘘だと確信した。落ち着きや指示は完璧。実際その通りになった、指示がなければ何人かやられていたかもしれない。そういった戦士としての部分は本物だと思った。でも
「噂は全部、本当だってのか?」
「えェ、本当ですヨ。リツカお姉さんの名誉のために言って置きますガ、怪力ではないでス。決しテ」
私も初めてみましたけド。とレティシアは静かに拘束魔法を始める。
(リツカお姉さんは約束通り熊さんの動きをとめてくれましタ。それも二体同時でス。だったら今度は私がやる番でス)
「あの熊さんの落下点はもう一体の熊さんの真上。リツカお姉さんの狙いは素敵ですネ」
暗雲立ち込める戦場を、深い海の色をした魔力が支配する――。
「炎の檻よ、水の枷よ、我が呼かけに応え、押さえよ!風の刃、雷の針、我が敵の気勢を削ぎ落とせ!我が想いを受け荒れ狂え――!」
炎の檻が敵を囲み、水の枷が敵の動きを封じる。風の刃が炎を猛らせ、雷の針が水を伝い拘束力を上げる。四属性の相乗効果により、邪魔をしあうことなく、魔法が淀みなく伝わる。
この歳でこれほどの魔法。『エム』の名は伊達ではないということだ。
シーアさんの魔法が敵を完全に制圧しています。時間がかかると言っていましたけど、この規模を考えれば短いくらいではないでしょうか。
「長くは待ちませン。巫女さン、お師匠さン、リツカお姉さン。とどめヲ」
「光陽よ――。悪意に手を染めし者へ聖なる鉄槌を!」
アリスさんの”光の鉄槌”。貫通による浄化ではなく、押しつぶすことによる浄化。地面に叩き付ける事が出来る今、悪意の鎧すら叩き潰し浄化しました。
「剣士娘、トドメはもらうぞ」
そういってライゼさんが高々と飛び立ちます。剣と腕に”雷”を纏い、自身を雷のごとく敵へ叩き落します。
「ォラァ!!」
熊の体が、両断されました。”雷”を纏っていたからか、シーアさんの炎の檻の効果か、熊の焼ける臭いが立ち込めます。
「悪意なし。とりあえずは、安全かな……」
私は倒れこみそうになります。でも――。
「えぇ、今は休んでください。リッカさまのお陰で犠牲はありません」
アリスさんが、支えてくれます。
優しい香りと柔らかさが私を包み込みます。”抱擁”の魔法で感じていた昂りではなく、森で寝たときに感じていた、安らぎが私を――包み込みました。
「……」
ウィンツェッツはずっと見ていた、リツカが歯噛みしているところも、一度は折れそうになったところも、それでも立ち上がり、圧倒的な力で制圧したところも。
(アイツは俺とは違ぇ。俺は逃げた。全てから。アイツは受け止めた、のか?)
自分の弱さも、今までも、何もかも全て受けとめ前に進む。リツカは、これまで全てを胸に足を止めない。捨てることをしない。それがどれほど、自分を傷つけようとも。
「巫女様、また血まみれになっちまった」
冒険者の顔は悲痛に歪められている。自分たちの変わりに傷つき、それでも立ち上がった姿に。
「……そんな顔じゃ、逆に失礼だろうが」
ウィンツェッツは変わろうとしている。いや、元に戻ろうとしている。
「助けられたもんのやることは、嘆くことじゃねぇだろ」
アルレスィアに抱きとめられ、憔悴しているリツカを見ながら、冒険者たちはウィンツェッツの言葉に顔を上げた。
「リツカ様は、大丈夫なのか?」
ディルクが停泊されている船を見ながら言う。
「あぁ、ちょっと魔法の反動で動けんだけだ。巫女っ娘が診とる。安心しろ」
ライゼルトとレティシアが二人の変わりに隊商の立て直しを手伝っている。リツカは痛む体を引き摺って行こうとしたけど、アルレスィアが頬をひっぱり止めた。
「巫女さんたちの魔法は特別ですかラ。私たちと違って反動が激しいでス。特にリツカお姉さんはボロボロでス」
そういってレティシアはため息をつく。
「今回は責めるに責めれん。実際アイツが無理せんかったらどうにもならんかったからな」
ライゼルトは頭を押さえ空を見上げる。
「すまねぇ。俺たちがもっと」
「待て、それは違う」
ディルクの謝罪を遮るライゼルトの目は優しい。
「アイツが選んだ道だ謝ってくれるな」
「そうですネ。それにきっと、もっと上手くやれたかもって思っちゃいまス」
リツカは途中で自身の魔法に目覚めた。最初から目覚めていれば、という後悔はありえる。
「まぁ、帰ってきたら礼でも言ってやってくれ。無事に帰ってくるだけで、アイツは救われるだろうよ。あ、俺には酒奢れよ」
「ああ、分かったよ。いつもの所で良いか?」
ライゼルトとディルクが拳をぶつけ合う。そしてライゼルトは船に向かって歩き出した。
「でハ、お気をつけテ。また何かあったら連絡くださイ。私とお師匠さんだけになりますが来ますかラ」
レティシアは小走りでライゼルトの後をついていく。
「あぁ! もう行っちゃったんですか!? お礼まだ言ってないんですが……」
クリストフが遅れてやってくる。
「帰ってきたら、礼言ってくれってよ。襲われないように急ごうクリストフさん」
「は、はい」
ディルクも、仕事を完遂させる為に歩き出す。
「ライゼ」
ライゼルトを止める声が、静かな間道に響く。
「なんだ。馬鹿弟子」
ライゼルトは声の主ウィンツェッツを睨む。その怒りの眼差しは、無茶をした弟子に向けられている。
「……帰ってきたら時間くれ。赤いのの剣を作り終わったらでいい」
それだけ言って護衛に戻っていくウィンツェッツ。その背中をライゼルトは無言で見ていた。
「いいんですカ」
レティシアがひょっこりと顔を出し、ウィンツェッツを見ている。
「あぁ、なんか言いてぇらしい」
その顔は仕方ねぇと言ってるように微笑んでいた。
「こっちはこっちで親馬鹿ですネ」
「はぁ……。いくぞ魔女娘。運転頼む」
「えェ」
「ところで免許もっとるんか」
「……? 免許いるんですカ」
「……なにぃ?」
「リッカさま」
膝枕されている私の頭を撫でながら、アリスさんが呼んでくれます。
「ん。なぁにアリスさん」
「今回は、私の力不足のつけをリッカさまに……」
後悔しちゃったようです。私が怪我してしまったから、倒れちゃったから。
「違うよ。アリスさん」
「え――」
「私も、力不足だったの。だから、皆で力を合わせた。私もそこに含まれてる」
皆力不足でした。でも……。
「でもね、私、やっと魔法を分かったから。今度からはもっと、力合わせられる」
”抱擁”と”強化”を理解しました。私自身の力なのに、受け入れてなかった。
「戦ってるから、どうしても怪我しちゃうけど。アリスさんが治してくれる。戦ってるから、疲れちゃって倒れちゃう。でもアリスさんが支えてくれる」
今度は、私の番ですね。
「だから、私は頑張れる。一緒に、戦う。でしょ?」
私は笑顔で言います。少し疲れてるせいか力は入りませんけど。
「えぇ……。謝るのは、違いましたね。ありがとうございます。リッカさま。次はもっと上手くやりましょう」
アリスさんも笑顔になってくれます。この笑顔が一番の、元気になる薬。
「うん。次はもっと、その次はもっと……。そうやって、平和に近づくんだ」
「えぇ、一緒に生きていきましょう」
「うん!」
「入りづらいな」
「これ私の船なんですけどネ」
「運転は俺がやるぞ。”風”だけ頼む」
「えェ……楽しいのニ」
「免許取れ免許! あんさんなら一発合格だよ!」
「はァ、アンネさんにお願いしましょウ。お師匠さんから言っておいてくださイ。話すチャンスを上げましょウ」
「な、なんで俺が……」
「クふふふ。分かってる癖に」
「おいこっちの言葉で頼む。俺は共和国語は分からん」
「心読めばいいのに。動揺しすぎでは」
評価ブクマありがとうございます!




