吹き荒れる⑦
私の存在を認識した熊が構えました。
魔法に注意しつつ、時間を稼ぎます。斬れないと私には何もできないですから。
(早めに、終わらせたい――!)
私が先に近づきました。
「リツカお姉さんが仕掛けましタ」
レティシアが考えるように指を顎に当てている。
「短期決戦です。拘束は可能ですか」
アルレスィアはいつでも”光の剣”を打てるようだ。隙を見てリツカの援護もする気だろう。
「少し時間がかかりますガ、確実に捕らえられまス」
準備を始めるレティシア。
「リツカお姉さんに伝えてくださイ。熊さんの動きを一瞬でいいから止めて欲しいト」
結構な無理難題だけど、確実ならばとアルレスィアは決断する。自分も援護するから、と。
「えぇ、確実なのをお願いします」
「もちろんでス」
「リッカさま!」
アリスさんが私に呼びかけ、”光の槍”で敵を牽制してくれます。どうやらシーアさんが拘束をするために、敵の動きを一瞬でいいから止めて欲しい、とのことです。
「剣じゃ、無理かな」
何度か斬りつけましたけれど、斬れません。目を狙ったものの、そこを狙うのは織り込み済みなのか避けられました。
アリスさんの援護に合わせて剣から木刀に変えます。実戦でのこれは、あの時以来ですね。
「私に……更なる力を!!」
眩いほどの赤い煌きが周囲を照らします。前の発動より、滑らかに淀みなく全身を駆け巡る力。集落での戦いで初めて魔法が発現した時に更に近づきました。これなら――。
「いくよ。――私の剣に強き光を!」
私の攻撃宣言と”光”魔法の発動と共に、アリスさんから絶好の援護が行われます。”光の矢”が雨のように降り注ぎ、”光”に過敏な反応を見せる熊が万が一にも刺さらないように防御を固めました。
それでも、いつでも動けるように足には余裕があります。このままではシーアさんの魔法は当たりません。
(がら空き、だよ!)
”光の矢”を縫うように避け、最速で近づきます。
”疾風”を使うより早く正確な軌道を辿れます。不得意である魔法ではやはり精度が落ちていました。
敵の懐に飛び込みます。
私を確認し、口を空けようとしています。がら空きの顎、腹、膝裏に攻撃を当てる。全力”強化”による攻撃は、その攻撃が同時に行われたのかと錯覚するほどの速さで敵の行動を止めます。確実に余裕は奪えている。けど……。
「そろそろいけそうですネ――」
「シーアさん、まだだめ!」
このまま当て続ければシーアさんの魔法を当てる暇はできる、でも、違和感が、形を成しました。
追い詰められたからなのか、元からこうなることを予想していたのかは分かりません。ですけど、準備されていたかのように辺りを悪意が染めます。
「っ! シーアさん、魔法はまだです。悪意が立ち込めています。私の”盾”に!」
アリスさんがシーアさんの安全を確保します。この悪意、馬が新たにマリスタザリアになった可能性が――。
「なに、これ」
悪意が蛇のように蠢き、熊二体に吸い込まれます。
「――なんだ、圧が増した?」
「ライゼさん、悪意が熊ニ体に吸い込まれていきました。まずいです。より強化されるはずです!」
悪意の純度が上がるだけじゃないです。変化も。毛皮はより硬く鋭く尖り、掴めそうにないです。牙はより凶悪さを増し、いかにこの木刀と言えど噛み切られそうなほど……。
「悪意が、溢れてる」
体に入りきれなかったのか、悪意が外に出ています。いえ、受け入れ切れなかったのでしょうか。物理的な許容ではなく、精神的な……?
「剣士娘、こっちはこっちで手一杯だ」
「はい」
ライゼさんの救援は見込めませ――っ
私の胸部に向けてのストレート……!
「私の領域を守る強き盾よ!」
集落で見た、広範囲を守るアリスさんの盾が現れ、私に迫る手を一瞬止めます。
私はその隙に下がろうとしますけど、盾が音を立て割れて――。
「つぅ……!」
避けることはできそうです。あれが全力の速度と見ました、次からは余裕がありそうです。
「アリスさん、ありがとう。無事?」
「えぇ……。ですけど、次は防げそうにありません」
反動があったのか、アリスさんが肩で息をしています。
「少し休んでて、私が押さえ込むよ。シーアさん、いけそう?」
アリスさんを休ませ、シーアさんに状況を聞きます。
「えェ、いつでモ。ですが速いですネ。一瞬止めるだけでは無理そうでス」
確実な停止が必要なようです。
「なんとか、する!」
あの毛皮を掴むことはできません。ですけど、これは投げるしか……!
いつものように……攻撃範囲以上の余裕をとり、避け続けます。偶に木刀で殴ってみますけど、柔らかい部分が見当たりません。
(もう、何分たったかな――?)
頭の奥がズキズキしてきます。全力発動の反動……?
そんなことを考えていると、頭の奥で一際大きい波が起きます。それに顔を顰めた私は――。
「ぁ……つっ……」
右腕に大きな痛みを感じました。パンチが、掠った? なにこれ……。これは、まずいです。
大きく弾かれるようにアリスさんの元まで飛ばされます。
「リッカさま!!」
アリスさんが駆け寄ってくるのが見えました。ですけど――!
「だ、め!!」
このままでは、アリスさんが!
「ッ!」
シーアさんも反応します。
迫り来る敵に私は――――。
「おぉぉぉぉおおおお!」
私たちの前に、緑の盾が現れます。これは?
「っ巫女様たちをやらせるかよ!!」
でるくさんが私たちの前で盾を構え攻撃を受け止めました。
「っ! ダメです!」
腕を押さえ膝で立ち、止める様に言います。あれを耐え続けるのは負担が大きすぎます。
「聞けねぇ! あんたは無茶しすぎるってアイツらから聞いたからな!」
アイツら……? 港の時の先行チーム? なんでそれを知って。
「っリッカさま、今は急ぎ治癒します!」
アリスさんは私を治すことを選びました。私は――。
「リツカ様よ、俺たちも冒険者だ!」
なぜそこまで知ってるのですか、後で聞きたいのですが。今は……。
「……はい。お願い、します」
だからと言って、このまま盾を享受し続けるわけにはいきません。私たちが来るまで敵の攻撃を受けていたのはでるくさんです。
「ぁ……はぁ……はぁ……」
私の息が激しく乱れます。魔法は解け、今は頭痛と戦っています。
(体力の問題だけじゃない、何か、足りてないの?)
頭の鈍い痛みが、何かを訴えかけてくるようです。
「リッカさま、もう無茶はさせられません。私たちだけで止めます。止めを刺すために回復に専念してください」
傷の手当をしながらアリスさんが言います。もう傷はほとんど治り、出血はしていません。木刀が血で染められています。それが私の血であるということが、私の感情を揺さぶります。
「……」
私は、何をしているのでしょう。
救出対象から守られ、大切な人と一緒に戦うことすら出来ず、自分の出来る唯一の足止めすら満足に行えていません。こんなに情けなくて、いいのでしょうか。
――また、なくの?
私の頭の中で、もう一人の私のような黒い影が聞いてきます。
――なけば、らくになるもんね。
泣くことで確かに、心は軽くなります。傷を増やしながらも、致命傷を避けるように、涙が守ってくれます。
――こんかいも、ないておわり?
また後悔して泣いて謝って終わりか。ということでしょう。そんなのは、もう嫌です。牧場での涙も港の丘での涙も、もうごめんです。
――あなたは、すぐめのまえでいっぱいいっぱいになるね。
この世界で起きることはいつも難しくて、一つ一つしか解決できません。目の前のことに集中するあまり他が疎かになる。
――すぐわすれる。
えぇ、忘れて、アリスさんがよく思い出させてくれます。
『まだ忘れているよ』
声が、変わりました。でも何を忘れているのでしょうか。
『言ったはずだよ、リツカ。魔法は君のものだって。まだそう思い切れてないんじゃないかな』
あぁ、この懐かしさすら覚える声は――。
『きみはまだ強くなれる。アルレスィアを守りたいのだろう? だったら、受け入れるんだ。自分を』
――神、さま。
「アリスさん。私はまだ、やれるよ」
私は、立ち上がります。
「リッカ、さま?」
アリスさんが驚愕に目を見開きました。
「私、まだ……受け入れきれてなかった」
木刀を拾い上げ、右腕の感触を確かめます。さすがアリスさんです。もう、動かせる。
「自分の魔法なのに、私に魔法が使えるってことを受け入れきてなかった」
使えていたから、使っている。なんかよく分からないけど、使える。こう思っていた。でも違う。
「魔法は、私のモノ。私だから」
瞳とローブの紋様の煌きに力が戻ります。より鮮やかに、力強く。私の心を燃やす、炎のように。
「私は強くなれる。誰よりも、自分自身さえ超えて、強く」
――――。
「私の強き想いを抱き、力に変えよ!!」
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