吹き荒れる⑥
(くそがっ!! 痺れてきやがった――っ)
羽に毒でもついていたのか、ウィンツェッツの動きが落ちていく。
辛うじて直撃は避けているものの、体は傷だらけになりいつ直撃してもおかしくない。
「誰かウィンツェッツを治癒できねぇか!?」
出来ないと思いつつ声をかけるディルク。ウィンツェッツに倒れられると、相手している四体が盾に襲い掛かってしまう。”盾”がもう持たないからだろう。だがそれを口に出すことは出来ない。
(まだかっ!?)
連絡して二十分、限界は近い。
「合図はあんさんがしろ」
「えぇ、もう感じとれています」
ガリガリと音を立て、何かが近づいてくる。地面の振動がどんどん大きくなってきている。
「なんだ……?」
ウィンツェッツが膝をついている。もう猶予はない。
だが――。
「シーアさん!」
「っ!」
ダンッと二つの音が聞こえ、黒い影が上へ、赤い線が一直線にウィンツェッツの居るほうへ――矢よりも鋭く、向かっていった。
”雷”を服の足部分へ纏ったライゼルトは、まるで自身が雷になったかのような速度でチュイフの前に現れる。
その速度にチュイフは、驚き逃げるのではなく反撃に移る。本能は逃げろと言っていたのだろう。でも、悪意は人間の物。それに侵されたチュイフは逃げるという選択ではなく、自分の領域にやってきた敵の迎撃を選んだ。
「遅ぇ!」
”雷”を纏った剣が振り下ろされ、チュイフを両断する。そして雷はそのまま”盾”を攻撃している熊のマリスタザリアへ向かっていった。
新に現れた敵に対応しようとした熊たちは、雷に打たれ活動を停止させる。だが、動いたとしても問題はなかっただろう。
(二体はいけそう――!)
右の首を落とし左を落す。リツカはそう瞬時に判断する。
アルレスィアの矢は空から落ちてくる。リツカに注意がいっている敵には、その矢は見えていない。
本来であればチュイフが教えただろう。しかしチュイフは既に――絶命している。
アルレスィアの矢が刺さると同時に、リツカの剣は敵の首にめり込む。
「――シッ!」
一息に右の首を斬り落とし、体を回し更に左へ。
アルレスィアの矢は完璧なタイミングで降り注ぐ。問題なく左の首を――刎ねた。
目の前で瞬きの間に敵が三体撃退された。
「これが、巫女か……! それにあれはライゼか?」
ディルクの口角が上がる。まだ三体残っているけど、そこに不安はなかった。
「兄弟子さん。歩けるなら隊商の盾の中へ」
腕だけでなく体中傷だらけです。早く治療したほうがいいですけど、まずは安全な場所にいってもらいましょう。
「っせぇ。命令すんな。まだ出来る」
そういって立ち上がろうとする兄弟子さんの後ろに違和感を感じました。いきなり現れ仲間を二体やった私より、弱った兄弟子さんのほうが狙いやすいですからね。
「――」
「!」
兄弟子さんが構えます。いい反応です。私に我武者羅に突っ込んできていた宮殿の中庭の時よりずっと。意識を変えたのでしょうか。どちらにしろ、今は――。
兄弟子さんの体を通り過ぎ、剣を兄弟子さんの背中側でくるくると回し、勢いをつけます。風の道の終わり際、そこに無防備に飛び込んでくるインパス。
私が勢いをつけながら振った剣に自ら飛び込むように、インパスの顔が――めり込みます。
インパスは気づく間もなく、顔から横一線に斬り分けられました。
「今は言うとおりにしてください。兄弟子さん。まだ死にたくないでしょう」
兄弟子さんの後ろ側で回したときと同じように剣を回し、ついた血を払います。
奇襲で狩れたのはここまで。ここからが本番です。
「チッ……」
兄弟子さんが離れていきます。
それと同時に、アリスさんとシーアさんが来ました。
「リッカさま。大丈夫ですか」
「うん。大丈夫」
「ここからが面倒でス。あの熊さんはどんな特性を持っているのでしょウ」
シーアさんの言うとおり、熊への対応です。剣が通るのか通らないのか、魔法の有無。武術の心得。まずは様子見で私がいきます。
「私が引きつけて情報を引き出すから、二人は観察と攻撃できそうならしてみて」
敵の前に走り出します。
「リッカさま、無理だけはなさらぬよう」
アリスさんからちょっと強めに注意されます。
「うん、怪我しないようにやるよ」
ライゼさんの攻撃による感電も解けかけです。頭を振ってますね。見た目が変化しているので、動物園にいる熊のような可愛さは欠片もありません。……私、動物園行った事ないですけどね。
「無理しないとは言いませんでしたネ」
レティシアがアルレスィアにそう話しかける。
「はい。ですけど……怪我しないと約束はしてくれました」
アルレスィアの目に、リツカの背中が映っている。噛み締めるような顔で見つめている。
「さくっとやっちゃいますヨ」
「もちろんです」
リツカを無理させない方法は一つだけだ。
「ウィンツェッツ、大丈夫か。今治療する」
「あぁ、悪いな」
珍しく素直に、ウィンツェッツがお礼を言う。
「お前のお陰で俺らも無事だった、礼を言うのは俺たちだ」
そういってにかっと笑う冒険者の面々。
「へっ……」
そっぽを向くウィンツェッツの顔に、不快感は浮かんでいない。
「それにしても、巫女様はすごいな。一瞬で三体か」
場に安心感と和みを与えるために世間話をもちかける冒険者。回りもそれに乗っかる。
「あぁ、すごいな。二体倒したのは辛うじて見えたけどよ。三体目はどうなったんだ?」
「なぁ、ウィンツェッツ。何がおきたんだ」
一番近くで見ていたウィンツェッツに尋ねる。
「……あの赤いの、”疾風”の出口を読んで斬りやがった」
ウィンツェッツはありのままを言う。
「それって、”疾風”の出口が分かった上に、そこを正確に攻撃したってことか……?」
そんなことできるのかよ。と驚嘆を口にする。
「そんなの、未来でも見えるのか? 巫女様は……」
驚愕と畏れが、ウィンツェッツの周りに漂ってしまう。
「わかんねぇ、未来は見えてねぇだろ。血まみれで帰ってきたことあるんだろ」
未来が見えたら血まみれなんてならない。
「あ、あぁ……あの時はいつも喧騒で溢れてる大通りが静まりかえってすごかったぜ」
「ライゼも、未来見てるみてぇに攻撃を読んできやがる。アイツもそれが出来る。その延長だろ」
アルレスィアとレティシアと作戦をつめ熊に向かっていくリツカを、ウィンツェッツも見る。そこから何かを得ようとするかのように。
「本当に、戦えるんだな。あの二人……」
冒険者の一人がそんなことを言う。
「当たり前だろうが。遊びで剣なんか持ってねぇよ。アイツは」
覚悟ってやつだけならあの阿呆よりも強く感じた。そうウィンツェッツは思っている。リツカのその点が、ウィンツェッツの興味を引いている。
(本気のアイツを見るチャンスだ。あの時はほとんど見れてねぇからな)
「剣士娘、片方はもらうぞ」
ライゼさんが体に雷を纏ったまま私に話しかけます。
「えぇ、それは構いませんけど……」
私のただでさえ跳ねてる髪が更に……まるでウニです。
「ん? あぁ、すまねぇな。許せ。後で巫女っ娘に梳いてもらえ」
ライゼさんがカカカと笑います。
それは、いい理由になりますね。梳いてもらおう。
「許してあげます。とりあえず私たちは、私が様子見に注意を引いて、アリスさんとシーアさんに作戦考えてもらいます」
ライゼさんに作戦を伝えておきます。先に倒せたらこっちに来てもらえるように。
「あぁ。だがあんさんも気づいてるだろう。アイツら硬ぇ上に何かありそうだ」
「えぇ、ライゼさんの”雷”で毛皮が焼けるどころか何一つ変化がありません。それに、”盾”を殴っているところをチラッと見ましたけど、腰が入ってました。破壊力ありそうです」
まずは分かっているところを確認していきます。
「あぁ、そしてやけに落ち着いてやがる」
ライゼさんの言うとおり、相手の落ち着きが異常です。こちらを観察するとかではなく、余裕をもっています。慢心とも思えませんね……。
「気をつけろ、剣士娘」
「はい、ライゼさんも」




