吹き荒れる⑤
「ウィンツェッツ、どうだ」
食事を終えたディルクが、警戒中のウィンツェッツに話しかける。
「あぁ、見える範囲にはいねぇな」
(気配ってやつを探ってみたが、わかんねぇ。独学じゃ無理があるか)
「よし、クリストフさん準備はどうだ」
慌しく片付けの指示を出しているクリストフだが、表情は柔らかい。
「もう少しで完了します」
「了解した。冒険者は各組に分かれ警戒態勢をとれ」
ディルクが号令を出す。出発までに後、五分くらい掛かりそうだ。
「なぁ、隊長」
「どうした」
ウィンツェッツがディルクに話しかける。任務中の為、ディルクは素っ気無く応えた。しかしウィンツェッツが何処か放っておけないのか、無視だけはしない。
「あんたは、あの小娘に命令されて、嫌じゃねぇのか」
質問の意図が量りきれず、ディルクはウィンツェッツの目を見る。真剣な目だが、ただただ解せないといった表情だった。
「まぁ、ただの小娘ならムカつくがな。あの方たちは実績がある。指示も、防衛班として長くやってた俺と同意見だった。マリスタザリアへの対応の仕方に限れば、最高の指示だった」
ディルクは小さく笑う。マリスタザリアへの対応の仕方に限っては、と言ったが、文句など一つもないのだ。
「何より、俺たちを純粋に心配しているって顔だったからな。俺たちの心配をしてくれる巫女様を邪険になんか扱ったら、俺たちは爪弾きものだろ」
それだけ言って、ディルクは作業に戻っていく。
(顔、か。俺からは見えなかったが、想像はできるな。北でのあの顔だろう)
四人で行った北の依頼の時、ウィンツェッツが「防衛班に任せればいい」と言った時に言い返してきた時の顔だろう。とあたりをつける。
(生意気なガキって言うやつは一人もいねぇな。これがアイツの評価か)
ウィンツェッツは超えるべき壁を理解することを始めた。壁を越えるために。相手を知ることをまず始めた。
そして、隊商は再び動き出す。
このままいけば日の入りまでに次の街につくだろう。順調に進んでいるようだ。
隊商が向かう先に、悪意が燻っていること以外は――。
「っ!」
「……」
アリスさんとシーアさんが何かを受信したようです。
私は準備を開始します。
必要な情報は距離と敵の数、種類。
薬類の確認、装備の点検を手早くすませます。走っていける距離でしょうか。
「リッカさま。三十キロ先です。数は六、小型四、大型二。うち一体の魔法を確認。”疾風”による強襲です。馬車の一つが大破。怪我人三。死者はまだですけれど、急ぎましょう」
アリスさんから正確な情報が伝えられます。
「船はお願いして南門に移動させておきましタ。私が”風”を送りまス」
シーアさんが朝のうちに船を動かしておいたようです。備えあれば、ですね。
それにしても六体……ライゼさんにも声を……。いえ、ライゼさんが必要とアンネさんが判断すれば連絡がいくでしょう。今は私たちが先行します。
「わかった。準備はできてるよ」
「よぉ、きたか」
ライゼさんにも連絡が行っていたようですね。
「ライゼさん、情報は」
「貰っとる。いくぞ」
ライゼさんが飛び乗ります。足場を用意する時間も惜しいというように。
「刀はいいんですカ」
シーアさんがライゼさんにそう言いながら乗り込みます。少し苦労しているので、下から私が足を押し上げます。
本気で聞いているわけでなく、あくまで場を和ませるための軽口っぽいですね。
「あぁ、刀優先なんて言ってたら剣士娘に投げられちまう」
「えぇ、”強化”魔法使って投げます」
私がライゼさんの冗談に、”強化”魔法を発動して冗談で返します。……冗談ですよ? 何を引いているんですか?
「私も魔法を撃つでしょうね」
アリスさんも銀色の魔力を練り上げながら冗談を言います。
そんなアリスさんを抱え、船に飛び乗ります。
「ありがとうございます。リッカさま」
「うん。じゃあ、いこっか」
三十キロ先です。急がないと。
「お師匠さン。今お姫様だっ」
「さぁ、魔女娘頼んだぞ」
ライゼさんがシーアさんの頭をガシっと掴み、舵の元へと歩いて行きました。
「くっ! ウィンツェッツ! 無茶すんな!」
ディルクが”盾”魔法を展開して凌いでいる。
使っているのはただの”盾”だけど、硬度だけで見ればアルレスィアよりあるかもしれない。防衛に適した護衛チームのリーダーというだけはあって、マリスタザリアからの攻撃を良く防いでいる。
「一体でも減らしとかねぇと、ジリ貧だろ」
ウィンツェッツが”風”を纏って小型の一体を相手取る。ドルラーム、北の時はアルレスィアとレティシアの連携で封殺した相手だ。
だがこの敵は本来難敵。角が羊のように捻じれているが、先端をこちらに向け突進時に突きさせそうなほど鋭利だ。毛皮に覆われているが、その毛皮が岩のように変質している。
(岩みてぇに硬ぇ――)
「が、問題ねぇ!」
ウィンツェッツが咆哮し、剣を抜き放つ。
「鋭き剣となれ風よ!」
鋭く斬れる風が、剣に纏わりつき、その剣に”精錬”よりも強い切れ味を与えている。”風”と”纏”を得意としたウィンツェッツだからこそ行える魔法。剣士であるライゼルトが、手放しに褒めていた二種の組み合わせだ。
「っォラァ!!」
リツカに見せた突進で向かっていく。リツカが言ったようにカウンターの餌食になりえるモノだが――相手は防御を上げるために硬い岩に変質させている。
つまり。
「グルフッ」
避けず、受け止め、弾いた後に殺す。その手法を選択する。
ウィンツェッツがそこまで考えたのかは分からないが、突進からの斬りつけは成功した。
「グ……ッ?」
今か今かと剣を弾くのを待っていたドルラームは、いつの間にか自分の体を見上げている。気づいたときにはもう、ウィンツェッツは次の敵を見据えていた。
「流石っ……選任だ。無理しない範囲で頼む!」
ディルクが大型二体の攻撃を耐えながらウィンツェッツへの命令を更新する。
減らせるうちに減らすのが得策だろう。
ジリ貧というウィンツェッツの言葉は正しい。じわじわと追い詰められていく焦燥感と恐怖は新たなマリスタザリアを生む。一体倒したことで、耐え切れるという思いがこの場に生まれた。
このまま後一体倒せれば、アルレスィアとリツカたちが間に合うだろう。できれば大型を一体倒したいと思っているウィンツェッツだが――。
(チッ……小型が邪魔で近づけねぇ。それに)
インパス三体の群。変質の仕方はそれぞれ別だ。脚が変質した個体。腕が人の様になり、拳を作れる個体。バンビのような角が前を向き、草食とは思えない牙がむき出しになっている個体。
違う変質をしているが、元が同じ動物だったからだろうか、それとも元々群だったのか、悪意の本質がそういったものだったのか。この三体は――連携してくる。
そして、リーダーとして動いていると思われるインパスは、”疾風”で馬車を強襲した張本人。ほかにも何か魔法があるかもしれない。
(早めに片をつけたいが、はえぇな。まぁ……赤いのと違って動きは見える)
ウィンツェッツが構え、一体ずつやっていこうとした瞬間、頭にある会話が再生される。
――悪意に憑依され、完全にマリスタザリア化するまでの時間は非常に短いです。
(なんでこんな時に――っ!)
嫌な予感に立ち止まるウィンツェッツ。
しかしこれは、ライゼルトも言っていた、経験による感知。
気に食わないが、剣士として上であると認めている相手の言葉がウィンツェッツの視野をほんの少し広くする。
ウィンツェッツが少し体を下げると同時に、ウィンツェッツの前を羽のようなものが通り過ぎていった。
「っ! 新手!」
大きく後退しながらウィンツェッツがディルクに警告する。その際腕にチクリと痛みが走った。腕に、羽根を二発受けてしまっていた。
「ウィンツェッツ! 一旦下がれ!」
治療にとディルクを呼び戻すディルク。しかし――。
「悪ぃな。隊長さんよ。そっちにはいけねぇ」
ウィンツェッツを三体のインパスの群が周りを囲み、新手の敵が頭上を飛び回っている。
「俺のことは気にすんな。こっちはなんとかする。前だけ見とれ」
方言を隠す余裕すらなく、ウィンツェッツは敵だけに注視する。
「巫女共もガキもそうだが、アイツがどうせ来る」
(今更どう接すればいいか分からん、そんな、あの阿呆兄貴がな)
と、ウィンツェッツは孤軍奮闘を開始した。
「続報です。ドルラームをウィンツェッツさんが撃破。その後マリスタザリアが増えました。チュイフです。ウィンツェッツさんが腕を負傷したようです。羽根が刺さったと」
アリスさんがアンネさんから連絡を受けます。やはり、増えましたか……。
「これで、熊二体、インパス三体、チュイフ一体か」
ライゼさんがその報せを聞き、兄弟子さんの名前に安心した顔をしました。私が見ていることに気づいて引き締めましたけど、目に怒りが灯ったように感じます。きっと傷つけられたからでしょう。
「ちゆいふってどんなのだろう」
もう言えないのは諦めましょう。この三人にはバレちゃってるもん。
「剣士娘、何涙目に」
「ライゼさん」
「すまん」
アリスさんがライゼさんの何かを遮りました。何かです、何か。ありがとうアリスさん。
「チュイフは鳥です、リッカさま。肉食で獰猛。最高速度はこの船の速度を軽々と超え、その速度で飛びながらも、地上の小さい獲物を正確に狙い獲ります。空の狩人と呼ばれ、村によっては狩りのお供に飼育していると聞いたことがあります。最大の特徴は身の危険を感じると羽根を飛ばしてくるという事です」
アリスさんから、ちゆいふの情報を教えてもらいました。隼のようなものでしょうか。羽根がなくなったら飛べなくなりますけど、命には代えられないということでしょう。動物の捨て身の攻撃は本当に危険です、注意しなければ。
「鳥、かぁ。私には対応できそうにないなぁ」
近接職の天敵である飛行種です。いつか来るとは思っていました……。
「俺はいける。まかせとけ。一撃で決める」
ライゼさんが目をギラつかせます。仇討ち、でしょうか。
「問題はインパスと熊さんでス」
シーアさんが運転しながら言います。この世界に免許はあるのでしょうか。
「インパスのうち一体は魔法を確認しています。”疾風”です。残りの二体も使えると仮定しておいたほうがいいでしょう」
「そうだね。”疾風”の対応は任せて。魔力色と風の揺らぎでどこにくるか分かるから」
風の道を作って高速移動する”疾風”。道はほんのりと魔力が漂い、風が乱れます。そこに剣を合わせればカウンターが決まるでしょう。
「まぁ……そんなこと出来るのはあんさんだけだからな。任せる。そうなると問題は熊か」
ライゼさんが自分の剣を触りながら言います。
熊との交戦経験は二度です。その二度に渡り、かの敵は進化を続けているのです。
「はい。剣が通るか微妙です。ライゼさんの”雷”を纏った剣ならいけるのでしょうか」
剣士にぴったりの魔法セットと言うことは、切れ味も上げられるのではないかと。
「あんさんの剣が欠片も通らなかったとなると、俺のも怪しいな。両断はできんだろう。二回か三回いる。一体は俺に任せろ。そん代わりもう一体はなんとかしてくれ。周囲の警戒も怠れんからな」
ライゼさんがにやりと笑いながら言います。任せても問題ないでしょう。ライゼさんになら、安心して任せられます。
ちゆいふと熊一体をライゼさん。インパス三体と熊一体を私、アリスさん、シーアさん。
「初手でチュイフとインパスのいくつかをやりたい。剣士娘、巫女っ娘、合わせろ。魔女娘は初手は船の操作だ。安全な場所に停めてから来い」
ライゼさんがそういいます。現場を見ないとなんともいえませんが、アリスさんの”光の矢”で射抜いたインパスをやります。
「チュイフは完全に俺にまかせとけ。インパスを頼む」
「大丈夫です。アリスさん」
「はい。リッカさま」
一番近いインパス1体または2体に光の矢を撃ちこんでもらいます。そして私が首を刎ねます。
誰よりも早く、閃光の如く動く必要があります。だから、私を射出してもらわないければいけません。
「シーアさん、北の時と同じ感じで私の合図で停めてほしい」
「えェ、それは構いませんガ。どんな作戦なんでス」
シーアさんにも分かるように言わなければいけませんでした。普段アリスさんとは名前呼ぶだけで通じるので甘えきってました。
「私が一番近いインパス一体か二体に”光の矢”を撃ちこんで」
「私が突撃して首を刎ねる」
「エ、えェ。わかりましタ」
シーアさんが了承してくれたので、この作戦でいきます。これからは気をつけないといけません。シーアさんも私たちの仲間になってくれたのです。ちゃんと分かるように言わないと。
「お師匠さんも名前呼び合うだけで通じ合えたりするんですカ」
「あぁ、俺は剣士娘同様そこそこ読めるからな。だが作戦内容とか伝わらんぞ……。出来て『そっち頼む』くらいだ」
「なるほド。つまりお二人は、夫婦」
「魔女娘、そろそろつきそうだ。俺も剣士娘と一緒に飛ぶぞ」
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