違う形で生きる人々②
「リツカ様の森好きは直接見てみたいですが、続きを始めましょう」
アンネさんの素直さって恐ろしいですね。私も気をつけないと。お師匠さんのように首を絞めます。
「おい……」
「ダメですヨ、続きが始まるんですかラ。婚約者さン」
「くっ……」
クふふふ。魔法の言葉です。
「本日の巫女様方の行動ですが、一件目の依頼は問題なく迅速に解決していただきました。ですが、問題は二件目です。本日はこのことでシーア様とライゼ様もお呼びしたと言っても過言ではありません」
どうやら本命はこっちのようでス。三件目はほぼ解決してましたかラ、報告でしたからネ。二件目。
「牧場の出来事ですネ。リツカお姉さんが泣いていタ」
「俺も気になっとった。何がおきたんだ?」
少なくとも、いじめられたとかではないはずです。
「牧場の方は感謝したかったようです。あの時のことを。それを伝えるために依頼と言う形で呼んだそうです……普通に呼んでも来てはくれないだろうからと。それに対しリツカ様は、謝っていたのです」
アンネさんが悲痛に顔を歪めます。私は聞いたことがあるだけですが、血まみれ怪力の事件ですよね。
「何を謝る必要があったんだ? 犠牲ゼロ被害ゼロな上に、化けもんの追加もなかった。正直言って、手際はベテランの域だ」
そうですね。牧場での発生でその戦果は最優秀です。謝る要素がありません。
「っ。リツカ様は、後悔していたのです。ずっと、今まで」
「後悔ですカ?」
「あの日、リツカ様の手順は、感染者の浄化、その間アルレスィア様がマリスタザリアの足止め、牧場の方の防衛、リツカ様は浄化後、マリスタザリアを投げ、マリスタザリアの腕を斬り、マリスタザリアの魔法による反撃を受けました、これをアルレスィア様が防ぎ、アルレスィア様の光との連携で首を刎ね落す。でした」
手際いいです。良すぎとも言えますね。一歩間違えれば被害が必ず出ていたはずです。魔法を使うマリスタザリアなんて恐ろしいにもほどがあります。
「やはり謝る必要性を感じん」
「……リツカ様は、あの時、アルレスィア様が攻撃を盾で受けているその姿が苦しそうだったため、怒っていました。だから、まずマリスタザリアを投げ、アルレスィア様を救助。その後態勢を立て直し討伐という流れです」
リツカお姉さんなら納得ですね。私が同じ立場で盾役がお姉ちゃんなら一緒のことをします。投げられないので、魔法で攻撃しますが。
「まさかたぁ、思うが。首をそのまま刎ねればよかったと後悔してんのか」
「どういう事でス」
「はい、その通りです」
アンネさんが肯定します。たしかにそれでもいいでしょうけど。
「ですが、これを行うには問題が二つありました。リツカ様は魔法の全力発動を行うためには木刀が必要です。そして首を刎ねるには剣でなければいけないという事です」
「リツカお姉さんハ、この世界に来るまで魔法を知らなかったそうですからネ」
《向こうには魔法がないのね》
「機械ってのがあるっつってたぞ」
向こうの世界の服や、リツカお姉さんの知性を鑑みるに、向こうの世界は魔法以外の技術が確立されているようです。
と、話が脱線しそうになりました。
「リツカ様が首を刎ねるには、一旦剣に持ち替え魔法を通常発動にする必要がありました。その間もアルレスィア様は攻撃に耐えることになります」
それは我慢できないでしょうね。投げるのが一番だったでしょう。スカッとしそうですし。
「リツカ様の謝罪内容は、こうです」
「アルレスィア様のために取った行為のせいで、戦いが長期化しました。申し訳ございません。自分が皆さんを守るためにできるのは倒すことだけなのに、最善を尽くせませんでした。です」
は?
「は?」
私とお師匠さんが同じ反応をします。だって、そうでしょう。巫女さんを優先することの何がいけないんです?
「……俺のせいでもあるな」
「どういうことでしょう」
「港の一件は伝えたな。巫女っ娘は頼って欲しいってのを教えたと」
「はい」
「だからだろう。後悔したんだ。あの時巫女っ娘は最善として盾を使っていたのに、自分は最善を尽くせていなかったってな。あの時やるべきは、巫女っ娘を守ることじゃなく、化けもんの討伐」
《自分の大切な人を優先しただけの自分が、感謝なんて受け取れない。むしろ謝らなければならないってところかしら》
なるほど。話は分かりました。
「後悔しても仕方ないのでハ? その時はまだお師匠さんに怒られる前だったんですかラ。それに、泣くほどのこととは思えないのですけド」
「剣士娘は、真面目だ。馬鹿がつくほどのな。それに不器用だ」
そうですね。私もそう思うようになってきました。気を抜けないとか。森とか。
「そんな剣士娘に牧場の人間が感謝してきたんだ。真っ直ぐのな。それまで考える余裕がなかったことが、後悔として襲ってきたんだろう。自分の情けなさとか、巫女失格とか、そんな感情が一気にな」
「……」
「まだ何かあるんだろうが。アイツはああ見えて、泣き虫だからな」
お師匠さん、意味深ですね。話した方が楽になりますよ。
それにしても、国王さんまで沈痛な面持ちになりました。
「今回だけじゃないんですカ?」
「あぁ、港で怒った巫女っ娘が一人で離れて行ったときにな。涙は流れてなかったが、この世の終わりみてぇな顔で今にも泣きそうだったぞ」
怒られて離れただけでそれって。
「リツカお姉さんに黙って巫女さんが居なくなったりしたラ、リツカお姉さんどうなるんですかネ」
「考えたくねぇな」
「大切な人を優先することの何がいけないのですカ?」
リツカお姉さんほど巫女さんを想っている人は居ません。そのことを皆知ってます。
「剣士娘も巫女っ娘も、”巫女”だ。人々のために役目を持った、な」
「そうだね。我々国民のために立ち上がってくれた方たちだ。今回はそれが仇となったけど……」
国王さんは分かったようで頭を抱えます。
《リツカ様は責任感もあるのね。でもその考え方は危険よ》
お姉ちゃんもですカ。
「リツカ様は、”巫女”として……英雄としてこの場に居ます。大切な人一人ではなく、全ての人のために戦う。そんな英雄に」
そんなの、無理ですよ。どうやっても犠牲は出ます。
「アルレスィア様は確かに一番大切な方なのでしょう。ですが、あの場において一番大切なのは迅速に安全を確保し、牧場の方を救うこと」
《シーアは、私のために戦うことを選んだからかしら。巫女様たちを尊敬しているのね。お互いを守りあうお二人を》
「はイ」
《リツカ様は、それだけじゃないの。巫女として本当に世界を救おうとしている。だから、一人のために戦って、戦いをほんの少し伸ばしてしまったことを、後悔しちゃったのよ》
「ほんのちょっとですヨ?」
二、三分もなかったはずです。防衛避難は完璧だったんですから。
《そのちょっとを、後悔してしまう。馬鹿真面目、ね。その通りって思っちゃうわね……。ただ大切な人を守る一瞬すら、いけないと思っちゃうなんて》
リツカお姉さんは、自分を追い詰めすぎではないでしょうか。
「あぁ、追い詰めすぎだな。そしてあの馬鹿娘のやることは目に見えとる。巫女っ娘を蔑ろにするっつー選択肢はない。でも他を疎かにも出来ん。同時にするためにアイツ、また無茶するぞ」
真面目で不器用。やっぱり、リツカお姉さんは放って置けませんね。私のほうが年下ですが。
「元は平和な世界の少女だ。我々の戦いに巻き込み、追い詰めてしまった」
国王さんが後悔しちゃいました。無理も無いでしょう。英雄的な扱いにした張本人ですから。でも、異世界から来た正体不明のリツカお姉さんを、手っ取り早く王国に馴染ませるにはそれしかないのではないでしょうか。
時間をかけるとこの世界では、噂が蔓延しますから。
「皆様、ご安心を。解決しています」
え?
「え?」
「え?」
《アンネは流石ね》
「アルレスィア様と牧場の方の言葉でその場で解決しています」
今までの話全部意味なかったんじゃないですか。リツカお姉さんの危うさは分かりましたけど。
「やはり巫女っ娘が居らんと剣士娘はダメだな」
「それデ、どうして私とお師匠さんまで呼んでその話ヲ」
解決しているなら、報告だけでいいのでは?
「はい。解決はしましたが、リツカ様ですので。またいつ無茶するかわかりません。見張っておいてください」
ずばっと言いましたね。否定できないくらいには、もうリツカお姉さんのことを分かった気がしてます。
「それは構わんが。魔女娘はいいんか」
ン?
「いいですヨ。私もしっかり見ま」
《シーア。帰ってくるって話忘れたの?》
「……この話の流れで帰るって選択肢出てくるのですか、お姉ちゃん」
《それはそれ、これはこれ。あなたはまだ十二歳。早いわ》
むむむむ、でも引けません。
「お姉ちゃん、私途中で投げ出したくない。それにリツカお姉さんは放って置けません」
《アルレスィア様が居るでしょう。さっきの話では、リツカ様にはアルレスィア様の言葉が一番ってことみたいだけど》
「そうだけど、リツカお姉さんにとっての巫女さんは、私にとってのお姉ちゃんですから」
正直言って、他人とは思えません。このまま放っておくって選択肢が出ないくらいには、二人の事を知ってしまいました。
「絶対に無茶します。最悪死んじゃいます」
《今日の話を聞く前だとあなたの言い訳って思ったでしょうけど》
「だから、私も最後までやりたいんです」
《シーア……。でも私はあなたが》
「大丈夫です。絶対帰ります。巫女さんたち連れて。巫女さんたちと約束したんです。平和になったら共和国を案内するって」
ただの口約束ですけど、あの二人との約束は破りたくないです。
「挙式をどちらで上げるか分かりませんけど、お姉ちゃんと国王さんの結婚式は見たいですし。クふふふふ」
《もう。はぁ……。一度決めたら曲げないのは、私に似たのかしら。嬉しいけど、今は複雑ね》
誰に似たのか。それはきっと、この場に居る人全員が分かってます。
《分かった。今回は私が曲がってあげる。お姉ちゃんだからね。だから、ちゃんと帰ってきなさい?》
「うん。お姉ちゃん」
私がお姉ちゃんを一番に想っているのは確かです。もちろん約束は守ります。でも――だからこそ、ここで引けないのです。
「はは、許しを得たようだね。シーア」
「やけにあっさりとでしたけど」
「最初から許すつもりだったろうからね」
「え?」
《コルメンス様……》
お姉ちゃんのこの声音、どうやら本当のようです。
「シーアの想いを知ってますからね。無碍にはしないでしょう。シーアが本当に魔王討伐をしたいと願っているか試したのでしょう?」
やけに強い言葉で私を帰そうとしました。試していたからですか。
《えぇ。でもね、シーア。帰ってきて欲しいのは本当だし、失いたくないのも本当よ。だから、ちゃんと約束は守りなさい?》
「……もちろんです。私はレティシア・エム・クラフト。魔女ですから。貴女の為の力を、世界のために、ほんの少し貸します!」
《フフ。えぇ、成長したあなたに会えるのを楽しみにしているわ》
「では、今日のことをアルレスィア様にお伝えします。全ては伝えず、花屋に好評でまた頼みたいと言っていた、と」
全部伝えちゃうと反対されるでしょうからね。
「あぁ、しかしどうやって花屋のことをお願い出来たのだろうか」
国王さんが疑問を持ちます。私も思いました。
「いつもリツカお姉さんが居るの二、どうやって内緒でお願いできたのかってことですネ」
「朝の日課の最中と、リツカ様は日記を書く時だけは一人になるようです。見られるのは恥ずかしいからとの事ですが」
アンネさんから衝撃の事実が伝えられます。むしろその二つだけなんですか。
「離れることあるんですネ。でも機会は二回だけなんですカ」
「離れていても、巫女っ娘が何かしたくらいは感じ取れるはずだが」
お師匠さんから更に衝撃なことが伝えられます。どんな魔法ですかそれ。厄介度が増しました。どうやっていじろう。
「アルレスィア様が言うには、日記の後だけは大丈夫です。と……その」
言いづらそうにアンネさんが言いよどみます。
「……声を震わせて、言っていました」
「アリスさん、日記書いてくるね。覗いちゃ、やだよ?」
「はい、ご安心ください。覗いたりしませんよ」
リッカさまが力なく笑顔を作り、扉の向こうに消えていきます。
――っ。
(”伝言”、アンネさんですか)
「……どうしました? アンネさん」
《はい、本日の花屋の件で。今大丈夫でしょうか》
「はい、その節はありがとうございます。リッカさまも楽しめたようです」
《よかった。それと先方から、また暇な時はお願いしたいとの連絡を受けました。どうでしょう》
「はい、リッカさまも乗り気でしたから。受けさせていただきます」
《ありがとうございます。それではまた明日、ギルドのほうで》
「はい」
「――」
「リッカさま……」
私はリッカさまが入った部屋の扉に触れます。本当は今から入りたい。でも、まだ……。
「リッカさま、いつか――リッカさまの口から聞かせてくださいね」
寝る準備をしましょう。リッカさまが安心できるように。
せめて夢の中では、幸せを……。
ブクマありがとうございます!




