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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
13日目、日常を想うのです
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違う形で⑥



 さて、今日の休憩所も大盛況です。診察は早々に終わり、アリスさんも調理場で頑張ってくれています。


 少し、小腹がすいたのか、アリスさんの料理の香りに自然と体が反応していまうのか、料理がいつもの何倍もおいしそうに見えます。


「ロクハナ様」

「な、なんでしょう」


 視線を料理から支配人さんに移します。


「いえ、先にまかないでも食べますか?」


 気を使われました。けれど……。


「だ、大丈夫です。最後まで出来ます」


 流石にここで食べますとはいえません。


「そうですか、ではお願いします」

「はい」


 私って、集中力もないんでしょうか、ね。戦う以外の能が無いのでは? と思ってしまいます。



「こんにちハ」


 シーアさんが座っていました。


「来てくれたんだ……ですね」


 つい普通に接してしまいます。シーアさんはお客で、私は給仕なのです。公私を分けるという当たり前は、ちゃんとしないと。


「敬語じゃなくていいですヨ?」


 シーアさんが疑問に頭を傾げます。


「お客様だから、敬語じゃないとダメかと思って」


 少なくとも元の世界ではそうだった気がします。


「そんなこと気にしなくていいですヨ。……リツカお姉さんには謝らないといけませんシ」

「ん?」


 シーアさんが後半おかしなことを言いました。


「実はですネ。……まァ、何れ分かることなので、今はいいですネ」


 えぇ……逆に気になります。


「それよリ、早速注文でス! 巫女さんの料理はおいしいと評判ですかラ」

「うん。期待してて? アリスさんの料理おいしいから」


 そう言ってシーアさんが注文していきます。

 ――、――、……え、こんなに?


「もう少ししたらお師匠さんが休憩にくるそうですヨ」


 シーアさんからライゼさんの動向が伝えられます。あぁ、ライゼさんの分もですか。なるほど。


「いつの間にそんなに仲良く。アンネさんに言いつけちゃお」

「お師匠さんとリツカお姉さんの防御無しの殴り合いですカ。見ものですネ」


 物騒なことをシーアさんが言います。どういうことですかそれ……。


「注文確認します。ホルスターンスープ一つ、チャーハン一つ、卵サンド一つ、カレー、パンセット一つ、アイスが一つ、ショートケーキが一つ、アイスソーダ一つ、アイス、ケーキ、ソーダは先でよかったかな?」

「はイ。お願いしまス」


 ライゼさんと一緒とは言え食べますね。私よりよほど腹ペコキャラでは。


「アリスさぁん。注文ちょっと多いけど、お願い」

「はいっお任せください!」


 アリスさんの満面の笑みです、私だけへのサービス、特権ですね。


「よぉ、腹ペコ血まみれ怪力泣き虫巫女馬鹿剣士娘」


 ……。


「お師匠様きてたんですか。アンネさんに内緒で美人さん引っ掛けて」

「いやぁ、まさか剣士娘が泣くとはな。どんな理由だったんだ?」


 ……。


「女性慣れしてない割には手が早いですね」

「そのケーキ私のですよネ。もらいますネ」

「また巫女っ娘を困らせたんか。馬鹿娘」


 ……こちらの弾が圧倒的に少ないんですけど。


「はぁ……。で、なんでそれ知ってるんです」


 私が先に降参します。


「あぁ、魔女娘が噂で聞いたらしいぞ」


 私はじっとシーアさんを見ます。


「カップルがたまたま見ていたらしいでス。ご安心ヲ、経緯も何も分かってませんシ、口止めしておきましタ」


 シーアさんはどこぞのちゃらんぽらんと違って優しいですね。


「ありがとうシーアさん」

「いエ、お気になさらズ。お師匠さんに情報提供料と一緒に口止め料も払ってもらいましたかラ」


 つまり、シーアさんが持ってきた噂を、ライゼさんに売ったと。その際カップルに対しての口止め料も払ってもらったから気にしないでくれ、と。


「知ってるのは、お二人だけですか」

「あぁ」

「はイ」


 はぁ……。記憶を消すツボとかありましたっけ。


「それも私のアイスでス」


 シーアさんはデザート系を頼んだんですね。


「じゃあ俺も頼むか」

「シーアさんが先に頼んだんじゃ?」


 チャーハンとかスープとか。


「ん? 頼んどらんぞ。そんなこと」


 ライゼさんが何のことかわからないと言います。


「ん?」


 シーアさんを見ます。


「全部私のですヨ?」


 えぇ。


「……ライゼさん。腹ペコのあだ名は返上します」

「あんさんも十分腹ペコ娘だよ」


 失礼な方ですね。



「リツカお姉さんは森好きって聞きましタ」


 唐突ですね。ライゼさん経由ですか。


「実際どんな感じなんですカ。”神林”というのハ」

「”神林”に興味があるの?」

「俺も気になるな。あそこには巫女しか入れんからな」


 なるほど。そんなに知りたいですか。森のことをこんなに知ろうとした人は初めてです。布教して、森に一生手を出そうなんて輩が出ないようにしましょう。


「そんなに気になるのなら――――まず木々が違います。外輪部の幹の太さから考えるに外側は約二百~三百年です。内側に行けば行くほど太く、逞しく育っています。中心部である湖では千年を遥かに超える大木一本が悠然と存在しています。圧倒的な存在感と、千年をゆうに超えても未だに衰えることのない生命力。湖は深く、全てを飲み込むようです。けれど、そこに恐怖はなく、全てを受け入れてくれるように在ります。森を一歩歩けば風が私を包み込み、草花がささやくように揺れ、匂い立ちます。酔うように激しく香ってくるにも関わらず、不快感はありません。自然な呼吸で森を全身に吸収できるのです。木々は密集している場所もあります。ですが全ての木が栄養を得られるように丁寧に密集しています。密集することで生まれる圧迫感は欠片もなく。私をその場で木々が迎えてくれているようです。時に開けた場所にでることもあります。急に開けたことによる解放感はすさまじく、空に浮いたと錯覚するほどです。かといって圧迫感が不快だったとはなりません。また戻ってもそこに深みがあるのです。時に暗く茂っているところがあります。足を入れることすら普通ならためらう場所であっても、あの森は受け入れて――」

「ちょ、ちょっと待て」


 ライゼさんが止めてきます。


「なんですか。まださわりの部分ですよ」


 身振り手振りを交え踊るようにくるくると回り”神林”の偉大さ壮大さ雄大さを、私の表現が許す限り行っていたのに。


 これでも本心は隠してるんですよ。本当はもっとすごいです。


「……」


 シーアさんがアイスを食べる手をとめ、目を丸くしています。


「リッカさまは森のことになると我を忘れますから、気をつけたほうがいいですよ」


 私の後ろに立っていたアリスさんが注釈をいれます。


「それを言うのがちょっと遅かったな、巫女っ娘。今、剣士娘は森娘となった」


 なんです、その森ガール。でもいいですね。森好きですし、しっくりきます。


「なんでこいつはこんなにも得意げなんだ?」


 ライゼさんが呆れます。が、今までのあだ名で二番目に納得できます。一番は巫女馬鹿ですけど。


「これは、忘れちゃってますね……。得意げな顔も可愛いですけれど」


 なんのことでしょう。私が忘れ? そして恥ずかしい。アリスさんが、仕方ありませんね、と微笑んでいます。


「今日は服着替えた後、そこそこ長かったですし。今は来客も落ち着きだしたところですから……」


 そう頬に手を当て困ったように笑います。

 ん……?


「リッカさま。ここ、休憩所です」


 指を私の前に立て、諭すような微笑みに顔を変えながら言います。その微笑みは、生暖かいです。


「そうだった」


 あれ、私何を。


「あぁ――っ」


 私はいつものように両手で顔を抑え、店の隅で丸くなりました。



「剣士娘、いや……森娘は森馬鹿だったのか」


 ライゼさんがコーヒーを飲みながら言います。


「リツカお姉さんってあんなに興奮して喋る事あるんですネ。巫女さん以外で興奮しないって思ってましタ」


 シーアさんが人聞きの悪いことをいいます。アリスさん以外で興奮しないって……間違ってませんけど、言い方がちょっと引っ掛りを覚えるのですけど……?


「勘違いなさらないようにお願いします。本当に久しぶりに森のことをしゃべることが出来たので、たがが外れてしまっただけです」


 アリスさんにはもうバレてるし、この二人にならいいやって。思っちゃいました。休憩所ってこと……忘れてました。


 でもアリスさん。それ、フォローにはなってないです。


「たが外れるってもんじゃなかったぞ」


 ライゼさんが呆れから思い出し笑いに変化していきます。ああ、ここが休憩所なければ……道場だったら……。


「リツカお姉さんってポンコツさんだったんですネ」


 あぁ、シーアさんの評価がまたマイナス方向へ……。ポンコツなのは否定出来ませんけど……。


「森娘はなんでも出来るって思われとるが、不器用だからな」

「はぁ……。ですから、我を忘れるようなことがなければ普段通りのリッカさまですよ」


 アリスさんがフォローしてくれます。


 いたたまれません。でも動けません。もうちょっと丸まろう。世界の音を遠ざけます。


 アリスさん達の声だけならまだしも、回りで聞いていた人達のヒソヒソ声はかなり、精神衛生上よろしくないものですから――。




「それにしてモ、気を抜るようになったんですカ」


 リツカがより丸まり耳を閉じている様子を見て、レティシアが尋ねる。すでにライゼルト経由で、リツカの()は伝えられていた。


「ん? 気とか抜いとらんぞ」


 ライゼルトが椅子に体を預けながら笑って乱れていた呼吸を落ち着けている。


 笑いすぎだと、アルレスィアに睨まれている。


「そうですね……。気は抜いてませんね」


 しかしアルレスィアは視線をリツカに戻し、「困った」と頬に手を当てている。


「ここが休憩所って忘れるくらいには抜けてましたよネ?」


 レティシアが腕を組み首を傾げている。


「いや、俺が変わりに警戒しだしたからな。()()()になっただけだ」

「ですね……」


 ライゼルトが眉間に皺をよせ、困った娘っ子だ。といわんばかりに唸る。


 リツカが、「自分では気が抜けていると思っていた」というのはこの自然体が関係している。悪意や負の感情を感じ取るまで、気が抜けている。と思っているのだ。


 診察中、悪意が現れる可能性のある場所、アルレスィアを守れるのがリツカだけの場合などは、意識的に周りを警戒し、気を張り詰めさせている。


 そして、信頼できる人が居たり、自分の目の届く範囲に常にいる場合に限り、自然体となる。


 でも、悪意や負の感情を感じ取るまで気が抜けている。なんてありえない。


 自然体でも、悪意を感じ取り対処する、この一連の動きはライゼルト以上であり、全ての脅威を取り除けるだろう。


 つまり……気なんて、抜けていないのだ。


「周りに気づかんかったのも、あの森娘はここの場に脅威はないからと意識してなかっただけだ。周りが見えなくなってはいたが、視えてはいた。この場で悪意が発生すりゃ、誰よりも先に対応するだろうよ。意識せずに警戒しとる。はっきり言って厄介極まりない。意識できてないことを矯正なんかできんからな」


 ライゼルトは治したいと思っているけれど、こればっかりはどうしようもないと半分諦めている。


「まったく、本当に難儀なもんだよ」


 その呟きは、リツカの癖に対してか。それとも――それでもリツカに頼らなければいけない、自分に対してか。



「暗い話は止めだ。部屋に戻れば休めるだろうよ。それで、森娘も森好きすぎ問題だがな」


 ライゼルトが話を戻す。


 ここに脅威はなく、落ち着ける場所である事に代わりは無い。リツカがこちらの空気を感じ取り緊張感を持つ前に、ライゼルトは空気を換えようとする。


「はぁ……ほどほどにお願いしますよ」

「ところで巫女さン」


 呆れながらアルレスィアはリツカの元に歩いていく。だけど、レティシアが少し意地悪な顔で止めた。


「”神林”と巫女さン、どっちがリツカお姉さんにとって一番、大切なんですかネ」


 ぴくっとアルレスィアが反応した。


「……一昔前の私であれば、そのことが気になったことでしょう。何しろ、”神林”を感じているときのリッカさまは本当に幸せそうでしたから」


 そういいつつ、レティシアに向き直る。


「ですけど、今は気にしていません。私に”神林”を感じると言っていましたし、何より……先日北で、ウィンツェッツさんから詰め寄られた際、木刀を投擲してまで止めてくださいましたから」


 そう言って微笑み、リツカの元に再度歩き出す。言うことは言った、と表現するかのように。


「どういうことでス?」

「まぁ、あいつが持ってる木刀は”神林”の核である大木から作られたそうだ。つまり、”神林”の分身だ。そこまで言や、あんさんもわかるだろ」


 レティシアの疑問に。ライゼルトが呆れた顔で笑う。


「あァ、そういうことですカ。本当に巫女馬鹿ですネ。リツカお姉さんハ」


 レティシアが何気なく見ていた行動。その時点で質問は無意味になっていたのだから。




「リッカさま。大丈夫ですよ」


 アリスさんが私の傍にきてくれます。


「この世界では”神林”を敬っている方ばかりです。リッカさまほどではありませんけど……皆さん少なからず”神林”を愛してますから、分かってくれますよ」


 アリスさんが私の傍に膝をついて私を慰めてくれます。そうは言っても、視線をすごく感じます。もうしばらくこのままでお願いします……。


「言いにくいことですけど、”神林”を褒め称えるリッカさまが、余りにも嬉しそうに踊りながらでしたので、そのことで注目を浴びているのかと」


 ミュージカルみたいになっていましたからね……。


 森に同じ気持ちを持っていたアリスさんとはお互い話し合うようにでしたけど……一方的に森を語れたのは、人生で初めてでした。


「興奮、しすぎちゃったかな……」


 向こうの世界では、”神の森”のことなんて、誰も気にしませんでした。

 こちらの世界だからこそ生まれた質問。我を忘れて語るのもしかたないのでは……?


「えぇ。可愛かったですよ?」


 アリスさんがそう笑顔で言ってくれます。


「もぅ、いじわるだなぁ。アリスさんは」


 私はまだ熱い顔が全部見えないように少しだけ膝から出し、少し拗ねた声音でアリスさんに言いました。


「はい。実は私、いじわるなんです」


 無邪気に私に言います。


「そんなアリスさんのほうが可愛いよ」


 と私は想ってしまうのでした。


「えっ!? ……はぅ」


 アリスさんが顔を赤くして私のように両手で顔を押さえます。


「どうしたの? アリスさん……」


 何かあったのでしょうか。


「い、いえ、今、リッカさまが私のこと……」


 声、出ちゃったんですかね。


「……ぁぅ」


 お互い、その場で動けなくなってしまいました。




ブクマありがとうございます!

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