違う形で⑤
「アンネ、巫女様たちの依頼終わったよ」
作業中の母さんが”伝言”でアンネさんと話してる。二人は昔からの友人とかなんとか。歳はちょっと離れてるけど。
《そう。ありがとう、ロミィ》
ロミィは私のお母さん、ロミルダの愛称。またお母さんが”伝言”を公開設定にしちゃってる。注意したいけど、今日のことっぽいし盗み聞きしてみようっと。
「いいってことさ、前来た時は驚いたがね。花屋に巫女様たちがくるなんてってね」
母さんが少し、はにかんでる。その時私は居なかったけど、お母さんが驚いてたのは覚えてる。今日の感じだと、リツカさんがお花好きすぎって感じ?
《あなたから花屋に巫女様方が来たと聞いたときに、息抜きに行ったのだと思ったの》
「息抜き、ね。確かに普段二人で歩いてるときのような感じで花を見てたよ」
てっきり、二人で居るからだと思ったけど。ってお母さんが言ってるけど、なんの事だろう。
《お二人は、お二人だけの時しか気が抜けないの。アルレスィア様はしっかりご自身で調整できているけど、リツカ様は》
「そうだったのかい。それで、私に手伝いの依頼を出させたのはなんでだい? ただ息抜きに花屋に行ってこい、じゃダメだったのかい」
息抜き、だったんだ。でもどうしてそんなことを? お母さんと一緒の疑問が湧き上がる。何でわざわざ任務にしたんだろって。
《リツカ様は、そんな言葉だけでは休めないから。仕事でもしてないと、他に気を割きすぎるから》
「なんだい、その難儀な性格は。それは息抜きになるのかね」
お母さんがため息。私もちょっと苦笑いしちゃうかも。そんな気難しい人には見えなかったけどなぁ。
《あなたから見て、今日のリツカ様はどうだった?》
「ん? 普通だったよ。花に夢中になってたり、巫女様をずっと見てたりしてサボってたから、頭小突いてやったよ。噂が嘘なんじゃないかって思ったほどだよ」
お母さんが思い出し笑いしてる。確かに、噂で聞いていたような、化け物を投げたり切ったりっていうのからはかけ離れてたなぁ。私と変わらない花が好きすぎる普通の子。
《きっと、わざと当たったのね。それが普通の日常だから》
「どういうことだい」
お母さんの顔が険しくなった。何か、このまま聞いちゃ駄目なんだって、思ってしまう。でも、足が動かない。
《リツカ様の噂は本当よ。怪力ってわけじゃないけど、投げたのは本当》
「……」
《でもだからと言って、その技術を使って、日常を壊したりはしないわ。相手が敵対しない限りはね……。ただ働いて、サボったら怒られる。こんな普通が、リツカ様には尊いの》
日常を壊さないために、努力が必要……? 良く、分からない。そんな風には見えなかったし、普通に……私との会話を楽しんでたように感じたけど……。
《今回の花屋の依頼、元はアルレスィア様からのお願いよ。お花屋さんのお手伝いみたいな依頼はありませんか。って”伝言”で聞かれたわ》
依頼を冒険者が選ぶっていうのは、当たり前なんじゃ……。
《理由を聞いたら、さっきのことを言われたの。ただ、普通に働いて、普通に怒られて、普通に日常を送れる。そんな時が、少しはあってもいいと思うのです。ただ、日常を送れる。それが……尊いのです。って》
普通に笑顔だった二人の顔が、思い浮かぶ。自分で作らないと、あんな時間も、手に入らないの……?
《本当は、休憩所での手伝いがその時間だったらしいのだけど、悪意の、人間への感染に対処できるのはお二人だけだったから……その時間にマリスタザリア関係を入れてしまったの》
それも、聞いた事がある。まだ行った事はないけど……『感染者』っていうのから、二人が守ってくれる、って。
《そのことをお二人が嘆いたり嫌がったりはないの。いつもどちらがやるか話してるわ。アルレスィア様が、リツカ様に給仕をしながら日常を謳歌して欲しいから、と最近はアルレスィア様がずっとやってるみたいだけれど》
アルレスィアさん、リツカさんの事が本当に……大切、なんだ。
《リツカ様が、アルレスィア様をずっと見てたって言ってたわね》
「あぁ、食い入るように見てたよ」
《見えてないと、不安なのよ》
不安……。
《先日、ギルド……襲われたでしょう》
「あぁ……」
《そのこともまだ解決したわけでもないのに、悪意もマリスタザリアも何も関係ない人が、アルレスィア様に攻撃を仕掛けたの》
「なんだって?」
《そのことで、リツカ様、また警戒を強めてしまった、と。もう町中も安全ではないと。ライゼ様もリツカ様の異変に気づいたけど……。それでも、こればっかりは変えられないって。アルレスィア様が少しでも危険なうちは妥協を引き出すことは難しいと》
街中が、安全じゃない……? でも、二人からはそんな、警戒心? みたいなのは感じなかった……。
《給仕のときも、ずっと警戒していたって。少しでも診察中のアルレスィア様に邪な感情が向くと、敵に向ける目で睨んだ、と》
「逆じゃ、ダメなのかい? 診察と給仕を逆にすれば、その警戒するっていうのだけはなくせるんじゃ。それに今日は、そんなことなかったけど」
《リツカ様は、どんな状況でも警戒はとかないわ。二人きりかライゼ様が変わりに警戒してない限り、給仕でも診察でも、変わらないの。それならば負担の少ない給仕をしてもらう。ということなのよ》
良く分からないのは変わらなかったけど、リツカさんが苦しんでいるっていうのは……伝わった。
そしてそれが、どうしようも出来ない事で……アルレスィアさんも苦しんでるって……。
《今日なかったのは、給仕の場は診察所も兼ねているから、『感染者』候補が集まるの。余計に過敏になっているのね。だから、それがない花屋、リツカ様の好きな花を売る場で日常を感じて欲しいと》
「なんだい、それは」
《ごめんなさい。あなたのお店を使っちゃって》
「謝って欲しいわけじゃないよ。ただ……そんなの、悲しすぎるじゃないのさ」
当たり前の日常すら、自分で作るしかない。
私たちがただ勝手にやってくるだけの日常を、送っている間に……リツカさんもアルレスィアさんも闘ってる。
それも……化け物だけじゃなくて、人まで……敵に……。
「なんで、そこまでしてくれるのさ。巫女様のことを大切に思って、その為ってのは分かるけど。私たちの世界まで救うってのはあの年齢の子には大きすぎるでしょ」
別の世界から、来たんだって、お触れに書いてた。実際そうなんだと思う。
あの歳で字がまったく分からないなんて、この国ではありえない。この国の識字率は高いって、習ったから。
そんな別世界から来た方が、どうして私たちのことまで……?
《それは、リツカ様にしか分からないことよ。アルレスィア様なら分かってるかもしれないけど、これは、教えてくれそうにないわ。ただ、分かっているのは……リツカ様もアルレスィア様も、本気で世界を救って、平和にしようとしているってことだけよ》
私は、言葉に出来ない感情に、下唇を噛んでしまいます。
「本当に、普通の子だったよ。うちの娘と普通に会話してたのよ。なのに……そんな時間すら、用意しないと送れないっての?」
望んで、そうなったのかな。気になる、けど……私には聞く勇気はない。ただの興味本位で聞くには、重すぎるから……。
《お願いが、あるの。ロミィ、たまにでいいから。また二人のために時間空けてくれないかしら。ギルド所属の私たちには、できないことだから》
「そんなことかい、言われなくてもこっちから押しかけるわよ。売り上げは実際上がってるもの。それを理由にすりゃ怪しまれないでしょ」
私も……力に、なれるのかな……。
「あんたも、いいね。友達がまた働きに来ても」
お母さんが私に向かってる。バレてた、みたい。
「うん……。もちろんだよ。二人のこと、もっと知りたいもの。……いつから、気づいてたの」
「馬鹿だね。そんなに泣いてちゃ誰だってわかるよ」
泣いちゃダメって思えば思うほど、涙が零れる。
もっと、大切に毎日を送ろうと、決めた。だって……あの二人が創ってくれた日常は、こんなにも尊いのだから……。
「でもどうして私にそのこと教えたんだい。ただまた手伝い頼んでくれ。でも私が断らないのわかってたろ」
《私たちギルド関係者以外の理解者は、いつか巫女様たちの心の支えになってくれるはずだから》
理解者。それが二人の為になる……。理解するって、どういう事なんだろう。授業に出てる時には絶対に出来ないくらい、真剣に考えてしまう。
《今は、これだけ知っていて》
「あぁ……」
《それじゃあ、ありがとう。ロミィお礼はするわ》
「いらないよ。たまにでいいから顔みせな」
《わかったわ》
……。
私たちギルドは、守られる側ではなく、守る側。理解者ではなく仲間。
誇らしい。お二人の担当になれたことは私の誉れ。でも、だからこそ……悲しい。
私ではお二人の気苦労を取り除けない。
守られる側の理解者をあの方たちは進んで作らない。
理解者ということは、知ることだから。この国のどこにも平和がないという現実を。
知れば、絶望する。絶望はマリスタザリアを更に生み出す。そんなことになれば……国民は……。
守る側の理解を得られないなんて、そんな孤独まで二人に背負わせたくない。
だから、知ってもなお絶望しない。そんな人を選んだ。
彼女は芯が強く、愛情深い人。彼女なら絶対に二人の支えになってくれる。
私はお二人を支えきる、どんな手を使っても。
それが例え……お二人の意向を無視する形になろうとも。
それが、私の務め。巫女様という救世主にすがるしかない私に出来る唯一のこと……。




