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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
13日目、日常を想うのです
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違う形で④



 三件目のお花屋さんです。


 アリスさんが私の様子を見て、受けてくれたものです。アリスさんがせっかく気を使ってくれたんです。がんばります。


 お昼は、牧場の方たちが振舞ってくれました。あんな情けない姿を見せたにも関わらず、優しくしてくれたのです。


「……腹ペコ血まみれ怪力泣き虫剣士娘」

「り、リッカさま?」


 アリスさんが私の呟きに動揺します。


「また、増えないかな」


 私は肩を落としてしまいます。半分以上自業自得過ぎるのが、やるせないのです。


「大丈夫ですっ! 牧場の方たちに限ってそんな言いふらすようなことはっ」


 アリスさんが言うように、牧場の方たちに限ってはありえないでしょう。


 ですけど……。


「でも、あの師匠なら……」


 あの人どこから情報得てるんでしょう。


「流石に、気にしすぎだと思います」


 そう、ですね。増えたら増えたときですね。


「ライゼさんには関節技を教えてあげますから。体に直接」


 増えようが増えまいが、もうやるのは決定しています。


「血まみれ怪力剣士娘を広めたのは確実にライゼさんでしょうからね」


 はぁ……。とアリスさんがため息をつきます。呆れつつも、私の制裁には反対しません。

 お覚悟を。



「ぶえぇーっくしょい!!」


 武器屋のライゼルトが再び、悪寒に震える。


「……そんなに出ていきてぇのか?」


 武器屋の主人がライゼルトに、二度目の警告をする。


「俺は構わんが、作っとるのは剣士娘の刀だぞ」

「はぁ……分かったよ。赤の巫女様のっていうならしかたねぇ」


 ライゼルトのニヤついた顔に、店主は諦め気味にため息をつき、作業に戻った。


 そんな武器屋に、ライゼルトは更に笑っていた。


「なんだ、剣士娘が始めて来た時と偉い違いだな。カカカッ」


 そして製作中の刀に向き直り、真剣な顔になった。


「あん日は、小娘が生言いやがって。つってたろ」


 力強く、ライゼルトは鉄槌を振り下ろす。


「しかたねぇだろ……。誰があんな子が剣士なんて思うかよ。お前じゃねぇんだから分からねーよ」


 斬れるのが欲しいとよくわからないこと言うし。と店主はおろおろとしている。


「実際、化けもん相手に普通の剣じゃ二,三回も斬りつけりゃ折れる。あの剣士娘はうまいことやっとる方だ。だがな、あいつが持ってるのは確かに中々のもんだが、ここの剣の延長だ」

(このことを剣士娘に言ったら渋い顔はしたが、否定せんかったな。あん時の顔は……理解はしとるが、そういう問題じゃねぇ、といった感じだったな)


 と、ライゼルトは思い出す。


「あれで満足できないのか。お前が作ってるそのカタナってヤツもわけわかんねーし」


 ライゼルトの作業を見ながら店主が深くため息を吐く。


「俺もよくわかってねぇ。俺の元々の剣が刀に似とるっていうが、アイツが言うには刀身に波紋が浮かぶらしい。使った材料の特徴とかじゃなく、職人が造る人工的な波紋がな」


 峰、鎬地、鎬筋、地と層のように出来、地の部分に刃紋が浮かび上がある。


 切っ先が大きく曲線を描き、刀身は緩やかな曲線を描く。切っ先と物打と呼ばれる部分の境は綺麗な直線が浮かび、ただ出来たものを研げばいいというわけでなく、作る過程で刃紋が出るように鍛え上げなければならない。


 芸術としての価値もあるのが、日本刀と言われている。


「剣士娘に絵を描いてもらった。ほれ」


 そう言われ渡されたのは、形やその部分の用途、といったものは書かれているけど、どう造ればいい。というのは詳しく書かれていない。


 酷く大雑把な図面だった。お世辞にも上手とはいえないが、どこかファンシーさのある味のある絵だと、アルレスィアが褒めていた。


 ちなみにライゼルトにはそれが、でかい爪楊枝に見えるらしい。


「この世界の字がわからんから、と。巫女っ娘に言葉と体で一生懸命説明して書いてもらっとった」


 分かってないことを教えることはできません。こんなことなら勉強してくればよかったですね。と真面目な顔で言われた時には思わず笑っちまった。とライゼルトは思い出している。


(全く。面白い娘っ子共だ)

「長い時間をかけて研究してぇが、今は時間がねぇ。刀身自体は俺の知っとる限りのことしかできん、と言ったらそれでいいと。とりあえず切れ味重視。そして形はそれがいいってな。なんでも柄って部分にあの娘っ子の木刀を使うらしい」


 ――……刀が欲しいというより、使い慣れた形のよく斬れるモノが欲しいのです。そして何より重要なのは、柄に木刀を使うということ。職人であるライゼさんを前に言うのは憚られますが、ただ斬れるのが欲しいのです。


 そう、リツカはライゼルトに向かって言った。


(馬鹿野郎どもに言われたら絶対に造ってやらんが、剣士娘は別だ。あの目を見て断れるやつはいねぇ)


 常に火を灯しているリツカの目が、更に激しく燃えたように錯覚する程、この刀の完成に全てがかかっているのだ。


「細けぇことは、どうでもいい。俺は俺の出来る事を全てやる。剣士娘の本気もみてぇしな」

(あいつはただの剣じゃ魔法を全力発動できねぇ。これの完成が本当に、あいつの希望だ)


 守るために、文字通り命を賭ける大馬鹿娘。死なせんために俺の出来ることをやるだけさ。とライゼルトは真剣に刀製作に向き直ってくれる。

 

 そんなライゼルトと店主を、小さい影が見ていた。



「真面目な雰囲気ですネ。領収書を渡す空気ではないでス」


 武器屋の扉から中を覗いて居ますが、これは今渡せませんね。断られそうです。


(リツカお姉さんが牧場で泣いていた、という噂話をネタにもう一枚領収書を受け取ってもらおうと思ったのですがね)


 牧場に散歩に行っていたお馬鹿カップルが見たという話ですが、なぜ泣いていたかという肝心な部分を知りませんでした。牧場の方は教えてくれそうな感じじゃなかったですしね。


 巫女さんが、ただただリツカお姉さんに寄り添っていたってことは、泣かされた訳ではないでしょう。


(もし泣かされたなら、牧場は大惨事でしょうからね)


 本当にそんな事にはならないでしょうが、巫女さんのイメージが変わっていたでしょう。 


 ただでさえ既に、リツカお姉さんの事になると普通の女の子みたい。と街で噂になっているのに、次はリツカお姉さんのことになると人が変わる。と親しい人達と同じ評価になってしまうでしょうね。


 あの二人、自分はしっかり周りを見ているという雰囲気纏ってますし、実際よく見てますが、自分の事はてんでお粗末です。


「巫女っていうのは自分に無頓着になってしまうんですかネ」


 お師匠さんやアンネさんに聞いた限りでは、致命的な無頓着ではなくズレている、でしたね。


 聞けば聞くほど私もそう思います。


 巫女さんはほんのちょっとズレていて、リツカお姉さんはズレズレです。男性のことを理解しきれてませんよね。極端に危険視しているだけって感じです。


(気配とか感情とか、そういうの読めるとあんな風になるんですかね)


 まァ、なんにしても、お二人は良い人です。


 異国の私に普通に接してくれますし、一人前の仲間として頼ってくれます。


「リツカお姉さんが泣いていたことは、黙っておいてあげますかね」


 その変わりこの領収書はリツカお姉さんに受け取ってもらいましょう。あのお馬鹿カップルの口止め料含めて。


「おい、魔女娘。何の話だ? 剣士娘が泣いてたっつーのは」


 リツカお姉さン、ごめんなさい。領収書はお師匠さんが払ってくれるようです。




 私の背中に、ほんの少しの寒気が走ります。


「リッカさま、お寒いですか? 先ほどのお手伝いで少し汗をかいていましたし、風邪には気をつけませんと」


 アリスさんが心配してくれます。初めての酪農に少し興奮してしまいました。牧羊犬もかくや、って感じです。


「ありがとう、アリスさん。でも大丈夫と思う。これは……悪寒だから」


 母から叱られる時などに感じたものです。良い予感が欠片もしません。


 っと、お花屋さんにつきました。花の良い香りがします。


「ようこそ、巫女様方。今回はお客としてじゃなく、お手伝いさんとしてだけどね」

「ちょっと、母さん。巫女様にそんな」


 お花屋のお姉さんと、その娘さん……ですかね。お姉さんのほうは前に来た時に少し話をしました。娘さんが居る年齢だったとは。美容魔法とかあるんでしょうか。


 娘さんは、黒い髪を目が隠れるくらいまで伸ばしていますが、緑色の目でしたね。お姉さんと一緒です。


「そんなに畏まっても仕方ないでしょ、これから手伝いとして働いてもらうんだから。メリハリはきちんとしな。あんたも母さんじゃなくて店長、でしょ」


 私はこの方がいいですね。これぞバイトって感じです。


「本日はお手伝いの依頼を受け参りました。よろしくお願いします」


 アリスさんがそう伝え、私と共に一礼します。


「あぁ、よろしく頼むよ。さっそく着替えてきて」


 やっぱり、必要なんですね。


「はい……」


 最近はお手伝い中に行う診察も、アリスさんだけでやれる人数なので、私はずっとこの服着てます。手馴れたものです。ふふふ……。


「やっぱりこういうのがいいのかねぇ。あんたも着なよ」

「母さ、店長、勘弁してよ……。あんなの私が着たらただの笑いもんだって」


 笑いもの、ですか……。そう思いスカートをつまみます。やっぱり、まだ珍しいんですね、これ。本当に流行るの? 


「あっ……。ち、違いますよ。巫女様方がそうだと言う訳では」


 娘さんに勘違いさせてしまいました。


「いえ、大丈夫ですよ。ただ、本当にこの服、いつか流行るのかなって」


 支配人さんは、こういったのが増えているって言ってましたけど、見かけませんよ。


「かわいいとは思うのですけど……その、敷居が高いといいますか」


 しどろもどろと娘さんが応えてくれます。

 敷居、金額の問題でしょうか。オーダーメイドでしょうし。


「おしゃれってお金掛かりますからね。手軽に手に入るようになれば良いんですけど」

「えっ」

「え?」


 何か間違えたのでしょうか。娘さんが困惑の声を上げています。


「リッカさまは、鈍感なものですから」


 アリスさんがはぁ……。とため息をつき頬に手を当て言います。

 私としては、アリスさんのほうが結構鈍感と――。


「リッカさま」

「はい」


 アリスさんがジト目になってしまいました。


「巫女様たちって仲いいんですね。それに」


 娘さんが私たちを見て言います。が、何か言いよどみました。


「遠慮せずどうぞお願いします」


 アリスさんが続きを促します。

 王族や貴族って訳じゃないんです。気を使う必要はないのですよ?


「は、はい。……その、普通の女の子っぽいな、と」


 ……巫女とか、剣士とか言われますけど、私はもともと、ただの学生でした。アリスさんは、ずっと巫女として生きていましたけど、私の前では普通の、同い年の女の子として居てくれます。私のために、普通で居てくれます。ずっと気を張らなくていいように、私が……普通で居られるように。


「はい。私たちも普通の子ですから。ですから、そんなに畏まらなくてよいのですよ?」


 アリスさんが、慈愛の表情を娘さんに向けます。

 私たちを普通と言ってくれた、優しい娘さんに向けて。


「――。は、はい。アルレスィアさん。ロクハナさん」


 少しぎこちなくですが、娘さんが私たちを名前で呼んでくれます。


「私の名前は、後ろが名ですので、リツカでいいですよ」


 そう笑顔で伝えます。


「はい、リツカさん。私はリタです! ところで、お二人は愛称で呼び合ってますけど」


 これが娘さん、リタさんの素なのでしょう。ガールズトークが始まります。


「えぇ、特別な証です」


 アリスさんが笑顔で言います。すごく恥ずかしいですけど、本当のことなので。


「そうなんですね!」


 そうリタさんがウキウキと言います。色々追求されそうです。

 そんな私たちを、店長さんが微笑みながら見ていました。


「ほら、あんたたち。そろそろ仕事しておくれ。リツカちゃんとアルレスィアちゃんはこっちで研修をちょっとやるよ」


 店長さんの号令で、ガールズトークは終了します。


「「はい、店長」」

「二人とも息ぴったり……。後でどうやって出会ったかとか教えてくださいね!」


 リタさんがそう言って店に戻っていきます。


「時間がありましたら、ぜひ」


 アリスさんがそう言います。出会ったときの色々な出来事を思い出し、私の頬は少し赤くなってしまいました。


「それじゃあ、頼むよ」


 店長さんが笑顔でそういって、私たちの仕事が始まりました。


 その後は、花に夢中になりすぎた私が店長さんに小突かれたり、アリスさんを見すぎて頬を伸ばされたり、花の名前間違えたり……私しかミスしてませんね。


 アリスさんもずっと笑顔で私を見ていました。だから、まぁ、いいんですかね。ミスがないようにだけはしたいです。


 また一つ。私のポンコツが判明してしまいましたね……。


 リタさんと、仕事後少し話をして、そのままの格好で宿へ戻っていきました。

 これから休憩所でも働くので。


 また暇な時は頼むよ。と店長さんにお願いされました。花をまた見たいですし、リタさんともまた話したいですね。とアリスさんも言っていましたから。お言葉に甘えて、また行こうと思っています。


 お手伝いだったのに、息抜きになってしまいましたね。

 



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