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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
13日目、日常を想うのです
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違う形で③


 さて、二件目ですね。加工場のお手伝いです。


 牧場に行くのはあの時以来ですね。今回は変なイメージは生まれないでしょう。多分。


「加工場、ですか。あの時を思い出します」


 アリスさんが同じ事を考えていたようで、苦笑いを浮かべています。。


 私はあの時、反省したはずなのに、次へ全く活かせていませんでした。アリスさんを再び怒らせてしまったのですから。


「そうだね……あの時よりは、ちょっとは成長できてると思う」


 アリスさんのピンチには、まだ暴走してしまいます。それでも、一歩くらいは進めたかなと、思っています。


「えぇ、リッカさまはちゃんと成長してます」


 ふふふ。とアリスさんが笑顔を向けてくれます。


「うん……ありがとう」


 アリスさんへ微笑み返し、加工場のお手伝いの内容へ思いを馳せました。



「ようこそ、いらっしゃいました。巫女様方」


 酪農家の牧場主さん? 社長さんと思われる方がお出迎えしてくれます。あの時も代表してお礼を述べてくれた方です。


「本日は、加工の手伝いをしていただけるとのことで、ありがとうございます」


 そう社長さんは言いますけれど、様子が少しおかしいですね。従業員の方も一緒になってお出迎えとは。今から作業開始なのでしょうか。


「お手伝いというのは建前でございまして。本当は……あの時のお礼をしっかりしたいのです」


 あの時、牧場での一件ですかね。でもあれは……。


「お二人は、当然の事と仰りました。冒険者の試験で偶々だったからとも。ですが、我々が救われたのは事実なのです。巫女様が盾を作ってくださらなければ、誰かが死んでいたでしょう。赤の巫女様が迅速に倒してくれなければ、マリスタザリアが増え、更なる被害が出ていたでしょう。我々だけでなく、多くの命が失われたかもしれないのです」


 あの時のように、頭を下げてくれました。


「感謝と共に、謝りたいこともございました。赤の巫女様を、剣士様とお呼びしてしまいました。申し訳ございませんでした!」


 剣士であることは、間違ってないのですけれど……。私は剣以外でマリスタザリアを倒せません。


「我々一同、ずっと感謝と謝罪をしたかったのです!」


 社長さんはまっすぐ、私たちを見ています。


 その目は、素直に私たちに感謝を、そして私には謝罪を、と伝えているようでした。まっすぐ、何の裏もなく、私にもたらされる感謝。私はちゃんと、この人たちを、救えた。そう思ってしまいます。


 ですけど……私はアリスさんを助けることだけを考え、あの時行動しました。アリスさんが襲われていることに怒り、自分を見失ってしまいました。


 集落の時と一緒です。私は本当は、アリスさんのことだけでした。集落の人のためでもあった。そうアリスさんは言ってくれますけれど、私は……ただアリスさんを失いたくなかっただけです。


 私は、自分が情けないです。皆を救えたと、思い込もうとしていただけの私に、この方たちは感謝を伝えてくれます。こんな……身勝手な、私に。


「リッカ、さま」


 アリスさんが私の頬に指を添えます。何故か、酪農家の方たちも私を驚いたように見ています。そっと、自分の顔に手を添えます。濡れて、る?


「あ、れ……? なんで――っ」


 私の目から、涙が流れています。自分ですら気づかない涙。これを流す時の私は……私、は。


 私は両手で顔を押さえます。照れ隠しではなく、ただこの涙を、誰にも見られたくなくて――。


「あ、あの……巫女様。赤の巫女様は」


 牧場の方が困惑し、アリスさんへ状況の説明を懇願します。


 いきなり泣き出した私、どう思われているのでしょう。表情は、見えていません。まだ、涙はまだとめどなく流れています。手を、顔から離すことができません。


「申し訳ございません、説明することはできません。ですけれど、皆様のせいではございません。リッカさまは決して、皆様の行いに傷つき涙を流しているわけでは、ございません」


 アリスさんが、私の変わりに弁明してくれます。急に泣き出したことで、勘違いさせてしまわないように。


 そうです、ね。傷ついたわけではありません。私は……感謝をいただけるような、そんな人ではないのです。……決して。


 アリスさんは、みんなのために”盾”を張って、守ることを優先していました。きっとあの時、みんなは安心したことでしょう。現に、マリスタザリアの後続は一切なく、あの一体だけでした。


 私は……ただ、怒りのまま投げました。あの時も、指摘されたことです。後ろから迅速に、首を刎ねればよかったんです。なのに私は……投げました。アリスさんが苦しそうだったから、と。身勝手に戦いを長期化させました。


 『迅速に』と、社長さんは言ってくれましたけど……そんなわけ、ありません。


 アリスさんが、あの時叱ってくれて、それで……終わった気になっていました。


「――……なさい。ごめ、んなさい。ごめんなさいっ」


 謝らなければいけないのは……私、なんです。


 私の中で、音を立てて――崩れていきます。


 あの港の丘で、自分の弱さと身勝手さを自覚したことで生まれた、後悔が、■■を壊していきます。このままでは、私の隠していたものが……溢れて――。


 私に、守る力はありません。倒すことでしか、守れません。それなのに……倒すことすら、まともに――。


「リッカさま」


 アリスさんが私を抱き寄せました。


「それで、良いのではないでしょうか」


 アリスさんが私の頭を撫でます。


「完璧な人間なんて、居ません。ですから、間違えることもあります」


 アリスさんはゆっくり私に言い聞かせます。


「リッカさま。ですから、今まで通り……私を守ってください……。あの港の丘で、言ったではありませんか」

「ぁ…………っ」

「リッカさまが守りきれないものは、私が守ります。ですから、私を守ってください。そうすれば……後悔なんてさせません」


 声が出ないように、必死に、押さえ込みます。 

  

「私が、守ります。後悔なんてしないでください。リッカさまが助けた命は、ちゃんと生きているのですから」


 アリス、さん。


「――っ」


 私は、両手を顔から離し、アリスさんの顔を見ます。


「涙、止まりましたね」


 アリスさんが笑顔で涙の跡を拭ってくれます。


「ごめんなさい……。ごめん、なさい」


 アリスさんの体に縋り付き、ただ、謝ることしかできませんでした。


 困惑している牧場の方たちに、説明しないといけません。


 しっかり謝罪をしないと――。


「ごめんなさい。急に……あの時のことで私は、謝らなければいけません」


 私は頭を深々と下げます。


「あの時、私は……アリスさん、巫女様を守るためだけに、戦いました。怒りに任せ、巫女様を蹂躙せんと盾を殴り続けていた、マリスタザリアに対して、投げを選択しました」


 不義理を働いたままでは、いられません。


「一撃で首をとるべきでした。そのほうが、皆様をより安全に守ることができたにも関わらず、私は……苦しむ巫女様の顔を見て、我を忘れてしまいました」


 怒りのままに戦闘した結果は、皆さんが知っている通りです。不要な恐怖を与えてしまいました。


「私に皆さんを守る為の盾はなく、皆様を守るには、倒すことしかできません。それにも関わらず……最善を尽くすことができませんでした。本当に、申し訳……ございませんでしたっ」


 頭を下げたまま、牧場の皆様の声を待ちます。何を言われようとも、受け入れます。


「……顔を、上げてください。赤の巫女様」


 そう代表の方が言います。それを受け、私は顔を上げ、まっすぐ見ます。


「私たちの気持ちは、変わっていません。命を救われたのは事実なのです。最善手があったのかもしれません。ですが、我々は全員生きています。犠牲は全くありません。あの事件の後もそうです。巫女様方の活躍は常に我々にも届いています」


 私達の活躍……が、届いているのですか……? 王国から何か発表があったのでしょうか……。


 マリスタザリアの被害を国民に知らせる事は、五分五分です。実状と成果を発表する事で安心感を与える反面、マリスタザリアという暴力による不安を煽る危険性も……。


「あなた方のお陰で多くの人が救われています。結果論でしかないと思われるでしょう。ですが、生きるか死ぬかは、結果でしかないのです。私たちは生きています。巫女様方のお陰で、生きているのです」


 結果……。自分達が生きているから、それで良い。これを言える人がどれくらい居るのでしょう。怪我人が出ていたかもしれないという私の言葉から察せられるのは、私がいかに危うい人間か、です。


 なのに……。


「巫女様を守るだけでも、いいのです。赤の巫女様。あなたも、一人の人間なのです。大切なものを優先していいのです」

「一人の……人間……」

「我々は、何も出来ません……お二人に任せるしかありません。お二人のお役目は知っております。どうか、気になさらないでください。気落ちせず、そのまま真っ直ぐ進んで欲しいのです。我々一同、応援しております」


 そういって、牧場の方たちは私たちに笑顔を向けてくれます。ぎこちなさのない、本当の、笑顔を……。


「ありが、とうっございます」


 私の目から、涙がまた零れます。今度の涙は、気づきました。でも気づいても、止めることが出来ません。


 アリスさんが、優しく……肩を抱いてくれました。



 その後、私が落ち着きを取り戻すのを待ち、牧場の手伝いをしました。


 牧場の人たちは断ろうとしましたけど、ちょっと無理を言って手伝わせてもらっています。


 贖罪というわけではないのです。あんなにも素敵な言葉を、かけてもらえたのですから、贖罪の気持ちで行うのは失礼です。


 だからこれは、ただの感謝です。


 私は、立ち止まることは許されません。何があろうとも。


 だけど、皆さんのお陰で……もっと前に、自分で進めるのです。


 使命でも運命でもなく、ただ自分の意思で。


「リッカさま」


 アリスさんが、私を呼びます。


「なぁに? アリスさん」


 私は、ホルスターンをブラッシングしながら応えます。


「どんどん、私に頼ってください。何でもですよ」


 アリスさんが、手を止め。私に向き、そう言います。


「――うん。いっぱい、頼るね」


 私は手を止め、アリスさんを見ます。


「だから、アリスさんも、頼りないかもだけど、私を頼って?」


 そう言って、手を伸ばします。


「ご安心ください、頼りないなんてことはありません。リッカさまは誰よりも、頼りになります」


 アリスさんは私の手を取り、私をひっぱります。


「――ありがとっ」

「えぇ、リッカさま」


 笑顔で私の名前を呼ぶアリスさんに引っ張られるまま、牧場を走ります。


「巫女様たち、仲いいな」

「えぇ……本当に」


 牧場の者達がリツカとアルレスィアを見ている。


「赤の巫女様が泣いてしまったときは、何事かと思ったが……」

「……化け物を投げたり、切ったり。すごく、強い方だけど、今の姿を見ると……普通の女の子ね」

「あぁ、巫女様も普通の女の子だ」

「そんな子達が、あんなに思い詰めて――っ」


 一人の女性が、腕を抑えるようにして堪えている。


 やる事が派手で、目立つ二人だ。だけど、牧場で走り回っている二人を見て思うのは――『普通』だった。


「俺たちが泣くことは許されない。あの二人に任せるしかない俺たちが、泣いてはいけない」

「でもっ。普通のことなのよ? 大切な人のために怒ったり、そのために頑張るのって……。なのにっ」

「あんなに、傷ついて……っ。あの時だってあんなにっ」


 女性達は涙ぐんでしまっている。自分達と然程変わらない年齢の子が、普通の幸せすらも自制しようとしていた。リツカが抱いた、世界の為にその身を捧げる覚悟が、素人の彼女達にも分かったのだ。


「っそれでも、任せるしかないんだ……」

「わかって、るわよ」


 牧場の者達のお陰で、リツカは立ち直る事が出来た。だけど、それがどういう意味なのかを牧場の者達自身が良く分かっている。


 リツカとアルレスィアを再び戦いに向かわせる言葉。


 牧場の者達は、その事を後悔してしまう。だけど――見届けるしかないのだ。皆――。




 この世界は、こんなにも暖かいです。


 元の世界の町で、感じたこともない、人の繋がり。


 私は、立ち止まったり迷ったり、不器用です。でも、そんな私を導いてくれる。


 『大切な人を優先してもいい』ですか。ずっと優先していました。


 でも、世界を守るための戦いをする私が、たった一人を守るために戦うのはいけないことだと、思っていました。思っていながらも、変える事が出来ませんでした。


 でも、違うんですね。それでも、いいんですね……。だからと言って、他をないがしろにしてしまうのは、いけません。


 でも……私は一人じゃない。私が守れば、守ってくれる。


 港で、自分でお願いしておいて、これです。やっぱり私は、ダメダメです。そんなダメな私だけど……。


「アリスさん」

「はい、リッカさま」

「一緒に、守ろうね。」

「えぇ……もちろんです」


 この、繋ぐ手を……離したくないと、思ってしまいます。



「まさか赤い巫女様が泣いてるなんてね」

「そうね……何があったのかしら」

「すみませン。その話詳しく教えてくださイ」



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