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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
13日目、日常を想うのです
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違う形で②



 広場につくと、キョロキョロと周りを見渡している男性が居ました。


「あの、落し物捜索の依頼を出された方でしょうか」


 私は声をかけます。


「は、い……まさか本当に、巫女様方が来て下さるとは」


 男性は驚いたように、後退りしています。なぜ下がるのでしょう。何か恐れて……私のせい?


「あ、あの……投げたりしませんから、ご安心ください」


 少し落ち込みながら、伝えます。


「えっ!? あ、いや、そんなつもりではっ!」


 投げたり、腕捻り上げたり、しちゃいましたからね。そりゃ、怖がられちゃうってものです……。


「コホンッ」


 アリスさんが巫女としての威厳を纏います。威厳と言っても、高圧的なものではなく、優しい光に包み込まれるような、そんな空気です。


 話はアリスさんに任せて、私は一歩下がっておきます。手の届かない距離なら安心できるでしょう。……たぶん。


「では、詳細を教えていただけませんか」


 アリスさんが尋ねると、オロオロとしていた男性がゆっくりと落ち着いていき、話始めました。


「はい……。実は、四年付き合った彼女に結婚を申し込もうと指輪を買ったのですが、それを今日なくしてしまって」


 男性は頭を抱え困っています。そんな大切な物を、どうして落としてしまったのでしょう。


「その指輪はどのような物ですか?」

「装飾としてダイヤを散りばめていました」


 指輪の種類は、ぱべ……ぱ、なんかそんな感じだったと思います。お母さんがそんなこと言ってました。


「どの辺りで落としたか、何か思い当たることはございませんか」

「歩いた場所は……宝石店から広場を通って、自宅までです。寄り道はしていません。箱に入れていたのですが、箱ごと……」


 ケース毎、嫌な予感がしてきました。


 アリスさんもそう思っているのか、私を見ています。


 多分この方は……誰かとぶつかったとか、人のひしめきあった場所に行ったはずです。


「その帰り道で、人とぶつかった、人通りが多かったなどはありませんか」


 恐らく大事にしまっていたであろう指輪入りのケースをそのまま落すことはないでしょう。


 極度のドジならまだしも、自身の行動を正確に把握し、寄り道なく帰ろうとする真面目な方ですから。


「体の大きい筋肉質な人と。恐らく冒険者だと思うのですが、ぶつかりました。鞄を手放してしまって、その方が拾ってくれたのです」


 ……真面目というより、この方はお人よしですね……。


「……その際、中身の確認はしなかったのですか?」


 アリスさんもどう反応していいのか、迷っています。


「はい。鞄は閉まっていましたから」


 とにかく、その冒険者っぽい人を探しましょう。


 買取所が怪しいですね。


「分かりました。私たちはその冒険者の方に話を聞きに参ります。依頼主さんは、通った道をもう一度ご確認をお願いします」


 人から物を盗む、ですか。ちょっと手荒なことになりそうですね。



 買取所にはまだ来ていないようです。しかし裏のルートがあるのかもしれません。やはり、しらみつぶしに筋肉質な冒険者に声をかけますか。


「リッカさま、アンネさんに連絡して他に買取所がないか聞いてみます」

「うん、お願い」


 アリスさんがそう言って、魔法を使います。


 長時間持ち続けるのはリスクがあります。早く換金したいと思っているはず。指輪には名前が彫ってあるでしょう。今日の販売履歴と照会すればすぐバレます。やはり裏ルートがあるのでしょうか。


 この世界のダイヤのレートは分かりませんけど、婚約指輪の平均額は三十万前後。あの様子では、給料三ヵ月分って感じでしたね。なんにしても、選任一月分の金額はあり、マリスタザリア三体分です。


 あの様子では、もっと高額な?


 ――化け物が増えてるっつーから来たってのに全く出会わねぇしよ。


 ある人物の発言が脳裏を過ぎります。


(……あの人、まだこの国に居るのかな)


 そう考えていると、あの人が見えました。私を確認すると、顔を顰め道を外れたのです。


 確かに、一度関節技をキメた相手です。嫌われても仕方ありませんけど。


(なんで、向かってこないの?)


 あの人なら、顔を合わせればまた殴りかかって来ても――。


「アリスさん」


 声をかけ、走り出します。


「アンネさん、ありがとうございました」


 アリスさんは魔法をきり、ついてきてくれます。


「リッカさま。その先に裏の買取所があるようです。現行犯で違法換金を押さえられないので検挙できないと、アンネさんが言っておりました」


 あの男性。顔を顰めたのは、私にイラついたから。でも道を外れたのは、元からそちらに用があったから? 目が泳いでいました。懐に何かを隠す動作を確認しました。後ろめたい事があるのは確定です。


「あの人、まだこの国に居た。あの性格じゃこの国の冒険者にはなれない。帰るためのお金も必要だろうし、出稼ぎな以上何か儲けが欲しいはず」


 対象の背中を確認します。


 ですけど道が狭く、木刀を扱うには手狭です。


「リッカさま、お任せください」


 アリスさんが立ち止まり、魔法の詠唱を開始しました。


光陽よ―(【フラス・サンテ】・)―。悪意に手を(【ファシュト・)染めし者へ(マリス】=)聖なる(【ハイルェ・)鉄槌を(ハルト】・オル)(イグナス)


 アリスさんが杖を高々と掲げます。光の鉄槌が空から振り下ろされ、対象へ叩きつけられようとします。


「!」


 早い段階で男性が”光”に気づいてしまいます。


 ですけど、そのための私です。


 素早く対象の手甲をつかみます。そのまま私を引き摺ってしまえば、私は何も出来なかったかもしれません。


 でも私は、あなたが嫌っている赤い巫女ですよ。


「離せ!」


 空いている手で裏拳をしてきます。振り払おうと手を振り回した結果というやつですか。そんなに、あの時捻り上げられたのが記憶に残っているんですね。


(あなたみたいな巨体を、私の力だけで投げることはできない。でも――)


 あなたが力を貸してくれるなら、投げましょう。


 裏拳を避け、勢いのついた腕をそのまま弾くように押します。対象の体は流れ、バランスを崩しました。足を払い、弾いた腕を背中へ捻り上げ、そのまま地面に――押し付けました。


「グヴェ!?」


 地面に顔を押し付けられ、変な声を上げています。私は対象の背中へ膝蹴りを当て、その反動でバク宙し、距離を開けます。


 そして、アリスさんの”光の鉄槌”が――振り下ろされました。


 悪意は出ませんでしたけど、強い衝撃が襲います。


 その衝撃に体を強張らせた対象の首に剣を当て、戦いの終わりを告げました。


「そのまま動かないでください。今、警備隊が来ます」

「なんの……ゲホッつもりだ! いきなり襲い掛かってきやがって!」


 体を動かすことなく、喚いています。


 何かを庇うように腕が懐を押さえているのを視認しました。回収したいですけど……。


 私が注意を逸らしたとでも勘違いしたのか、身動ぎしています。この剣が、見えないのでしょうか。


「動かないでください。私は攻撃魔法をすでに……発動する準備を終えています」


 アリスさんの銀色が周囲を包み込みます。その威圧感に男性は動きを止めました。剣より、魔法で脅されたほうが効果が高いとは……。


 そう思いつつ、反撃に注意しながら男の懐から箱を取り出します。


「この指輪、綺麗ですね」


 あくまで、私たちは通りすがりでしかないというスタンスでいきます。


「俺のだ、返せ」


 少し動揺していますね。私が迷う事無く指輪を見つけ出したからでしょう。


「相手のお名前はなんていうんですか」


 指輪にはイニシャルが彫ってあります。アリスさんに手渡して確認してもらいましょう。


「二七年の、三月七日。U&Eですね」


 今日手渡して、そのまま市役所で婚姻届でしょうか。見かけによらず……情熱的ですね。あの方。


「あぁ、俺はエルヴァスって名前だからな」


 本名なんですかね。


 まぁ、どちらにしろ意味のないことです。これが婚約指輪であるというのならば、あなたの物ではないと今証明されました。


「警備隊と依頼主さんが来るまでの聴取くらいの気持ちだったんですけど、意図せず嘘がバレましたね」


 母から聞いていました。半分惚気話、半分私の将来のためってことですかね。男性から遠ざけておいて私にそんな話されても、と反応に困ったのを覚えています。


「婚約指輪って、男性から女性へ送るものですから。男性のイニシャルが先なんですよ」


 えるばすってUじゃないですよね。


「そうだったのですね」


 アリスさんが関心しています。婚約指輪作る予定がある人とか、聞いたことある人くらいしか知りませんよね。


「お母さんが、お父さんとの馴れ初めを語るときに言ってたんだ」


 あれはまだ私が巫女だったころに……と、お酒を飲むたびに言ってきました。お酒弱いんだから辞めたほうがいいと言ってたのに。


「リッカさまのお母様ですか。どんな方なんです? やっぱりリッカさまにそっくりなのでしょうか」


 アリスさんが興味津々といった風に、声が弾んでいます。


 アリスさんとエリスさんはそっくりでしたもんね。アリスさんがもう少し大人になったら、あのようになるのでしょうか。


 アリスさんが油断してるとでも思ったのか、男性が動こうとします。けど、剣先を首に当てて止めます。誰も油断なんてしてませんよ。


 剣を見せるだけでは意味がありませんでした。剣の無機質な冷たさを感じて、漸く脅しの効果が生まれたようです。


「お父さんだけは、私はお母さんそっくりって言ってたかな。お母さんやお祖母さんはお父さんにそっくりって言ってたし、よく分からないけど。綺麗な人だよ。赤い髪が私より鮮明で、整った顔してたと思う。でもいっつも眉寄せて不機嫌そうなんだよね」


 私の記憶で眉から皺が取れたのは、私の髪を梳いている時と、私が”巫女”になった時に涙を流していた時、お父さんと二人きりと思っているときだけです。


「素敵な方なのでしょうね。挨拶をしたいと思うのですけど……流石に、無理ですね」

「そうだね……。私はアリスさんのお母さんに挨拶できたけど……お母さんにアリスさんを紹介、したいな」


 あの時を思い出して、苦笑いになってしまいます。エリスさんには弄られっぱなしでした、ね。


 そんな、話をしていると。アリスさんがアンネさん経由で呼んだ警備隊と依頼主さんがやってきました。


 違法買取所はまた押さえられませんでしたけど、より警戒をしていると警備隊から警告を受けています。


 この国にも、日陰はあるのですね。


 犯人の男性は、冒険者にはなれなかったため、帰りの資金とこの国のお金欲しさに犯行に及んだようです。


 この国の貨幣は信頼度が高く、男性の国では三十万ゼルもあれば半年は贅沢できる、と。最低額でも良いから指輪を叩き売ろうとしていたようですね。


 なんにしても、指輪は無事でよかったです。


「――ありがとうございました! 巫女様方!」


 男性が頭を激しく、お辞儀を繰り返します。モノを考えれば、この喜び様に納得ですけど……。


「お顔をあげてください。私たちは私たちの仕事を全うしただけです。ですから早く、彼女の元へ行ってあげてください」


 アリスさんが依頼主さんを止め、彼女のもとへ行くよう促します。


「は、はい! ありがとうございました! 巫女様! 赤い巫女様!」


 そういってまた一礼をします。


「あなたに神の祝福があらんことを」


 アリスさんの祈りを受け、駆け足で去っていきました。



 一件終わりましたね。突発的な犯行だっただけに、痕跡多かったです。


 あの時の、選任試験を受けに来た他の方は大丈夫でしょうか。指輪窃盗犯みたいに、犯罪に走ってなければ良いのですけど。


 二組目の方は落ち着きがありました。もしかしたら同業者になっているかもしれません。


 三組目はあの様子ではもう帰っているでしょう。


 四組目の自称商人の方、あとでアンネさんに聞きましょう。進展があったかもしれません。


 私がそんなことを考えていると、市民の方達からの声がやけに大きく聞こえました。


「赤い巫女様が、また大男を投げたらしい」

「あの細身でどんな力あるんだ」

「大の男が動けなくなるあの攻撃ってなんだろう」

「聞いたら教えてくれるんじゃないか。優しいって噂だしな」

「ライゼに聞いてみたんだ、いつも巫女様たちと居たから。そしたら、簡単に分かるから、同じことやります。って言われたらしいぞ」

「優しいのかどうかわかんないな」


 ……。


「リ、リッカさま」


 アリスさんが私の背中に手を当てて、おろおろとします。


「……今は、まだ刀作ってもらってるから。でも、終わったら。覚悟してもらいます。ライゼさん」


 やっぱり、噂の出所はライゼさんじゃないですか。



「ぶえぇーっくしょい!!」

「きたねぇぞ! 馬鹿野郎!! もう場所かさねぇぞ!!」

「すまんすまん。しっかしなんだこの背中の寒気は……」


 ここは武器屋だ。背筋に走った寒気にライゼルトが震える。だからといって、店主にくしゃみをかけることはないだろう。


「リツカお姉さんがお師匠さんをイジメル計画でも立ててるのでハ」

「なんだ魔女娘来てたんか。……それは、どういう予想だよ」


 レティシアが扉からひょっこりと顔を出す。


「お師匠さんがリツカお姉さんのこと言いふらしてたあたりから居ましたヨ」

「剣士娘には内緒にしとってくれ」

「人の口に戸は立てられませン」


 瞬時に何かを察したライゼルトが釘を刺すけれど、レティシアは意地悪な顔で返す。


「……なんでも欲しい菓子買ってやるよ」

「ほんとですカ? 領収書持ってきますネ!」

「ま、まて魔女娘! 常識の範囲内で……っていねぇ!?」


 その言葉を待っていたといわんばかりに、脱兎のごとくレティシアは街へ駆けて行った。



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