神林集落③
ひとしきり笑いあった後、集落の案内を受けることにしました。コンクリートの町よりも、温かみのある木の家が並ぶこちらの方が、住んでみたいと感じてしまいます。
「ではリッカさま、まずこちらがこの集落の長の家になります。長の実家は別ですけど、こちらで寝泊りする事も多いです。ご挨拶は後ほどの集会で行いますので、安心してください」
最初に案内された場所はこの集落の『一番奥』である長の家。集落に入ったばかりの私達の一番近い位置にあったのが、この家です。
森に入る者が居ない様、見張る役割があるから、集落の一番奥に位置しているとの事です。森に入って良いのは、”巫女”であるアリスさんだけですからね。
「お次は先ほど紹介したオルテさんの家です。守護長を努めています。守護長は、私を守る人々の長になります。集落長とは別で、私を守ることに関しては集落長より権限をもっています。――ひとまず、お二人の家の位置だけ知っていただければ困ることはないと思います」
この二人、『集落長』は集落の舵取り役になります。集落に住む全ての人の生活を支える役割を担っており方針、ルールを決めることができます。
『守護長』は基本的には集落長の指示下にあり、従っています。ただし、有事の際……アリスさんに危険があった場合は集落長の方針、ルール、全てを無視し自分の意志でアリスさんを守るために動けるといいます。
もちろん、その命をかけて。
方針、ルールとは『争いは起こさない』『話し合いで解決する』などを筆頭に『不戦主義』がメインになっているようです。『争いは森を世界を穢す』この考えによるものらしいです。
私はこの考えに共感を覚えます。戦わなくていいのなら、それが一番なのですから。傷つけあうなんて――嫌です。
「集落のことで困ったことがありましたら、お二人に相談してみてくださいね」
アリスさんの声が少し寂しそうに聞こえました。
「はい、ありがとうございます」
なぜそんな声になったのか気になりましたが、どうしてなのか分からないので、私にはどうにもできませんでした……。
「では、次にいきましょう。そこでリッカさまのお着替えをいたします」
アリスさんが微笑みながら言います。
案内と着替えに関係性が見えずに、ちょっとだけ首を傾げてしまいます。
「―――そういう、ことですか」
その建物には屋根がなく、湯気がたちのぼっていました。なるほど。確かに、着替えを行えそうです。
「はい、お風呂でございます」
まさか、銭湯施設があるとは。お湯はどうしてるんだろう。井戸がありますし、森の湖の水も綺麗でしたから、生きた水が地下を流れているのでしょうけど、暖めるのにどれくらいの木が……。
「時間を決め、順番に入っていくのです。今回は特別に時間をいただきましょう」
少々お待ちください。と、アリスさんが走っていきました。
一人残された私は、ただ集落を眺めます。落ち着いて集落を眺めるのは、これが初めてです。正確には、落ち着いて……いえ、アリスさん以外を見るのは、と言うべきですね。
後ろ手を組み、銭湯施設の壁に背中を預け、視線を右から左へ動かしていきます。こうやって見ていると生活が見えてきます。私をチラチラと見る人々に多少の気恥ずかしさを感じつつ、観察します。
大人たちは晩御飯の準備でしょうか、忙しなく井戸と家を行き来しています。中には泥で汚れた男性もいます。この独特な臭いは……堆肥? でしょうか。耳を澄ませば、牛や鳥? のような声が聞こえます。
私の街には畜産農家はなかったので、詳しくはわかりませんが、何か声が違うような?気にしても、しかたありませんね。
老人たちは、どの国でも一緒なのでしょうね、軒先の椅子等に座って世間話。今日の話題は私のようです。視線が飛んできています。……敵意や嫌悪のような纏わりつく感情はなく、ただの好奇心が主なのが救いでしょうか。閉鎖的な集落のようですから、来客が珍しいのかもしれません。
子供は元気に走り回っています。ごっこ遊びをやっています。魔王! 勇者! ときこえてきます。英雄譚はどの国にもありますからね。でも、剣の代わりとかは持たないんですかね。その辺りにある枝とか丁度良さそうですけど……。
この段階で私の服装は、ここでは浮いていると思い至りました。
女性陣を見ると、皆肌をそこまで出していません。私のように足を出すなんてのはもってのほかなのでしょうか。男性陣からそういった視線を向けられています。
(見られてるけど、あの人たちなら問題ないかな。むしろアリスさんのほうが心配……。あ、でもここはアリスさんを守る人の集まりだから大丈夫かな?)
あの町でも、男性たちからよく向けられた視線です。男は狼と母が言っていました。そのために武術を習ったのです。私に勝てる人は、そう多くありません。
いい気分ではありませんけど、この国ではこの格好をしている私のほうが悪いというものでしょう。男性の暴挙には気をつけはしますが、私から敵意を向けるのはお門違いです。
なんて考えていると、男性陣が何かに驚いたような顔をして、そそくさと蜘蛛の子を散らすように去っていきました。
どうしたんでしょう。少しだけ違和感があったほうを向きます。
「リッカさま!」
アリスさんが駆け寄ってきてくれていました。私の傍に止まって微笑むアリスさんに、自然と私の顔もほころびます。
視界の端で稲光のようなものが見えたような気がしましたが、火花、でしょうか。それにしては、明るかったような――。
アリスさんは、私を先にお風呂に入れる許可と着替えをもってきてくれました。
「それではリッカさま、どうぞ。お先に入ってください」
お言葉に甘えて入ることにしましょう。さすがに、体が冷えてきました……。ここは私の町よりも、寒いみたいです。
「ありがとうございます。では」
服を脱ぎ始めると、アリスさんが頬を染め背中を向けてしまいました。確かにいきなり人の目の前で脱ぎ始めるのは失礼でしたかね……。
服を脱ぎ終え、浴槽へ向かいます。
「――広ーい」
大浴場といえるだけの大きさの浴槽……いえ、湯船と言ったほうがしっくりくるものがそこにはありました。
感動する暇もなく体が寒さに震えてしまったので、お湯を体にかけ、先に体を洗うために洗い場へ向かいました。
「えっと、どれがボディソープ……?」
神さまのお陰で会話が普通にできるので、忘れていました。ここは私の国とは言葉も文字も違うのだと。
それに、これは石鹸? ざらざらしてる……タワシかな? どれが何なのかまったくわかりません……。困っていると後ろから声がきこえました。
「リッカさま、どうなさいました?」
アリスさんが心配して声をかけてくれたようです。
「アリスさぁん……。どれが体を洗うものかわからないので―――」
私の言葉は途中で止まってしまいました。
アリスさんにお願いするため、振り向いたとき、私の視界に飛び込んできたものは――。
「あ、ああ、っアリスさん! なん、なんでっ……!!」
そこには私と同様に裸で、タオルで前を少し隠しただけのアリスさんが居ました。
「……あ、あの、そんなに見つめられると」
顔を真っ赤にしたアリスさんに見惚れていると、咎められてしまいました。
「ご、ごめんなさいっ!」
急いで前に向き直ると、じっと動けなくなってしまいました。
(な、なんでアリスさんが入って!?)
―――お先に。
(あっ……)
「リッカさま――」
肩に手を置かれます。もうちょっと手加減してください。死んでしまいそうです……っ!
「は、はっひっ」
あ、あぅ。頭が回らない……何がおきてるの……。自分の中で渦巻いている感情が何なのか、全く分かりません……。
「こちらが体用、こちらが髪用になります」
私の前にある石鹸に手を伸ばすために、体がより密着します。同じ歳とは思えないほどのモノが当たって―――。
(なにっをっかんがえてるのわたしっ! 親切心で教えてくれてるアリスさんにこんなっ……!)
一通り教えてくれたアリスさんが立ち上がる気配がしました。ようやく落ち着ける……。
アリスさんも先に体を洗うのかタオルで石鹸を泡立てています。私もそうしようとして、タオルがないことを思い出しました。
「アリスさん、タオルを貸」
「ではリッカさま、お背中を流しますね」
……?
「よっ……と」
コシコシとやさしく、肌を傷つけないようにこすられていきます。
されるがままの私の背中を洗い終えたのか、今度は私の腋下から体の前に――。
「あ、アリスさんっ前は自分で……っ!」
我に返って急いで止めます。
「あっ……そうです、よね。ではこちらをどうぞ」
私はタオルを受け取って、体をこすります。
し、しぬかとおもいました……。心臓の強度には自信があるのですけど……破裂しそうです……。
体を洗い終え、このまましてもらったままというのも、と考えます。見れば、アリスさんは先に髪を洗っていました。
それにしても、トリートメントもないのに、あんなにサラサラの髪だなんて。この石鹸そんなにすごいのかな……?
「アリスさん、今度は私が背中を流しますね」
たぶん、自然に言えたと思います。このドキドキが伝わりませんように……!
「……! はいっお願いします!」
うれしそうなアリスさんに、安堵を感じ、先ほどまでの邪な考えが霧散するのが分かりました。
それにしても、どうして私はこんなにもドキドキしているのでしょう。
お互いの背中を流しあうというイベントを乗り越え、身を清めた後私たちは湯船に浸かっています。
(はぅ……きもちい……)
温泉と遜色ないほどの気持ちよさに見も心もほぐされていきます。こんなに大きいお風呂は初めてです。
「いかかですか、リッカさま」
にこにことうれしそうに話すアリスさんにドキドキしつつ、私はぐっと足を伸ばしました。
「はい、すごく気持ちいです。溶けてしまいそう……」
はふーと、変な息がもれてしまいます。
「は、はぃ……よかった、です」
アリスさんも気持ちがいいのか、目を細め顔が上気しています。
温泉効果か、リラックスできたお陰で、先ほどまでの興奮が嘘のようになくなっています。
(そういえば、この集落で、アリスさんと同年代の男女みてないような?)
別のことを考える余裕が出てきたところで、先ほどの人間観察時に見当たらなかった存在に気が向きます。
そうやってまたアリスさんを意識してしまったからでしょう。現在のアリスさんに意識がいきます。
(―――きれい)
銀の髪は頭の上のほう束ねられ今まで隠れていたうなじが露になっています。
長いローブのような服に隠されていた足や肩が姿を見せていて、肩はお風呂で温まっているのか、赤く上気し、足はすらりと伸びています。
それに、私にはない二つの……。
普段の姿が神々しいものだったのに対し、今の姿は妖艶で……その差に私の心臓は跳ね上がるのでした。
(おかしいなぁ……椿と入ったときはこんなことなかったのに)
昔、十一歳の時私の家で、幼馴染である椿と泊まりで遊んだときに、一緒に入ったことがありました。
その時も同じように背中を流し合ったりしたのですけど、こんなにもどぎまぎしませんでした。
(何が違うんだろう?)
疑問をもったお陰か、再び首をもたげかけた邪な考えが消えていきます。
「……」
ふと気づくと、アリスさんも私を観察しているようでした。そんなに見ても……面白いものはないと思います。同年代の子達に比べて、小さいという事くらいしか。
「アリスさん」
びくっとアリスさんの肩が跳ねます。そんな姿がおかしくて。
「は、はぃ!どうしました、リッカさま。」
顔を真っ赤にしてどぎまぎするアリスさんが可愛いくて。
「気持ちいですね。お風呂」
にこり、と笑顔がこぼれるのでした。
「―――。はい。リッカさま」
アリスさんも落ち着いたのか、優しい笑みを見せてくれました。
優しい空気がこの場に漂います。こんなにも広い浴場なのに、自然と肩を寄せていたようです。アリスさんと、肩が触れていました。
でもお互い何も言わず、ただただお風呂を――堪能したのでした。